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神影鎧装レツオウガ  作者: 横島孝太郎
#4 始まりと終わりの集う場所
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Chapter11 決断 01

 五辻辰巳(いつつじたつみ)が怪物を消し飛ばした。マリア・キューザックは、その一部始終を横目で見ていた。

 怪物――リザードマンと呼ばれるトカゲ頭の(まがつ)の群れを、その中核を成していた標的(ターゲット)Sごと、辰巳は一撃で壊滅させたのだ。

 大分手こずらされたが、これでもうトカゲ頭の増殖はあるまい。

「お見事。あれだけ密集してたのを一撃なんて、流石はヴォルテック・バスターね」

 言いつつ、鎧装姿のマリアは指揮棒を振る。正面の曲がり角から現われた二体のリザードマンが、マリアの操るライフルに撃ち抜かれて倒れた。

「ふ、う」

 短く息を吐きながら、マリアは素早く周囲を見回す。幻燈結界(げんとうけっかい)に沈む、ごく平凡な町並み。

 七月下旬、世間では夏休みが始まったばかりで、強い日差しが容赦なくアスファルトを焼いている。

 誰が知ろう。そのひなびた風景から薄墨一枚を隔てた上に、両手に余るほどの禍が、リザードマンが群れ成して蠢いている事実に。

「GRAAAA……」「GRAッ! GRAAAAッ!」「GRAAAAAAA!!」

 其処此処の小道から。塀を飛び越えながら。或いは曲がり角の向こうから。

 ひょろ長い顔をしたトカゲ頭の群れが、ぞろぞろと沸いて出てくる。

「標的Sは、もう消えたってのに……!」

 十中八九、標的Sが消滅する前に生産した禍だろう。やはり対応が一手遅かったか。

「二人しかいないし、しょうがない、かっ!」

 思考を切り替え、マリアは小刻みに指揮棒を振る。旋回する三挺のライフルが、間断なく銃声を歌い始める。

「GRAAAAAAAA!?」

 降り注ぐ弾幕に晒され、ばたばたと倒れ伏していく禍共。しかして頭数と殺意に任せたリザードマンの勢いは止まらず、遂に三匹のトカゲがマリアへと肉薄。丸盾に銃創を刻みながら、両刃剣を振りかぶった。

「GRAAAAAAAAAッ!」

「ふッ」

 しかしてその斬撃に、マリアの指揮棒は先んじた。

 マリアの右側、遠心力を存分に乗せられた手斧が弧を描き、リザードマン三匹を纏めてなぎ倒した。

「GRAAAAAAAA!?」

 断末魔を上げるトカゲ三匹。ライフルの弾幕に晒されていた残りの群れも、後を追うように霊力光となって消えた。

 生まれる僅かな空白。秒単位の安全圏の中で、マリアは小さく息をついた。

「ふ、ぅ」

 これまで一体、どれだけの禍を倒してきただろうか。一ヶ月近くもこんな状況が続いているとあらば、なるほど確かにファントム・ユニットへもお呼びがかかろうと言うものだ。

「……一ヶ月、か」

 マリアは呟いた。

 そう、一ヶ月だ。モーリシャス本島、及びその東沖のEフィールドで行われた偶発戦闘から、もう一ヶ月以上の時間が経過したのだ。

 状況は、あれから大きく変わった。ファントム・ユニットや凪守(なぎもり)のみならず、世界中の魔術組織が打撃を受けたのだ。

 しかもその影響は、現在進行形で今日まで続いている。マリアと辰巳がこうして禍の調伏に動いているのも、その延長の一つなのだ。

 ザイード・ギャリガン。グロリアス・グローリィの首魁が満を持して発動した計画は、ファントム・ユニットの強襲を受けてなお、甚大な被害をもたらしたのである。

 しかして今現在、マリアの注意と思考は、それと別の方向へ向いていた。

 即ち。今現在コンビで戦っている同僚、ファントム4こと五辻辰巳の方へと。

()、ィ、ィッ!」

 右前方。屋根の上を駆けながら禍を殴り倒していく黒い鎧装を、マリアは目で追う。

 正拳、裏拳、肘打ち、二段蹴り。真横からの斬撃を軽くいなし、懐に潜り込んで別のリザードマンへと投げつける。相変わらず恐るべき技量だ。つい先日まで謹慎を受けていたとは、とても思えぬほどに。

