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神影鎧装レツオウガ  作者: 横島孝太郎
#2 最後の魔術師
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Chapter05 重力 02

 きんこんといつものチャイムが鳴る、温井(ぬくい)先生がよいしょと教卓を降りる、クラスメイト達がわやわやと騒ぎ出す。

 いつもの風景、いつもの日常。眠ってしまいそうなくらい平和な眺めだ。

「……はふ」

 あくびを噛み殺しながら、風葉(かざは)は小さく背を逸らした。おしりが少し痛い。

「座りっぱなしだからなぁ」

 教科書類をしまった後、風葉は辰巳(たつみ)の方に振り返る。幻燈結界(げんとうけっかい)の薄墨がすうと教室を包んだのは、その直後だった。

「時間通りだな」

 と、言ったのは辰巳である。いつもと違って随分と落ち着いているが、さもあらん。今回の発動は(まがつ)の出現ではなく、事前に(いわお)が予定していたものだからだ。

 うっかりしまい損ねた消しゴムを小突いた後、辰巳は風葉の席へ向かう。

「で、霧宮(きりみや)さん。分霊術式の準備は出来てるかい」

「ん、大丈夫、だと思う」

 頷き、風葉はリストコントローラを操作。手首上のパネルに霊力光が灯り、システムが音声入力を待ち受ける。

「セット! マリオネット!」

『Roger Marionette Etherealize』

 かくて発動する術式は、掲げられたパネル上から一筋の霊力光を投射。スポットライトのように注がれる光線は、凄まじい速度で一つの形を、人間の姿を組み上げていく。

 そうして十数秒も経たぬうちに出来上がったのは、霧宮風葉とそっくりな等身大の霊力人形、すなわち分霊であった。

「おおー」

 感嘆する風葉を余所に、辰巳は分霊の出来を検分する。

「うん、まぁ何とかなるだろ」

 背丈、顔つき、肌の色。どれをとっても本人と大きく変わった点は無い。自律した意志こそ備えていないが、その辺は幻燈結界で誤魔化すので、他の生徒達に怪しまれる心配は無い。

 ただ唯一違うのは、本物に比べるとやや胸が膨らんでいる辺りだろうか。本人代理となる分霊は、術者の願望が反映されやすかったりするのだ。

 しかして幸か不幸か、五辻辰巳はそう言う事を指摘する人間ではなかった。

「どれどれ、じゃあ私もちょっと試させて貰おうかな」

 そう言って、風葉はおもむろに分霊のほっぺたをつついた。柔らかい触感ではあるが、人の皮膚とは少し違う感じだ。それにまったく表情を変えない。

「何か、全然反応しないね」

「そりゃそうだろ、そこまで高度な術式じゃないし。そもそもコイツは不在を誤魔化すだけの案山子だからな」

「そっか」

 納得したのかしないのか、風葉はまだ分霊のほっぺたをぷにぷにしている。分霊はやっぱり表情を変えない。

「それにしても、さ」

 不意にぷにぷにを止め、振り向く風葉。

「なんだい」

「何か、意外とヒマだよね」

「まぁ、な。てっきり忙しくなると思ってたんだが」

 コメカミをつつきながら、辰巳は今までの経緯を思い出す。

 ――二日前、辰巳と風葉は怪盗魔術師エルド・ハロルド・マクワイルドの挑戦を受けた。

 この報告を受け、凪守(なぎもり)上層部はファントム・ユニットに行動方針を通達。

 小難しい文面は色々と踊っていたが、要約すると二文字に収まる。

 待機、である。

「怪盗エルドがファントム・ユニットを利用しようとしているのは、火を見るよりも明らか。故にひとまず様子を見る、か」

 先日通達された待機命令の理由を反芻する辰巳。

 ――幾らファントム・ユニットの戦闘力が高かろうと、怪盗が名指しした連中をわざわざ現場へ投入する訳にはいかない。

 現地のイギリスにも戦力はあるし、人造Rフィールド対策にしても、風葉のフェンリルが絶対必要な訳では無い。

 応援要請もあろうが、その辺は別の戦力を出向させれば済む事だろう。

 以上が概ねの待機理由である。

 一応、理に適ってはいる。例えそれが、巌へ圧力をかけたい連中の差し金だとしても、だ。

 だがエルド・ハロルド・マクワイルドは、ファントム・ユニットを名指したのだ。それも、わざわざ分霊を日本へ派遣してまで。

 辰巳か、風葉か、あるいはそれ以外の何かを利用するために。

 敵はきっと、こちらの予想もつかない手段でファントム・ユニットを現場へ引きずりだそうとするだろう。

 時間はあまりない。故に巌は風葉に分霊術式を習得させてまで、準備を急ピッチで進めているのだ。

 が、そんな裏事情など知る由も無い風葉は、しげしげと分霊を突っついたり眺めたりしている。

「あと、五日だよね?」

「ああ。ニュートンの遺産は現地時間の午後三時にイギリスの空を横断する筈だ」

 当時の事故以来、ニュートンの遺産は衛星高度の少し上を周回している。軌道は山の天気のように安定しないが、数ヶ月に一度必ずイギリスの上空を通る時がある。結界保持の霊力を補充するためだ。

