Chapter09 楽園 02
何も無い、まっくらな闇。
あるのは自分自身と、頭上から注ぐ固い光だけ。
見上げる。
鍵穴のような紋様を描く術式陣が、虚空に浮かんでいた。
『……蓋』
知らず、風葉はつぶやいていた。
何故か、そんな印象を受けたからだ。
でも、なんで?
自問する風葉。その瞼を、強烈な光がノックする。起きろ、と。
『ま、ぶし……」
そうして、風葉は目を覚ました。
「……ゆ、め?」
あくび半分、寝言半分。微妙な息をつきながら、風葉はむくりと上体を起こした。
「んんー」
気を抜けば、すぐまたくっつこうとする仲良し瞼。そいつらをがんばってなだめながら、風葉は腰元のタオルケットを払いのける。いつものクセだ。
しかして、それは空振りに終わる。
と言うより、そもそもタオルケットが最初から無い。
「んえ?」
首を傾げる風葉は、ようやくここが寮の自室でない事に気付いた。
見上げる。
いつもの天井に代わるのは、術式陣――ではなく、高く広い青色の空。どこまでも広がる青を追って視線を下ろせば、出迎えるのは緩やかな孤を描く水平線。
広がる海原はガラスよりも透明で、陽光が宝石にも似たきらめきを波間へ散らしている。
「――」
思わず見とれてしまう。例えるならここは、そう。
「ホント、楽園ね」
不意に、誰かの呟きが風葉の耳に届いた。
左手側。心中を的確に射てくれたその声に、風葉は顔を向ける。
「わっ」
そうして、風葉の眠気は吹っ飛んだ。
綺麗だったのだ。比喩で無く、目の覚めるくらいに。
吹っ飛ばした人物の名前は、マリア・キューザック。
大きめのビーチチェアに身体を預けるマリアは、頬杖をつきながら風葉を見ていた。
「イイところ、だよね?」
そして、イタズラっぽく微笑んだのだ。
風葉は、どきりとした。
「へ、え。あ、うん」
反射的に顔を逸らす風葉だが、マリアの姿は瞼の裏へ焼き付いている。実に強烈に。
砂浜よりもなお白い肌。そよ風を含み、柔らかく揺れる前髪。そして、見事なプロポーションを浮き彫りにする白いビキニ。
その出で立ちは、さながら一枚の絵画のようで。
「にしても、思った以上にカワイイ寝顔してたね、風葉ってば」
その絵画の主役が、ゆったりと身体を起こす。
「へっ……えっ、見てたの!? なんで!?」
頓狂な声と一緒にビーチチェアから立ち上がる風葉。いきおい、横に立っていたビーチパラソルが揺れる。どうやら風葉とマリアは、この傘の影に並んで寝ていたらしい。
が、今はそんな事はどうでもいい。
「なんで、わたし、ねてたの!?」
「そりゃ疲れてたからでしょ。私も一緒に寝たし」
ビーチチェアを指差しながら、マリアは畳んであったパーカーをひっかける。パラソル共々、昼寝用に用意してもらったものだ。
「なんで疲れてたの!?」
「遊んでたからでしょ」
「何して遊んでたの!?」
「泳いだりとか、ビーチバレーとか、あと何だっけな」
「……っていうか、そもそもここ、どこなの!?」
ほとんど叫ぶような勢いで、風葉は改めて辺りを見回す。記憶が確かなら今日は平日。いつもの教室でいつもの授業を受ける日の筈。
だというのに今、風葉達は陽光眩しい砂浜にいる。しかも、水着姿で。明らかにリゾートを満喫する格好だ。
「なんで、わたしたち、こんなことしてんの!?」
泡を食う風葉。その必死な表情を、マリアはしばし真顔で見つめる。ぱちくり、と大きな目がまばたく。
「ぷッ」
それから一拍遅れて、マリアは笑い出した。
「あはっ、あはははは!」
「な、なにがそんなにおかしいのさ」
チェアの上で足をばたつかせるマリアに、風葉は唇を尖らせる。
一頻り笑った後、マリアは改めて風葉を見上げる。
