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FOUR-4-

 オランウータンと男性の遺体が運ばれた。これで怪事件もじきに解決するだろう。警察はそう考えていた。

 撤収する男達。だがただ1人、牧野だけはじっと動物園を睨みつけていた。

「牧野さん?」

 後輩の1人、鹿野が声をかけた。

「また刑事の勘ですか」

「事件は、まだ頭を出しただけに過ぎない」

「牧野さんの勘は当たるからなぁ。まぁ、取り敢えず署に戻りましょうよ。あっちでも何かわかったかもしれませんよ」

「そうだな」

 納得がいかない様子だったが、牧野は後輩達とともに警察署に戻って行った。

 檻の中で、また異変が起きていることなど知る由もなく。

 最初にその異変に気づいたのは、檻の清掃を行っていた職員だった。

「はぁ、嫌な世の中になったもんだよ」

 閉園後、1人愚痴をこぼして床を掃除する男。すると、檻の中から大きな音が聞こえて来た。動物が柵に突進したのだ。

「うるせぇんだよこの野郎!」

 怒鳴った先にいたのは、何とライオン。男の声に刺激されてライオンも吠えてきた。吠えると口から何かが噴き出た。液体で、それは壁に直撃すると小さな赤いシミを作った。

 ライオンの咆哮を皮切りに、他の檻に入っている動物達も次々に奇声を上げ始めた。中には檻や壁に突進して己の身を傷つける者もいる。

「何なんだよもう! ふざけんなよぉっ!」

 掃除用具を檻に向けて投げると、清掃員は走って逃げ出した。

 ライオンは爪で器用に掃除用具を引き寄せると、取っ手の部分を噛み始めた。





 更に2日後。

 新たに届いた遺体を含めた6遺体の検死が終了したのはこの日の朝だった。桂が来ていない上に今日は緒方が休暇だ。近藤も何だかやる気が無い様子で、峰達に協力してくれない。兎に角人手が足りなかったのだが、何とか作業を終えることが出来た。

 検死の結果、2遺体からあのウイルスが検出された。ウイルスは既に広範囲にまで広がっているかもしれない。

 だが、今回は新しい発見があった。ウイルスが検出された箇所が、人間とオランウータンとで違っていたのだ。被害者の方はオランウータンに噛まれた部分から見つかったのだが、オランウータンの方は、なんと血液から発見されたのだ。

「仁科君」

「え?」

「マウスの方はどうだった?」

 このことが気になった峰は、仁科にマウスの死骸を調べてほしいと頼んだのだ。

「そっちの言う通り。出たよ、血液から」

「動物は、血液から発見される……」

 ウイルスの新しい特性がわかった。

 あの塊のような遺体も、ただ単にウイルスに感染したわけではなく、感染した別の動物に襲われた可能性がある。まだ峰の推測でしかないが、概ね当たっているだろう。つまりこのウイルスには動物を凶暴化させる作用があるということか。

 考えているとまた電話が鳴った。

「今日は忙しいな、おい」

 ため息をついて近藤が電話を取りに向かった。

「本当なら君等が行くべきなんだけどね」

 嫌みを言いながら電話に出る。相手は本日は休暇で来ていない緒方らしい。初めは退屈そうに返事していた近藤だったが、途中から態度が急変、おどおどし始めた。何やら新しい問題が起きたらしい。

「わかった! ……おい、まずいぞ」

「何が?」

「町中で、ネズミが人を襲ってる」

「ネズミ?」

「ネズミが襲ってんだよ!」

 いよいよ事態は大きくなってしまった。

 研究所から離れた所にある動物園でウイルス感染した動物が現れた理由がよくわかった。ウイルスはネズミに乗って、あらゆる場所に移動しているのだ。

 そこへ高田が、ペットボトルの茶を飲みながらやって来た。その顔を見るや否や、近藤がズカズカと歩み寄って高田の胸ぐらを掴んだ。強く掴まれたため、ペットボトルを落としてしまった。床の上に広がる黄緑色の液体が、拡散してゆくウイルスを思わせる。

