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神影鎧装レツオウガ  作者: 横島孝太郎
#2 最後の魔術師
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Chapter06 冥王 06

 転移術式装置を降りて、二歩三歩。

 制御装置群の只中に、(いわお)は立った。

 顔を上げれば、正面には大型の転移術式装置。更にその向こう、灰色の丘の上にはレツオウガの姿も見える。手を振ると、鋼の鎧武者は小さな会釈を返した。辰巳(たつみ)らしい反応だ。

「ふ」

 苦笑する巌。その矢先、遠隔起動した制御装置群の一台から、立体映像モニタが投射される。

 映りだしたのは無論、この装置類の制御担当者、酒月利英(さかづきりえい)だ。

『そんじゃー用意は良いかね盟友! ぶっつけ本番でこんな事しでかすなんざ、ボカァ正直色々と不安で辛抱たまらんかったりしてアレだ!』

 画面狭しと肉薄する坊主頭。テンションその他諸々が振り切れかかっている相方に対し、巌の表情は冷めたものだ。

「おーよ、やってくれ」

 眼前の大型転移術式装置を見据えるその横顔は、半分上の空に近い。だが利英の方もそれを気にする素振りは無い。

『でわっ、切り札の発動をぉぉぉぉぉッ! する前に連絡をポチッとな』

 マウスをクリックする利英。事前に作成していたメールを送信したのだ。

 送り主は今作戦の共犯者、帯刀正義(たてわきまさよし)である。


◆ ◆ ◆


「……うん?」

 はたと、ステージ上のエルドは動きを止めた。そのまま、ウェストミンスター寺院の南西に立つ大鎧装部隊をじっと見る。

 今し方ナマスに刻んだディスカバリーⅢではない。合同作戦要請を受け、日本から派遣されて来た予備戦力、零壱式の一団だ。

 数は六。濃緑色の装甲に身を包む巨人達は、先のディスカバリーⅢ部隊と違ってこちらへ攻めてくる様子が無い。一瞬で大鎧装を解体したレギオンがダース単位で守りについているのだから、当然ではある。

 ルートマスターからの霊力は順調に集まっており、霊力供給術式と人造Rフィールドの接続も完了済み。おおむね全て順調だ。

 唯一の例外はファントム2だが、交戦していたジャックも本性を現してレギオンとなったので、勝負は互角以上に持ち直している。足止めは容易いだろう。

 では、何がエルドの眉根を寄せたのか。

「なんだなんだ、内緒話かな?」

 零壱式達が、おもむろに円陣を組んだのだ。

 どの機体も一様に片膝を突き、右肩にマウントされたシールドを突き出している。

 一見すると、何の変哲も無い巨大な鉄板。だがこれは術式が内蔵出来る多目的装備であり、今回は作戦と内約に合わせて、利英が開発したある術式が搭載されているのだ。

 起動条件は二つ。一つは、盾を用いて円陣を造る事。即ち、今まさに零壱式達が取っている姿勢がそれだ。

 もう一つは、作戦の責任者――即ち、帯刀からの承認だ。

 この承認が、つい今し方降りた。利英から送られた連絡が、その合図だったのだ。

 かくて何の変哲も無かった鉄板の上へ、にわかに霊力光が浮かび上がる。精密回路のような紋様を描く光は、おもむろにシールド表面から立ち上がると、寄り集まって一個の円陣を形作る。怪盗魔術師が(まがつ)達へコネクターを分割して仕込んでいたように、同様の処置を利英もシールドへ施していたのだ。

