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神影鎧装レツオウガ  作者: 横島孝太郎
#2 最後の魔術師
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Chapter05 重力 04

 風葉(かざは)が書類整理で七転八倒しているのと同じ頃。

 イギリスの首都ロンドンの北西、バッキンガムシャー州ウェスト・ウィコム区。

 草原の中に立つ小高い丘の上に、ある一軒の教会が建っている。屋根の上に十字架ではなく金色の球体が取り付けられた、変わった教会だ。

 キリスト教の象徴を不敵にも取り払ったこの場所で行われていたのは、やはり教義に反する事ばかりであった。

 不徳、腐敗、退廃。酒、金、女。そして、魔術。

 当時力を握っていた貴族達が、堕落した会合を秘密裏に開いていたのだ。

 エスカレートしていくその宴は、やがて地下へと潜る。

 自然の洞窟を数年がかりで拡張し、完成したのは悪魔崇拝――を、模した社交場であった。

 その名を、地獄の火(ヘルファイア)洞窟。

 俗世からかけ離れた地の底で、魚鱗のようにのたうつ石壁の中を、どろりと濁った暗闇がうずたかく降り積もっているのだ。成程、確かにここは地獄を模しているのかもしれない。

 そんな地下洞窟の奥、かつて宴会場として使われていた百二十平方メートルの空洞。その中央で、転移術式越しに持ち込んだ椅子に腰掛けている少女が一人。

 先日辰巳(たつみ)達と交戦したエルドの片割れ、サラである。

 地獄を模したこの場所にまったくそぐわない可憐な少女は、これまたこの場所にまったくそぐわない文明の利器であるスマートフォンで、日乃栄(ひのえ)高校のホームページを見ていた。

 言わんや暇潰しである。

「ええと。毎年恒例、日乃栄高校カーネーション販売のお知らせ、ですか」

 New!マークのリンクに誘導されてみれば、辿り着いたのはそんな特集記事だった。いかにも農業高校らしいお知らせである。

 画面をタップし、サラはバイザー越しに記事を追う。

「ほほう。毎年母の日に、学生の皆さんが造ったカーネーションを、格安で提供しているんですね」

 ちなみに一鉢六百円である。そして辰巳は現在、その準備をさせられている最中だったりする。

「面白そうですね。時間が合えば行ってみたかったんですが」

「そりゃまたヒマな事だな。行ってどうする気だ?」

 と、口を挟む声が一つ。振り返れば、そこには今し方転移術式を潜って来たらしいグレンが居た。

 互いに顔は良く見えている。かつてギノアを転送したフォースアームシステムが、一帯の壁全面をぐるりと取り囲み、広間を光で浮き彫りにしているからだ。前回と違って霊力の供給源を確保できているので、照明もかねて常時展開しているのである。

「もちろんご挨拶するんですよ。件のフェンリルさんも一緒だともっと嬉しいですね」

 花のようにサラは微笑む。

「命の奪い合いは、人数が多いほど燃え上がるものですから」

 ファントム4と、ファントム5。二人同時に戦ってみたいと、至極真面目に、サラは言っているのだ。

「おーお。イイ趣味してるなアンタ」

 歯を剥き出しにしてグレンは笑う。さながら肉食獣のようだ。

 向かい合う二つの笑顔。程なくして二人は、笑みの裏側に自分と同じものが潜んでいる事を悟った。

「――」

 一呼吸、する間も無くサラはスマートフォンを真上に放る。同時にバネ仕掛けのごとく立ち上がり、喉笛を狙った手刀を繰り出す。

「……」

 霊力に覆われ、文字通り刃と化した右手。その手首を、グレンは正確に打ち据えて反らす。更に逆手で返礼の掌打を見舞う。

「――!」

 突き上げるように顎を狙う一撃。その掌打を、サラはグレンと同じように打ち反らす。更に、逆手で再び手刀を振るう。が、それもまた同様にグレンは打ち払い、再度掌打を放つ。

