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神影鎧装レツオウガ  作者: 横島孝太郎
#2 最後の魔術師
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Chapter06 冥王 13

 二機の大鎧装のダンスは、いよいよ佳境に入ろうとしていた。

 くるくると、大鎧装ライグランスが虚空を舞う。

 くすくすと、パイロットのサラが楽しげに笑う。

「うふふ、ふぅっ!」

 笑いながら、サラは短く呼気を吐く。その度に、ライグランスの太刀が閃く。

 振り下ろし、薙ぎ払い、たまに蹴撃。搭乗者の技量と機体の性能が合わさった、華麗な連撃だ。

()、ッ!」

 辰巳(たつみ)もまた短く息を吐く。その度にオウガの鉄拳が、蹴撃が、ライグランスの攻撃を逸らし弾く。打ち合った数は既に数十を超えているが、辰巳はクナイを放った先程以降、一度も攻めに回っていない。

 サラのダンスが激しい事はある。斥力場のために間合いを読み切れない事もある。現に二度ほど、右腕と左肩部に斬撃を受けてしまっている。幸い致命傷には程遠いが。

 それに、辰巳は攻められないのでは無い。攻めないのだ。

 敵大鎧装、ライグランスの性能を見極めるために。

「引っ込み思案ですね……もっと見せてくださいよ、貴方の情熱を!」

 ライグランスの太刀が、今まで以上に強く閃く。瞬間的なブーストを重ねた、大上段からの唐竹割り。渾身の一撃か。

 脳天からオウガを切断せんとする、紫色の稲妻。

「ッ!」

 だがその稲妻は、オウガの眼前で止まった。真剣白刃取りだ。

 ぎちりと軋む刃と鉄掌。気を抜けば霊力装甲ごとこちらを両断してしまうだろう太刀を、辰巳は見上げる。

「なる、ほど」

 こうして止める事は出来たが、その振りは目算よりコンマ一秒早かった。

 原因は分かっている。ライグランスが身に纏う炎の鎧、灼装(しゃくそう)とやらのためだ。

 サラは灼装から放たれる斥力場を操作して、唐竹割りの速度を増加させたのである。攻守一体という訳だ。

 そしてその手管は、何も今の唐竹割りが初めてではない。概算だが今まで交わした斬打のうち、三割ほどは斥力場によるフェイントが混ぜられていた。腕と肩に斬撃を貰ってしまったのもそのためだ。