 だが。

「そろそろ、マズイかな」

 マリアは指揮棒を操作し、旋回させていた手斧を辰巳に向けて飛ばす。それと同じタイミングで、辰巳は新たなリザードマンの顔面へ鉄拳を叩き込んだ。

()、あ?」

 もとい、叩き込もうとした。

「GR、A?」

 辰巳の拳は空を切った。リザードマンの顔面を、音も立てずにすり抜けたのだ。

 たたらを踏む辰巳とリザードマン。突然の事態に禍と顔を見合わせた辰巳は、視界の端で己の拳が一瞬揺らいだのを見て取った。

 それはさながら、電波干渉を受けたテレビ画面にも似ており。

「コイツ、は」

 顔をしかめる辰巳。その隙にリザードマンが剣を振りかぶる。

「GRAAAAAAAAAッ!」

 斬。

 響く刃音は、けれどもリザードマンの斬撃ではない。ひょろ長いトカゲ頭、その側面へ叩き込まれた、斧の一撃によるものだった。マリアの先程の投擲は、この援護が目的だったワケだ。

「気をつけて下さいよ、今のファントム4は分霊(ぶんれい)なんですから」

 通信機越しに耳を打つマリアの声に、辰巳はヘッドギアのコメカミ辺りをつついた。

「ああ。分かってる、つもりだったんだがな。流石に四発ともなるとガス欠か」

 ――そう、今の辰巳は分霊だ。そもそも本人は天来号(てんらいごう)の隔離区画で、今も厳重に拘留されている。

 その分霊術式も利英(りえい)が直々に調整した特注品なのだが、いかんせん辰巳の激しい戦闘技法に加え、長時間の戦闘、更には大出力術式――ヴォルテック・バスターを四発も使ったとあらば、流石に霊力も枯渇しようというものだ。

「にしても、随分とナイスなタイミングだったな? 何かコツでもあるのか?」

「忘れたの? コツも何も、私には看破の瞳があるんだよ」

「ああ。そうだった、な」

「GRAAAAA!」

 背後。辰巳へ忍び寄っていた新手のリザードマンが、ここぞとばかりに剣を振り上げる。

 斬。

「――ついでに、少し貸しといてくれるか?」

 そのリザードマンが間合いに入る一瞬前の隙を縫い、辰巳は振り向きざまの斬撃を放った。

「G、R、AAA」

 くずおれるリザードマン。振り抜かれた辰巳の左手には、先程マリアが放った手斧が握られていた。

「仕方ないですね」

 傍らのライフルを連射しつつ、マリアが指揮棒を振る。フェイスシールド裏へ投射されるパラメータから、霊力経路が解放されるのが見て取れた。

 そこへ自分の経路を繋ぎつつ、辰巳は左手首へ手を伸ばす。そこへ装着されていたのは青いEマテリアルではなく、利英謹製の模造品たるI・Eマテリアルが三つ。

 一列に並んだその石のうち、先頭のものが輝きを失っている。霊力が枯渇した証拠だ。

『そんなトキもあろうから! 事前に未然にこうした用意をさせちゃってもらうぜ遺影イエーイ!』

 連日の徹夜で目を真っ赤にさせていた利英を思い出しながら、辰巳は手首を操作。備わっていたダイヤルを、二つ目のI・Eマテリアルに合わせた。

 途端、辰巳の鎧装に引かれた青いラインが光る。体内に新たな霊力が充ち満ちていく。

「毎度の事ながら良い仕事だ、ぜッ」

 かくて充填完了もそこそこに、辰巳は手近なリザードマンへと間合いを詰める。斧を振るう。間合いを詰める。鉄拳を繰り出す。間合いを詰める。蹴撃を放つ。間合いを詰める――。

