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神影鎧装レツオウガ  作者: 横島孝太郎
#3 プロジェクト・ヴォイド
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Chapter08 挑戦 01

 あれから三日。クラスメイトの質問爆撃やら、日本のカルチャーギャップやら小さな悶着はあったが、マリアはもうすっかり日乃栄(ひのえ)高校に馴染んでいた。

「管理棟はこっちでしたよね」

 三、四時限目と続いた農場での実習を終え、マリアは管理棟へ続く砂利道を進む。五月とは言え衣替えが近いこの時期、長袖の作業服を着込むのは少々汗ばむものだ。

「ちょっと暑いなぁ」

 作業服のジッパーを下ろし、持っていたバインダーで胸元に風を呼び込むマリア。ダサいともっぱら評判の女生徒用作業服(ピンク色)だが、それでもスタイルの良いマリアが着込むと、中々どうして様になるものだ。

 かくして辿り着いた管理棟、という名前で呼ばれているプレハブ小屋。中に農具やら化成肥料やらが置かれている入り口前で、たむろしていた女生徒が一人、おもむろに手を振った。

「お、マリアっちじゃん。やっぱ外人もそーやって仰ぐモンなんだね」

「そうですよ? 異なる文化圏でも、共通する部分は割とあるものです。例えば、テンションを上げたい時は――」

 すい、とマリアはバインダーを持ってない方の手を上げる。一瞬首を傾げる女生徒だったが、すぐに意味を察して同じように手を上げる。

 ぱん、と鳴る小さい音。ハイタッチだ。

「はい、お疲れ様です」

「うんうんオツカレちゃーん! イエーイ!」

「テンション高いのも良いけどよ、記録はちゃんと書いたのか?」

 にゅう、と管理棟入り口から顔を覗かせる志田(しだ)先生。日に焼けて真っ黒になっているその顔へ、マリアはバインダーを差し出す。

「ご心配なく、書式もきちんと守ってます」

「そうかい、なら良いけどよ」

 受け取る志田先生。うちわ代わりのバインダーが無くなってしまったマリアは、直接胸元を仰いで風を呼び込む。

「……それにしても、日本の学校は変わった授業をするんですね? モモの新梢(しんしょう)調査、でしたっけ?」

 新梢とは、その年度になってから新たに伸びた若い枝の名前だ。この枝の伸び具合を定期的に調べる事で、樹木の生育具合が知ろうと言う授業内容なのだ。

「そりゃそうだよ、日乃栄は農業高だからね」「普通校じゃゼッテーしない事をモリモリするよー」「そーそー、摘果とか訪問販売とかね」「それより外国の話してくれよ、昼メシになるまであと十五分もある」「ちょっ、いいんですか先生それで」「いいんだよ午前中はもうやる事無ぇし」

 やいのやいの、と騒ぎ立てる生徒達と志田先生。やかましいクラスメイトに囲まれながら、しかしマリアは柔和な笑顔を崩さない。

「では、この前のモーリシャスの話の続きをしましょう」

「おー!」「いいねえ」「どこなんだそれ、ヨーロッパ?」「アメリカじゃね?」「寒いトコなん?」

「残念、どこも違います」

 かくて大人気なマリアだが、まぁ無理もない。

 人当たり良く、物腰やわらかで、礼儀正しく、冗談が好きで、目上を敬い、年下にも優しい。

 そして何より抜群のスタイルの美人とも来れば、もはやトラブルの起きる方がおかしいものであり。

 マリア・キューザックは、もうすっかり二年二組の中心人物であった。

 が。

 そんなマリアに対し、皆から一歩距離を置いている女生徒が一人。

 やはりピンクの作業着を着ているその生徒は、誰あろう霧宮風葉(きりみやかざは)である。

「むむ」

 マリアを囲む生徒達の輪をしばらく眺めていた風葉だが、途切れる様子はまだまだない。なので風葉はその横を通り、志田先生に物差しを返却した。つい先程まで、風葉が新梢の伸びを計っていた道具だ。

 そもそも新梢調査とは、三人一組で行う作業だ。辰巳(たつみ)、風葉、そしてマリア。奇しくも先日の戦闘と同じ班分けをされた三人は、つい先ほどまで新梢の伸びを計っていたのだ。