「中々、面白いやり方だな。これも踊りの一環かい」

『ええ! テンポ調整とアドリブは、私の特技の一つですから、ねっ!』

 拮抗を崩すべく、中段蹴りを繰り出すライグランス。だがそんな苦し紛れを、辰巳は既に予測していた。

「セット、ブースト! 並びにパイル!」

『『Roger RapidBooster PileBunker Etherealize』』

 システムへ鋭く指示を送りながら、辰巳もオウガの足を掲げてライグランスの蹴りを防御。反動で素早く足を引き戻した直後、背中へ構築されたラピッドブースターが吠える。

 鉄掌が、ライグランスの刃上を滑る。至近距離で起きた爆発的な加速が、斥力場を強引にこじ開ける。

 零距離。

(フン)ッ!」

 オウガの膝蹴りが、それに伴うパイルバンカーが、ライグランスを吹き飛ばす。

『――ッ!』

 鋼が軋む。コクピットが揺れる。敵パイロットの声にならぬ声が、回線越しに耳朶を打つ。

 だが、それだけだ。致命傷には至らない。

「今のを凌ぐ、か」

 感心する辰巳。打突の直前、ライグランスは切磋に太刀を捨て、両腕を交差させて防御したのだ。

『く――ふ、ふふ。素晴らしいフォルティッシモですね』

 防御を解くライグランス。流石にパイルバンカーには耐えかねたのか、右篭手は半分ほど無くなり、左篭手に至っては完全に消滅している。が、それも束の間だ。

 紫の炎はすぐさま火勢を吹き返し、先程の形を取り戻そうとする。

 それを見逃す理由は無い。加えて現在、ライグランスは太刀を手放してしまっている。ここが勝負所だ。

 未だ掌中へ収まっていた太刀を放りながら、オウガは今こそ攻勢に転じる。

「セット! ブレード! 並びにブースト!」

『Roger Blade Rapidbooster Etherealize』

 辰巳のかけ声に従い、両肩部Eマテリアルから霊力光が投射。光はすぐさまフレームとなって組み上がり、オウガが握る頃には二振りの刃となっていた。

()……ッ!?」

 更にスラスターとラピッドブースターを同時発動し、急加速をかける――直前に、辰巳は見た。

 視界の端。未だ消えぬライグランスの太刀が、ぴくりと微動したのを。

 あの太刀は霊力武装の類いである筈。なぜまだ消えない?

 疑問はすぐさま鉛色の悪寒へと変じ、辰巳の背をぞわりと撫でる。

「ち、ぃっ!」

 全身のスラスターを総動員し、ラピッドブースターの加速を強引にねじ曲げる辰巳。その推力と質量が乗った刃を、オウガは振り上げた。未だ消えずに残っている、ライグランスの太刀へと。

 ――もしもこの場に空気があったなら、甲高い金属音が響いていただろう。

 それ程までに、太刀の斬撃は重かったのだ。先程白刃取った唐竹割りと同じか、それ以上の威力がその太刀にはあった。

「……おいおい。こういう隠し芸を持ってるんだったら、先に言っといてくれよ、なっ!」

 刃と体幹を僅かにずらし、ライグランスの太刀を受け流すオウガ。誰に握られなくとも振り抜かれる斬撃が、オウガの装甲を僅かに掠める。

(フン)ッ!」

 無論ただ通り過ぎるのを見逃す筈も無く、辰巳は右の柄で打突を繰り出す。刃の中央を打った一撃は、太刀を真っ二つに折り砕く。

『あらら。お気に召しませんでしたか? 私のモントゥーノは』

 再構築された篭手の具合を確かめるように、軽く腕を振るライグランス。飄々とした姿勢を崩さない敵機に対し、辰巳は改めて二刀を構える。

『それにしても、特注の一品だったんですよ? あれが無いと色々困ります』

「そりゃすまん。けど今は持ち合わせが無くてな。ツケててくれ」

 言いつつ、辰巳はオウガの状況を素早くチェック。吸収しきれなかった衝撃が関節部に少し響いているようだが、まだまだ許容範囲だ。

 次いで、辰巳は先程の斬撃の正体を考える。

 恐らく、太刀そのものは遠隔操作で保持していたのだろう。以前、辰巳がクナイでオーディン・シャドーの脳天を狙った時のように。だがこの場に重力が無い以上、保持しただけではただの浮かんだ棒である筈だ。

 その棒にあれだけの斬撃を負荷できたのは、偏に斥力場のベクトルを刃へ乗せたからだ、と見るべきか。

 サラ。そしてライグランス。予想以上に厄介な相手だ。

 さりとて、付け入る隙が無い訳でも無い。

 それを計るため、辰巳は灼装を、その根本を支えているプレートを睨む。

『ふむぅ、おけらさんなのですか。じゃあ仕方ないですね』

 そんな視線を知ってか知らずか、サラは立体映像モニタを起動。後頭部カメラアイから転送された人造Rフィールドは、いよいよもってニュートンの遺産を飲み込まんとしている。足止めはもういいだろう。

『……さて。名残惜しいところですが、私はそろそろ失礼させて頂きますね。ダンスも楽しめましたし』

「おや、つれないな。十二時にはまだまだ早いぜ? シンデレラ殿」

 白々しく言う辰巳だが、検討は概ねついている。十中八九、あのプレートが原因だ。

 あれは恐らく霊力タンクの一種だ。それも、凄まじく大容量の。

 そこから大量の霊力を放出し続ける事で、ライグランスの斥力場は成り立っているのだ。見た目こそ炎であるが、その本質は噴水のようなものである訳だ。

 だが、ならば。

 その水が無くなれば、一体どうなる?

