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神影鎧装レツオウガ  作者: 横島孝太郎
#3 プロジェクト・ヴォイド
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Chapter09 楽園 02

 何も無い、まっくらな闇。

 あるのは自分自身と、頭上から注ぐ固い光だけ。

 見上げる。

 鍵穴のような紋様を描く術式陣が、虚空に浮かんでいた。

『……蓋』

 知らず、風葉(かざは)はつぶやいていた。

 何故か、そんな印象を受けたからだ。

 でも、なんで?

 自問する風葉。その瞼を、強烈な光がノックする。起きろ、と。

『ま、ぶし……」



 そうして、風葉は目を覚ました。

「……ゆ、め?」

 あくび半分、寝言半分。微妙な息をつきながら、風葉はむくりと上体を起こした。

「んんー」

 気を抜けば、すぐまたくっつこうとする仲良し瞼。そいつらをがんばってなだめながら、風葉は腰元のタオルケットを払いのける。いつものクセだ。

 しかして、それは空振りに終わる。

 と言うより、そもそもタオルケットが最初から無い。

「んえ?」

 首を傾げる風葉は、ようやくここが寮の自室でない事に気付いた。

 見上げる。

 いつもの天井に代わるのは、術式陣――ではなく、高く広い青色の空。どこまでも広がる青を追って視線を下ろせば、出迎えるのは緩やかな孤を描く水平線。

 広がる海原はガラスよりも透明で、陽光が宝石にも似たきらめきを波間へ散らしている。

「――」

 思わず見とれてしまう。例えるならここは、そう。

「ホント、楽園ね」

 不意に、誰かの呟きが風葉の耳に届いた。

 左手側。心中を的確に射てくれたその声に、風葉は顔を向ける。

「わっ」

 そうして、風葉の眠気は吹っ飛んだ。

 綺麗だったのだ。比喩で無く、目の覚めるくらいに。

 吹っ飛ばした人物の名前は、マリア・キューザック。

 大きめのビーチチェアに身体を預けるマリアは、頬杖をつきながら風葉を見ていた。

「イイところ、だよね?」

 そして、イタズラっぽく微笑んだのだ。

 風葉は、どきりとした。

「へ、え。あ、うん」

 反射的に顔を逸らす風葉だが、マリアの姿は瞼の裏へ焼き付いている。実に強烈に。

 砂浜よりもなお白い肌。そよ風を含み、柔らかく揺れる前髪。そして、見事なプロポーションを浮き彫りにする白いビキニ。

 その出で立ちは、さながら一枚の絵画のようで。

「にしても、思った以上にカワイイ寝顔してたね、風葉ってば」

 その絵画の主役が、ゆったりと身体を起こす。

「へっ……えっ、見てたの!? なんで!?」

 頓狂な声と一緒にビーチチェアから立ち上がる風葉。いきおい、横に立っていたビーチパラソルが揺れる。どうやら風葉とマリアは、この傘の影に並んで寝ていたらしい。

 が、今はそんな事はどうでもいい。

「なんで、わたし、ねてたの!?」

「そりゃ疲れてたからでしょ。私も一緒に寝たし」

 ビーチチェアを指差しながら、マリアは畳んであったパーカーをひっかける。パラソル共々、昼寝用に用意してもらったものだ。

「なんで疲れてたの!?」

「遊んでたからでしょ」

「何して遊んでたの!?」

「泳いだりとか、ビーチバレーとか、あと何だっけな」

「……っていうか、そもそもここ、どこなの!?」

 ほとんど叫ぶような勢いで、風葉は改めて辺りを見回す。記憶が確かなら今日は平日。いつもの教室でいつもの授業を受ける日の筈。

 だというのに今、風葉達は陽光眩しい砂浜にいる。しかも、水着姿で。明らかにリゾートを満喫する格好だ。

「なんで、わたしたち、こんなことしてんの!?」

 泡を食う風葉。その必死な表情を、マリアはしばし真顔で見つめる。ぱちくり、と大きな目がまばたく。

「ぷッ」

 それから一拍遅れて、マリアは笑い出した。