 使う道具は二台の脚立、バインダー、記録用のプリント、筆記用具である。

 脚立に登った風葉が物差しで新梢の長さを測り、それを聞いたマリアがバインダーのプリントに数字を書き留め、その間に辰巳がもう一台の脚立を次の新梢の位置に接地する。その繰り返しだ。

 樹木一本につき、計る新梢は五本。ビニルテープで印がされているので、作業自体はまったく難しくない。

 なので風葉は雑談がてら、マリアから先日の件を改めて聞こうと思ったのだ。

 しかして、それはまったく上手く行かなかった。

「あの時とおんなじ、かぁ」

 思い返す風葉。脳裏に過ぎるのは三日前、校舎の雪が溶けた後に言われた一言だ。

『申し訳ありません。貴方達の実力を知りたい好奇心と、私の慢心が重なってあんな事になってしまったんです』

 幻燈結界(げんとうけっかい)が解除された後、改めて追求した風葉に、マリアはそう言って頭を下げた。

 一応筋は通っているし、何より授業に戻らねばならなかったので、取りあえず風葉は引き下がった。

 だが改めて考え直してみると、やはりどうにも納得がいかなかったのだ。

「多分、なんか、絶対隠してるよね」

 どうにも気になって仕方が無い。なので何とか聞き出したい風葉なのだが、ご覧の通りマリアはクラスの人気者だ。ほとんど常に誰かと喋っている現状、霊力関連の話をおいそれと切り出す訳にもいかなかった。

 またどうにかチャンスを掴んだとしても、のらくらと躱されてしまうのだ。つい先程の新梢調査中も、風葉はどうにか聞こうとしたのだが――。

『ところでキューザックさん、この前の事だけど……』

『ロンドンのイーストエンドをご存じですか?』

 絶妙に興味をそそる切り口。風葉は思わず返してしまう。

『へ? ん、まぁ、名前だけなら』

『実はあの辺りは近年、インド系の移民が増えておりましてねぇ。本格的なカレーが手軽に楽しめたりするんですよ』

『移民を引き寄せやすい国柄だからな』

 青色の男子用作業着を着込んだ辰巳が、脚立を接地しながら口を挟む。当人としては何気ないつぶやきだったろうが、マリアはその興味を逃さない。

『そうなんですよ。当然店によって味も違いまして、私のオススメは――』

 こうなるともうマリアの独壇場だ。緩やかに辰巳との会話にシフトしてしまい、風葉が疑問を挟む余地のないまま実習は終わってしまったのである。

「いや、まぁ、カレーの話は面白かったけどさぁ……うーん。どうしたもんかな」

「何をだ?」

 と、後ろから聞いてきたのは辰巳である。脚立を管理棟裏の置き場に戻して来たのだ。

「あ、五辻くん。いやね、キューザックさんにこの前の事を改めて聞こうと思ってるんだよ」

「まだ気にしてたのか? もうケリはついたんだろ?」

「ん、ん。そうなんだけど、さ」

 やはり、どうにも、納得出来ない。

 なので取りあえず、風葉は辰巳に聞いた。

「五辻くんは気にならないの? キューザックさんがこの前言ってた、助けるための下準備、って言葉の意味がさ。私、別に悪いトコどこも無いんだよ?」

「なら尚の事気にする理由も無いと思うんだが」

 少し呆れる辰巳の脳裏に、以前風葉から受けた宣言が横切る。

「……あの時と似たようなモン、か?」

「? あの時? どの時?」

「いや、気にしないでくれ。似たような状況を思い出しただけだ」

 かつてオウガのコクピットに突撃してきた挙げ句、堂々と「嫌いだ」と言ってのけたクラスメイトの怪訝顔を見ながら、辰巳は逡巡する。

 答えは、すぐに出た。

「そうだな。そうなるとやっぱり……」

「やっぱり?」

「気にはならないな」

「そうだよねーやっぱり五辻くんも気にならないよねー」

 うんうんと頷いた後、がばと辰巳を振り仰ぐ風葉。

「ってええ!? なんで!?」

「なんで、ってなぁ。さっきも言ったがもうケリのついた事だし、気にした所でどうにもならんし。それに現状、また(まがつ)が出たら背中を預け合う仲間同士なんだぞ? そんなつまらん事で連携を崩すのは、それこそ危険すぎる」