「ふ、ぅ」

 そんなルーチンワークを、どれだけこなしただろうか。

「終わりましたね。お疲れ様です、ファントム4」

 気付けば、リザードマンの群れは全滅していた。

「ああ」

 半ば上の空気味に頷きながら、辰巳は路肩に寄りながら鎧装を解除。マリアも電線上から飛び降り、同じく私服に戻る。

「しかし、中々充実した寄り道になっちまったな」

 商店街の時計を見上げれば、時刻は十二時少し前。すっかり昼飯時だ。分霊体の辰巳は空腹なぞ覚えないが、それでも先方には少し迷惑をかけてしまうか。

「仕方ないでしょう、今まで以上に人手が足りないんですから」

 スマートフォンでメールを送信した後、マリアは辰巳を見やる。

「またいつ緊急招集がかかるか分からないんですから、遠慮せず済ませた方が良いと思いますよ?」

「……まったくだな。気にするだけ野暮、か」

 どうやらマリアも似たような心境らしい。知らず、辰巳の口元へ苦笑が浮かんだ。

「んじゃまぁ、遠慮無く行ってみるか。同級生の実家にさ」

「ええ。たのしみ、ですね」

 マリアは、寂しげに笑った。



 特務退魔機関凪守、特殊対策即応班ファントム・ユニット。

 そこに所属するファントム4こと五辻辰巳は、現在その凪守の拘束下にある。

 インペイル・バスターを用いた、想定外の方法での霊泉領域(れいせんりょういき)潜行。そこで接触した謎の男と、霊泉領域へ生じた謎の断裂現象。何よりその断裂を生み出した五辻辰巳の、ゼロツーの隠されていた力。

 それらを危険視した上層部により、ファントム4は拘束される運びとなってしまったのだ。

 そんな辰巳が分霊とはいえこうして出歩いているのには、これまた色々と理由がある。

 まぁ最大の理由は、(いわお)の尽力による賜物なのだが。

「しかし本当に増えてたんだな、禍」

「そうなんですよ。もう日常茶飯事ですね、あれくらいだと」

「うッへ。これもアフリカのアレの影響だ、ってか」

 モーリシャス島からアフリカ大陸へと逃走したグロリアス・グローリィの巨大戦艦、スレイプニルⅡ。その巨大な船体が赤い壁――Rフィールドの中へ姿を消してから、禍の出現数は世界各地で爆発的に増大した。あらゆる魔術組織の対応能力がパンクするほどに。

