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神影鎧装レツオウガ  作者: 横島孝太郎
#2 最後の魔術師
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Chapter06 冥王 14

「ん、ん」

 首を振り、風葉(かざは)はくらくらと回る頭痛を追い出す。ハンドルをきつく握り締め、無理矢理に思考を落ち着かせる。

 そして、思い出す。今し方、人造Rフィールドの中で何を見たのか。

 何を、感じたのか。

 ――発端は、フレームローダーだ。

『では、行くぞ。神影鎧装、展開――バハムート・シャドー。顕現』

 そんな怪盗魔術師の声が聞こえたかと思うと、フレームローダーは各部の装甲を展開させた。

 隙間から、何か、プレートのようなものが見える――風葉がそう訝しんだ直後、フレームローダーは大量の霊力を噴出させたのだ。

『わ、わっ!?』

 炎のごとく野放図に放たれる霊力を、風葉は身を屈めて回避。更に減速して距離を取る。

 ごうごうと壁のように立ちはだかる霊力の炎。しかしてそれはすぐさま凝集し、寄り集まると、数十本に及ぶ光の線となった。

 光の線は精密回路のような紋様を描きながら、瞬く間にフレームローダーを埋め尽くす。さながら光の針金細工だ。

 そして風葉は、その眺めを知っていた。

 オウガのコクピットを保護する霊力装甲、それが組み上がる前触れである。

 拡大する光の針金。フレームローダーのみならず、奔流のように人造Rフィールド内部を走っていく線の群れ。

 かくして物の数秒で、赤いトンネルの壁面は見渡す限り精密回路のような紋様で埋め尽くされた。

『わ、わ、わぁっ!?』

 風葉からすればたまったものではない。何せこの精密回路は十センチ程の厚みがあるのだ。演習した月面ほどでは無いが、それでも結構な悪路である。

『と、ととっ、っと……!?』

 暴れるレックウのハンドルをどうにかなだめすかしていた風葉は、しかし唐突に顔を跳ね上げる。

 感じたのだ。前方の車輌から、更なる霊力の昂ぶりを。

 嗅ぎ取ったのだ。憑依したフェンリルが、その嗅覚で。

 このまま、ここにいたら、まずい。

『……セットッ! セイバー!』

『Roger CircleSaber Etherealize』』

 判断は迅速であり、実行に迷いは無い。レックウの前輪に展開した霊力の乱杭歯が、Rフィールドを精密回路ごと引き裂き、脱出。

 ――Rフィールド内が更なる霊力で溢れかえったのは、まさにその直後だった。

 トンネル内へ展開した精密回路に迸ったのは、先程以上に莫大な霊力の洪水だ。

 フレームローダーから送られたそれは、つい今し方断線した箇所、即ち風葉の開けた穴から噴出した。

 そしてその煽りを、風葉はまともに浴びてしまったのだ。

 とは言っても突風のようなものなので、ダメージはまったく無い。だが木の葉のように吹き飛ばされてしまい、風葉はレックウごとくるくると回転させられていたのだ。

 そして今し方、どうにか姿勢を安定させられたのである。

 だが、頭痛の原因はそれだけではない。

「ん、んん」

 強く、風葉は頭を振る。張り付いた前髪が重い。フェイスシールドを開けるなら、今すぐ額の汗を拭いてしまいたい。

 それくらいに、風葉は今、困惑していた。

 憶えている。クナイを踏み台にRフィールドへ突撃してから、自分が何をしてきたのか。

 何に、突き動かされて来たのか。

 一言で言えば、それは闘争心だ。眼前の敵と戦う。殺す。喰らい尽くす。そういう獣じみた衝動と悦びが、つい今し方まで風葉の心を動かしていた。

 それを、押し止めてくれたのは。

「神影鎧装、バハムート、シャドー」

 正確には、その構築に伴う精密回路のおかげだ。風葉自身気付いていないが、双眸の色も元に戻っている。

 どうあれその凹凸で我に返らなければ、風葉はまだその衝動のまま動いていたかもしれない。

 今まで、こんな事は無かった。なのに、どうして――?

