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神影鎧装レツオウガ  作者: 横島孝太郎
#2 最後の魔術師
30/194

Chapter04 交錯 06

「……、」

 風葉(かざは)は絶句した。

 信じられないのだ。目の前の光景が、あまりにも。犬耳を初めて見た時の方が、まだ現実感があったと断言できるくらいに。

「ええ、と」

 頭を振って軽い頭痛を追い出した後、風葉は状況を最初から思い出す。

 つい数分前、翠明(すいめい)寮の食堂で(まがつ)の鎮圧任務を受けた。まぁそれは良い。ごはんを食べ損ねた事も含めてどうでもいい。

 そのまま寮の転移術式でいったん天来号へおもむき、既に目的地へ繋がっていた別の転移術式を潜った。それも構わない。いつぞや風葉をモフろうとした職員がまたこっちを見ていたがまったく問題では無い。

 問題があるのは、辿り着いたこの場所だ。

 日乃栄(ひのえ)高校がある見津国(みつくに)町の北端、高架橋下を走る三車線の道路。幻燈結界(げんとうけっかい)の展開前から灰色をしている、コンクリートの一直線。

 その三車線上に、ギノアの置き土産こと竜牙兵ドラゴントゥースウォリアー達が我が物顔で陣取っている――だけなら、どんなに良かった事か。

 トロンボーン、トランペット、ドラム、サキソフォン、フルート、その他諸々。

 竜牙兵達は今、楽器を演奏しながら高架橋の下を行進しているのだ。

 風体とはおよそ似つかわしくない、躍動感に溢れた楽曲を奏でる竜牙兵団。重厚なアルペジオを刻みながらも、きびきびとした足並みに乱れる気配はまるでない。

 見事、の一言に尽きる。

 そして、それ故に風葉はつぶやいた。

「なに、あれ」

「鼓笛隊だな。日乃栄の吹奏楽部もああいうのやるのか?」

 ご丁寧に演奏用の制服を着込んでいる骨の音楽隊に、辰巳(たつみ)は腕を組む。感心しているらしい。

「うーん、見た憶えは無いなぁ……じゃなくて」

 ぶんぶん、と風葉は強めに首を振った。ポニーテールがばさばさと揺れる。

「あのガイコツさん達って、あんな愉快な方々だったっけ」

「まさか。ギノア以外の術師が、霊脈の乱れに手を入れたのさ。ソイツが――」

 つい、と辰巳は指差す。つられた風葉の視線が動く。

「――多分、アイツだ」

 鼓笛隊の先頭。それまで一際元気よくバトンを振っていた指揮者の竜牙兵が、高らかに声を張り上げた。

『Call Halt!』

 丁度一区切りがついた演奏と一緒に、竜牙兵鼓笛隊は足踏みまで含めてぴたりと停止する。十メートルほどの距離を開けて二人と相対する格好だ。

 そんな鼓笛隊に、風葉はまたもや目を丸めた。一連の動作が実に見事だったから、というだけではない。

「喋った!? 骨なのに!?」

『ンンーッフッフフ! 驚く事ではないさミスフェンリル!』

 風葉の声を耳ざとく聞きつけ、指揮竜牙兵がバトンを振り上げる。霊力で構成された短いバトンは、くるりと一回転して空中に一個の魔法陣を描き出す。

 黒色。竜牙兵の頭上に輝くそれは、振り下ろされるバトンに合わせて指揮者を透過。

 魔法陣は地面へ着くと同時に霧散し、指揮竜牙兵の姿も一緒に消えていた。

 入れ替わりに現れたのは、一人の男である。

 黒いフロックコートに同色のステッキ、シルクハットに片眼鏡。いかにも紳士然とした服装だが、それ故襟元を彩るピンク色のシャツが目に痛い。

 顔立ちは四十代、背丈はギノアよりやや低いだろうか、角張った顔の白人男性である。

 丁寧に撫でつけられた髪、豊かなもみあげ、笑顔を彩る口髭。それらは全て金色だ。

 正面からだとほぼ立方体に見える鷲鼻、陽気に見開く大きな緑眼、白い歯を惜しみなく見せつける口。

 紳士と言うべきか、奇術師と言うべきか。何とも判別しがたい格好の男は、芝居がかった動作で辰巳達に一礼する。

『まずはお初にお目にかかる! 我が名はエルド・ハロルド・マクワイルド! 希代の天才魔術怪盗であーる!』

 やたら語感が良い正面の男――エルドの挨拶に合わせて、ぱぱーんとクラッカーが響いた。背後の竜牙兵達が鳴らしたのだ。ちなみに紙吹雪はすぐ光になって消えた。これも霊力で造ったものらしい。

 そんな消滅を目で追いながら、辰巳はじいと目を細める。

「……遅かれ早かれ敵が来るだろうとは思ってたが、まさかアンタのような有名人をお目にかかるとはな」

「ええっ!? 有名なのあのひと!?」

 叫ぶ風葉に目を細め、エルドはからからと笑う。

『然り! 古代のアーティファクトから最新の術式まで! 世界を股にかけ、狙った獲物はなるべく逃がさない、世紀の大泥棒とは私のことであーる!』

 ――実際、その自称に嘘は無い。あらゆる国境、あらゆる警備、あらゆる術式。十重二十重の警戒を潜り抜け、狙ったものをたちまち奪おうとする怪盗魔術師。

 資料で名前は知っていたが、よもやこんなタイミングで出会う事になろうとは――そんな辰巳の胸中など知らず、エルドはおもむろにステッキをを回転させた後、ビシッと構える。

