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神影鎧装レツオウガ  作者: 横島孝太郎
#3 プロジェクト・ヴォイド
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Chapter09 楽園 10

 薄墨のベールに覆われた空を、一直線に跳んでいく十五個の金属立方体。規則正しく並んだその編隊を、辰巳(たつみ)とブラウンは見上げる。

「あれはグラディエーターと言ってなァ、俺が直々に造った最新作なンだ」

 幻燈結界(げんとうけっかい)越しでもなお照りつける陽光に目を細めながら、蕩々と熱弁するブラウン。

 それを、辰巳は聞き流した。

「自分で言うのもなンだが、自信作だぜアレは。鎧装と(まがつ)のいいとこ取りをした設計になっててなァ……お、変形した。よしよし設計通りだ」

「す、う、う」

 深く深く、辰巳は息を吸う。今までも何度か行っていた、あの呼吸法だ。

「戦闘能力は従来の水準を満たしつつ、運用コストはぐっと低く抑えた造りになっていてよォ。まァ動力源にはグロリアス・グローリィ謹製のEプレートが必要不可欠なンだがな」

「は、あ、あ」

 深く深く、辰巳は息を吐く。理屈としては、息吹きと呼ばれる空手の技法に近い。呼吸を通じて自身の内面を調え、精神の均衡を得るのだ。

 更に辰巳は左手首を口元に止せ、Eマテリアルに告げる。

「セット、ハンドガン。並びにブーストカートリッジ」

『Roger Handgun Etherealize BoostCartridge Ready』

 電子音声の答えと同時に、Eマテリアルから投射される霊力光。青い光によって瞬く間に編み上がったワイヤーフレームを、辰巳は掴み取る。

 かくて完成した自動拳銃(ハンドガン)を、しかし辰巳は構えない。鈍く光る銃口は、両腕ごとだらりと下がったままだ。

 まっすぐな、いわゆる自然体の立ち姿を晒す辰巳。その有様に、ブラウンは少し眉をひそめた。

「……オレの話なンざ、まったく聞く耳持たねェって感じだなァ?」

「そりゃそうだろ。アンタの戯言に耳を貸すくらいなら、117番の電話を聞いてた方がよっぽど面白味がある」

 鼻を鳴らす辰巳だが、それは半分ウソだ。

 ブラウンの話は確かに興味深い。注意深く言葉を誘導すれば、グラディエーターとやらの弱点を聞き出せるかもしれない。

 それをこうも露骨に蹴飛ばしたのは、この話がもっと重要な何かを隠すための撒き餌に過ぎない、という事を見抜いたからだ。

「そォかよ、かわいくねェな」

 悪態をつくブラウンだが、実際辰巳の読みは痛いところを突いている。今のブラウンは、現在デミクサーの反動で昏倒中なグレンの回復時間を稼いでいるだけなのだ。流石にそこまで辰巳に察せる筈は無かろうが、会話の主導権を取られる事は看過できない。

 故に、ブラウンはとっておきのカードを切った。

「……ッたく、ゼロスリーは割と面白ェ反応するってのによォ。ゼロツーの方は愛想が無ェからツマランな、同じフォーマットだってのに。育った環境の違いかねェ? なぁゼロツーよ」

 誰も知らない、辰巳どころか、(いわお)すら知らない名前で、ブラウンは辰巳を呼んだ。

「ゼロツー。分かるか? 被験体第二号って意味だ。オマエの正式名称なンだぜ?」

「……」

 ほんの少し、辰巳の立ち姿が揺らいだ。ブラウンはほくそ笑む。

「なぁタツミ・イツツジ。何故俺がこんな情報を持っているのか、その意味が分かるかァ? ええオイ」

「……す、ぅ」

 先程の息吹きとまではいかないが、それでも辰巳は深めの呼吸を続ける。続けながら、ヘッドギアのコメカミ部の少し後ろをつつく。

 その操作に従い、フェイスシールド内側へ現われる小さなモニタ。そこへ表示されたコマンドの一つを、辰巳は入力する。霊力精製、即ち即興で霊力をこねあげる術式を。

「そうとも、オレがオマエの製造者なのさ。まァ、正確にはその一人なワケだがな。何にせよオマエも、グレンも、プロジェクトI.S.F.も、鍵の石――オマエらがEマテリアルとか捻りの無い名前で呼んでる青石も、オレが居なけりゃァ実現しなかった代物ばかりさ」

