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神影鎧装レツオウガ  作者: 横島孝太郎
#3 プロジェクト・ヴォイド
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Chapter09 楽園 15

 レイト・ライト社ビル上空。スレイプニルの船首が、ゆっくりとアフリカ大陸を向く。船尾に密集する大小のスラスターが、段々と光を強めていく。

 反面、砲塔が動く気配は無い。加速にかかりきりで、攻撃に回す霊力が無いのか。あるいは護衛の大鎧装、ライグランスとスノーホワイトをよほど信頼しているのか。多分両方だろう。

 そんな二機と相対するのは、雷蔵(らいぞう)の駆る迅月(じんげつ)とマリアの駆るディスカバリーⅢ四号機。そのコクピットに収まっている両者は、短い作戦会議を丁度今終えた。

「……という感じなんじゃが、どうかの?」

「成程」

 現状最大の障害であるライグランスとスノーホワイトを、全力で排除する。後の事はきっとファントム1辺りがどうにかしてくれる。以上が、今しがた雷蔵が言った作戦の端的なまとめだ。

「一言で言って、行き当たりばったりですね」

「ぬは、手厳しいダメ出しじゃのう」

「当たり前ですよ。大体ファントム1が間に合わなかったらどうするんですか」

「その時はまぁ……その時じゃよ」

 ぬはは、と笑う虎頭。モニタ越しに見える剥き出しの牙を眺めながら、マリアは飲み終えた紅茶セットをテキパキと片付ける。

「行き当たりばったりですね、ホント」

 呆れ気味に、マリアはキャビネットを閉めた。それから小さく笑った。

「でも、好きですよ。そういう勝負も」

「ぬっはは、なんじゃい。何だかんだで乗って来るんじゃのうファントム6」

「他の手段も見当たりませんからね。それに、賭事は好きな方ですから」

 言って、マリアは手早く周囲を見回す。一号機と三号機の倒れている位置を確認する。賭事の勝率を上げるために。

 スノーホワイトに撃ち抜かれた僚機達は、しかし一機たりとも幻燈結界(げんとうけっかい)の外に出ていなかった。最も損傷が激しい二号機でさえも、だ。

 これは即ち霊力循環が途切れておらず、更にはパイロット達が全員無事だという証左にも繋がる。きっと通信も出来るだろう。

 だが同時にファントム・ユニット側としては、狙撃手に狙われた人質が三人も居るという構図になってしまっており。

「さてお二方。薄々予想してるとは思いますが、お仲間の無事を保証して欲しいなら――」

 案の定、想定通りのセリフを語り始めるサラ。十中八九、あの船が離脱するまで動くな、とでも言いたいのだろう。実際オーバーブースト開始までの数分間を稼げば、彼女等の目的は達成されるのだから。

「では行くぞファントム6ッ!」

 故に。雷蔵達は速攻を仕掛けた。

「了、解、ですっ!」

 防御フィールドを解除し、一息に飛び出す迅月。その尻尾を追うように、マリアはサブアームに保持していたシールドを投げた。オートで軌道を補正される丸盾は、そのまま迅月の機体後部に接続。

「セット、ブースト!」

『Roger Rapidbooster Ready』

 続いてラピッドブースターが起動し、迅月の突撃へ更なる速度が乗算。

 突撃方向はレイト・ライト本社。その屋上に陣取る狙撃手、スノーホワイトである。

「なっ、えっ、ちょっ」

 大胆かつ見事な速攻に、流石のサラも狼狽える。ライグランスの反応が鈍る。

 その隙を突き、マリアは四号機背部の試作武装を起動。更に一号機と三号機へメールを送信。

「んもぅ! ダンスパートナーは、私でしょうに!」

 灼装を揺らめかせ、迅月を追おうとするライグランス。しかしてその突貫を阻むように、一振りの刃が襲いかかった。

「うッ!?」

 自身のスラスター推力をねじ伏せ、跳び退るライグランス。その一秒後、ライグランスの頭部があった場所を斬撃が薙いだ。

「これは、」

 着地しながら、サラは正面に浮かんでいる刃を注視する。刀身は、前に見たオウガのクナイよりやや長いくらいだろうか。だが鍔や柄は一切ついていない。本来それらがある場所には、つるりとした青色の球体が接続されていた。あの球体が浮力と霊力を生み出しているのだろう。

