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神影鎧装レツオウガ  作者: 横島孝太郎
#3 プロジェクト・ヴォイド
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Chapter10 暴走 04

 アフリカ大陸某所上空、沿岸部をやや過ぎた辺り。幻燈結界(げんとうけっかい)を纏いながら航行していたスレイプニルが、モーリシャス出発時からかけていたオーバーブーストを、ようやく解除した。

「やっと一息つけるッスね、ご主人」

 そう言ったのはギャリガンが行使するカラス型使い魔の片割れ、胸元の青い宝石が眩しいアオである。車椅子のハンドルを止まり木代わりにするアオへ、ギャリガンは振り返る。その右頬には、うっすらとした切り傷があった。

「まったくだ。いくら予知出来ていようが、不安はどこまでも付きまとうものだからねえ」

 ――ペネロペと良く似た喋り方をするアオであるが、それも当然だ。何せ今のペネロペの人格は、アオの思考回路をベースに再構築されたものであるからだ。ヴァルフェリアとしての精度を追求した反動である。

「……それにしても。一時は処分も検討した娘が、今や計画の要を担っているのか。いやはや、立派になったものだね」

「? どの子ッスか?」

 しばらく首を傾げていたアオだが、やがて「ああ、あの子ッスか」と得心してまっすぐに戻す。

 スレイプニルがグロリアス・グローリィ本拠上空へ辿り着いたのは、丁度同じタイミングであった。

 大型モニタに映り込むのは、実に大きく立派な町だった。遠く郊外へ目を向けなければ、そこがアフリカなのだと言う事を忘れてしまうくらいに。

 薄墨に沈むビルを隙間無く道路が縫い、その上を自動車の群れが流れていく。

 だがギャリガンとアオが見ているのは、そんな日常風景ではない。彼等は周囲より頭一つ高い高層ビルを、レイト・ライト分社という名目で建設された、魔術組織グロリアス・グローリィ本拠地の地上部分を見ていた。

「流石にこの角度から眺めるのは新鮮だねえ」

「自分はいつもこの角度ッスよ」

「そうだったね」

 目を細めつつ、ギャリガンはアオの首の辺りを撫でる。通信によってモニタ映像が切り替わったのは、そんな折だった。

 町並みに変わって映り込んだのは、黒いスーツとメガネのセールスマンめいた小男、サトウ。そして赤い宝石を胸元に光らせるもう一羽の使い魔、アカであった。

「お待ちしておりました、社長。ドッキング準備、全て整っております」

「おう来やがったなオヤジ! ちゃんと仕事したからな! 主にこのメガネが!」

 サトウの左肩に止まりながら、アカは翼をばたつかせる。耳やらもみあげやらへ盛大にこすれていたが、サトウの笑顔はまったく崩れなかった。

「うん、ありがとう。ではスレイプニル、着陸態勢へ」

『Roger』

 艦長たるギャリガンの指令を受け、自動操縦システムがスラスターの微調整を開始。発進時と同様にスラスターを下へ向けた体勢となるスレイプニルは、ゆっくりと下降を開始。

 グロリアス・グローリィ本拠にも匹敵する巨大な船体は、爆煙じみた霊力光を撒き散らしながらビルを透過。そのまま緩やかに着陸――するどころか、何と地面へ沈み込み始めた。

 音も無く沈む船体はアスファルトを、水道管を、土を薄墨でかき分け進み、やがて辿り着いたのだ。

 馬鹿馬鹿しいくらいに巨大な空洞へと。三百メートル程ある巨大なスレイプニルが、幻燈結界を解除しても何ら問題が無い空間へと。

 しかもそこはただの空洞では無かった。サトウが言ったドッキング用の巨大なアーム四本が壁面へ取り付けられており、それが展開してスレイプニルを強固に固定したではないか。

