SEVEN-7-
階段を上がった2人。峰は何かに呼び寄せられるかのようにスタスタとある部屋へと歩を進める。
「おい、どこに行くんだよ?」
「黙って」
目的地は、マウスを飼育、管理していた部屋だ。そこの扉を勢いよく開ける。
「えっ」
2人が最初に目撃したのは、マウスを掴んで注射器を押し付けている高田の姿だった。
「高田さん、あなただったんですね……ウイルスを生み出して拡散したのは」
「は? どういうことだよ? 説明してくれよ!」
うるさい仁科に、峰があのノートを手渡した。
「ここに書いてありました。あなたがどんなことを考えていたか、何をしたか」
眉間に皺を寄せて峰を睨みつける高田。隠すつもりは無いらしい。
「桂君を殺したのも、あなたですよね?」
「嘘だろ、これ……」
ノートの内容を見て、仁科もやっと高田の計画を知った。
この中に記されていたのは、日記、彼が生み出したウイルスの説明、それからウイルスを拡散するための方法だった。マウス数匹にウイルスを注入して、研究室の外へ逃がす。最近マウスの量が減っていたのはこのためだった。
それなら、事態が悪化した後も彼が冷静でいられた理由もわかる。彼は元からウイルスを殺そうとは考えていない。人を大量に殺すことが目的だったのだ。
マウスと注射器を持ったまま、高田が話し始めた。
「人間は、調子に乗りすぎたんだ」
そして、注射器に入った黄緑色の液体をゆっくりとマウスの血中に注入する。マウスはじたばたしている。
「人間は、世界を彼等に返さなければならない。この世界は、彼等のためにあるべきなんだ」
「それが、こんな事件を起こした理由ですか」
「僕は彼等の手助けをしたんだ」
「手助け?」
「人間を殺す手助けさ」
ノートに書かれた情報によれば、ウイルスを打ち込まれた動物は思考能力が低下し、代わりに生命力が高まる。しかしウイルスは血液が無ければ意味がないため、動物は血液を求めて狩りを始める。血液が手に入れば良いため、人間だけでなく他の生物も平等に襲うとされている。
「人間にも感染はする。でも、人間は凶暴化する前に食われて死んでしまう。安心してくれ。凶暴化する前に死ねる」
「狂ってるよ、アンタ」
「人間だからね、僕も」
暴れるマウスが、高田の指先を噛んだ。流れ出る血を夢中になって吸っている。
「後悔してないんですか?」
「ああ、僕も死ぬつもりだ。人間だからね」
「そうではありません。動物に、あんな苦しい思いをさせることに後悔は無いのかと聞いているんです」
思考能力が下がるために臓器の機能が弱まり、外部から血を供給しなければ死んでしまう運命。高田はそんな無惨な運命を動物達に押し付けたのだ。
「君も、桂君と一緒だな」
「桂君もそう言ってましたか」
「ああ。だから殺したんだ」
「この野郎……この野郎!」
「仁科君!」
飛びかかろうとする仁科を峰が止める。感染したマウスを持っている高田に近づいたら、彼もマウスに噛まれてしまうかもしれない。
「他の2人は? 岸田君と荻野さんは?」
「遅かったね。屋上に行ったのを見計らって、扉を閉めて来てあげたよ」
今頃は、感染した鳥達の餌食になっていることだろう。
残りは2人。峰は目を覆った。
「ネズミは色々な所に入り込む。地下は勿論、船にもね。全世界に広がるのは時間の問題だよ」
注射器を、今度はメスに持ち替えた。峰と仁科を道連れに、自分も死ぬつもりなのだ。
「あのとき、君も近藤君と一緒に外に出れば良かったのに」
このひと言で、先程研究所の外に犬とネズミを放ったのも彼であることが判明した。本来なら既に峰は死んでいる筈だったが、近藤が岸田を選んだために予定が狂ってしまった。
「君達が何をやっても、ウイルスは止められないよ」
「止める」
峰は断言した。隣に立つ仁科も真っすぐ高田を見つめている。その目には迷いが無い。
「絶対に止める」
「……そうか。じゃあ」
メスを構え、2人に歩み寄る高田。2人は彼と距離を置く。刺されることも避けたいが、何よりも彼がまだ手に持っているマウスが危険だ。
高田がメスを持ち替え、強く握りしめた。殺される。先に刺されるのは自分か、それとも仁科か。強気の言葉を言っても、やはり死ぬのは怖い。峰は強く目を瞑った。
ところが、高田はしっかりと握りしめたメスを、2人ではなく自分の胸に突き刺したのだ。
「高田さん!」
メスを自ら引き抜き、その場に座る。傷口から一気に血が噴き出す。マウスはそちらの方に気が向いて、どうにかして血を飲もうともがいている。
「む、無理なんだよ、止める、なんて……」
最期にそう言うと、高田はゆっくりとその場に倒れた。マウスは彼の身体に押し潰されてしまった。これではいくら生命力が高くなったとは言えもう動けまい。
「高田さん? 高田さん! 高田さん!」
「よせ。もう死んでるよ」
「ずるいわよ! 1人だけこんな楽な死にかたして! 高田さん! ねぇ、高田さん!」
2人だけになった研究室。
峰はしばらくの間、高田の遺体を揺さぶって叫んでいた。