 考えるまでも無く、噴水は止まる。斥力場は消滅する。枯れた水脈が蘇る事は、恐らくあるまい。

 その根拠を、辰巳は腕に見つけた。

 先程、パイルバンカーを防御した灼装の篭手。それ自体は未だ健在だが、火種たるプレートをよくよく見れば、他の物とはいくらか輝きが劣っている。再構築した分、他より消耗が大きいのだろう。

 こうして睨み合っている今も、その輝きが回復する気配はない。補給の見込みが無いからだ。少なくとも現状では。

 霊力武装(つかいすて)の太刀を特注と嘯き、未だ再構成しない理由もそれだろう。ライグランスは、霊力に余裕が無くなって来ていると見て良い。

「踊り方も何とか飲み込めてきたワケだし、どうだい。今度はこっちがエスコートするぜ?」

 オウガは二刀を構え直す。緩やかに、身を沈める。突貫の予備動作。

 それに相対するライグランスの単眼(モノアイ)に、辰巳はまたもやパイロットの笑みを見た。

 ただし今度は、余裕ではなく焦燥の。

『ふふ。お誘いは大変嬉しいのですが、実は今日はお料理の講習もあったんですよね』

「なるほど、さっきの隠し芸もそのためか。確かに便利そうだな、肉とか野菜とか切るのに」

『そうなんですよ。それに――』

 チラと、サラはもう一度立体映像モニタを見る。

 人造Rフィールドは、遂にニュートンの遺産へと食らいついた。時間稼ぎはこれで終わりだ。

 後は撤退するだけなのだが――。

『――お急ぎの用事があったのでは?』

 逃げの手札は勿論あるが、切るタイミングを間違えば全て台無しだ。故にサラはオウガの隙を伺うが、いかんせんその実力は今までの打ち合いで痛いほど解っている。

 隙は、造るしか無い。

「そっちはツレが行ったから良いのさ。どうなったってな」

 対する辰巳も、ライグランスへ踏み込む兆しを計っていた。

 ――人造Rフィールドがどうなろうと、フェンリルの力がないオウガは手が出せない。

 ならば今は、手が届く場所にある問題へ対処すべきだ。紫の単眼と相対した時に、辰巳はそう結論づけていた。

 手っ取り早く撃墜するのも良いだろう。だがギノアや怪盗魔術師、そしてこのサラのような人員を保有している敵組織の全貌は、未だ未知数であり。

 それを聞き出せそうな口が、今まさに逃げ出そうとしている。

 みすみす見逃す理由は、どこにもない。

「それに、聞きたい事もあるんでな。悪いが、付き合って貰うぜ」

『……ふふ。積極的な殿方は、嫌いじゃ無いんですけどね』

 辰巳とサラ。睨み合う二人の大鎧装パイロットは、奇しくも同じ表情を浮かべていた。

 即ち、笑みを。

 そして、それが合図となった。

 きしりと。オウガの右刃が、僅かに上がる。踏み込みの予備動作に見えるような、見えないような。ごく微妙な角度。

 対するライグランスは、右腕を僅かに下げる。突貫を警戒し、構えを変えるために。

 体幹が動く。重心がずれる。ほんの少しの、本当にちょっぴりの、隙が生じる。

 その隙に、オウガは己の巨体をねじ込んだ。

「セット、ブースト!」

 叫びながら、辰巳は今度こそスラスターを全開。轟く振動がシステムの返答を塗り潰し、オウガの巨体が虚空を跳躍。更にその途中でラピッドブースターが展開し、辰巳はこれも躊躇無く発動。