 そう。何を隠そう、ここはギャリガンがかねてより建造していた、スレイプニル専用の地下秘密格納庫だったのだ。

「ドッキング完了、続いて霊力の補給を開始します」

「ああ頼むよ」

 そうギャリガンが頷くと同時に、スレイプニル内部へ霊力が急速に満たされていく。ドッキングアームを経由して、本社の霊力が補給されているのだ。

 その供給状況を別のモニタで確認しながら、ギャリガンは息をついた。

「やれやれ」

「いやーホント良かったッスねご主人。実際ガス欠寸前でしたッスからね」

「ああ、まったくだな。オーバーブーストの長時間駆動と、何より幻燈結界が拍車をかけたな」

「ホントなら霊地と直結して使うくらい燃費の悪い術式ッスからね、幻燈結界」

 無論、本来なら十分に余裕がある量の霊力をスレイプニルへ搭載してから発進する予定だった。だが、ファントム・ユニットの介入がそれを狂わせた。

「砂浜で彼等が遊んでいた時、予知以上の霊力を稼ぐ事は出来たが……」

「それでも成功するかどうかは、結構際どいトコだったッスよね」

 ギャリガンが先見術式によって知りうる未来の断片は、絶対確実に訪れる訳でもない。術式を起動した時点で、最も起こりうる確率が高い事象を、断片的に垣間見られるだけなのだ。

 よって術者自身が予知を反故にしたり、何かしらの不確定要素が介入したりした場合、予知が外れる事もあり得るのだ。

 今回も成功したから良いようなものの、もし失敗すればギャリガンはスレイプニルを、引いては長年積み重ねた全てを、一瞬で失っていただろう。

「……いやはや、こんな鉄火場は久々だったね」

 ギャリガンはネクタイを緩め、車椅子の背もたれに大きく寄りかかった。

「心中お察しします。ファネル女史が休憩の準備をしておりますが、いかがなさいますか?」

「いいねえ。少ししたら行かせて貰うよ」

「かしこまりました。では後ほど」

 サトウが恭しく頭を下げた後、モニタは音も無く切断。真っ黒になった画面をしばし眺めながら、ギャリガンは思い出していた。

 あの時。おびき出したファントム5――フェンリルと邂逅した、あの瞬間を。



 ほんの十数分前。

 烈荒(レッコウ)が待機し、グレンがデミクサーを呷って昏倒したあの部屋に、ギャリガンは居たのだ。

 大型モニタを備えるコンソールの正面、右隣にグレンとペネロペを座らせているギャリガンは、静かに瞑目する。

「ふぅむ――」

 こうする事で良く見えるのだ。レイト・ライト本社、もといスレイプニルと霊力経路を接続しているギャリガンには、通路内を爆走している異物の姿が。

 床を、壁を、時には天井すらも飛び跳ねるように、異物は近付いて来る。迷わずに。まっすぐに。

「――来たな」

 片眼を開きながら、ギャリガンはゆらりと右手を掲げる。

 その、六秒後だ。フルスピードのレックウが、一直線に部屋へと突入して来たのは。

「ぐルぅあァアあああああああああああああああああああッ!!!」

 斬り裂かれ、吹き飛ばされる鋼鉄製の扉。まるで紙細工じみた有様だが、激突相手がサークル・セイバーとあっては仕方あるまい。

 魔狼(フェンリル)(あぎと)を代弁する円刃を備えた二輪は、倒れた扉の残骸を踏み台に、高く高く跳躍。音速にすら迫る速度と共にギャリガンを、神話に語られるターゲットを強襲。

停滞(イス)

 しかしてその突貫を、ギャリガンのルーン魔術が迎え撃った。

 本能のまま、何の対策も無く突っ込んだレックウは、当然その網へ絡め取られた。

 ファントム5の突貫は、空中でぴたりと止まったのだ。

 鎧装のスラスターを噴かそうが、レックウのアクセルを回そうが、もはや身動き一つ取れない。

「が、ガ、がああああっッ!!」

 それでも唯一自由に動く目と口が、ギャリガンを、神話上の標的を睨む。

 そして、叫んだ。

「ぐぅぅゥオおおおおおおおオオオんっっ!」

 ソニック・シャウト。音を媒介とした霊力の砲弾に、やはりギャリガンは動じない。

変化(エオー)

 魔術が奔る。霊力が風を変化させ、空気を誘導する。音を媒介とするソニック・シャウトは、その誘導に抗えない。

 攻性衝撃音波はT字の形に引き裂かれ、左右の壁へと順次着弾。ほんの僅かに相殺しきれなかった威力がギャリガンの右頬を掠めたが、それだけだ。

「ぐ、る、ルあぁぁああ……ッ!」

 唸りを上げるファントム5――いや、フェンリルというべきか。酷い狂乱振りである。

 だがまぁ、それも当然だ。かつて利英(りえい)が分析した通り、風葉(かざは)がフェンリルを抑えられていた『五辻辰巳(ファントム4)を助ける』という前提が崩れて久しい事もある。