 而して、その正体は何か。

「重力制御と、何かの攻撃術式の複合装置……かな?」

 恐らく他のディスカバリーⅢにも搭載されていた試作装備の類いだろう。やはり四号機にも搭載されていたのだ。

 球体は更にもう一つ、四号機のバックパックから現われた。そして先に奇襲したものと合流し、真正面からその刃を繰り出してきた。

 右、左、右、左。恐ろしく単純な攻撃だ。辺りの様子を軽く見回せるくらいに。

 迅月との距離はもう大分放れてしまった。こちらを足止めしている四号機は、いつの間にか右腕下部から展開したアンテナを小刻みに振っている。さながら指揮棒のように。

「変わったブエルタですね。ですが」

 もう、見切りました。口元まで出かけたその言葉を、サラは直前に噛み潰した。

 四号機のモノアイが、ライグランスの背後を見ている。

 即座に、サラはライグランスに膝立ち姿勢をとらせた。

 その直後、びょう、という風切り音がサラの頭上を横切った。

「なるほど――」

 見上げる。灼装の炎に炙られ、ややふらつきながらも指揮者へ帰っていく三つ目の球体が、そこには浮かんでいた。

「――先の二つは、囮でしたか」

 立ち上がるライグランスは、ここで完全に四号機へ注意を向けた。確実に排除せねばならぬ障害と認識したのだ。雷蔵の作戦通りに。

 かくして、相対する四号機は指揮棒を振る。三つの球体が、四号機の周囲を衛星のように周回する。

 そして、マリアは告げる。

「先程ダンスパートナーと言っていましたね?」

「ええ? それが何か?」

 ぬらりと。ライグランスの太刀が光る。

 ゆらりと。四号機の切っ先が回遊する。

「ダンスなら私としませんか?」


◆ ◆ ◆


「オ、オ、オ、オォォッ!!」

 迅月が走る。咆哮を上げながら、レイト・ライト本社へ向かって、一直線に。

 早い。ブースター全開である事を抜きにしても、恐ろしく早い。霊力消費を度外視しているのか。

 そうまでして急ぐ迅月の標的は、間違いなく狙撃手スノーホワイトだろう。何しろまっすぐ向かって来ているのだ。

「あー」

 ちらとライグランスを見るペネロペだが、頼みのサラは今まさにディスカバリーⅢ四号機へ釘付けられていた。

「盾の裏で示し合わせてたんスかね」

 何にせよ、ペネロペ自身が迎撃するしかないようだ。

 まぁ難しい事ではあるまい。確かに分霊経由の遠隔操作である都合上、1939年の森を展開する事は出来ない。だが真正面から馬鹿正直にやって来る標的を撃ち漏らす程、鈍っている訳でもない。

 無造作に、スノーホワイトはメガフレア・ライフルを構える。照星の向こうに、迅月の眉間が見えた。

 引金を引く。迸る霊力弾。コンマ数秒の間を置いて、霊力弾は穿った。

 薄墨色に沈む、モーリシャスの海面を。

「あれぇー」

 口調こそのんきだが、ペネロペの眉間には一筋のシワが刻まれていた。

「っかしいスねー」

 メガフレア・ライフルの次弾がチャージされるまで、およそ2.5秒。その間にも迅月はスノーホワイト目がけて爆進し続ける。

「こ、んの」

 照準、射撃。照準、射撃。照準、射撃。引金を引く度に研ぎ澄まされていくペネロペの射撃を、しかし迅月は紙一重の間合いで回避し続ける。獣の直感と、それを裏打ちする迅月の基礎性能が、回避を成し遂げ続けているのだ。

「ぬはは! このタイガーロボの機動性! 舐めてもらっては困るのぅ!」

「へぇ。カッコイイお名前してるんスね」

 いつものセンスで迅月の名前を間違える雷蔵だが、当然ペネロペにそれが分かる筈も無く。

 ただ一心に、無表情に。ペネロペは引金を引きながら、照星の向こうで踊る標的(タイガーロボ)の動きを観察する。

「……うん。大体分かったッス」

 かくてそのクセを、ペネロペは概ね把握した。ヴァルフェリアとしての能力がそれを成させた。タイガーロボはもう本社前の道路に差し掛かったが、大した問題は無い。

 2.5秒。チャージ完了するメガフレア・ライフル。そうして照準した次弾の出力を、ペネロペはあえて20%に下げた。これで再充填時間は0.5秒を切るだろう。フェイントを織り交ぜた二連射で、確実に仕留める。

 ――と、ペネロペが判断した矢先だ。ヘッドギア内蔵のアラームが、けたたましい音を立てたのは。



 PIPIPIPIPIPIPIPIPIPIPIPI。金切り声でがなる電子音を聞きながら、ペネロペはむくりと身体を起こした。眠たげな双眸は、既にタイガーロボを見ていない。

 ペネロペの意識は先程スキットルを呷った小部屋へ、強制的に戻らされていたのだ。

「……時間スか。残念」

 言う程残念そうな素振りは見えないが、とにかくペネロペはアラームを黙らせた。次に椅子から降りると、壁際のライフルケースをひょいと担ぎ、部屋の外に出た。

 バイクと思しきタイヤ跡ががうっすら残る廊下を進みながら、ペネロペはスノーホワイトのコクピットに居る分霊(ぶんれい)へ意識を向ける。自律制御に強制移行したとは言え、霊力経路自体はまだ繋がっているのだ。