 音声の録音だけはしつつ、辰巳は努めてブラウンの言葉を聞き流す。聞き流しながら、Eマテリアルから霊力を取り出し、練り上げる。そうして即興の小道具は完成した。

「ちと造りが雑かな」

 だとしても、大した問題ではない。すぐに消すし、何より態度を見せる事自体が大事なのだ。

 かくて辰巳はおもむろにフェイスシールドを開くと、造り上げた小道具――真っ白さが眩しいティッシュで、思いっきり鼻をかんだ。

 づびぃぃーむ、という感じの音がした。

 辺りに障害物も無いせいか、やたら大きく響き渡った。

 ブラウンのご高説が、ぴたりと止まった。

「……ああ、悪い悪い。ずっと海パン一丁でうろうろしてたせいか、ちょいと冷えちまってさ。浜風のせいかな。俺の事なんざ気にしないで良いから、もっと続けてくれよ」

「……テメェこの野郎ォ、ホントに気にならねェってのか」

 苛立ち半分、疑問半分。痺れを切らしたブラウンは、自ら話題に切れ目を造った。

 当然、辰巳はその隙間へ容赦なくねじ込んでいく。

「これは師匠の受け売りなんだがな。大した根拠の提示も無しに、感情論を煽って他人を誘導しようとするヤツは、大抵三種類に分かれるそうだ」

 ティッシュもどきを放りながら、辰巳はこれ見よがしに三本指を立てる。

「一、自制の効かない馬鹿。二、知恵の回る悪党。三、悪党にほだされた馬鹿。この三つだ」

 ここで一呼吸置きながら、辰巳はじっとブラウンを見る。

「……少なくとも、アンタは一番じゃあなさそうだな」

 辰巳は言葉を切る。ブラウンも口を開かない。こちらが見透かした事を勘づいたか。

 そうこうするうちに、背後で一際大きな獣の咆哮と、連続する爆発音が響いて来た。

『タイガァァァァァァァァッ! かみつきボンバァァァァッ!!』

 振り向けば、虎の子らしかったグラディエーター部隊が、凪守(なぎもり)BBB(ビースリー)の混成部隊によって掃討されている真っ最中であった。

「はえェな……」

 呟くブラウン。それと同じ感慨を、奇しくも辰巳は感じていた。

 そして、思った通りだ、とも考えていた。

「チ、思う通りにはいかねェもンだなァ、どっちも」

 そんな辰巳とは逆のぼやきを発しながら、ブラウンは携帯端末を取り出す。液晶画面上に指を滑らせると、真っ平らなEフィールド上へまたもや霊力光が走り始める。

 形状は、巨大な正方形。それがブラウンの背後、Eフィールドの端から端まで、等間隔に連続する。

 かくて刻まれた三十箇所の四角形は、エレベーターのように沈降した後、十秒も経たぬうちに戻って来た。その上に新たな金属巨大立方体、即ちグラディエーターの待機モードを乗せながら。

