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神影鎧装レツオウガ  作者: 横島孝太郎
#3 プロジェクト・ヴォイド
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Chapter10 暴走 10

「野暮用だ、キミはそのままでいい。状況のデータは今送る」

 レイト・ライト本社ビル近郊。上空を飛び去る赫龍(かくりゅう)からもたらされた、待機命令とEフィールド上の現状。

 フェンリルと交戦中のオウガ。アメン・シャドーと交戦中の赫龍。そして姿が見えぬファントム3。それらの状況と情報を複合したマリアは、最高のタイミングが巡って来た事を悟った。

 悟って、しまった。

「フェンリルを、奪う」

 それは祖父、スタンレーからの密命。引いてはBBB(ビースリー)内におけるキューザック家の発言力を向上させるための一手。

『ウイィィングッ! タイガァァァァァァッ! ロボォッ!!』

 ふと気付くとレイト・ライト社上空で、赫龍と迅月(じんげつ)が資料通りの合体システムを完了させていた。設計、操縦、どちらを見てもほれぼれする手並みだ。

「……ショック受けすぎでしょ、私。どんだけボンヤリしてたのよ」

 が、マリアはもはや一瞥さえくれない。コンソールに機密コードを打ち込み、計画専用の立体映像モニタを手元に呼び出す。

「プランは……C3をベースに、いくらかアレンジを」

 独りごちつつ、マリアは背部からティーセットをもう一度取り出す。ポットを手に取り、白磁の表面をリズミカルに小突く。

 こん。こここん。こっこんここん。

 それが合図だ。まっさらだったポットの表面に、電子回路じみた術式の光が灯る。紅茶に含まれる霊力を元に稼働するその術式は、スタンレーによって専用の調整を施された捕縛術式の一種だ。

 マリア単身でファントム・ユニットに入り込む以上、こうした準備は入念に行っていた。紅茶に賦活効果があったのも、これが理由だ。そもそもがEマテリアル等と同様、術式保持能力を持った霊力プールだったのである。