 だがそれ以上に彼女は、フェンリルは、アテられているのだ。通路内へ充満していたギャリガンの霊力を、神話で殺す事を予約された標的の臭いを、今まで嗅ぎ続けてしまった為に。

「いやはや、我ながら回りくどいもんだ」

 だがそれもこれも、全ては鍵の石を覚醒させる最後のステップを、引いては予知の光景を成立させる下準備なのだから仕方ない。

「……とは言え、僕がするのはたったこれだけなんだけどねぇ」

 ギャリガンは胸ポケットをまさぐり、小さな装置を取り出す。スマートフォンを多少分厚くしたような、手のひらサイズの黒い直方体。その側面から虫のような足が展開し、上部からはプロペラじみた羽が展開。

「行け」

 そうギャリガンが呟くと同時に、虫じみた装置は掌から音を立てて飛翔。そのままレックウへ直進すると、ぺたりとボディ下部へ張り付いた。更に足を器用に動かし、エンジン部の辺りへ潜り込んでいく。これで下準備はおしまいだ。

「……」

 そんな一部始終を、グレンは仮面の下から睨んでいた。当人はその表情を、苛立ちを隠しているつもりなのだろう。

 それを知った上で、あえてギャリガンはグレンを横目で見た。

「どうかしたかね、グレン」

「いやぁーべつに何でも」

 ペネロペを伴ってやって来た直後、何故かギャリガンが預けてきた傘の柄をつつきながら、グレンは真横のペネロペを見やる。

「つか、んなモン無くても、コイツの腕ならどーとでもなると思うんですがね」

「……かぴー」

 背もたれに体重を預けているペネロペは、ブランケットにくるまった体勢で爆睡していた。デミクサーが効いているのだ。

 そんなペネロペの寝顔を、ギャリガンも微笑みながら見やった。

「ただ攻撃するだけならそれも良いだろうさ。だが予知通りに、かつ最良のタイミングでという条件が加わると、どうしても一手間かける必要が出て来る。それに、この子も疲労が蓄積してるからね。最高のコンディションで居て貰わないと」

 そのコンディションへペネロペが達するには、まだしばらくかかるだろう。それに何より風葉(フェンリル)を、鍵の石の覚醒に必要な起爆剤をまだ返していない。

「それにしても――」

 未だ空中に縫い止められているレックウと風葉へ、ギャリガンは静かに車椅子を転がす。

「ぐゥ、るるルアアああAAAAA……!」

 通用しないと理解したソニック・シャウトを、風葉は無闇に放たない。だが持ち合わせている知性はその程度だ。牙のように歯を剥き出し、よだれさえ垂らしながら唸り続ける姿は、まさに獣そのものであった。

「――なんて、可哀想なんだ。かわいい顔が台無しじゃあないか」

 ハンカチを取り出し、ギャリガンはそっと目元を拭う。本物の涙だ。

 しかしてその口元は、見事なまでの円弧を描いてもいた。

「思えばこの子だけじゃない。エルド・ハロルド・マクワイルド。ギノア・フリードマン。他にも沢山の……本当に沢山の皆が協力してくれなければ、ここまで来る事は出来なかった」

