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神影鎧装レツオウガ  作者: 横島孝太郎
#3 プロジェクト・ヴォイド
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Chapter09 楽園 07

「さて。改めて状況を確認しよう、手短にね」

 コンテナ上から諸々の指示や説明を終えた(いわお)は、再確認のためもう一度皆を見回した。

 その口調に、いつもの間延びした感じはない。

「ざっくり言ってしまうと、いい話と悪い話がある訳だ。どっちから聞きたい?」

「そりゃあ定石通りじゃろ」

 即座にそう返したのは、腕組み姿勢の雷蔵(らいぞう)である。

「じゃあいい話だ。それは敵の、グロリアス・グローリィの目的が解ってるって事だ」

「先程言っとった引っ越し、じゃな」

「そう、連中は活動拠点を移そうとしてる。僕らの調査から逃げるため、随分と早急に」

「まるで夜逃げだな。しかし実際問題、何をどう動かすつもりなんだろうな?」

 続いて質問を挟んだ(メイ)に、巌はお手上げのジェスチャを返す。

「そいつは先方に聞いてみるしかないな。けど、霊力を大量に使う事だけは目に見えてる。そしてそれは十中八九、霊地との直結ラインで賄われるだろう。これを遮断するのが僕達の勝利条件だ」

「要は連中の動脈をかき切ってやれば良い訳だな、解りやすくて良いじゃないか。で、悪い方は?」

「そのかき切る為の戦力が、ここにいる全員プラス1しか居ない、って事だな。増援は期待できない」

「プラス1、って……ああ、辰巳(たつみ)か。アイツもどこをほっつき歩いてるんだか」

 鼻をならす冥。その後ろに居たマリアは、リストコントローラの操作を止めて巌を見た。

「あのう、通信を封鎖されてる現状では、そもそも戦いにならないんじゃないでしょか。増援以前に、鎧装展開も出来ないのでは?」

 眉をひそめるマリアだが、それも無理はない。

 そもそも鎧装展開術式とは、事前に登録していた戦闘服を転送する代物だ。あらゆる通信が封鎖されているこのモーリシャスでは、確かに鎧装展開は不可能だろう。

 しかして、巌は首を振る。

「いや、そうでもないよ。ヘルゲート・エミュレータを経由すれば、通信は出来る、よな」

「勿論。オウガローダーを転送する時と同じ理屈だな。と言う訳でセット、ゲート」

『Roger HellGate Emulator Ready』

 言うなり、冥のリストコントローラから霊力光が投射。光は精密回路のように枝分かれした後、身長と同じくらいの術式陣を格納庫中央へ編み上げた。

「冥界を経由して救援要請と鎧装展開をする、か。よくかんがえると凄まじい話じゃのう」

「そうか?使えるものは何でも使うってのは、昔から変わらない闘争の基本じゃないか……ま、とにかくやってくれよ巌」

 指差す冥。ああ、と頷いた巌はリストコントローラを操作し、メッセージを送信。

 後は受け取った帯刀(たてわき)とスタンレーが、しかるべき対応をしてくれるだろう。

「とは言え、時間足りないだろうけどね」

「世知辛い話だな」

 肩をすくめる冥だが、これはもう仕方が無い。

 実際帯刀とスタンレーがどんなに早く手筈を整えたとしても、増援がモーリシャスへ来るまで二時間、いや一時間半はかかるだろう。

 対するグロリアス・グローリィの引っ越し作業はもう始まっており、霊力貯蔵も十二分らしい事が窺える。そうでなければEフィールドを形成する余裕なぞあるまい。

 だからどんなに長く見積もっても、一時間以内に引っ越しは終わるだろう、と巌は見ていた。

「要するに、正念場って事さ」

 言いつつ、巌はコンテナから降りた。オウガローダーの隣、鎮座する二機の新型大鎧装の前を横切り、紫色の術式陣――ヘルズゲート・エミュレータの前に立つ。

「こうなるって解ってたら、もっと色々準備して来るんだったな」