「あはっ、あはははは!」

「な、なにがそんなにおかしいのさ」

 チェアの上で足をばたつかせるマリアに、風葉は唇を尖らせる。

 一頻り笑った後、マリアは改めて風葉を見上げる。

「ふふ……いや、ゴメンゴメン。だってさぁ、風葉ったら忘れてるんだもの。私達が今、モーリシャスに来てるって事を」

 ざぁん。一際大きく打ち付ける白波。足下を濡らす冷たい飛沫に、風葉はようやく思い出した。

「あ」

 まぁ、忘れていたのも無理はあるまい。

 凪守(なぎもり)の業務である事を差し引いても、『仕事で遊ぶ』と言うのは、中々に希有な体験であるからだ。


◆ ◆ ◆


 アフリカ大陸の南東、モザンビークの西に浮かぶマダガスカル島。

 世界第四位の面積を誇るその島の、更に東に位置している小さな島。その島国こそ、現在風葉達がくつろいでいるリゾートのある国、モーリシャスである。

 面積は東京都とほぼ同じくらい。十六世紀末まで人類が足を踏み入れなかったこの島の主産業は、農業、繊維業、そして観光業だ。

 特に観光業は有名で、十九世紀にはアメリカの作家、マーク・トウェインが『神は最初にモーリシャスという楽園を造り、それをまねて天国を創造した』という賛美をのこしてすらいる。

 現在では、欧州を中心としたセレブ御用達のリゾート地となっているモーリシャス。そんな楽園のような場所に風葉が、引いてはファントム・ユニットがやって来たのは、無論観光ではない。

「……それにしても、スゴイ眺めだよね」

 マリアと並んで波打ち際を歩く風葉は、空を見上げながら意識を切り替える。ピントが合わさる。霊力が像を結ぶ。

 かくて姿を現したのは、このビーチ一帯を覆い尽くしている、巨大な術式の天蓋だ。海とも空ともまた違う青を見せるこの術式の役目は、大きく分けて二つ。

 一つは、肌にうれしい紫外線の完全カット。この効力のお陰で、風葉達は季節外れの水着痕を気にする必要がなくなった。

 そしてもう一つは――こちらが本命なのだが――アフリカ大陸から放出される無形の霊力を、きちんと運用できるよう濾過する事である。

 まるで霊地のような能力だが、何故そんなまわりくどい事をするのか。それには、アフリカ大陸の特殊性が関係している。

「アフリカ本土には霊地があんまり無いからね。その反動だよ」

 アフリカ大陸は人口が非常に多い。必然、無形の霊力の放出量も莫大だ。

 しかしながら、今マリアが言った通りアフリカにはほとんど霊地が無い。

 霊地を敷設するためには、『表社会へ干渉しない』という大前提が必要不可欠。だがそれを成すためには、残念ながらアフリカ大陸は賑やか過ぎるのだ。

 こうした不安定な情勢――貧困、紛争、地下資源、思想対立等々――によって、霊地を敷設できない国家はままある。

 かといってアフリカから溢れる霊力は、捨て置くには余りに潤沢であり。

 必然、伝手を持つ魔術師達は競うように利用法を模索し、築き上げ、財を成した。

 他ならぬザイード・ギャリガンもその一人であり、そうして得た金でギャリガンはレイト・ライト社という旅行会社を創設したのだ。

 モーリシャスに居を構えるこの旅行会社は、ギャリガンが表の顔として社長を務める企業の一つだ。今現在風葉達がくつろいでいる浜辺と、上空の天蓋――濾過術式の運用を、一手に引き受けている。

 名前の通り霊力を濾過するこの術式は、ギャリガンの財力の原泉でもある。

 アフリカ全土から常時放出され続けている、無形の霊力。マダガスカル経由で引き込んだそれを、きちんと利用できるよう純化するのだ。丁度、霊地と同じように。

 その原動力となるのが、モーリシャスのリゾートにやって来た客達の、強烈な『喜び』の霊力だ。

 青い海、白い砂浜、風光明媚なモーリシャスの景色。これらによってもたらされる感動が、客達から発散される霊力に、『喜び』という形と方向性をもたらす。無形の霊力が、ある程度の均一化を施される。