「あああAAアA、ガァぁッ!!」

 吼え猛り続ける風葉を頭上に、ギャリガンはハンカチを仕舞う。

「だが、遂に来るんだ。停滞してしまったプロジェクトI.S.F。引いてはその母体となったプロジェクト・ヴォイド。これらを再起動させる日が」

 ギャリガンの口元の円弧が、一層深まる。涙は既に跡すら無く、代わりに歓喜が浮かんでいる。

「そう、再起動させるんだ。この僕が、ね」

 言い放つギャリガン。その双眸と言動から覗く狂熱に、あろう事か風葉ですら一瞬怯んだ。

「そして、その為に、キミが居るんだ。グレン・レイドウ」

 そんな熱が宿る眼差しのまま、ギャリガンは車椅子ごとグレンへと振り返る。

「何回聞いたかな、その話も」

 しかして、対するグレンは冷めた態度で傘を弄ぶのみだ。

「そりゃやりますよ。オレの身体は、元来その為の器なんだし。だが……」

 グレンの右腕。鋼の手が、ぎしりと傘の柄を握る。仮面に隠れた眼差しがその手首を、もう一人の器が鍵の石を収めている部位を、睨み付ける。

「だが……アイツとの、あのニセモノとの白黒は、いずれ付けさせて貰う。その邪魔は、誰にもさせない。例え社長(あんた)だろうと、だ」

「ははは、その辺は安心しなさい。僕がそんな野暮をするはずがないさ」

 微笑むギャリガンは知っている。グレンの、ゼロスリーの怒り。

 それは辰巳(たつみ)への、ゼロツーへの嫉みと劣等感が基盤である事を、良く知っている。

 何故ならその怒りは、他でも無いギャリガン自身がゼロスリー(グレン)へと植え付けたものだからだ。

「それはともかくとして、グレン、そろそろ転移術式だ。この子を帰さないと、決着をつける所まで予定が進まないよ」

「あー、はい。そーでしたね」

 烈荒を遠隔起動するグレン。未だ部屋の中央、丁度風葉の真下に固定されている流線型の車体へ、膨大な霊力が集中。転移術式が起動したのだ。

「では、手筈通り頼むよ」

 手を振りながら車椅子を操作し、滑らかに部屋を出て行くギャリガン。

「ぐ、る、る……!」

 遠ざかっていく標的の背中を、ファントム5は血走った目で追う。待て、とでも言いたげに。レックウのエンジンを唸らせ、マフラーから霊力光と殺意を噴出させながら。

 だが、悲しいかな。停滞のルーンによって空中へ縫い止められたレックウの車体は、虚しく後輪を回転させるだけ――だったのだが。

 ギャリガンが壊れた扉を潜り、廊下へ姿を消すと同時に。

 ファントム5の拘束は、唐突に解かれた。

「ぐるうッ!?」

 目を剥いたのは、しかしほんの一瞬。烈荒のすぐ真横に着地したレックウは、直前まで空転していた後輪の勢いのまま直進。

 真正面にはグレンが立っているのだが、風葉は動じない。グレンも傘を開くくらいで、身動き一つしない。この先どうなるのか、既に分かっているからだ。

「るぅぅうああああアアッ!!」

 ソニック・シャウト化する寸前の咆吼を撒き散らしながら、風葉は鎧装の両袖及び両足に装備されたスラスターを起動。霊力が運動エネルギーをねじ曲げ、レックウはグレンを軽々と跳び越える。

 当然跳躍先には大画面のモニタがあるのだが、風葉はやはり慌てた様子も無くハンドルを切る。レックウの体勢が大きく捻られ、タイヤ側を下にしてモニタへと着地。

 当然こんな衝撃なぞ想定していなかった大画面は盛大に砕け散るが、風葉は気にも留めずに再跳躍。

「が、あ、ああああアアアAAAAAAAっ!」

 ギャリガンを追い、一直線に扉を潜っていく風葉。轍と霊力光を残していったライダーの後ろ姿に、グレンは溜息をついた。

「何とまあ一途なこった」

 ガラス片やら細かい瓦礫やらから、グレンは自身とペネロペを傘で守る。ギャリガンはこの状況を予知していたため、グレンへ傘を預けていたのだ。

 だからグレンは、この先どうなるのかもある程度知っている。

 グレンは傘を閉じながら、仮面の内側へ立体映像モニタを投射。十五センチ四方の小さな画面は、すぐそこにある廊下の監視カメラと映像を同期。

 かくて映りだしたのは、曲がり角の奥で止まっているギャリガンと、今まさにそれを見つけた風葉の姿であった。

「だから、読みやすいんだよ」

 建材を踏み砕く勢いで、一直線に廊下を踏破するレックウ。サークル・セイバーを展開すべく、ウィリー気味に風葉が車体を持ち上げた、その直後。

「フォースアームシステム、起動」

 風葉の真正面へ灯った青い転移術式が、レックウを転移させてしまった。

 後の顛末は、辰巳がEフィールドで見た通りである。

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