 ブラウンは、Eフィールド内部に格納されている攻撃部隊の第二陣をリフトアップしたのだ。

 出たか。危うく零れかけたつぶやきを隠すように、辰巳は大急ぎでフェイスシールドを閉じる。

 辰巳は、これを待っていたのだ。

「ちょいと待ってろや、これが終わったらお前用の遊び相手も出してやるからよ」

 手筈通り、Eフィールドとレイト・ライト本社へ向かう二つの部隊に分かれる混成大鎧装部隊。

 その進行に対し、第二陣をどう割り振るか。見当しながら、ブラウンはモニタを注視する。

 視線が一瞬、辰巳から外れる。

 その一瞬を突いて、辰巳は半歩踏みだした。踏み込む為では無い。身体の影に、先程精製した自動拳銃を隠すためだ。

 ――ここから逃げる事は、ほぼ不可能だろう。Eフィールドに誘い出された時点で、辰巳はそう読んでいた。

 管理者と思しきブラウンに殴りかかるのは簡単だが、あれは十中八九本人では無く分霊だ。倒した所で意味なんて無い。

 さりとて背中を見せるわけにもいかない。そんな事をすればすぐさま禍か、下手すれば自慢のグラディエーターをけしかけられる可能性すらある。

 そうでなくとも、このままではまたあのグレンと鉢合わせる可能性が高いのだ。

 それを回避し、尚且つこのEフィールドから脱出するために。

「行けィ!」

 ブラウンの叫びと、まったく同じタイミングで。

「そいつを、待ってた!」

 満を持して、辰巳はトリガーを引き絞った。

 照準は真下、弾倉はブーストカートリッジ。「なンだと!?」というブラウンの驚愕を置き去りに、辰巳は薄墨の空を駆け上がる。

「ぐ、く!」

 肩口を中心にのしかかる重力。その重みを努めて無視しながら、辰巳は更に発砲、発砲、発砲。

 積算される加速力によって、爆発的に押し上げられていく辰巳の身体。気を抜けば意識を手放しそうになる衝撃の果て、辰巳は遂に幻燈結界の境界ギリギリに到達。

 それとほぼ同じタイミングで、辰巳の正面へと跳んでくる風音。苦労しながら焦点を合わせれば、そこには巨大な金属立方体こと、待機モードのグラディエーターが迫っていた。

 ――管理者ブラウンが直々に、Eフィールドの外へと射出している物体。脱出するためには、これを利用するほか無いだろう。そう踏んだ逃走経路を実現させるため、辰巳は今まで布石を打っていたのだ。

 もしブラウンが冷静だったなら、何らかの対策を講じたかも知れない。だが、辰巳はブラウンを散々に挑発した。結果、目論見通りにその判断力は鈍った。自動拳銃とブーストカートリッジの存在を忘れる程に。

「ドン、ピシャリだ!」

 かくて辰巳は自動拳銃を消去し、鼻先を掠めかけた立方体の縁を掴んだ。途端、のしかかって来る激烈な慣性。比喩で無く肩が抜けそうになる圧力をこらえながら、辰巳は装甲の段差に足を突っ込んだ。どうにか姿勢が安定し、慣性も多少は緩和する。