「むむう正論」

 黙り込み、再びマリアの方を向く風葉。しかしてその横顔には、やはり「なんか納得いかない」と大きく書かれていた。風葉らしい反応ではある。

「難儀なこったな」

 肩をすくめる辰巳だが、実際のところマリアが妙な行動を取る理由は、薄々察しがついている。

 恐らくマリアは、風葉のフェンリルを狙っているのだ。誰か、目上の者からの差し金で。

 だが、それでも良いと辰巳は思っている。

 ――そもそも風葉がフェンリルを抑えられたのは、「辰巳を助けたい」という衝動があったからこそだ。

 直情気味な風葉の気質に裏打ちされた霊力は、なるほど確かにフェンリルを御する事が出来たのだろう。禍憑(まがつ)きが禍を制御するためには、それに対抗しうる強固な自意識の土台が、何より重要だからだ。

「けれども、だ」

 だからこそ、それが今問題になっているんだという(いわお)の説明が、辰巳の脳裏を横切る。

「助けたい」という衝動は、逆に言えば、助けてしまえば解決するのだ。

 亀裂が入って行くのだ。少しずつ、フェンリルを抑えられていた、大事な土台に。

 実際風葉の無意識なフェンリル制御は、オーディン・シャドーを撃破したその瞬間から、少しずつ弱まってきている。一定以上の力を顕現させた時、瞳が金色に染まるのが何よりの証拠だ。

 幸いと言うべきか、今はまだその程度の変質で済んでいる。かかる手間は増えたが、引き剥がす事はまだ十分に可能だ。

 今も凪守(なぎもり)上層部では、フェンリルを引き剥がす術式の準備と、それを移し替える代替要員の選定が、着々と進んでいるはずだ。恐らく近日中、十日もすれば何らかの通達が来るだろう。

 だがその十日が経つ前に、フェンリルが暴走する可能性は、ゼロでは無い。

 むしろ、割と高いように巌は見積もったのかもしれない。

「……ふむ」

 巌が、引いてはスタンレーが睨んでいるのは、その可能性なのだろう。予期せぬ暴走と、何より凪守内部の間者(サトウ)を警戒するため、あえて外部組織に協力要請をした訳か。

「安全策、か?」

 知らず、辰巳はコメカミをつつく。

 それ以外にも思惑があるのかもしれないが――どうあれ、辰巳の思考は中断する。

 きんこん、という四時限目終了のチャイムがようやく鳴ったからだ。

「おっしゃ四時限目終わった!」「メシメシ! 楽しい弁当!」「んじゃアタシは食堂だから後でねー」「今日の献立なんだっけ?」「おでんたべたい」

 やいのやいの、とごはんを求めて散っていくクラスメイト達。皆の視線がマリアから校舎に移る。

 切り込む隙が、生まれる。

「……よっし、やっぱこの手しかないかも」

 辰巳が考え込んでいる間、ずっとタイミングを伺っていた風葉は、まっすぐに踏み出した。

「うん? どの手だ?」

 コメカミつつきを止める辰巳だったが、風葉は聞こえた素振りも見せず、ずんずんとマリアへ歩み寄る。

 そして、言い放った。

「キューザックさん」

「? なんでしょう?」

「勝負しない? なんていうか、その、ちょっとしたギャンブルみたいな」

 ――普通に話しかけたのでは、どう頑張っても躱されてしまう。ならば、マリアが躱せない話題をこっちから持って行くしかない。

 となると、どんな話題が良いのか。散々考え抜いた末、風葉は三日前に聞いたマリアのつぶやきを思い出した。

『実に、張りがいのある賭けですねっ』

 理由はともかく、どうやらマリアは賭事が好きらしい。そんな予測を元に、風葉は突撃を敢行したのだ。

「いいですよ? なんの勝負をします?」

 かくて目論見通りマリアは提案を呑み、風葉は小さく笑った。

「……なんだかな」

 言って、辰巳はもう一度コメカミを小突いた。

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