「ふふ……いや、ゴメンゴメン。だってさぁ、風葉ったら忘れてるんだもの。私達が今、モーリシャスに来てるって事を」
ざぁん。一際大きく打ち付ける白波。足下を濡らす冷たい飛沫に、風葉はようやく思い出した。
「あ」
まぁ、忘れていたのも無理はあるまい。
凪守の業務である事を差し引いても、『仕事で遊ぶ』と言うのは、中々に希有な体験であるからだ。
◆ ◆ ◆
アフリカ大陸の南東、モザンビークの西に浮かぶマダガスカル島。
世界第四位の面積を誇るその島の、更に東に位置している小さな島。その島国こそ、現在風葉達がくつろいでいるリゾートのある国、モーリシャスである。
面積は東京都とほぼ同じくらい。十六世紀末まで人類が足を踏み入れなかったこの島の主産業は、農業、繊維業、そして観光業だ。
特に観光業は有名で、十九世紀にはアメリカの作家、マーク・トウェインが『神は最初にモーリシャスという楽園を造り、それをまねて天国を創造した』という賛美をのこしてすらいる。
現在では、欧州を中心としたセレブ御用達のリゾート地となっているモーリシャス。そんな楽園のような場所に風葉が、引いてはファントム・ユニットがやって来たのは、無論観光ではない。
「……それにしても、スゴイ眺めだよね」
マリアと並んで波打ち際を歩く風葉は、空を見上げながら意識を切り替える。ピントが合わさる。霊力が像を結ぶ。
かくて姿を現したのは、このビーチ一帯を覆い尽くしている、巨大な術式の天蓋だ。海とも空ともまた違う青を見せるこの術式の役目は、大きく分けて二つ。
一つは、肌にうれしい紫外線の完全カット。この効力のお陰で、風葉達は季節外れの水着痕を気にする必要がなくなった。
そしてもう一つは――こちらが本命なのだが――アフリカ大陸から放出される無形の霊力を、きちんと運用できるよう濾過する事である。
まるで霊地のような能力だが、何故そんなまわりくどい事をするのか。それには、アフリカ大陸の特殊性が関係している。
「アフリカ本土には霊地があんまり無いからね。その反動だよ」
アフリカ大陸は人口が非常に多い。必然、無形の霊力の放出量も莫大だ。
しかしながら、今マリアが言った通りアフリカにはほとんど霊地が無い。
霊地を敷設するためには、『表社会へ干渉しない』という大前提が必要不可欠。だがそれを成すためには、残念ながらアフリカ大陸は賑やか過ぎるのだ。
こうした不安定な情勢――貧困、紛争、地下資源、思想対立等々――によって、霊地を敷設できない国家はままある。
かといってアフリカから溢れる霊力は、捨て置くには余りに潤沢であり。
必然、伝手を持つ魔術師達は競うように利用法を模索し、築き上げ、財を成した。
他ならぬザイード・ギャリガンもその一人であり、そうして得た金でギャリガンはレイト・ライト社という旅行会社を創設したのだ。
モーリシャスに居を構えるこの旅行会社は、ギャリガンが表の顔として社長を務める企業の一つだ。今現在風葉達がくつろいでいる浜辺と、上空の天蓋――濾過術式の運用を、一手に引き受けている。
名前の通り霊力を濾過するこの術式は、ギャリガンの財力の原泉でもある。
アフリカ全土から常時放出され続けている、無形の霊力。マダガスカル経由で引き込んだそれを、きちんと利用できるよう純化するのだ。丁度、霊地と同じように。
その原動力となるのが、モーリシャスのリゾートにやって来た客達の、強烈な『喜び』の霊力だ。
青い海、白い砂浜、風光明媚なモーリシャスの景色。これらによってもたらされる感動が、客達から発散される霊力に、『喜び』という形と方向性をもたらす。無形の霊力が、ある程度の均一化を施される。
こうなれば加工は容易なもので、後は専属の魔術師が調整を適時施しながら、濾過術式に転用していくわけである。要は工作機械の燃料というわけだ。