 霊力で描かれる精密回路達は、元あったシールドをはみ出して尚も伸びる。零壱式の腕を伝い、背中を渡り、霊力の水面上を渡って円陣の中央へ集合。

 そうして完成した図形は、つい今し方、月面で巌が睨んでいた転移術式とまったく同じ紋様を描いていた。

 制御装置によって月面の術式と連動する円陣は、唸りを上げながら霊力光を増していく。

「……」

 何か、マズイ。

 そう直感したエルドは、霊力供給術式を守っていたレギオンの一体に連絡を取る。

 立体映像モニタは必要無い。彼等はレギオンという高位分霊の特性を利用し、独自の霊力ネットワーク――言うなれば、イントラネットで繋がっているのだ。

「あそこでゴニョゴニョやってる術式、どうにもヤな感じだ。ちょいとカマかけてくれないか、『僕』」

『お安いご用だよ、『僕』』

 端的な通信は、コンマ数秒すらかからずに終了。ステージから見て手前から三体のレギオンが位置を離れ、零壱式部隊へ向けて走り出す。

 水面上を一直線に、ツバメの如く駆け抜けていく三つの影。その両手には件の短剣が輝いており、斬撃の射程まであと五メートル、三メートル、一メートル――射程到達。

 しかして、レギオン達の刃が放たれる事は無かった。

 ごぼりと。巨大な音を立てて、彼等の足場が振動したためである。


◆ ◆ ◆


 その、数分前。

 月面、レツオウガが結界を設置したクレーターの中央部。

『それでわ、行ってみちゃったりしましょうか! まずは起動! ウェイクアップだ!』

 巌の正面、設置されていた大きな転移術式が、おもむろに起動する。精密な紋様からにわかに立ち上り始める霊力光は、零壱式部隊が組んだ円陣のそれと完全に連動していた。

 唸りを上げ、出力を上げていく転移術式。それと連動したある術式を利英が接続した瞬間、間欠泉のような水柱が突如として立ち上がった。

 鉄砲水のように吹き上がるそれは、天井となっているワイヤーフレームの結界にぶつかると、噴水のごとく壁面に沿って落ちてきた。

 そうして水は――もとい、ウェストミンスター区から転送されて来た霊力は、月面と、制御装置群と、その中央に立つ巌をじわりと浸し始めた。零壱式部隊へ襲いかかる直前、レギオン達の足場を揺らした原因がこれである。

 要するに、ロンドンから吸い上げているのだ。

『オヒョヒョー! きたキタ来ちゃったよどうすんだコレー!?』

 モニタの向こうではしゃぎ回る利英。転移術式そのものは作戦に合わせて準備していたのだが、ロンドンから霊力を吸い上げている特注の吸引術式――巌の背後で慌ただしく働いている装置は、つい今し方に調整したばかりの代物だ。こんなテンションになるのも、まぁ無理はない。

「転移術式が壊れる心配はないだろー? 強度にはまだまだ余裕があるし――」

 対する巌は、やはりいつもの調子だ。霊力の水面は足首を過ぎて膝に届こうとしているのに、眉一つ動かそうとしない。

 ただその代わり、酷く無造作に。

 巌は肘を曲げ、左腕を前に突き出した。

 袖が自然に下がり、リストコントローラが露出。鈍色に輝く文字盤へ、巌は手をかける。

「――そもそも、もっと物騒なもんを転送するために用意したんだからな」

 カシン。

 硬質な音を立てて、文字盤が下にスライド。その下から現れたのは、雷蔵(らいぞう)と同じ鎧装展開術式――ではなく、I・Eマテリアルであった。

 色は赤、直径は辰巳と同じ三センチ程。何故か霊力の輝きを微塵も帯びていない石をそのままに、巌は無造作にポケットへ手をやる。

 胸元から取り出されたのは、一本の弾倉(カートリッジ)だ。以前辰巳がハンドガンに装填していたものの、原型となった実物である。

 当然内部には霊力が充填されており、巌はこれをI・Eマテリアル上へ持って行き――はたと動きを止めた。

「と、いかんなー。ついクセで出してしまった」

 苦笑し、巌は弾倉をポケットに戻す。それから巌はリストコントローラを口元に寄せ、ポツリと告げる。

「セット、プロテクター。モード、ドレイン」

『Roger Drain Mode Get Set Ready』

 辰巳や雷蔵とはまた違う、奇妙な電子音声が響いた直後、異変は起きた。

 巌の左手側。こんこんと湧き続けていた霊力の水面が、突如として盛り上がったのだ。

 ただし先程のような間欠泉じみた勢いはなく、サイズも随分と小さく細い。

 直径はせいぜい五センチくらいだろうか。鎌首をもたげたヘビのように、するすると立ち上がっていく霊力。

 その行き着く先にあるのは、無造作に掲げられていた、巌のI・Eマテリアルだ。今し方読み上げた術式を用いて、巌が吸い上げていたのだ。

 赤い石は霊力を飲み込んでいく。その霊力に呼応して、石は輝きを帯び始める。

 これこそモード・ドレインこと、背後の装置の元ともなった吸引術式である。

『霊力が足りなくなったりした時、周りから持って来れたら面白いよねー!』というヒラメキの元に開発された、補給というか簒奪用の術式だ。

 無論、巌は霊力を持っていない訳では無い。だがとある事情があり、巌は己の霊力を全力で引き出す事が出来ないのだ。

 現在巌が使える自分の霊力は、全盛期の僅か数パーセント。平素であればその霊力を毎日地道に溜めた弾倉を使うのだが、今回はその必要が無い。ロンドンからこんこんと溢れているからだ。