「無事か、ファントム5」

 脳裏に渦巻く疑問を、聞き覚えのある声が遮った。

 辰巳(たつみ)の声だ、と理解するのに風葉は少し時間がかかった。

「……あ、五辻く……じゃ、なかったっけね」

「正解、ファントム4だ。まぁ、俺も他人の事を言えたクチじゃないか」

 言いつつ、辰巳はオウガを操作。鋼の左腕が、レックウの車体を優しく受け止める。

「ぼうっとしてると危ないぜ。道路は無くても、交通法は守らなきゃな」

「ん、ん。わかってる」

「なら良し。しかし……」

 現われた敵を警戒すべく、何より風葉を守るべく、全力で後退するオウガ。

 だが眼前にそびえ立つ神影鎧装は、そんなオウガを遙かな高みから悠々と見下ろしていた。

 地球光に照らし出されるは、巨大かつ切れ長な二つの目。顔立ちはレギオンの両刃剣を彷彿させる鋭角。だがその様は、剣と言うよりももはや山だ。

 巨大すぎるのだ。頭だけでも優にオウガの三回り以上はあろう。

 嘲笑うように半開きになる口の中には、ぎらぎらと燃え盛る霊力の炎。まるで火山の噴火口だ。

 更にその噴火口を辿っていけば、山脈のように太い胴体が延々と伸びている。直径は人造Rフィールドと同等か、あるいはそれ以上に太いだろうか。

 流石にウェストミンスター区まで伸びてはいないが、それでも胴体の長さを測るためには、キロメートル単位の物差しが必要になるだろう。

 しかもその巨体は全身からうっすらと光を放っており、地殻変動のようにうねる尾の先端には、これまた巨大な尾びれが虚空を仰いでいる。

「……尾びれ?」

 呟く風葉。そう、尾びれだ。眼前にそびえる神影鎧装には優雅な、しかし力強い尾びれがあるのだ。さながら、魚のような。

 そして今、神影鎧装は顔の付け根にある二対のひれを広げた。

 ゆらり、ゆらり。翼のようにはためきながら、霊力の光をきらめかせる巨大な胸びれ。妖しくも美しいその光景に、風葉は知らず息を飲んだ。

「わ、ぁ」

 きらり、きらり。淡雪のように舞い踊る光の粒が、オウガの周りに漂い落ちる。

「――っ! セット! ジャンプ!」

『Roger Rebounder Etherealize』

 切磋にリバウンダーを起動させ、オウガの後退速度が瞬間的に上昇。見とれていた風葉が変な声を上げたが、辰巳は気に留めない。

 そして風葉も、抗議の声を上げる余裕は無くなった。

 さもあらん。今し方降り落ちた光の粒が、次々に炸裂したとあれば。

「わっ、わっ、わああ!?」

 風葉の悲鳴をかき消すように、次々と炸裂する光の粒、もとい霊力爆雷。その隙間をかいくぐりながら、オウガはレックウを乗せた手を胸部へと引き寄せる。

「今、霊力装甲を透過出来るように設定した! ファントム5、早くコクピットに!」

「あ、う、うん!」

 アクセルを吹かし、いそいそとオウガの胸部へ潜り込む風葉。そのままレックウごと辰巳の後ろに回り込み、レツオウガ合体用のジョイントに前輪を接続。

 かくてオウガは神影合体を、しない。

「あれ? やっぱ叫ばないとダメなの?」

「それもあるが、こっちでシステムを止めてるからな。奴の、バハムートの出方を見たいんでね」

「そっか……え?」

 片足をついて一息つきながら、風葉は首を傾げる。

「ちょっと、待って。バハムート?」

「そうだ」

「どれが?」

「あれが。というか自分で言ってたじゃないか」

 指差す辰巳。示された真正面を見やれば、そこにあるのは神影鎧装の巨体だ。

 今も悠然とそびえる神影鎧装バハムート・シャドーは、霊力爆雷の射程から逃げたオウガを見据え、おもむろに口を開く。

「そ、そうだけどちょっと待ってよ。バハムートって確か竜でしょ? あれはどう見てもでっかい……」

 魚じゃないの? そう風葉が言い切るより先に、でっかい魚、もといバハムート・シャドーの口が、光を放つ。

 轟。

 恐らくは天来号の主砲と同格の霊力ブレスが、虚空を引き裂いた。

「そうだな、魚だな! 実に活きが良い!」

 半ば叫びながら、辰巳は素早くオウガを操作。すぐさま全開に達したスラスターによって、オウガの巨体が真上にスライド。そのコンマ数秒後、オウガが居た空間をバハムートのブレスが焼き尽くした。