「気持ちは分かるが、その辺は無い物ねだりだな。あらゆる状況に万全を期せるニンゲンなんざ、なかなか居ないさ」

 鼻を鳴らしながら、冥は巌の左隣に立つ。

「手厳しいのう。現状考え得る最善手を打っとると思うぞ、巌は」

 フォローしながら、雷蔵は冥の左隣に立つ。

「とりあえず行こう、風葉(かざは)。気は進まないだろうけど……」

 苦い表情を浮かべながらも、マリアは風葉に手をさしのべる。

「……ん、ん。分かってる、つもり。鎧装着とかないと、危ないもんね」

 その手を取りながら、風葉は無理に笑った。そして連れ添いながら、巌の右隣に並んだ。

 横隊を組むファントム・ユニット。その中央に立つ巌は、横目でちらりと風葉を見た。

 不安だが、後方支援なら取りあえず大丈夫だろう。

 何より自分の足で立った風葉の心を、巌は信じたかった。

「……いや」

 違うか。巌は小さく首を振る。そんな物はただの建前だ。

 二年前、ファントム・ユニット結成を志したあの日。目的を達するためならば、何であろうと利用する事を決めたあの時。

 あの決意(ノロイ)が今、巡り巡って風葉を苦しめているのだ。霊力とは何の関係も無かった、ただの一般人を。

 もう一度周囲を見やる。紫色に輝く術式陣、その右手側には凪守(なぎもり)自衛隊出向部の六人が、左手側にはBBB(ビースリー)の六人が、やはり横隊を組んで巌の号令を待っていた。

 思えば上司である帯刀やスタンレー共々、彼等もまた巌の目的に巻き込まれた被害者だと言える。

「では、始めようか」

 こんな事してるとヘルガに知れたら、こっぴどく叱られるだろうな――心臓を締め上げる自嘲を、しかし他人事のように俯瞰しながら、巌はリストコントローラを構える。

 同時に並んでいたファントム・ユニットの面々が、左右に並ぶ仲間達が、やはりリストコントローラを構える。

 そして、彼等は叫んだ。

「ファントム1!」

「ファントム2ゥ!」

「ファントム3」

「ファントム5っ!」

「ファントム6ッ!」

「「鎧装、展開ッ!!」」

 迸る霊力、格納庫を満たす眩い閃光。ヘルズゲートを仲介し、転送される鎧装が、各々の身体に着装される。

「特務退魔機関凪守、特殊対策即応班『ファントム・ユニット』、並びに自衛隊出向部及びBBB特別混成部隊――作戦開始だ」

 かくて戦闘服へと姿を変えた彼等は、霊力光が晴れる間も無く行動を開始した。


◆ ◆ ◆


『それにしてもちょっと安心したって言うか、拍子抜けちゃった、って言うか……』

『何がだいファントム5? 隣の格納庫にあった自衛隊出向部とBBBの大鎧装が、細工やら待ち伏せやら一切無く放置されてた事かい?』

『ん、あ、はい』

『……ひょっとすると、分かった上で放置してるのかもね。この会話もどっかで盗聴してたりして』

『えぇっ』

「……ご明察」

 グロリアス・グローリィ執務室。いつもの机に座るギャリガンは、耳朶を打つ音声に目を細めた。

 机の正面には、浮遊する幾枚もの立体映像モニタ群。その内の一枚が、格納庫付近の音声を仲介しているのだ。

 モニタ自体は真っ暗で、何も写していない。消火器の裏に仕込まれた盗聴器から音声を拾っているためだ。

 壁際等へカメラを仕込む事は、もちろん出来たろう。だがそんな分かりやすい物を、彼等が見逃す筈が無いのだ。破壊なり細工なり、攪乱に使われてはたまらない。

「そうでなくても、霊力経路に干渉されるくらいだからねぇ」

 盗聴画面の真上へ浮かんでいる、別の立体映像モニタ内。利英(りえい)にクラッキングされ、異常を知らせている霊力経路の見取り図に、ギャリガンは薄く笑う。

 そこから更に隣のモニタへ目を向ければ、正方形の中に切り取られているモーリシャスの遠景が見えた。

 今し方までファントム・ユニット一行が楽しんでいた砂浜の西側、モーリシャス島や周りの海を広く大きく切り取るアングル。カラス型の使い魔、アカが中継している格納庫の発進口付近の映像だ。