だが、そうなると。
何故風葉達は、その工作機械の稼働を手伝っているのか。
その理由を、風葉はようやく思い出した。
「そう言えば、さ。そもそも今日って、凪守とBBBの演習で来たんだったよね」
「え、何、まだ忘れてたの風葉」
「むぅ。仕方ないじゃん寝覚めわるいんだよ私は」
「ふふ、じゃあそう言う事にしとこう。それにしてもホント、考えもしなかったなぁ。こうしてモーリシャス本土のリゾートで遊べる日が来るなんてさ。しかもタダで」
「ん、そういや前に学校でここの話してたね。来た事あったんじゃないの?」
「あるけど、それは演習用フィールドの方だよ。リゾートはいつもカメラ越しに眺めるだけだったんだよねー、実は」
「なんだぁ。じゃあトラブルに感謝ってコト?」
「そーいうコト」
等々。ころころと笑いあう風葉とマリアのやりとりが、この状況の答えだ。
そもそもモーリシャスでの演習は、東の沖に霊力のフィールドを構築して行われるのが通例だ。
だがグロリアス・グローリィ側の説明によると、何でも土壇場でフィールド構築用の霊力が足りなくなってしまったのだと言う。
何でも演習に出す予定だった新型大鎧装にトラブルが発生し、予定を上回る霊力を浪費してしまったから、らしいのだが。
「……どこまでホントなのかしら、ね」
「ん、なにが?」
首を傾げる風葉に対し、マリアは微笑みながら人差し指を立てる。
「ひーみつ」
そして、イタズラっぽくウインクした。
「むっ、ちょっ、なによそれー!」
むくれる風葉。このまま突っ込まれるのも困るので、マリアはさりげなく話題を逸らす。
「ふふ。それにしても残念だったよね、風葉にも似合う水着があれば良かったんだけど」
「んむっ」
声を詰まらせ、反射的に胸元を押さえる風葉。だがその程度では、紺色で飾り気の無い、日乃栄高校指定の――要するに、スクール水着を隠せる筈も無い。
「しょ、しょうがないじゃない。急な話だから買いに行くヒマなんて無かったし、そもそも今は六月だから水着なんて売ってないし、ここの貸し水着はどれもこれも日本人向けのサイズじゃないし」
ごにょごにょと言い訳する風葉。
貸し水着のサイズが無かったのは確かだが、それは身長と体型が――という指摘を、マリアは言わないでおいた。
「おっと」
そうこうする内に、マリアは足を止める。目的地に辿り着いたのだ。
綺麗な三日月を描く砂浜、その南側の切っ先。ここでくつろいでいる他の連中の様子を見に来たのだ。
が。
「……えぇと」
辺りを見回す風葉とマリア。ビーチチェアとパラソルが幾つか並んでおり、端っこの一脚でアロハシャツ姿の巌が爆睡している。まぁそれは良い。
その隣、パラソルの影で虎柄エプロンの雷蔵がひたすら肉を焼いている。美味そうな匂いと煙が漂ってくるが、それもさほど問題では無い。
その、足下。汗だくのままへたり込み、あるいは寝転がっている筋骨隆々の男が一人、二人……合計十二人。白人と日本人とで半々に分かれている集団の正体は、自衛隊出向部とBBB戦闘部隊員の皆さんだ。
「あの、どうしちゃったんですか、これ」
BBQコンロで黙々と肉を焼く雷蔵に、風葉は恐る恐る聞いた。
「スイカ割りのせいじゃよ」
「スイカ割り? ですか?」
「すいか、わり、ですか?」
同じ角度で首を傾げる風葉とマリア。そんな二人の視線を、雷蔵はトングで誘導する。
「ほれ、アレよ。もっとも普通のスイカ割りではないがの。地獄のスイカ割りじゃ」
向かって右手奥、波打ち際のやや手前。
そこに、水着姿の辰巳が立っていた。
「へぇ」
思わず声を上げるマリア。それくらい、辰巳の身体には無駄が無かった。