「やれ、やれだな」

 こうして辰巳は逃走経路を完成させた。このままならあと数分もせぬうちに、グラディエーターは仲間達の所へ合流してくれるだろう。そう、このままならば。

 しかして、その目算は狂う事になる。

 今し方引き絞った、ブーストカートリッジの引金。その一発目のタイミングで、グレンがEフィールド上に現われていたのだ。

「よーう、待たせたなキョーダ……あン?」

 グレンは首を捻る。丁度真横に居たブラウンに視線を向けてみるが、帰ってくるのは不機嫌な双眸だけだ。

「アイツ、どうしたんだ? 便所か?」

 聞いてみるグレンだったが、ブラウンは不機嫌そうに上を指差すのみ。

 そうして見上げたグレンは、今まさに脱走しようとしている辰巳を見つけたワケで。

「……!? な」

 驚愕したのも一瞬、グレンの表情はすぐさま憤怒に塗り変わる。

「な、に、やってんだテメエェェーッ!」

 激昂。燃える怒りを噛み潰しながら、グレンは右手首を口元に寄せる。Eマテリアルこそ見当たらないが、それでも辰巳の腕時計型装置そっくりのそれに、グレンは叫ぶ。

「セット! モード、トルネード!」

『Roger Tornado Blaster Ready』

 鳴り響く電子音声に従い、グレンの右拳上へ集束していく霊力の輝き。赤い光をたたえるその霊力は、手首から先を覆いながら竜巻のような渦を巻く。

 そんな螺旋を纏った拳を、グレンは辰巳へ向けて突き上げた。

「トルネードッ! ブラスタァーッ!」

 ヴォルテック・バスターに良く似た、渦を巻く霊力砲の一撃が、金属塊ごと辰巳を急襲する。

 頭に血が上っていた叫びとは対照的に、冷静正確な照準のトルネード・ブラスターは、狙い違わず着弾。グレンが出力を加減しなかったのと、事実上内部機構が剥き出しだった金属立方体は、哀れにも空中で爆発した。巌が赫龍(かくりゅう)のコクピットで見た爆発は、これが原因だったのだ。

 さりとて辰巳は無事である。着弾まで十数秒も間があれば、立方体を蹴って離脱する事なぞ、造作も無いからだ。

「逃ィがすかよ! おいブラウン!」

「なンだゼロスリー」

「オレを射出しろ! カタパルトで! あのニセモノの所に!」

「……ハ! そいつァいいな。オレもゼロツーのナマイキ加減には、ちィと頭に来てるからなァ」

 にやりと笑いながら、ブラウンは携帯端末及びEフィールドから呼び出した立体映像モニタを操作。射角計算、霊力調整等は一瞬で終了。ターゲットがブーストカートリッジを使う可能性は捨てきれないが――。

「キリモミしてる今なら、そうそう対応は出来ねェよなァ?」

 モニタを撫でるブラウンの指。その入力に従うEフィールドが、グレンの足下に霊力光の正方形を出現させた。一メートル四方の、けれども巨大な金属立方体を撃ち出したものを応用したカタパルトに、霊力が充ち満ちる。

「よォし、遠慮無く行ってこい!」

 かくてグレンは射出される。矢の如く、弾丸の如く、一直線に。

 まばたきするたび近付いて来る辰巳のシルエット。激しくキリモミしながらも、どうにか体勢を立て直そうとしている同じ顔を見据えながら、グレンは右手首を口元に寄せる。

 霊力と鎧装、二重の保護を持ってしても、尚叩きつけてくる風の圧力。それをねじ伏せるかの如く、グレンは叫んだ。

「セェット! モード、スティンガー!」

『Roger Stinger Blaster Ready』

 鋼の右腕が唸りを上げる。右肩部装甲がスライド展開し、放出される霊力の帯がマフラーのようにはためく。固く握られたグレンの拳へ、Eプレートに圧縮されていた霊力が渦を巻いて凝集する。

「うッ」

 あれは、まずい。どうにか姿勢を安定させた直後、視界に映った赤い霊力の刃に、辰巳はそう直感した。

 理屈も理由も解らないが、アレは恐らく同じ術式。

 ならば同じ術式をぶつければ、相殺、出来るか。出来るのか――?

「やるしか、ないっ! セット! モード、インペイル!」

『Roger Impale Buster Ready』

 鋼の左腕が唸りを上げる。左肩部装甲がスライド展開し、放出される霊力の帯がマフラーのようにはためく。Eマテリアルから迸る青い霊力が、螺旋を描きながら辰巳の拳上に集束する。

 スカイダイビングじみた体勢を僅かに変え、グレンへ向かってまっすぐに突っ込む辰巳。

「インペイルゥゥゥーッ!」

 ロケットのような体勢から鉄拳を引き絞り、辰巳へ向かってまっすぐに突撃するグレン。

「スティンガァァァーッ!!」

 かくして青と赤、二つの螺旋は真正面から激突する。

「バスタァァァァァァッ!」

「ブラスタァァァァァァァッッ!!」

 先程の金属立方体にも劣らぬ爆発が、薄墨色の空に轟いた。

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