 そして怪盗エルドが予告状で指定したタイミングが、まさにその日であった。

 本当に、時間はあまりない。

「で、これから私は……えぇと、例外登録、とかいうヤツをしに行くんだよね?」

「そうだ。レツオウガの時は、人造Rフィールドがあったからな」

 ――実のところ、今のままでは風葉のフェンリルは全力を出せない。本物のRフィールドを封じ込めるために張られた、世界規模の北欧神話抑制結界があるせいだ。

 レツオウガに搭乗していた時はそうでもなかったが、あれは今し方辰巳が言った通り、人造Rフィールドが抑制結界を阻んでいたからである。

 あれだけ強力なフェンリルなのだ、この先必ず必要になる。故にその例外登録をするため、風葉はこれから出かける事になったのだが、巌はついでにもう一つの問題へ手をつけた。

 それは、霧宮風葉が高校生である事だ。

 仮に怪盗エルドを退けたとしても、黒幕を叩き潰さぬ限り、ファントム・ユニットへの攻撃は続くだろう。敵の目的はEマテリアルなのだから。

 そして風葉のフェンリルは未だ引き剥がす目処が立たず、事態が起こる度出撃する羽目になる公算が高い。

 凪守が本業の辰巳はそれでも良いだろう。だが、繰り返すようだが風葉は学生なのだ。

 幻燈結界で欠席を誤魔化せても、知識の空白までは補えない。

 こうした状況が長く続けば、見えてくるのは赤点、留年、退学である。スカウトした巌としても、そうなるのは流石に本意ではない。

 故に状況を改善すべく、巌は風葉に分霊術式を習得させたのだ。

 一口に分霊と言っても色々あるが、風葉が覚えたのは日常生活補助用のものである。

 これは当人の姿形と行動パターンを模し、かつ見聞きした情報を記憶する事も出来る術式だ。

 この分霊を授業に代理出席させ、用が済んだら風葉本人に記憶を統合させようという訳だ。

「……と、それより五辻くんも急がないと。休み時間なくなっちゃうよ」

「ん、おお。そうみたいだな」

 話し込んでいてすっかり忘れていたが、二年二組にはもう誰も残っていない。次は実習の時間のため、皆着替えに行ってしまったのだ。

「販売用カーネーションの準備、か。具体的に何するんだ? 肥料とか撒くのか?」

「もう咲いてるんだから肥料はいらないでしょ。ていうか行けば分かるんだから、早く行った方が良いって」

「まあそうだな」

 コメカミを小突いた後、辰巳は腕時計に手をかけ、立体映像モニタを投射。

「んじゃ、ここからは別行動だ。後は――隊長に従ってくれ」

 立体映像モニタ上のアイコンを操作し、辰巳は幻燈結界からの除外処理を実行。瞬きする間に薄墨色が全身を覆い、辰巳は日常側へ塗り変わる。

「隊長、ね」

 独りごちる風葉。考えるまでも無く、それは五辻巌の事だ。

 確かファントム・ユニットの執務室へ招かれた時も、辰巳の態度はこんな感じだった。

「何か、ぎこちないよね」

 前にも感じた疑問に首を傾げながら、風葉はリストコントローラを操作。自分の分霊も同様の薄墨に沈み、無表情に風葉の席へ立ち尽くす。後は放って置いても授業に出てくれるだろうし、不具合が起きたら辰巳がフォローしてくれる筈だ。

「よし」

 頷き一つを教室に残して、風葉は教室の扉をすり抜けた。


◆ ◆ ◆


 同じ頃、天来号にあるファントム・ユニットの執務室。

「うん……うん、そう。じゃあよろしく頼むよ、アリーナくん」

 定位置の机に座る巌は、通話を終えて立体映像モニタを消去した。

 息を一つ吐いた後、巌は椅子の背もたれに手をやり、大きく身体を捻る。ぼきぼき、と背骨がいい音を立てた。

「骨の折れる仕事だな」

 ぱちん、と音を立てて(メイ)のハサミがバラの茎を切った。見やれば机の上には鉢植えが一つ置いてあり、足下には次の花がバケツの中で切られるのを待っていた。

 冥は今、趣味のフラワーアレンジメントの真っ最中なのだ。

「まぁねー。けど、賽は投げられちゃったからさ……さてと」

 机上に散らばる書類を調えた後、巌は立ち上がる。

「そろそろ霧宮くんを案内しなきゃならん時間だから、ちょいと行ってくるよー」

「ああ」

 バラを刺す位置を調整しながら冥は言う。半分上の空な感じだが、まぁ心配する必要は無いだろう。

「んじゃ留守番よろしくなー」

 ひらひらと手を振り、巌は執務室を出た。

 後ろ手に扉を閉め、いつもの足取りで廊下を進む。

 直進、直進、突き当たって左。

「ひゃ!?」

 そうして曲がった直後、巌はなぜか霧宮風葉と出くわした。転移区画はまだまだ先のはずである。

「あれ、霧宮くん? なんでここに?」

「いや、あの、その」

 場違いな制服姿の風葉は、照れくさそうに頬をかく。

「実は、道に迷ってしまいまして」

「……キミ、実は結構方向音痴だったりするんじゃーないか?」

 呆れ半分、苦笑半分。巌は細い目を更に細める。

「まー、迎えに行く手間が省けたから良いさ。ちゃっちゃとフリングホルニに行こうかー」

 エッケザックスが所有している、思わず舌を噛みそうになる船の名を呼びながら、巌は再び歩き出した。

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