 ブレスの照射は止まらない。気軽に振るわれるレーザーポインタの如く、莫大な奔流がオウガを追従する。あれに飲まれてしまえば、消し炭すら残るまい。

「ち、ぃ! セット、ブースト! 並びにランチャー!」

『Roger RapidBooster LocketLauncher Etherealize』

 追いすがる奔流をラピッドブースターで引き剥がしつつ、辰巳はロケットランチャーを照準、発射。霊力の尾を引くミサイル群は、狙い違わずバハムート・シャドーへと直進。

 いかんせん、外す方が難しいレベルの巨体だ。弾丸は全てバハムートの体表へ突き刺さり、爆光を一面にまき散らせる。

「……」

 撃ち終えたランチャーを解除しながら、辰巳は爆煙を睨む。バハムートのブレスは確かに止まった。だがもうもうと煙る光の粒の下には、微動だにしない巨体が相変わらず伸びており。

 その煙が晴れゆけば、当然そこには健在の巨大魚、バハムートがこちらを見据えていた。

 切れ長の双眸が、睨め付けるように一層細まる。ダメージを受けたためだ。もっともそれは、ランチャーによるものではないが。

 原因は、上下の唇を抉る半円形の痕だ。ブレスの照射中にランチャーの直撃を受け、中途半端に閉じてしまった結果である。

 無論、バハムートとてそのままで済ませる筈がない。傷跡から幾条もの霊力の線が延び、円を埋めるように格子模様が編み上がっていく。再生しているのだ。

「虫歯も自前で治せそうだな、アイツ」

 敵機の解析を並行しつつ、辰巳はオウガの状態を確認。直前にライグランスと踊ったため霊力は損耗しているが、稼働自体はまだ問題無い。機体そのものの損傷も、オーディン・シャドー戦に比べればかすり傷だ。

 オウガは、まだまだ戦える。

 だが。

「あの魚、どうやって捌いたモンかな」

「そ、そうだよそれだよ! なんで魚なの!? バハムートって竜じゃなかったの!?」

 ブレスから始まるいざこざで中断されていた疑問を、今度こそまくし立てる風葉。相変わらず視線を正面に固定しながらも、辰巳は手短に答える。

「ソイツはもともとアメリカの有名なTRPGの設定だよ。原典のバハムートってのは、大地を支えるくらいにひたすらデカイ魚なんだとさ。まったく、刺身が何人前作れるかね」

 ――そもそも元来のバハムートとは、中東の伝承に登場する、天地創造の土台となった巨大魚なのだ。

 原典には『バハムートの鼻孔のひとつに海を置いたとしても、砂漠に置かれた芥子菜の種のように遥かに小さい』と記述されており、眼前の神影鎧装はあれでもまだ控えめな大きさであるわけだ。

 その事実に辰巳は眉をひそめ、風葉は得心して頷く。

 通信が入ったのは、そんな折であった。

『やぁファントム4、そっちはどうなってる?』

 辰巳の右手側、唐突に灯った立体映像モニタに映るのは、ファントム3こと(メイ)・ローウェルだ。こちらの状況なぞ知る由も無い冥は、何故だか少し不満げな顔をしていたが、生憎と今はそれに付き合う余裕が無い。

 なので一言、辰巳は手短に言う。

「……大物がかかった」

『は?』

 目が点になっている冥のモニタへ、辰巳はオウガのカメラを接続。画面いっぱいどころか、はみ出してもなお余るバハムート・シャドーの異様に、さしもの冥も少し言葉を失った。