 一直線の接敵という単純な移動を、二段階の加速というフェイントで隠した訳だ。

 並みの相手であれば、成程確かに通用しただろう。狙い通りすれ違いざまに両手足を切断し、瞬時に無力化する事が出来たろう。

 だがサラの技量と、何よりその『目』は、並みの物では無く。

 双刀を振りかぶる直前、辰巳は見た。正確には、見せられたのだ。

 ライグランスの背後、ずっと向こう。ニュートンの遺産へ食いついていた人造Rフィールドの柱が、唐突に爆ぜたのを。

 そしてその中から、途方も無く巨大な異形が現われたのを。

「な」

 目を剥く辰巳、口角を吊り上げるサラ。

 サラは怪盗魔術師の協力者だ。Rフィールドがニュートンの遺産に干渉した後にこうなる事を知っていたのは、むしろ当然ではある。

 げに恐るべきは、そのタイミングへ重なるようオウガを誘導した手練手管であろう。構えを崩して隙を見せたのは、この誘導のためだったのだ。

「――く!」

 そうした全てを、辰巳は一瞬で理解した。当然、サラが次に取るだろう手段も。

 突貫するオウガを目前にしながら、ライグランスは右腕を伸ばす。篭手の霊力弾を発射する構えだ。

 無論、そんなものはオウガにとって致命傷にはなるまい。幾ら照準が正確だと言っても、対大鎧装用としては牽制にしかならない出力なのだ。

 だが、パイロットが剥き出しの状態だったらどうだろうか。

 ライグランスは手を伸ばしている。ただし正面では無く、後ろに。

 狙っているのだ。破断したRフィールドから放り出された、一台のバイクを。

「霧宮さん、ッ!」

 白熱する辰巳の脳裏に、ライグランス捕縛の選択肢は抜け落ちている。振り上げた刃は軌道を変更し、全力で右腕の切断にかかる。

 だがサラからすれば、そんな軌道を読むのは容易いものだ。すれ違いざま十字に薙ぐオウガの斬撃を、ライグランスは大きく仰け反って回避。霊力弾は発射しない。レックウを狙う構え自体がそもそもブラフなのだから。

 すれ違い、オウガと位置を入れ替えるライグランス。それと同時に、サラは撤退のカードを切った。

「緊急コード発動! エスケープ!」

『Roger E Plate Purge』

 声を上げるサラ。それに呼応し、ライグランスを包んでいた灼装が、あろう事か一斉に鎮火。

 更に全身に配置されていたプレート――正式名称Eプレートが一斉に射出され、直後に爆発した。

「ぬ、ぁっ!?」

 唐突に襲い来た爆光を、両腕を組んで防御するオウガ。幸い灼装と斥力場で霊力を消耗していたためか、威力自体は大したものではない。

 だが、ライグランスが撤退する隙を作るには、それで十分事足りた。

『ガラスの靴はありませんが、ごきげんよう!』

 爆光越しに挨拶を残しながら、ライグランスは一直線に反対方向の虚空へ消えていく。なまじラピッドブースターで加速していたため、オウガは方向転換すらおいそれと出来なかった。

「……まぁ、良い事にするさ」

 加速の勢いのまま、オウガは漂うレックウに近付き、通信回線を開く。

「無事か、ファントム5」

『……あ、五辻く……じゃ、なかったっけね』

 レックウのハンドルを固く握ったまま、平和鳥のように頷く風葉(かざは)

 何だか様子がおかしいが、今はそんな事を気にしている場合ではない。

「正解、ファントム4だ。まぁ、俺も他人の事を言えたクチじゃないか」

 二刀を解除し、オウガはレックウを手のひらに受け止める。

 そのままスラスターで速やかに後退しながら、辰巳は眼前の敵を見据える。

「ぼうっとしてると危ないぜ。道路は無くても、交通法は守らなきゃな」

『ん、ん。わかってる』

「なら良し。しかし……」

 オウガは全力で下がっている筈だ。だというのに、正面にある濃緑色の巨大な柱――もとい新たな敵鎧装は、なかなか小さくなってくれない。

 その体躯を計ろうとするなら、キロメートル単位の物差しが必要だろう。Rフィールドを破って現われた敵は、それ程までに巨大だったのだ。

 辰巳と風葉は見上げる。柱のような敵機の頂上、ニュートンの遺産が浮かんでいた辺り。そこからこちらを悠々と見下ろす、巨大な頭部と二つの目玉を。

 顔は刃のように鋭く尖っているのだが、いかんせんあまりにも巨大過ぎるため、山としか言いようが無い。

 その凄まじい姿に、風葉は先程Rフィールド内で聞いた怪盗魔術師の声を、知らず呟いていた。

『神影鎧装、バハムート、シャドー』

 そんな風葉の声に応えるかの如く、超巨大神影鎧装、バハムート・シャドーは吠えた。

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