 こうなれば加工は容易なもので、後は専属の魔術師が調整を適時施しながら、濾過術式に転用していくわけである。要は工作機械の燃料というわけだ。

 だが、そうなると。

 何故風葉達は、その工作機械の稼働を手伝っているのか。

 その理由を、風葉はようやく思い出した。

「そう言えば、さ。そもそも今日って、凪守とBBB(ビースリー)の演習で来たんだったよね」

「え、何、まだ忘れてたの風葉」

「むぅ。仕方ないじゃん寝覚めわるいんだよ私は」

「ふふ、じゃあそう言う事にしとこう。それにしてもホント、考えもしなかったなぁ。こうしてモーリシャス本土のリゾートで遊べる日が来るなんてさ。しかもタダで」

「ん、そういや前に学校でここの話してたね。来た事あったんじゃないの?」

「あるけど、それは演習用フィールドの方だよ。リゾートはいつもカメラ越しに眺めるだけだったんだよねー、実は」

「なんだぁ。じゃあトラブルに感謝ってコト?」

「そーいうコト」

 等々。ころころと笑いあう風葉とマリアのやりとりが、この状況の答えだ。

 そもそもモーリシャスでの演習は、東の沖に霊力のフィールドを構築して行われるのが通例だ。

 だがグロリアス・グローリィ側の説明によると、何でも土壇場でフィールド構築用の霊力が足りなくなってしまったのだと言う。

 何でも演習に出す予定だった新型大鎧装にトラブルが発生し、予定を上回る霊力を浪費してしまったから、らしいのだが。

「……どこまでホントなのかしら、ね」

「ん、なにが?」

 首を傾げる風葉に対し、マリアは微笑みながら人差し指を立てる。

「ひーみつ」

 そして、イタズラっぽくウインクした。

「むっ、ちょっ、なによそれー!」

 むくれる風葉。このまま突っ込まれるのも困るので、マリアはさりげなく話題を逸らす。

「ふふ。それにしても残念だったよね、風葉にも似合う水着があれば良かったんだけど」

「んむっ」

 声を詰まらせ、反射的に胸元を押さえる風葉。だがその程度では、紺色で飾り気の無い、日乃栄(ひのえ)高校指定の――要するに、スクール水着を隠せる筈も無い。

「しょ、しょうがないじゃない。急な話だから買いに行くヒマなんて無かったし、そもそも今は六月だから水着なんて売ってないし、ここの貸し水着はどれもこれも日本人向けのサイズじゃないし」

 ごにょごにょと言い訳する風葉。

 貸し水着のサイズが無かったのは確かだが、それは身長と体型が――という指摘を、マリアは言わないでおいた。

「おっと」

 そうこうする内に、マリアは足を止める。目的地に辿り着いたのだ。

 綺麗な三日月を描く砂浜、その南側の切っ先。ここでくつろいでいる他の連中の様子を見に来たのだ。

 が。

「……えぇと」

 辺りを見回す風葉とマリア。ビーチチェアとパラソルが幾つか並んでおり、端っこの一脚でアロハシャツ姿の(いわお)が爆睡している。まぁそれは良い。

 その隣、パラソルの影で虎柄エプロンの雷蔵(らいぞう)がひたすら肉を焼いている。美味そうな匂いと煙が漂ってくるが、それもさほど問題では無い。

 その、足下。汗だくのままへたり込み、あるいは寝転がっている筋骨隆々の男が一人、二人……合計十二人。白人と日本人とで半々に分かれている集団の正体は、自衛隊出向部とBBB戦闘部隊員の皆さんだ。