「何呑気にお茶なんか飲んでんだよ! ぁあ? おい!」

 先に出世した彼に対する不満が爆発している。高田は冷静な顔で彼を見ている。

「何があった」

 近藤ではなく、峰達に質問する。だが峰達も詳しいことがよくわからない。

「ネズミが、大量のネズミが町中で人を襲ってんだよ!」

「何だと?」

「今渋谷が大惨事だよ」

 渋谷。

 人が大勢集まる場所だ。犠牲者も多いに違いない。

 更に続けてまた電話が鳴り響く。今度は若い岸田がとった。

「もしもし……えっ?」

 また動物か。近藤はますます苛つく。

「あの動物園で、動物達が暴れだしたって」

 オランウータンと同じだ。直前に奇妙な行動をとり、そして、人を襲う。まだ解決策だって見つかっていないのに、もう大量の動物に移ってしまったのか。ウイルスの拡散する速度は予想以上に早い。自分達のペースでは追いつかない。

「終わりだ」

 近藤が言った。文句の言う刺客の無い人間が。

「終わりだよ高田。お前の管理不行き届きのせいでこのザマだ!」

 高田は何も答えない。先程と同じように、冷静な顔で相手を見つめている。彼だけではない。周りの人間達も彼に白い目線を送っている。この場に味方はいない。近藤は何も言わなくなった。

 近藤の怒りが収まってから、高田は峰達に指示を出した。一刻も早くウイルスを止める手を探さなければならない。

「近藤、君は峰君を連れて動物園に行ってくれ」

「ああ、お払い箱ってか」

「今はそんなこと言ってる場合じゃないですよ!」

 怒鳴ったのは岸田だった。自分より30歳も若い青年に一喝され、とうとう自信も喪失してしまった。

「わかったよ。行こう岸田君」

 近藤は峰ではなく岸田を指名した。どうせ外に出れば死ぬのだ。だったら今1番腹立たしい人間を道連れにした方が気分が良い。岸田は1度俯いたが、覚悟を決めて近藤について行った。

 峰は何も言わなかった。岸田には申し訳ないが、彼女も出来れば外には出たくなかった。未知のウイルスが怖いのだ。

「じゃあ我々は、引き続きウイルスの調査を進めよう」

「はい」

 残ったのは4人。数は更に減ったが、このメンバーの方が仕事が捗りそうだ。それぞれがやるべきことを分担して行う。

「でもさぁ」

 と、仁科が作業をしながら峰に話しかけた。

「マウスは、あの箱に入れて管理してたんだぜ? それに、逃げたヤツに感染してたとして、なんで他の個体には感染してないんだ?」

「それ、どういうこと?」

「わからねぇかなぁ。要するに、誰かが意図的にウイルスを感染させて、逃がしたんじゃないかってことだよ」

 理解出来なかったわけではない。したくなかったのだ。今まで共に仕事をしてきたメンバーの中に、今回の感染拡大の犯人がいるということを。それが事実なら、ウイルスも自然発生したものではなく、誰かが造ったという説が出てくる。

 しかし、だとしたら誰が犯人なのだろう。近藤か緒方か? 高田の権威を失墜させるべく、ウイルスを蔓延させたとしたら。

 いや、それは無いだろう。リスクが大きすぎるし、言っては難だが、彼等にこんな計画を思いつく筈も無い。ウイルスも造れないだろう。

「アイツは?」

「え?」

「桂だよ」

 その言葉を聞いた途端、荻野が2人の方を向いた。視線を感じたが、仁科は気にせず話を続けた。

「おかしいと思わないか? 最近1度も顔を出さないんだぜ?」

「た、確かにそうだけど……」

「やめてください」

 やはり荻野が噛み付いてきた。仁科がため息をつく。

「しばらく来てないだけで、何で犯人になっちゃうんですか?」

「いや、俺は1つの仮説を立てたまでで……」

「仁科さんこそ犯人なんじゃないですか?」

「は? 俺が? どうしてそうなるんだよ!」

「おい!」

 高田が怒鳴った。

「今は言い争いをしている場合じゃないだろう」

 高田の言葉で漸く冷静さを取り戻した。

 恐ろしい事態に、誰もが冷静さを欠いている。近藤と緒方が居なくて良かったかもしれない。彼等がいたら、確実に犯人探しが始まってしまう。

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