鎧装の上からでもシルエットは見えていたが、それでも直に見るとなると、話は別だ。
多すぎず、少なすぎず。鎧のように辰巳の身体を支える筋肉。
徹頭徹尾。ひたすらに無駄を排して研ぎ澄まされた肉体は、一振りの業物にも似ていて。
「、あ」
知らず、風葉は言葉を失っていた。
そして、改めて気付いた。
あれだけ背中を預けていながら。あれだけ背中を見つめていたのに。
肝心の辰巳本人の事は、あんまり分かっていない。
隣のマリアとは随分話をしたのに、辰巳とはそこまで喋った憶えが無い。
「……」
何故か、少し、心臓が跳ねた。
訳も分からず、風葉は胸を押さえる。
「ん、ん」
マリアがその横顔を見ていたら、きっと一頻りからかっただろう。
だがこの時、マリアの視線は辰巳の左腕に固定されていた。
「あれが、件の」
Eマテリアルの、器。その現物を、マリアは改めて観察する。
左の肩口から先全てを、完全に構成している銀色の機械義手。陽光をぎらと反射する鉄塊に、マリアは目を細めた。
「あの腕、鎧装の時に比べると、随分細いようですが」
「そりゃ当然じゃよ。鎧装の時は増加装甲を取り付けてあるからの。今は擬装の皮膚を剥がしてあるんじゃ」
牛肉を裏返す雷蔵。燃える備長炭に零れた脂が、じゅうと弾ける。
「さて。そろそろ始まるようじゃぞ、スイカ割りが」
そう雷蔵が言うなり、辰巳はおもむろにアイマスクを装着。少し離れた場所に居た冥が、それを確認して頷いた。
「よし辰巳、準備はいいな?」
「ああ。久し振りだよな、コレも」
アイマスクを指差す辰巳。それと同時に、冥はタブレットに指を這わせる。にわかに霊力が輝く。
走る霊力の線。タブレットから投射されるそれは、砂浜を這いながら電子回路のように分岐、展開。瞬く間に術式陣を描き出す。辰巳を中心に正方形に広がるその形は、どこかプロレスのリングにも似ており。
そのリングの四隅から、円柱状のワイヤーフレームが立ち上がる。やはり霊力の線で構築されたそれはコーナーポストを連想させるが、本物のそれとは形状が随分違う。何せ高さが三メートルほどある上、丸い模様が等間隔で並んでいるのだ。
上から下へ。順番に明滅を繰り返す丸い模様は、その表面に同じ直径の球体を浮かび上がらせる。
緑色に輝く、バレーボールほどの球体。ずらりと並ぶ見事な鈴なり加減を、風葉は指差す。
「あの。あれ、なんですか」
「見ての通りスイカよ。あれを割るんじゃよ」
「あの。私の知ってるスイカとだいぶ違うんですけど」
そう風葉が聞いたのと、冥がタブレットに再度指を這わせたのは、ほぼ同時だった。
「じゃあ始めようか。先日そこの二人に負けたバツもかねて、いつもより多めに回そうじゃないか」
「え、霧宮さん達いるのォッ!?」
おもむろに地面の術式が起動し、辰巳が猛烈な回転を開始した。扇風機のファンにも負けない回りっぷりに、思わず閉口する風葉とマリア。対照的に周りの男共は笑ったり騒いだりしていたが、まぁ些細な事である。
そうしてたっぷり三分経った後、ようやく回転は止まった。少しふらつく辰巳だが、それ以外は特に危なげも無く拳を構える。
「よ、し、来い」
気合い十分。それに答えるかの如く、辰巳の右後ろのコーナーポストに実っていたスイカの一つが、突然砲弾のような速度で射出された。
照準は、勿論リング中央の辰巳。「えっ」と風葉がまばたきする瞬間に、辰巳はそれを裏拳で叩き落とした。
「ふ、ぅ」
細い呼気。それが吐き出しきるより先に、今度は左前方からスイカが飛来。辰巳はこれを前蹴りで迎撃。
右前方からスイカ。正拳で迎撃。左後方からスイカ二球。振り返って両手突き。三方向からスイカ、スイカ、スイカの雨。拳打、拳打、拳打で丁寧に叩き落とす。