 打ち寄せる波が、降り注ぐ輝く陽光が、より一層の彩りをたたえるモーリシャスの遠景。

 レイト・ライト社社長としてはすっかりお馴染みの海原を眺めながら、ギャリガンは手元のタブレットを操作。モニタ群の中へ更に一枚画面が増える。

 映りだしたのはハワード・ブラウン。なぜか険しい顔をしている協力者に、しかしギャリガンは微塵も遠慮しない。

「やぁブラウン、そっちの準備はどうだい?」

『おゥ、準備万端だぜェ。お客人も手早く着替えてくれたしなァ』

「結構」

 何を話している――といった外野の声を無視し、ギャリガンは通信モニタを消去。モーリシャスの遠景へ視線を戻しつつ、手元のタブレットを操作。術式を発動。

 直後、モーリシャスの風景は薄墨に飲まれた。幻燈結界(げんとうけっかい)が発動したのだ。それも、かなりの広範囲に渡るものが。

 モーリシャス本土の、優に五倍はあろうかという巨大な幻燈結界。砂浜からは結構な沖合に見えたEフィールドすら、すっぽりと覆ってしまう程の大きさだ。

 念のため幻燈結界への霊力供給路を一通り確認してみたが、問題はまったく見当たらない。順調そのものだ。

「霊地に余裕があるというのは、いつの時代になっても素晴らしいねぇ」

 しみじみとギャリガンが言った、その矢先。

 モーリシャスの遠景を写していたモニタの枠外から、唐突に金属塊が飛来した。

 Eフィールドの方角から跳んできたそれは、合計十五個。寸分違わぬ立方体をした、十メートル四方の赤色、青色、白色。

 各色五ヶずつある金属塊の群れは、丁度モニタの下で放物線の頂点に達すると、一旦ぴたりと静止。しかる後、改めて己のいるべき位置へとまっすぐに降下した。その最中に、装甲内部の機構を速やかに展開しながら。

 かくて立方体から裏返るように現われたのは、辛うじて人の形を模した事が分かる奇妙な機械。まるで大鎧装の内部フレームをそのまま持って来たような十五体は、霊力伝達ケーブル剥き出しの足で、薄墨色の海面に着地した。

 赤、青、白。等間隔の横隊に整列しながら。

 肋骨のような胸の中央には、以前サラのライグランスが内蔵していたものと同様の霊力貯蔵装置――Eプレートが一枚組み込まれており。

「さて。お目見えの時間だぞ、剣闘士(グラディエーター)諸君」

 待ちかねるようにつぶやくギャリガン。

 直後。それを待っていたかのように、十五枚のEプレートが一斉に燃え上がった。

 理屈としてはライグランスの灼装(しゃくそう)と同じだ。圧縮されていた莫大な霊力の噴出が、焔のような揺らめきを見せているのだ。

 炎は広がる。人型の腕を、足を、頭を、二秒もかからぬうちに舐め尽くす。

 しかして灼装とは違い、火勢は全身を覆った直後にすぐさま減衰した。霊力の消費を抑えるためだ。

 かくて炎の下から現われたのは、焼け焦げた機械のフレーム――ではなく、丸みを帯びた霊力の装甲であった。ライグランスが野放図に放っていたものを集束する事で、実体と持続力を得ているという訳だ。

 ほんの数秒前までカカシのようだったその姿は、もはや大鎧装にしか見えない。

 これこそ、グロリアス・グローリィの新商品。本来演習の使われる筈だったフレイム・フレーム、そのバージョン1である。

 機体名、グラディエーター。

 シンプルな、全身鎧の戦士を連想させる外見の大鎧装だ。

「タイプ・レッド、タイプ・ブルー。タイプ・ホワイト。どの機体も稼働良好だね」

 全機の状況をモニタで確認しながら、ギャリガンは指を組む。

 赤、青、白。立方体だった時と同じ色の霊力装甲を纏うフレイム・フレーム各機は、しかし色ごとに装備が異なっていた。

 赤。もといタイプ・レッドは近接戦闘用であり、剣闘士の名に相応しく幅広の剣とスパイク付きの盾を装備している。

 青。もといタイプ・ブルーは射撃戦闘用であり、アサルトライフルと肩部ミサイルランチャー、更に頭部にはアンテナが増設されている。

 白。もといタイプ・ホワイトは空中戦闘用であり、下半身が丸ごとフライトユニットになっている。腰をスカートアーマー状のスラスターがぐるりと囲んでおり、折り畳まれた足に代わって伸びる尻尾のようなパーツが、時折ぐにゃりとうねる。