 その吸引も終わり、小さな飛沫がリストコントローラ上で弾けて消える。

「ファントム1――」

 それを一瞥すらせずに、巌は左の手刀を掲げる。まっすぐに揃えられた五指が、ワイヤーフレームの天井を睨む。

「――鎧装、展開ッ!」

 そして、振り下ろされる。

 その音声と挙動を認識し、I・Eマテリアルから霊力光が赤い投射。やはり精密回路のように分岐する霊力は、瞬く間に巌の身体を覆い尽くし――完全に覆われた直後、鮮烈な赤光を最後にかき消える。

「ファントム1、着装完了」

 かくして、巌は制服から鎧装へと姿を変えた。

 形状はやはり、辰巳や雷蔵が装備していたものとほぼ同じだ。身体各所にプロテクターを装着した、ライダースーツ然とした現代の鎧である。動きやすさを最重視したこの鎧装によって、巌の細くしなやかな筋肉が浮き彫りになっている。

 体表を走るラインは赤。手首のI・Eマテリアルに灯る輝きと同じ色だ。

 その赤を追っていくと、右腕を走るライン上にもI・Eマテリアルの存在が見て取れる。

 数は三、大きさは握り拳ほど。前腕部に沿って並ぶ赤石は、他の部位よりも一回り大振りなプロテクターの上に配置されている。リストコントローラと一体化しているその形状は、さながら籠手だ。