「ふむ。じゃあそろそろ本気で行こうか」
またもタブレットを操作する冥。術式はいよいよもって霊力光を強め、スイカの雨は嵐となって襲いかかる。
そんな嵐の只中に立つ辰巳は、しかし微塵も動じない。アイマスクをずらそうとさえしない。
ただ淡々と、凄まじい速度と精密さの打撃で、スイカを割り続けるのみである。『地獄の』という形容詞を雷蔵が付けたのは、伊達でも冗談でも無かったのだ。
「話には聞いていましたが……日本のスイカ割りという風習は、たいへんエクストリームなスポーツなのですね」
しきりに感心するマリアに、風葉はぶんぶんと手を振る。
「いや違うよ!? 色々と違いすぎるよ!?」
「そうさのう。そもそも割るのに木刀を使っておらん」
「注目するトコそこなんですか!?」
などと風葉がツッコむ合間にも、辰巳はスイカの嵐を捌き続ける。
「うげええ」「なんだありゃあ……」「バケモンだなオイ」
そんな辰巳の凄まじい乱舞ぶりを、男達は呆然と見ている。ひたすら感心しているらしかった。
「というか、なんでこんな状況になってるんですか」
至極根本的な風葉の疑問に、しかし雷蔵は焼肉奉行を止めない。
「レクレーションの一環じゃよ。自衛隊出向部とBBBの連中は、元来模擬戦で競い合う予定じゃったろ?」
「ですね。今は皆さん砂浜で休んでおられるようですが」
ぐったりしてる男共を、ざっくり見回すマリア。
「必然、先延ばしになった模擬戦の前哨戦をやろうという流れになっての。色々あって、冥が辰巳にしとったトレーニングの一つ、『スイカ割り』が選ばれる事になったんじゃ」
ちらと冥を盗み見る雷蔵。涼やかな笑みを浮かべるその横顔が、如何にして隊員達を誘導したのか。それはあえて言うまい。
「現状、難易度は辰巳に合わせて今まで以上に高ぁーく設定されとるが……それを差し引いても、見ての通り過酷極まっての。こうして用意しとる景品も、無為に溜まっていく一方じゃ」
「あ、だからさっきから焼肉奉行やってるんですね」
「応ともよ」
よくよく見れば、脇のテーブルにはほどよく焼けた肉やら野菜やらがずらりと並んでいる。食材から炭に至るまで、冥が直々に目利きした逸品ばかりだ。
テーブルに施された術式により、焼きたてあつあつの状態が維持されてはいる。
が、前述の難易度によって箸をつける栄光を得た者は、未だに居ない。
「このままじゃと、結局辰巳が最初にクリアしてしまうのかのう」
またもや焼き上がってしまった肉を皿に盛りながら、終わりが近付くスイカ割りに視線をやる雷蔵。
丁度、その時だ。
リングの外。五番目の方向から辰巳にスイカが飛んできたのは。
「疾、いっ!?」
無論そのスイカも割るべく辰巳は手刀を振るい――激突の直前、その手が止まった。更にあろう事か、その手がスイカを掴んだ。
「なんだ、誰だ?」
即座に冥がタブレットを操作する。術式が強制停止する。
「おおー、噂に違わぬ反応ですねぇ」
次いでやって来たのは、聞き慣れぬ第三者の声。近くのロッジに繋がる小道から聞こえたそれに、辰巳だけでなくその場の全員が視線を向けた。
「お褒めに預かり光栄……」
アイマスクを外しながら、辰巳はスイカ模様のビーチボールを弄ぶ。今し方の第三者が、唐突に叩き込んで来たスイカの正体だ。
「……で、どちらさん?」
しかして、それはただの悪戯ではあるまい。何せ霊力弾の隙間を、的確に縫ってきたのだから。
興味と警戒。二つが入り交じる辰巳の視線を、飄々と受け流しながら彼女は微笑む。
「申し遅れました。私はサラ。グロリアス・グローリィの研究員をしております」
しれりと嘘をつくサラ。その顔は、トレードマークのバイザーを被っていなかった。
少なくとも、今は。