「後はファントム4を遠隔支援しながら、機会をうかがう。足りない霊力は、今から補給する」

 術式起動に必要な紅茶(れいりょく)には、まだ余裕がある。なのでマリアはカップに紅茶を注ぎ、一気に飲み干す。

 そして、むせた。

「……わたし、サイテーだな」

 口の端から琥珀色が漏れ、舌も少し火傷したが、マリアは気にも止めない。

 気にする資格なぞ、最初から無いのだから。

『勝負しない? なんていうか、その、ちょっとしたギャンブルみたいな』

 思い出す。日乃栄高校で過ごした、短い日常を。

『残り、あと、一秒でしたね』

 力を合わせ、ファントム4を叩きのめした月面での模擬戦を。

『なんで、わたし、ねてたの!?』『そりゃ疲れてたからでしょ。私も一緒に寝たし』

 そしてつい先程まで、だらだらと駄弁っていたモーリシャスの砂浜を。

「ほんとに、サイテーで、サイアクだ」

 確かに過ごした時間は短いだろう。

 けれどもその短い時間の中で、霧宮風葉(きりみやかざは)はマリア・キューザックにとって数少ない、かけがえのない、大事な友達になった。

 そんな友達(ファントム5)を、マリアは利用しようとしている。

 他でも無い、家と血筋の都合によって。

「まるで、呪いね」

 後悔、諦念、自己嫌悪。封鎖術式があれば良かったのに――そうした愚痴と諸々の感情を溜息に混ぜた後、マリアはオウガへと通信を繋いだ。

「ファントム4、聞こえますか?」



 ぞぶり。

 フェンリルファングが、オウガの右腕に食い込む。辰巳(たつみ)は顔をしかめる。

「ぐッ、う」

 疑似痛覚が走る。オウガの霊力経路越しに、何かが染み込んで来る。

 それを振り払うべく、辰巳は無理矢理腕を振り抜きながら、スラスターを全力噴射。後方へ大きく跳躍する。

「セットッ……! ラン、チャーッ!」

「Roger LocketLauncher Etherealize』 

 更に空中で左手首にランチャーを生成、フェンリルの足下へ全弾を叩きつける。

「GGRROOッ!?」

 流石に煙や閃光は吸収できないようで、フェンリルは露骨に身をよじる。その隙にオウガは着地し、辰巳は右腕の状態を確認する。

 そして、眉根を寄せた。

「無傷、だと?」

 正直なところ、肘から先が千切れる事すら想定していた。しかして現状、右腕は損傷どころか、塗装の剥がれすら見当たらない。

「どう言う事だ?」

 訝しむ辰巳。それでも状態を確かめるべく、オウガに右拳を握らせる。

 もとい、握らせようとした。

「……!? 指が、」

 動かない。そう呟くよりも先に、オウガの右腕は完全に動作を停止。その原因を、辰巳はすぐさま察する。

「霊力切れ、か!」

 あまりにも単純、かつ如何ともしがたい状況に、当然フェンリルは待ってくれない。

「GROOOWWWLッ!!」

 立ち上る爆煙を吹き飛ばし、迸るソニック・シャウト。その衝撃波を紙一重で回避しながら、辰巳はヘッドギア越しにコメカミを小突く。

「まずいな」

 無意識に、辰巳は呟いた。

 呟いて、戦慄した。

 ファントム4が、自分自身が今、恐れおののいている事実に。

 理由は二つ。一つ目は、今し方のフェンリルファングによって、右手首部Eマテリアルが空になってしまった事実だ。

 かつてオーディン・シャドーを撃破したあの時。或いはバハムート・シャドーを撃破したあの時。どちらも相当な無理こそさせたが、Eマテリアルが霊力切れを起こす事は、ついぞ無かった。

 そんな霊力切れを、眼前のフェンリルは初めて引き起こしたのだ。確かに警戒度は上がるだろう。

 だが、辰巳が本当に恐れたのは、もう一つの理由の方だ。

『ウイィィングッ! タイガァァァァァァッ! ロボォッ!!』

 背部。遠景を映す立体映像モニタの中で、赤い翼を持った獣鎧装(じゅうがいそう)(おぼろ)が吼えていた。ファントム1こと五辻巌(いつつじいわお)は今、あれのサブパイロットをしている真っ最中というわけだ。

 対神影鎧装(しんえいがいそう)用として設計され、ファントム2の獣性を十全に発揮できるよう開発された、二重の意味での虎の子。あれだけの性能があれば、さしたる時間もかけずアメン・シャドーを撃破してのけるだろう。

 となれば必然、次はこちらにやって来るだろう。

 そして、フェンリル撃破の最適手段を取るだろう。

 全力強行。冥王(ハーデス)の瘴気。クリムゾンキャノンのような高出力術式。あるいはもっと別の方法かもしれないが――とにかく、巌は間違いなく、最短距離でフェンリルを撃破しようとするだろう。