 だがその籠手以上に目を引くのが、巌のヘッドギアだろう。

 顔の両側面、耳の少し前くらいの位置に、プレート状のパーツが増設されているのだ。さながら武者兜の吹き返しである。

「さて、いきますか」

 二度、三度。首を回して準備運動した後、巌はリストコントローラを口元に寄せる。

 そして、告げる。

「セット。モード、ハンドレッド」

『Roger Crimson Canon Ready』

 指令を認識するリストコントローラ。同時に鎧装の機構が連動し、まずヘッドギアに内蔵されていたフェイスシールドが展開。次いで両側面の吹き返しが、扉のように閉じた。

 二重に遮蔽される巌の顔。閉じた吹き返しに隙間はまったくないが、巌の視界は問題無く開けている。表面に灯る術式が、フェイスシールドに外の映像を投射しているからだ。

 この吹き返しこそ、巌の射撃をサポートする視覚補助ユニットである。同時に、今し方電子音声の告げた術式、クリムゾンキャノンの照準を担ってもいる。

 そして今、その中核を担う右腕のI・Eマテリアルを、巌はすぅと掲げる。

 籠手の上、脈動するように明滅を繰り返す、三つの赤石。拍動にも似たその輝きに連動して、霊力の水面がにわかにさざめき始める。

『……あれ?』

 と、眉をひそめたのはレツオウガのモニタで巌の動きを見ていた風葉(かざは)だ。疑問符を浮かべる同僚に、辰巳は振り返る。

『どうした? 何か忘れ物でも?』

『しないってば』

 苦笑し、一瞬風葉はモニタから目を離す。

『そうじゃなくて、何か、減ってない? あの水面、が……』

 そうしてもう一度モニタを指差して、風葉は動きを止めた。さもあらん、霊力の水面が巌を中心に渦を巻いていたとあれば。

 轟、々。

 細波のようだった渦は秒単位で激しさを増し、今や渦潮のような激しさで巌を取り巻いている。それくらいに激しく、霊力が吸い上げられているのだ。

 だが、どこに? ――と、そこまで考えて風葉は気付く。巌の鎧装、体表に刻まれた赤色のライン。その線上を脈動する光が、足から右手のI・Eマテリアルへ走っているのを。

 水に浸かった足のラインを介して、I・Eマテリアルが霊力を猛烈に吸い上げているのだ。さながらポンプである。

『ヘヒッヒヒィ! どうだねモード・ドレイン、もとい吸引術式の威力わ! 変わらないただ一つのアレっぽい何かだぞ!』

 唐突に灯った立体映像モニタ越しに、利英が水面減衰の理由を叫ぶ。当然風葉は犬耳と尻尾を逆立てた。

『うわぁビックリした!』

『分かったんで仕事して下さいよ、まだやる事あるでしょう?』

『ぬっは、つれない若人たちだ! まぁ実際そうなんだけどネ!』

 灯った時と同様、唐突に途切れる立体映像モニタ。

 その消失からたっぷり五秒後、二人のパイロットは同時に息をついた。

『そんでわツッコまれちゃった事だし、ガンバっていってみようかねぇ!』

 スコールのようにキーボードを叩く利英の指。対面にあるディスプレイの中では、転移術式を構成する文言がリアルタイムで調整されていく。

 今から巌が放とうとしているものを、万一にも不備無く転送するためだ。

 その調整が、今終わる。

『よっしゃあ終わったぞ盟友ぅぅ! というワケで、またもやポチッとな』

 カチリと押されるマウスボタン、送信される実行命令。

 それを受諾した制御装置が唸りを上げ、巌の正面にある大型転移術式装置がそれに応えた。

 まずウェストミンスター区からの霊力吸い上げが止まり、間欠泉のようだった吹き上げが中断。

 それと入れ替わりに立ち上った強烈な光が、一直線に天井を突いた。

 その正体は、やはり転移術式装置から発せられた霊力光だ。術式自体から放たれるその光は、次第に凝集して光の紋様を形成。良く見ればその紋様は、今し方利英が調整した文言を単語単位で封入しており、先程の編纂に従ってくるくると整列していく。

 かくして組み上がったのは、やはり転移術式だ。ただし目算でも直径は十メートルはある上、地上五メートルほどの位置を音も無く浮遊している。更にその向きは、何故か地面に対して垂直だ。

 そんな術式陣を対面で見上げながら、巌はリストコントローラ上に手をかざす。

 投射されるは赤い霊力光。掌の上で組み上がっていく赤色のワイヤーフレームを、巌は掴み取りながら振り抜く。半ば抜刀するような勢いだ。

 かくて手の中で組み上がったのは、以前辰巳が使ったのと同型のハンドガンだ。違うのはI・Eマテリアルと同じ赤色をしていることくらいだろうか。

 銃口は振り抜いた勢いのまま、水平方向を向いている。まったくもって明後日の方向だが、特に問題は無い。本体となる砲身は、これから構築されるのだから。

『あ、れ』

 その時、レツオウガのコクピット内で風葉は目を擦った。

『水が、無くなってる?』

 目をこらし、レックウのセンサーも走らせる風葉。だがあれだけあったウェストミンスター区の霊力は、一滴たりとも見当たらない。

 何故か。

 答えは単純だ。吸い尽くしたからだ。

 クレーターの中心に立つ人物、ファントム1こと、五辻巌が。

 ハンドガンを持ったまま、水平に掲げられた右腕。その上に輝く三つのI・Eマテリアルが輝き、後方へ霊力光を投射。巌の斜め後方、丁度上空にある術式陣の対面で像を結ぶワイヤーフレームは、またもや一丁の銃を組み上げた。

 ただし、今度はハンドガンの比では無い。色こそ同じ赤だが、サイズは大鎧装と同じくらいあるだろうか。恐ろしく巨大な銃――と言うよりも、これはもはや砲である。

 外見はあまりにも無骨な、電柱を横倒しにしたような形状をしている。さながら戦車から砲身部分を抜き取ったようなこの巨大砲こそ、巌が先程リストコントローラに命じた切り札、クリムゾンキャノンなのだ。

 人間どころか大鎧装ですら構えに苦労するサイズであるためか、クリムゾンキャノン自体に引金は存在しない。その引金と照準は、連動したハンドガンが担当している。

 クリムゾンキャノンの砲口と、巌のハンドガンが同じ方向を向いているのはそのためだ。

「す、ぅ」

 呼吸を整え、巌はハンドガンをゆっくりと振り上げる。その動作に連動し、背後のクリムゾンキャノンも砲口が天を向く。

 次いでその砲口が、ゆっくりと、正面に浮かぶ転移術式を捉える。

 巌が、ハンドガンを転移術式へ構えたのだ。

 同時に、巌の視界にいくつかのモニタが飛び込んで来る。二重遮蔽されたバイザーの内側に表示されたそれらは、ウェストミンスター区の霊力分布図を初めとした、狙撃に必要なデータ群である。

 それらを転送した利英が隅の方のモニタでサムズアップしていたが、生憎と巌は一瞥もくれない。

 ただ、その隻眼が。

 新聞記事を眺めるように、怪盗魔術師の仕掛けを捕捉する。その意志を汲んだ補助ユニットが、分布図上に幾つもの印を刻む。

 ロックオンを報せるサインだ。

「ハンドレッド・バスター。シュート」

 かくして巌は正面の転移術式を経由して、月面からウェストミンスター区を砲撃した。

 それは先刻サトウへ宣誓した通り、およそまともではない奇策であった。

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