『これ、は』

 唖然とする冥。その合間を縫うように、もう一枚立体映像モニタが灯る。

 冥の反対、左手側に現われたのはファントム1こと(いわお)だ。

『無事か、ファントム4』

「ああ。ファントム5も健在だ」

『そうか。ならひとまずは良しとして――ニュートンの遺産は、奪われてしまったようだな』

「ご、ごめんなさい」

 思わず頭を下げてしまう風葉に、巌は薄く笑う。

『気にする事は無いよ。しかしあれは、バハムート、か?』

 細い目を一層細める巌に、辰巳は頷く。

「ああ。それで、ニュースがある。良い話と悪い話だ」

『ほほう。じゃあ、良い話から聞こうか』

「目下の敵、バハムート・シャドーは恐ろしく巨大だ。どこへ撃ってもまず間違いなく当たる」

『そりゃ良いね、霊力が無駄にならない。で、悪い話ってのは?』

「目下の敵、バハムート・シャドーは恐ろしく巨大だ。どこに当たっても有効打になる気配が無い」

『そりゃ困ったな。結局霊力が無駄になる』

 肩をすくめつつ、巌はオウガから転送されたバハムート・シャドーの解析データに素早く目を走らせる。

 ――確かに、あの敵機は途方も無く巨大である。流石は神影鎧装だ。

 しかして、造り自体はところどころほつれや不足部分が散見出来る。例えば胴体の下の方を見やれば、ところどころ明滅して土台の針金を透けさせている部分が分かる。不安定なのだ。必要な最低限しかない霊力を、どうにか誤魔化していると言った所だろう。

 巌の妨害は、まったくの失敗でも無かったのだ。

『有効でも無かったようだけど、ねぇ』

 モニタを操作し、巌はバハムートの腹部を拡大。長大な胴体の真ん中辺りに位置しているそこは、他の部位に比べて圧倒的に高い霊力を検出していた。コクピットである頭部と同等か、あるいはそれ以上に高い。

 十中八九、ここにニュートンの遺産を格納しているのだろう。超重力結界の代わりに、何らかの術式で新たなパッケージングを施す算段か。

 となれば神影鎧装の巨体と戦闘力は、それを守るための防壁と目眩ましの公算が高い、と巌は見当を付ける。

 実際、その見立ては正解だ。こうしている今現在も、バハムート体内では遺産の解析と再封印が急ピッチで進んでいる。そしてそれが終わり次第、バハムートはその長大な身体を砲身に変えて、遺産とフレームローダーをこの宙域から射出脱出させる手筈なのだ。

 最も巌とてそこまで予測してはいないが、残り時間が僅かな事は、肌と勘で理解していた。

 取り戻すチャンスは、ここしかない。

 そして、その為には。

『主砲、だな』

 空を見上げる巌。中天に輝く地球の軌道上、肉眼では見えない位置に居る天来号を、巌は思い起こす。

 天来号のみならず、凪守(なぎもり)のような霊力組織の拠点は概ね宇宙にある。地球から放射され続けている莫大な霊力を利用するためだ。

 その大出力を攻撃へ転用すれば、当然凄まじい熱量と破壊を生み出せる。バハムートが先程見せたブレスと同等か、それ以上の威力を。

 しかして、その引金の認可を得るのは些か以上に手間ものでもある。

 有り体に言えば、大義名分が居るのだ。国際問題や身内からの突き上げを、封殺しうるだけの理由が。

 撃たざるを得なかったのだ、と他者を納得しうる理由が。

 幸い、今回はバハムート・シャドーという巨体がその理由を分かりやすく晒してくれている。そう時間はかからないだろう、通常ならば。

 面倒なのは、その申請を出すのが五辻(いつつじ)の名を持つ巌であり、ファントム・ユニットだという事だ。

 Eマテリアルの運用を主目的に云々、という理由で編成されたファントム・ユニットであるが、その実情は厄介払いされた連中の吹き溜まりである。利英(りえい)なんかが良い例だ。

 そんな連中の、特に上層部の惟宗(これむね)一派辺りから目の敵にされている巌の申請が、果たしてまともに通るだろうか。

『無理だろうなぁー』

 そうなったらなったで今後の判断材料になるが、当然現状の打開には繋がらない。

 となれば、切れるカードは。

『本名を出すしかないか。ファントム4』

「ああ」

『僕はこれから天来号主砲の申請をする。時間稼ぎをしてくれ』

「了解した。次のダンス相手は随分とでかいな」

 ふ、と小さく笑う辰巳。

『それから、ファントム5は――』

 オウガを降りて、ここから速やかに離脱してくれ。

 そう言いかけた巌の口を、風葉は遮った。

「あのう、主砲とか何とかって、時間かかるんですか?」

『うん? ああ、そうだが、どうあれキミはもう――』

「どうにか出来ると思いますよ? ファントム4と、私の、力があれば」

 けろりと。屈託無く、当然のように風葉はそう言った。

『な、に』

 思わず言葉を失い、巌は風葉を見る。

 そうして、巌は気付いたのだ。

 フェイスシールドの下にある風葉の双眸が、金色に輝き始めた事に。


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