 接近戦、射撃戦、空中戦。教科書通りの、それだけに隙の少ない編成を見やるギャリガンは、しかし苦笑を浮かべている。

「歯痒いねえ」

 先見術式の効力によって、ギャリガンはこの新型機達がどうなるのか、既に知っている。

 全滅するのだ。それも、ものの数分で。

 だが、だからこそギャリガンはグラディエーターの配置を実行したのだ。予測を現実のものとするために。

 ――いくら精度が高かろうとも、先見術式によってもたらされる未来予知は、あくまで予想の範疇を出ない。外すも、当てるも、全てはそれを見たギャリガンの心積もり次第なのだ。

 故に今からでもグラディエーターを引き上げれば、予測は簡単に覆る。損害を抑えたいのなら、引いた方が良いに決まっている。

 だがあの時見た予知の光景を一つでも違えてしまえば、最も望ましい最後の光景――モーリシャス脱出の予知まで、連鎖的に覆ってしまう可能性があるのだ。

「それは絶対に避けねばならない……とは言え、損害もなるべく出したくないのが経営者の辛いところだな」

 未来が見えるが故の労苦に、ギャリガンは肩をすくめる。

 そんな未来なぞ知る由も無いグラディエーター各機は、自律プログラムによって警戒を続ける。主に、薄墨に染まる海面の様子を。

 果たして数分後、変化は現われた。不意に、うっすらとした霊力光が立ち上ったのだ。

 薄墨を破って現われたそれは、海底にある格納庫の発進口が開いた証だ。向こうの大鎧装が発進したのだ。

 穏やかな水面の向こう、動いている黒い影。幻燈結界よりも色濃いその黒に、タイプ・ブルー各機はミサイルランチャーを展開。

 照準、発射、三秒おいて炸裂。爆音と爆煙が渦を巻き、しかし水面は幻燈結界の効力によって小揺るぎもしない。

 状況を確認するため、更に進み出た一機のタイプ・レッドが、水面に顔を近づける。

 その、直後だ。

『ぬぅぅうううおおおおおおっ!』

 立ち上る爆煙を引き裂きながら、一匹の獣が水面から跳び上がったのは。

 偶然真正面にいたタイプ・レッドは、ゴーグル状のカメラアイで獣の姿をまじまじと見た。

 それは、虎だった。虎型の大鎧装だったのだ。

 姿はどうあれ、敵機である事に違いは無い。そして自動制御であるグラディエーターに、心理的な動揺は微塵も無い。

 空中の虎を捕えんとする、精密な刺突。

 しかしてその切っ先よりも、虎の突撃が先んじた。

 機体の両側面、大腿部に装備された二対の大型ブースターがうなる。慣性をねじ伏せながら突貫する虎の顎が、突き出された剣先を掠める。

 虎はほんの少し塗装を削られたが、それだけだ。かくしてタイプ・レッドは、喉元を鋭い牙に食い破られた。

 もがくタイプ・レッド。その息の根を止めるべく、虎は口内と牙から霊力光を滴らせた。

 そして、叫んだ。

『タイガァァァァァァァァッ! かみつきボンバァァァァッ!!』

 裂帛の気合いと共に、虎はタイプ・レッドを放り投げる。

 タイガーかみつきボンバー――正式名、インペイル・クラッシュ。インペイル・バスターを大鎧装用に転化した術式の直撃を受け、内側からバラバラに引き裂かれるタイプ・レッド。

 力なく宙を舞うその機体は、ねじ込まれた霊力に一瞬輝いた後、激しく爆発した。

 かくて爆光は照らし出す。黄色と黒に塗り分けられた虎型大鎧装の、ファントム2用に造られた新型機の、勇姿を。

迅月(じんげつ)、か」

 つぶやくギャリガン。それが、予知によって既に知り得ていた虎型大鎧装の名前であった。


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