 故に、ペネロペには良く見えていた。標的ことタイガーロボの突貫が。

 切断直前、入力だけは終えていた20%弾。その操作へ従い、二連射を敢行する自律制御システム。実に律儀なその手際に、しかしペネロペは溜息をついた。

「駄目スね」

 照準がまるでなっちゃいない。あれでは当たるまい、とペネロペは高をくくっていた。

「ぬ、ぅ、おぉおっ!」

 しかして、実際は違った。タイガーロボには、最初(ハナ)から避けるつもりが無かったのだ。

 タイガーロボは跳んだ。更に左右のシールドが展開し、同時に牙――インペイル・クラッシュの基点部から、霊力光が迸る。

 霊力光は展開したシールドと接続し、タイガーロボの全身を包み込む。そして渦を巻く。

 竜巻と言うべきか、ドリルと言うべきか。どうあれタイガーロボが纏う霊力の螺旋は、メガフレア・ライフル二連射を渦中へ飲み込み、揉み潰す。

 しかもタイガーロボの突貫速度は緩まない。むしろ更なる加速さえ見せながら、タイガーロボはレイト・ライト社の壁を駆け上がる。

 そして、遂に躍りかかった。

「タイガーッ! 全力疾走ブレイイイイイクッ!」

 正式名称、ヴォルテック・チャージ。ヴォルテック・バスターを元に開発された撹拌霊力フィールドを纏うタイガーロボは、ブースター推力のまま狙撃手たるスノーホワイトへ突撃。

 渦巻くフィールドを纏った体当たりは、灼装を纏っている筈のスノーホワイトを、紙細工のように粉砕してしまった。分霊からの中継は、そこで途切れた。

「う、く。流石スね」

 中継が途切れる寸前、見えてしまった爆砕光がペネロペの脳裏で閃いた。

 焼き尽くされる錯覚。それをあえて反芻しながら、ペネロペは自動ドアを潜った。

 途端、びょうびょうと風が叩きつける。ペネロペのサイドポニーがぱたぱたと流れる。

 鬱陶しげに眉をひそめるペネロペだが、まぁどうしようもない。何せここは高々度で滞空している霊力戦艦スレイプニルの甲板なのだから。

 暴れる髪を手で押さえながら、ペネロペはあらかじめギャリガンに指定されていた場所――後部スラスター近くの甲板端へ小走り移動。

「よいしょー」

 手すり近くにライフルケースを置き、蓋を開ける。灰色のウレタンにくるまっていたのは、霊力で稼働する大型特殊狙撃銃、グレイブメイカー。

 ペネロペはこれを素早く取り出し、安定脚を展開。次いでADP弾のマガジンも取り出し、寝そべりながらグレイブメイカーへ装填。

 最後にストックを肩に当て、グリップを柔らかく握り、スコープを覗き込む。

 正に、丁度その一秒後であった。

 Eフィールドを取り囲む霊力の壁に、紫色の光が灯ったのは。

「ファントム・ユニットの転移術式、ッスね」

 事前情報通りに出現したその転移術式に、ペネロペは銃口を向けた。

 目を閉じる。意識を集中する。月面から風葉(かざは)を狙撃したあの時のように。

 ――あの時。サラと違って調整が不完全だったペネロペは、極度集中による疲労と霊力切れの反動で、失神するように眠ってしまった。

 今は違う。ヴァルフェリアとしての能力は、改めて最適化とリミッターが施された。

「リミット、オフ」

 そのリミッターを今、ペネロペは改めて外した。

『Roger Valkyrie Einherjar System Ready』

 電子音声が響く。ペネロペの顔の左側面、赤紫色のアタッチメントが装甲を展開。

 隙間から漏れ出す霊力光。その光を遮断するように、ペネロペは目を閉じる。

「す、ぅ」

 大きく息を吸い、吐く。

「はあ、あ」

 目を開ける。白い息が、氷の粒となって落ちた。ヴァルフェリアの力を解放したペネロペは、うずたかい雪に埋もれる1939年の森の中に居た。

 鉛色の空を突き刺す、背の高い黒色の木々。その向こうに、標的の姿はあった。

 赫龍(かくりゅう)。白と黒に塗り込められた森の中で、自殺行為レベルの赤色を晒す大鎧装。

「あれじゃあもう、狙って下さいと言ってるようなもんスね」

 かくて躊躇無く、ペネロペは引金は引く。

 先んじるはコンマ五秒。まばたき程度しかない僅か数瞬の、しかし絶対に覆せない先手の一発が、赫龍へ向けて放たれた。

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