「あの、どうしちゃったんですか、これ」

 BBQコンロで黙々と肉を焼く雷蔵に、風葉は恐る恐る聞いた。

「スイカ割りのせいじゃよ」

「スイカ割り? ですか?」

「すいか、わり、ですか?」

 同じ角度で首を傾げる風葉とマリア。そんな二人の視線を、雷蔵はトングで誘導する。

「ほれ、アレよ。もっとも普通のスイカ割りではないがの。地獄のスイカ割りじゃ」

 向かって右手奥、波打ち際のやや手前。

 そこに、水着姿の辰巳(たつみ)が立っていた。

「へぇ」

 思わず声を上げるマリア。それくらい、辰巳の身体には無駄が無かった。

 鎧装の上からでもシルエットは見えていたが、それでも直に見るとなると、話は別だ。

 多すぎず、少なすぎず。鎧のように辰巳の身体を支える筋肉。

 徹頭徹尾。ひたすらに無駄を排して研ぎ澄まされた肉体は、一振りの業物にも似ていて。

「、あ」

 知らず、風葉は言葉を失っていた。

 そして、改めて気付いた。

 あれだけ背中を預けていながら。あれだけ背中を見つめていたのに。

 肝心の辰巳本人の事は、あんまり分かっていない。

 隣のマリアとは随分話をしたのに、辰巳とはそこまで喋った憶えが無い。

「……」

 何故か、少し、心臓が跳ねた。

 訳も分からず、風葉は胸を押さえる。

「ん、ん」

 マリアがその横顔を見ていたら、きっと一頻りからかっただろう。

 だがこの時、マリアの視線は辰巳の左腕に固定されていた。

「あれが、件の」

 Eマテリアルの、器。その現物を、マリアは改めて観察する。

 左の肩口から先全てを、完全に構成している銀色の機械義手。陽光をぎらと反射する鉄塊に、マリアは目を細めた。

「あの腕、鎧装の時に比べると、随分細いようですが」

「そりゃ当然じゃよ。鎧装の時は増加装甲を取り付けてあるからの。今は擬装の皮膚を剥がしてあるんじゃ」

 牛肉を裏返す雷蔵。燃える備長炭に零れた脂が、じゅうと弾ける。

「さて。そろそろ始まるようじゃぞ、スイカ割りが」

 そう雷蔵が言うなり、辰巳はおもむろにアイマスクを装着。少し離れた場所に居た(メイ)が、それを確認して頷いた。

「よし辰巳、準備はいいな?」

「ああ。久し振りだよな、コレも」

 アイマスクを指差す辰巳。それと同時に、冥はタブレットに指を這わせる。にわかに霊力が輝く。

 走る霊力の線。タブレットから投射されるそれは、砂浜を這いながら電子回路のように分岐、展開。瞬く間に術式陣を描き出す。辰巳を中心に正方形に広がるその形は、どこかプロレスのリングにも似ており。

 そのリングの四隅から、円柱状のワイヤーフレームが立ち上がる。やはり霊力の線で構築されたそれはコーナーポストを連想させるが、本物のそれとは形状が随分違う。何せ高さが三メートルほどある上、丸い模様が等間隔で並んでいるのだ。

 上から下へ。順番に明滅を繰り返す丸い模様は、その表面に同じ直径の球体を浮かび上がらせる。

 緑色に輝く、バレーボールほどの球体。ずらりと並ぶ見事な鈴なり加減を、風葉は指差す。

「あの。あれ、なんですか」

「見ての通りスイカよ。あれを割るんじゃよ」

「あの。私の知ってるスイカとだいぶ違うんですけど」

 そう風葉が聞いたのと、冥がタブレットに再度指を這わせたのは、ほぼ同時だった。

「じゃあ始めようか。先日そこの二人に負けたバツもかねて、いつもより多めに回そうじゃないか」

「え、霧宮さん達いるのォッ!?」

 おもむろに地面の術式が起動し、辰巳が猛烈な回転を開始した。扇風機のファンにも負けない回りっぷりに、思わず閉口する風葉とマリア。対照的に周りの男共は笑ったり騒いだりしていたが、まぁ些細な事である。