 それをまたも打ち払い、振るわれる手刀。それをまたも打ち払い、放たれる掌打。

「――ふ、ふ」

「……く、く」

 手刀、掌打。手刀、掌打。手刀、掌打。

 くるくると打撃を応酬させながら、二人は笑う。放たれる余波の霊力が、ぐるぐると暗闇を回転させる。

 転移術式の光に照らされた回転は、手合わせと言うよりもどこか舞踏のようであり――しかして、その応酬が不意に止まった。

 掌打を放つ代わり、落ちてきたスマートフォンをグレンが掴んだのだ。

 そのまま、グレンは構えを解いた。

「OK、この辺にしとこうぜ。これ以上はこんなじゃれ合いじゃ我慢できなくなる」

「あら、つれないんですね。私はもっと楽しみたいのですが」

「ソイツは俺も同意見だがな。アンタはこれからデートの約束があるだろ」

 えくぼを刻むサラに、グレンはスマートフォンを手渡す。

「……ファントム4の、クソ野郎とよ」

 いよいよ秒読みが迫っているニュートンの遺産強奪作戦。その際に現れるだろうファントム4の足止めを、サラは行う手筈なのだ。

「あら、よろしいのですか? アナタの方が先約だったのでは?」

 意地悪く言うサラだが、その通りでもある。ギャリガンがサトウに計画を変更させるまでは、グレンがファントム4と戦う予定だったのだ。

「ま、社長がそう決めちまったからな。計画も随分と変わっちまった以上、従うしか無ぇだろ」

 と言いつつも、実のところグレンは今し方手合わせをする直前まで、力尽くでも足止めの役目を奪うつもりだった。

 だが、気が変わった。

「それに、アンタは俺の同類のようだ。だったら止められるもんじゃ無ぇ」

「あら、よくご存じですこと」

 笑い合うサラとグレン。まともに向き合ったのは今日が初めてだが、既にお互い性根は分かりきっている。

 目の前に居るコイツは、自分と同じなのだ、と。

「……しっかし、随分とまぁ陰気な場所を拠点に選んだもんだよな」

 サラに背を向け、グレンは改めて辺りを見回す。

 転移術式の光で随分と明るくなってはいるが、それでも窒息しそうな地の底である事に変わりは無い。かつて悪魔崇拝に使われた場所だとあれば尚更だ。

 が、そんなグレンに異を唱える声が響く。

「ンンーフフ、そう言わないでくれ。ここは僕達にとって故郷みたいなもんなんだからさ」

 特徴的な笑いと共に転移術式を潜って来たのは、今回の首謀者であるエルド・ハロルド・マクワイルドだ。全ての仕込みを終えたエルドは、上機嫌そうにステッキをくるくると回転させている。

「故郷、ですか」

 小首を傾げるサラの前で、エルドはステッキをついた。かぁん、と乾いた音が木霊する。

「そうとも。地獄の火(ヘルファイア)クラブ――かつてここで行われていた秘密の会合に、僕達は招かれていた。悪魔を呼び出す演出者として、ね」

 ――十七世紀末から十八世紀にかけて、イギリスは流動の只中にあった。ピューリタン革命、第一次英蘭戦争、ロンドン大火、等々。様々な出来事がイギリスの国内外で吹き荒れ、あらゆる価値観が音を立てて変わり始めた時代だ。

 地獄の火クラブもまた、そうした時代の必然によって生まれた組織の一つである。

「一六六六年九月一日から四日間、ロンドンは炎に包まれた。その前から国中の色んな所が忙しかったけども、分かりやすいきっかけはそれだね」

 不安定な政治と、衝撃的な出来事の連続。それらは様々な想念を国民に刻んだ。

 好奇、探究、憂慮、鬱屈。形は様々だが、それを共有ないし発散したいと言う願望は、誰しも持っていた。

 だから上流階級の者達は、それを行うための社交場を、幾つも造ったのだ。現代で言うなら掲示板サイトやSNSである。

 大別すれば、地獄の火クラブもその一つだ。だがその活動内容は、およそ褒められたものでは無かった。

「ボンクラなんてのはいつの時代、どこの国でも酷いもんだが、当時の不良貴族もそりゃあ大したもんだったさ。放火、器物損壊、殺人未遂なんてのは序の口。まぁとにかく貴族特権を乱用して、方々荒らして回ったものさ。モホーク団と言ったっけかな」

「何のために?」

「不安で、不満だったのさ。それまで積み重ねた慣習や道徳ではどうにもならないから、だからそれを攻撃して憂さ晴らししよう、って寸法かな」

「それって要するに馬鹿とチンピラが集まってただけなんじゃねぇの」

 鼻を鳴らしてバッサリ両断するグレンを、エルドは拍手で称える。

「鋭い! 五ボイントあげようね!」

「いらねえよ。つーか何のポイントだよ」

「因みに私は二十七ポイント持ってます」

「自慢できる事なのかよ」

 えへんと胸を張るサラの脇で、グレンはコメカミの辺りを小突く。仮面の下が透けて見えるようだ。

 そんな二人を脇目に、エルドの一人語りは尚も続く。

「でもあまり大々的にやり過ぎて、国家に睨まれた。だから地下に潜った。地獄の火クラブの誕生さ」

 放蕩貴族達の道楽から始まったこのクラブは、当然ながら真面目な悪魔崇拝などしていなかった。エルドの言葉を借りるなら、ここは暇を持てあました貴族(ボンクラ)共の溜まり場だったのだから。