 それに対応する戦力を一人でも確保するため、という名目が辰巳の分霊作成の後押しにもなったのだが――今辰巳が出歩いているのは、禍を警戒するための巡視、ではない。

 辰巳とマリアは、ある人物の精神状態の予後調査をするため、この商店街にやって来たのだ。禍と遭遇したのはあくまで偶然、の筈である。

「……ここ、ですね」

 スマートフォンのマップ機能で位置を確認したマリアは、観念したように顔を上げる。

「……ここが、そうか」

 コメカミをつつきながら、辰巳はその二階建ての建物を見上げる。

 商店街の端、十字路の脇。夏の日差しを反射する、オレンジ色の壁の二階建て。その隣に、同じくオレンジ色の看板がちんまりと立っていた。

 看板にはこう書かれている。

 フラワーショップきりみや。

 誰あろう、霧宮風葉(きりみやかざは)の実家が営んでいる、花屋であった。



「こん、に、ちわ」

 おずおずと、マリアはフラワーショップきりみやの玄関を開けた。辰巳もそれに続く。

「はい、いらっしゃいませー」

 真正面、レジに立つ店員が朗らかに挨拶する。その店員の名前を、辰巳とマリアは良く知っていた。痛いほどに。

『まず結論から言おう。霧宮くんは生きている』

 一ヶ月前、Eフィールド上での戦闘が終わった直後、オウガのコクピット。一向に目を覚まさない風葉を診察した利英は、確かにそう言った。

 その言葉通り、私服にエプロン姿の店員――風葉は、接客用の笑顔を貼り付けてこちらを見ていた。夏休み中のため手伝いをしているのだろう。

 知らず、辰巳は片手を上げていた。

「やぁ、久し振りだな」

 接客用の笑顔が、怪訝顔に変わった。

「……? ん、と。あのぅ。どちら様ですか?」

 首を、傾げた。まるで、初対面の相手を見るように。

「……、……。あぁ」

 辰巳の腕が下がる。脳裏の利英が説明を続ける。

『ただし、辛うじて、だ。身体的な外傷はともかく、精神及び霊力経路、特に霊泉領域が非常にまずい事になっている。このままでは命にかかわる』

 ――どうにも、ならないってのか。

『ぬかせ。それを防ぐための術式はいくつも造られてるし、何よりそれをさせないために僕が来たんだ』

 ――じゃあ。

『ただし、そのためには。精神の破損箇所ごと彼女の記憶を切り取り、初期化する事になるがな』

「あのう? お客さん?」

 辰巳は我に返った。風葉はいつの間にかカウンターを超え、近くへ歩み寄って来ていた。

 表情は、相変わらずの怪訝顔。

 ああ、こんなにも。

『霧宮風葉は命を取り留めるだろう。だが』

 こんなにも、近くに居るのに。

『だが。ファントム5は、消滅する』

 なんと、遠いのだろうか。

「――。や、すまないな。こっちが一方的に知ってるだけの話だ」

「はぁ」

 コメカミをつつきながら目を逸らす辰巳に、風葉はますます眉間の皺を深めた。

「あと、買い物に来たのは本当だ。このメモにある花を用意して欲しい」

「ん、あ、はい。分かりました。えぇと」

 辰巳に背を向けた風葉は、売り場に並ぶ花々の中を、手慣れた手付きでひょいひょいと選んでいく。資料の上では知っていたが、実際には初めて見る風葉の一面に、辰巳は目を細めた。

「お待たせしました。これで間違いないでしょうか?」

「ああ、大丈夫だろう。多分な」

「適当ですねぇ」

「信頼してるって事さ。それだけな」

「ん、ん」

 目を点にする風葉であったが、それでも支払いは滞りなく終わった。

 お釣りを渡すまでの間、風葉の目は銀髪の外人――マリアにちらちらと視線を向けていた。きっと、珍しかったからだろう。

「……私の事、覚えてませんか? 霧宮さん。クラスメイトのキューザックなんですけど」

 たまらず、マリアは声をかけていた。

「えっ? あ、あぁー。言われてみれば確かに。え、っと。こっちでは初めまして」

「……。うん。初めまして」

「そのう、どうしてウチに? 何か用事でも?」

 辰巳と同じく初対面の、しかも外人を前にした風葉は、あからさまに動揺していた。

「……実は私、この夏期休暇中にまた引っ越す事がきまってしまいまして。クラスメイトの方に挨拶しておきたかったんです」

「ああ、そう、なんですか」

 けど、それがどうして私に――と風葉が続けるより先に、マリアは頭を下げていた。

「ありがとう、ございました」

 礼を伝えたかった。そしてそれ以上に、顔を見られたくなかった。

「あ、いえ、こちらこそ?」

「では、さようなら」

 くるりと背を向け、マリアは早足でフラワーショップきりみやの玄関を出て行った。

「俺も行かせて貰うよ。予後調査も問題無さそうだしな」

「は?」

「こっちの話さ」

 目をしばたかせる風葉だったが、辰巳もまたすたすたと行ってしまった。一番印象深い顔を見る事で、記憶が戻ってしまわないかを確かめていたんだ――などとは、言える筈もなかった。

「……ヘンなの」

 訝しみつつ、風葉はエプロンを外す。

「ま、いいや。それよりご飯ご飯、っと」

 扉を開け、風葉はぱたぱたと廊下を進む。突き当たりを曲がり、洗面所で手を洗おうとした矢先、母の麻子(あさこ)と鉢合わせた。

「あ、丁度良かった。今呼びに行こうと……あら風葉、どうしたの?」

「え? 何が?」

「何が、ってアナタ、泣いてるじゃない!」

「え」

 思わず、風葉は目元を拭う。

 指先には、小さな雫が伝っていた。


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