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祭り好きな人々

作者: 雅楽川芳乃

ある広場に大勢の民衆が押し寄せていた。老若男女問わず、車いすに乗った老人から、よちよち歩きの子供や赤ん坊を抱えた母親も来ている。

また服装も様々で、私服の者、軍服を着込んだ者、スーツの者、そして道化師のような派手なコスチュームを着ている者まである。

そんな年代も性別もバラバラな彼らだが、皆一様に晴れやかな表情をしていた。近くの人と雑談に興じたりふざけてちょっかいを掛け合ったりと、どこか和やかな雰囲気である。

「あと一分!」

誰かが興奮した口調で言った。群衆が一層騒めく。カウントダウンが始まる。

「5、4、3、2、1……」

午前十時を告げる鐘の音を消すように、この騒ぎの始まりを告げるファンファーレが高らかに鳴った。人々は盛大な拍手で開幕を祝福している。

まもなくパレードが始まった。先頭を行く若者たちは横断幕を掲げ、何やら合言葉のよう一文を大声で唱えている。それに呼応して、民衆は同じ言葉を繰り返しながら付いて歩いていく。派手な衣装の男が行列から飛び出してきてその脇で踊る。

行進の進む先には大きな屋敷、そしてその前にはステージが設けられていた。そこでは先程から演説が行われている。最初は壮年の男性が力強く、次に主婦のような出で立ちのふくよかな女性が切なそうに、そして最後に年端もいかない舌足らずの少女が健気に言葉を紡ぐ。ステージの脇では、楽隊が行進曲を延々と演奏し続けていた。






そんな様子を彼らの声が届かない、ちょっと離れた公園から眺めていた滞在中の旅人が、隣で一人、同じくパレードを楽しそうに見つめている女の子に話しかけた。

「こんにちは。私はこの国に来たばかりの旅人です。ちょっと教えてもらってもいいかな?」

うんっ、と元気よく頷いた女の子に旅人は笑顔で尋ねる。

「あれは何をしているのかな?」

「あれはね、お祭りなんだよ」

女の子もにこにこと答えた。

「たまにみんなで集まって、こうやってお祭りしてるんだよ。毎回パレードして演説してるばっかりなんだけどね。なんだかキラキラしてて面白いの」

「それじゃあ、もっと近くで見ればいいのに」

「ううん。それはお母さんに禁止されてるんだ。『みんな興奮してて危ないから近寄っちゃダメよ』って。ところで……」

女の子は悪戯っ子のように微笑むと、すっとステージ、ではなくその後ろにある屋敷を指差した。

「あそこ。あのお屋敷の人なんだけど、どれだけ外で賑やかにお祭りやってても、皆がどれだけ誘っても出てこないんだよ。なんでだと思う?」

「命が大事だから、かな」

そう答えた旅人に、女の子がにやりと笑って首を傾げたとき、民衆の中から一人の男が壇上に上がっていくのが見えた。遠く離れたこの場でも、はっきりと聞こえるほどの大声で叫ぶ。

「この国を奴らのような愚かな政治家に任せてはおけない」

屋敷の方に振り返り拳を突き上げる。さっきから聞き慣れた合言葉を力の限り叫ぶ。

「今こそ立ち上がる時だ」

その言葉に今一度けたたましい歓声が上がった。

「半分正解かな」

女の子が言った。






そんな物騒なことを叫び続け、どんちゃん騒ぎを繰り広げていた国民たちだったが、日がすっかり暮れる頃には皆帰宅し、広場にも屋敷の前にも人っ子一人いなくなった。

遠く離れた公園のベンチには一人の旅人と女の子が座っていた。

「いつもこうなの」

女の子は足をぶらぶら揺らしながら語る。

「この国の人たちはね、みんなで集まるとどんなことでもできるの。だから人は祭りを開く。集まって馬鹿騒ぎするのがこの国の人々の楽しみなんだ。その舞台が、ただ純粋に楽しむだけの場であろうと、国の行く先を決めたりする神聖な場であろうと、関係ない。騒げればなんでもいいんだよ」

いったん言葉を切って、ベンチから飛び降りる。旅人のほうを振り返った。

「特に民衆たちの、個々人の顔が割れない、ってのは良いよね。どんなことしても許されるんだから。個人を特定できないってのは責任逃れにもなる。『この国を愚かな政治家に任せてはおけない』っても、じゃああなたがその後を継いでこの国をよりよくできる? そう聞くと、そこまでの覚悟はないから彼らは押し黙る。確かに聞こえたその発言の、責任の所在はどこにもない。やがてそれは『皆の総意』という曖昧な括りで絶対化される。何か起きたら責任は擦り付け合う。こうやって、民衆っていうのは口だけ発達していくんだよね」

「…………」

「だから旅人さんの答えは半分正解。偉い人たちは大衆の力に押されはするけど殺されることは滅多にない」

女の子は大きく伸びをする。

「世界を変えたいと思うなら、それ相応の犠牲は付き物。明日を変えたくば今日までの安寧を捨て、すべての責任を負う覚悟じゃなきゃね」

「いったいあなたは何者なの?」

呆れたように笑う旅人に女の子も無邪気な笑顔で答えた。

「ただの子供だよ。ちょっと周りから浮いてるだけの。……こんなこと一つとってみても、この国の人は祭りを起こせるんだよ。『あの子(わたし)の意見は正しい』とか、『あの子(わたし)の意見は間違っている』とかって。おかしいよね」

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