『汝の欲することを成せ』そのモットーの通り、クラブ内では様々な悪徳が行われた。

 賭事、姦淫、カトリック教義への冒涜。

 そして、黒魔術の儀式である。

「ここで行われた黒魔術ってのは、貴族にとっては当然お遊びだ。けど、僕等のような魔術師にとっては遊びじゃなかった」

 火の玉を空中に浮かべる、霊力光で洞窟を眩く照らす、何かの分霊を召喚する。呪文によって霊力を自在に操るこの技術は、理屈を知らぬ貴族達からすれば大層な肴の一つとなった。

 だからそんな娯楽の提供者に、貴族達は投資を惜しまなかった。

「理由はどうあれ、貴重な出資主だったのですね」

「その通り、十ポイントあげようね」

「わーい」

 三十七ポイントになったサラを横目に、グレンは腕を組む。そもそもエルドが今喋っているのは、資料で一度読んだ覚えのある内容だ。

「で、アンタらはその見世物の最中に下手を打ったんだったな」

「ンンー惜しいね、最中じゃなくて準備中に事故が起きちゃったのさ。そろそろ閉鎖するって噂を聞いて、最後に一発デカイ事しようとして、裏目に出ちゃったんだよね」

 秘事が行われ続けたこの場所、ウエスト・ウィコムの地獄の火洞窟最深部。ここに充満した霊力を用いれば、今までに無い結果を出す事が出来るはず――そんなエルド達の読みは、半分的中した。

 確かに彼等は成功した。地獄の火洞窟に充満していた、退廃貴族達の発していた霊力。

 暴食、色欲、怠惰、憂鬱、その他諸々。とかく腐敗した、されど想念としては強力な部類にある霊力。

 それを基礎として、エルド達はある悪魔の分霊召喚に成功した。

 地獄の火洞窟の霊力を一身に集めたその分霊は、神話に描かれた力を良く再現していた。実に強力だったのだ。

 それこそ退廃貴族を相手に小銭を稼いでいた三流魔術師達には、制御不可能な程に。

「ンンーフフ、懐かしいねえ」

 目を閉じずとも、エルドにはつい昨日の事のように思い出せる。

 暴走した分霊。渦を巻く霊力。飛び交う怒号。強行される最終手段。

 そして――。

「ああ、こちらにいらしたのですね。準備の方はどうなりましたか?」

 ――三度転移術式を潜って来た声に、エルドの思考は中断する。

 見やれば、新たに現れたのは全身黒ずくめのサラリーマン然とした男。

 薄い笑みを浮かべながら眼鏡を押し上げる彼は、言うまでも無くサトウだ。

「ンンーッフフ、万事滞りなく完了しましたよ。もっとも、フォースアームシステムが無ければここまでスムーズには行かなかったでしょうけどね。スペシャルとして百ポイントあげましょう」

「だからいらねえって言ってんだろ」

 鬱陶しげに手を振るグレン。バイザー越しにサラが何か言いたそうな顔をしていたが、グレンは無視してエルドを見やる。

「……にしても、よくあんな手を考えたもんだよな。その辺は素直に感心するぜ」

「ンンーフッフ。料理と盗みを上手にやるコツは、入念な下準備にありますからね」

「そうかよ」

 だとしても、擬装用の会社を一つ造り上げるのにどれだけ時間がかかったのやら、とグレンは思う。もっともエルドやギャリガンのような者達にとって、時間は掃いて捨てるほどある物なのだろうが。

「こちらも各種鎧装のセッティングは完了しています。いつでもいけますよ」

 微笑むサトウの背後、転移術式で繋がっている某所の格納庫。

 降り積もる暗闇に装甲を濡らしながら、今か今かと出撃の時を待っているマシンが三機。

 一機目は、乗用車くらいの車両である。以前、グレンがレイキャビクで乗っていたあの可変型鎧装だ。

 今もフォースアームシステムを駆動させている車体は、霊力の残光をマフラーから吐き出し続けている。

 二機目は、奇妙な鎧装である。全長はオウガと同程度。全身を塗り潰す白色もさる事ながら、目を引くのはその装甲表面だろうか。

 骨、と言っても差し支えないくらい細身な躯体上へ、黒色のラインが放射状に走っているのだ。

 精密回路のように枝分かれする黒色の基点は、胸部中央。そこへ嵌っている紫色の球体と、同じ色をした頭部のモノアイが、静かに霊力光を弾いている。

 そして三機目は、一際巨大な車両であった。オウガローダーと同じか、それ以上はあるかもしれない。

 非常灯のおぼろな光では到底照らしきれないその巨体こそ、エルドが使う神影鎧装の核となる機体である。

 その状況を立体映像モニタでひとしきり確認した後、エルドは一際陽気な笑顔を浮かべた。

「ンフフ! ンンーッフッフフ! それでは始めさせて頂きましょうか! このエルド・ハロルド・マクワイルド! 僕達の一世一代の大舞台を!」

 ()()

 自らを複数形で名乗る怪盗魔術師の奇妙な言動に、しかし眉を動かす者は一人として居なかった。


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