 そうしてたっぷり三分経った後、ようやく回転は止まった。少しふらつく辰巳だが、それ以外は特に危なげも無く拳を構える。

「よ、し、来い」

 気合い十分。それに答えるかの如く、辰巳の右後ろのコーナーポストに実っていたスイカの一つが、突然砲弾のような速度で射出された。

 照準は、勿論リング中央の辰巳。「えっ」と風葉がまばたきする瞬間に、辰巳はそれを裏拳で叩き落とした。

「ふ、ぅ」

 細い呼気。それが吐き出しきるより先に、今度は左前方からスイカが飛来。辰巳はこれを前蹴りで迎撃。

 右前方からスイカ。正拳で迎撃。左後方からスイカ二球。振り返って両手突き。三方向からスイカ、スイカ、スイカの雨。拳打、拳打、拳打で丁寧に叩き落とす。

「ふむ。じゃあそろそろ本気で行こうか」

 またもタブレットを操作する冥。術式はいよいよもって霊力光を強め、スイカの雨は嵐となって襲いかかる。

 そんな嵐の只中に立つ辰巳は、しかし微塵も動じない。アイマスクをずらそうとさえしない。

 ただ淡々と、凄まじい速度と精密さの打撃で、スイカを割り続けるのみである。『地獄の』という形容詞を雷蔵が付けたのは、伊達でも冗談でも無かったのだ。

「話には聞いていましたが……日本のスイカ割りという風習は、たいへんエクストリームなスポーツなのですね」

 しきりに感心するマリアに、風葉はぶんぶんと手を振る。

「いや違うよ!? 色々と違いすぎるよ!?」

「そうさのう。そもそも割るのに木刀を使っておらん」

「注目するトコそこなんですか!?」

などと風葉がツッコむ合間にも、辰巳はスイカの嵐を捌き続ける。

「うげええ」「なんだありゃあ……」「バケモンだなオイ」

 そんな辰巳の凄まじい乱舞ぶりを、男達は呆然と見ている。ひたすら感心しているらしかった。

「というか、なんでこんな状況になってるんですか」

 至極根本的な風葉の疑問に、しかし雷蔵は焼肉奉行を止めない。

「レクレーションの一環じゃよ。自衛隊出向部とBBBの連中は、元来模擬戦で競い合う予定じゃったろ?」

「ですね。今は皆さん砂浜で休んでおられるようですが」

 ぐったりしてる男共を、ざっくり見回すマリア。

「必然、先延ばしになった模擬戦の前哨戦をやろうという流れになっての。色々あって、冥が辰巳にしとったトレーニングの一つ、『スイカ割り』が選ばれる事になったんじゃ」

 ちらと冥を盗み見る雷蔵。涼やかな笑みを浮かべるその横顔が、如何にして隊員達を誘導したのか。それはあえて言うまい。

「現状、難易度は辰巳に合わせて今まで以上に高ぁーく設定されとるが……それを差し引いても、見ての通り過酷極まっての。こうして用意しとる景品も、無為に溜まっていく一方じゃ」

「あ、だからさっきから焼肉奉行やってるんですね」

「応ともよ」

 よくよく見れば、脇のテーブルにはほどよく焼けた肉やら野菜やらがずらりと並んでいる。食材から炭に至るまで、冥が直々に目利きした逸品ばかりだ。

 テーブルに施された術式により、焼きたてあつあつの状態が維持されてはいる。

 が、前述の難易度によって箸をつける栄光を得た者は、未だに居ない。

「このままじゃと、結局辰巳が最初にクリアしてしまうのかのう」

 またもや焼き上がってしまった肉を皿に盛りながら、終わりが近付くスイカ割りに視線をやる雷蔵。

 丁度、その時だ。

 リングの外。五番目の方向から辰巳にスイカが飛んできたのは。

、いっ!?」

 無論そのスイカも割るべく辰巳は手刀を振るい――激突の直前、その手が止まった。更にあろう事か、その手がスイカを掴んだ。

「なんだ、誰だ?」

 即座に冥がタブレットを操作する。術式が強制停止する。

「おおー、噂に違わぬ反応ですねぇ」

 次いでやって来たのは、聞き慣れぬ第三者の声。近くのロッジに繋がる小道から聞こえたそれに、辰巳だけでなくその場の全員が視線を向けた。

「お褒めに預かり光栄……」

 アイマスクを外しながら、辰巳はスイカ模様のビーチボールを弄ぶ。今し方の第三者が、唐突に叩き込んで来たスイカの正体だ。

「……で、どちらさん?」

 しかして、それはただの悪戯ではあるまい。何せ霊力弾(スイカ)の隙間を、的確に縫ってきたのだから。

 興味と警戒。二つが入り交じる辰巳の視線を、飄々と受け流しながら彼女は微笑む。

「申し遅れました。私はサラ。グロリアス・グローリィの研究員をしております」

 しれりと嘘をつくサラ。その顔は、トレードマークのバイザーを被っていなかった。

 少なくとも、今は。

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