 即ち。(まがつ)の中枢を、霧宮風葉を、殺そうとするだろう。

「ち、」

 舌打つ辰巳。無論、考えすぎかも知れない。絵空事かも知れない。

 だが。五辻巌には、前科がある。

 日乃栄(ひのえ)霊地でオーディン・シャドーと初めて相対したあの日。風葉が初めて、自分の意思(いかり)でグレイプニル・レプリカを解いたあの時。

 八方塞がりになりかけた、あの時。

 巌は、自壊術式の発動を決断した。

 辰巳を、オウガを、自爆させようとしたのだ。

 そして今の状況は、あの時と同じ八方塞がりであり。

「どうする。どう、すれば」

「GGRRROOOOOOOON!!!」

 そんな辰巳の焦燥なぞ露知らず、フェンリルはオウガ目がけて疾駆を開始。Eマテリアル捕食によって霊力に充ち満ちた足取りは、今まで以上の鋭さを伴ってオウガへと肉薄。

「む」

 焦燥しながら、しかし辰巳は気付いた。

 右、左、右。大小の跳躍を織り交ぜた攪乱軌道であるが、その双眸が狙っているのは、明らかに――。

「右、か」

 確かにオウガの右腕は動かない。だがそれは単なる霊力切れというだけであり、他のEマテリアルから霊力を回せば――。

「GGGROOOッッ!!」

「どうとでもなるんだがな!」

 跳びかかるフェンリル。予想通り右側から回り込んでくる、そのコンマ五秒前に、辰巳はオウガの右腕を再起動させた。

 喉笛を食い千切らんとするフェンリルの牙。その首元と右前足へそれぞれ手を添えながら、オウガは勢いに逆らわず倒れ込む。

()、ンッ!」

 そして遠心力のまま、フェンリルの体を投げ飛ばした。変則的であるが、いわゆる巴投げである。

「GROO!?」

 加えて強靱な四肢こそ持ち合わせているが、フェンリルの体躯に姿勢制御スラスターの類いは、一切無い。秒単位であろうが、着地まで身動きはとれまい。

 更に霊力武装ではない攻撃、即ち単純な質量打ならば、今のように通用する事も分かった。

 と、なれば。

「どうにか組み付いて、動きを止めて……」

 後の事は、それから考える。

「GRRRRR……!」

 思索時間は数秒。それは紛れもない隙であったが、辰巳はフェンリルが空中で身動きを取れない隙間を縫った、筈だった。

 しかして魔狼の身体能力は、辰巳の見立てを上回っていたのだ。

「GRR、RRROOOッ!」

 魔狼はバランサー代わりに巨大な尻尾を翻し、空中で身を捻る。体勢を立て直す。

「何ッ」

「GROWL!!」

 そして、ソニック・シャウトを叩きつけたのだ。

 直撃。衝撃。オウガを中心に、砂の大地が円形に沈む。

「ぐぅあッ」

 声を絞り出す辰巳。オウガも動きを縫い止められ、機体各所からダメージアラートを吐き出す。

 対するフェンリルはソニック・シャウトの反動で宙返りした後、オウガの右側面へひらりと着地。そのままオウガを中心に、大きく旋回するよう駆け出す。

「GROWL! GROWL! GROOOOWL!」

 駆けながら、ソニック・シャウトを連射する。そのままオウガを釘付け、フェンリルファングを見舞う算段か。

 無論、辰巳はそれに付き合うつもりなぞ無い。

「セット! ガトリング!」

『Roger GatlingGun Etherealize』

 右腕部、実体化した銃身から牽制の弾幕をばらまきながら、オウガも疾駆を開始。常に動き続けて距離を取り、まず辰巳は膠着状態を作り出す。

 巌よりも先、十中八九接触してくるだろう『敵の敵』と、共謀するためだ。

「GROWL! GROWL! GROOOOWL!!」

 吼え猛るフェンリル。這い寄る魔狼の影(フェンリルファング)。金切り声を上げるガトリングガン。せいぜい数分の、けれどもあまりに粘性が強い待ち時間。じわりとコメカミに生じた汗が、筋を引いて伝い落ちる。

 その直後、『敵の敵』はオウガへ通信をかけて来た。

「まずは読み通り、か」

 鳴り響く電子音。着信を求める立体映像モニタ。辰巳はモニタ上の着信ボタンに指を伸ばし、しかして躊躇した。

 信用、出来るのか。共闘したとて、どうにか出来るのか。

「……ままよ。現状これ以外に手があるか」

 渦巻く諸々の疑問を、辰巳は着信ボタンと一緒に押し込めた。自分自身を納得させるために。

「ファントム4、聞こえますか?」

 かくして立体映像モニタへ映りだしたのは、ファントム6、即ちマリア・キューザックであった。

 ディスカバリーⅢ四号機を駆る、BBBから出向してきた――恐らくはフェンリルを狙っている『敵の敵』

 そのマリアへ、辰巳は先んじて声をかけた。

「ファントム6、頼みがある」

 影の顎を回避しながら、銃弾を雨霰とばらまきながら、辰巳は短く告げた。

「え、あ、は、い?」

 響く戦闘音の只中で、驚くほど明瞭に聞こえた一言に、マリアは身を固くした。

「ファントム5……いや、違うか」

 辰巳は小さく首を振る。コメカミから指を放す。

()()()()を助けたい。手伝ってくれるか」

 そして。戦闘中に初めて、風葉の名を呼んだ。

「あ、」

 マリアは、息を飲んだ。

「はい……はい!」

 そのまま、一も二も無く頷いた。同じ気持ちだったからだ。

「そうか。ありがとう」

 どうやらマリアの言葉に嘘は無いようだ。

「後は……」

 おぼろげに見えた糸口を、無理矢理にでも切り開く。そのためにも、辰巳は僅かな迷いと共にガトリングガンを投擲。当然フェンリルはこれを爪で引き裂き、爆砕。

「GGRRRRッッ!?」

 そうしてフェンリルは、不意に動きを止めた。

 つい数瞬前までガトリングガンを構成していた霊力光。その向こうから現われたオウガは、鉄拳を構えていたのだ。

 直立姿勢で、何らかの確信と共に。

「機密対魔機関凪守(なぎもり)。特殊対策即応班『ファントム・ユニット』所属。ファントム4」

 更に、辰巳は言い放った。

「さぁ。おとなしく、助けられろ」

 かつて日乃栄高校でフェンリルと戦ったあの日。鹿島田(かしまだ) (いずみ)を助け出した時と、同じ宣言を。

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