 途端、今度は背後でどぱーんと花火が炸裂した。こと名乗りや登場に関してはエンターテイメント性を惜しまない――そんな資料通りの大怪盗に、辰巳はコメカミを小突く。

「で、そのドロボウさんが何のようだ? 町おこしの手伝いなら役場に申請してくれないか」

『ンンー、それもそれで魅力的な提案だがね』

 ゆっくりと、エルドはシルクハットの鍔を押し上げる。

『人造Rフィールド』

 溜息のような、たった一言。

 だがその一言に辰巳は目を細め、風葉は目を丸めた。

『ンンーフッフフ! そう怖い顔をしないでくれお二方、美形が台無しですよ?』

「び、美形だなんてそんな」

「照れないでくれ霧宮さん」

 頬を赤らめる風葉に、辰巳は小さく息をついた。

「で、人造Rフィールドが、何だって? ここで使おうってんなら……」

 すい、と辰巳が左手刀を突き出す。リストコントローラの原型となった手首の腕時計が輝く。

 が、意外にもエルドはおどけるように軽く両手を上げた。

『おーっとっと、待ってくれたまえ。確かに私は人造Rフィールドを持っている。しかしだ、今ここで使うつもりは微塵もないのだよ』

「なに?」

 毒気を抜かれ、辰巳の手刀がやや下がる。

『考えてもみてくれ、そもそも私は分霊だ。敷設するにしても準備が圧倒的に足りない』

「なら、あなたは一体何をしにきたんです?」

 首を傾げる風葉。対するエルドは、白い歯を剥き出しにしながらこう言った。

『決まっているだろう、まずはコレだ!』

 間髪入れぬ早業で、懐から投げ放たれる白い長方形。

 何かの投擲武器か、と思ったのはコンマ数秒。辰巳の動体視力はそれが一枚の洋封筒である事を見て取った。

 下げかけていた左手で、辰巳はそれを掴み取る。表題には流れるような筆記体で『Eld Harold Mcwild』の名前が踊っていた。風葉はそれをしげしげと眺める。

「……何かの招待状?」

『ノンノン、予告状さ。私が次に盗む財宝の、ね』

 不敵に笑うエルド。絵に描いたようなドヤ顔である。

 そんな顔を一瞥した後、辰巳は思いきって封筒を開ける。

「……これより一週間後、最後の魔術師の遺産を戴きに参上する。エルド・ハロルド・マクワイルド」

 簡潔な、かつ明確な犯行予告を音読した後、辰巳は予告状を懐にしまう。

「だったら相応の場所に出したらどうだ? 見津国町とは何の関係も無いだろ」

『ンンーフフ! モチロンその辺りに抜かりはないよ、イギリスの方へはもう郵送済みさ。私がこの極東へやって来たのは、別の理由だ』

 カン、とエルドのステッキがアスファルトを打つ。それまで背後にいた竜牙兵団が、にわかに前へ出る。

『実力テストだよ、君達のね』

 カン、とステッキがもう一度地面を打ち鳴らす。

 同時に竜牙兵団が一斉に制服の胸元を掴み、勢いよく脱ぎ捨てる。

 ばさりと、はためきながら消えていく幾着もの制服。だが、辰巳も風葉もそんなものは見ていない。

「GI、GI」

「GIGI、GI」

 真正面。横隊を組む竜牙兵団の出で立ちが、戦闘服とサブマシンガンに切り替わっていたとあれば、さもあらん。

 鼓笛隊もそうだったが、装備も動きもギノアの影響とは明らかに違う。果たしてエルドは、あの竜牙兵達にどんな手を加えたのか――知らず、辰巳の目が細まった。

「大したもんだな。手品師として食っていけるんじゃないか?」

『そうだね、副業として考えても良いかもしれないな……まぁ、それはそれとしてだ』

 くるくるとステッキを回しながら、エルドは笑う。

『正直な話、盗みの段取りはおおむね終わっとるのだよ。だがそのためにも、重要な部分を成すキミ達の力量を、どうしても知っておきたいのさ』

 ピタリと、ステッキの回転が止まる。

 一斉に、竜牙兵達がマシンガンを構える。

 もう隠そうともしない秒読みに、辰巳と風葉は身構える。

「……ハタ迷惑な事だな。何なら凪守(なぎもり)へ公式申請したって良いんだぜ?」

『ンンーフフ。それはそれで魅力的な提案ではあるけどね。十中八九蹴られるのがオチだ。だから――』

 カン、と。三度ステッキがアスファルトを鳴らす。

『――この程度の戦力、軽く捻ってくれたまえよ?』

 実にほがらかなその一言が、火蓋を切った。一糸乱れぬ統制で、竜牙兵達が引き金を引く。

 銃弾の雨が、幻燈結界の中に劈いた。

 霊力によるレプリカとはいえ、毎分五百五十発を誇る連射性能と、何より殺傷能力に変わりは無い。

 我先に殺到する幾筋もの火線。それを辰巳と風葉はそれぞれ左右へ、弾かれたように飛び退いて回避。更に真横にあった街路樹をバリケード代わりに隠れる。辰巳は慣れた仕草だったが、風葉の動きはやはり少し危なっかしい。

「大したご挨拶だな!」

 故に注意を引きつけるべく、辰巳はわざと少し顔を出す。案の定、二度目の火線が返礼とばかりに放たれた。すぐさま顔を引っ込めつつ、辰巳は鼻を鳴らす。

「退く気も投降する気も無い、か」

 まぁ、ほとんど分かりきっていたようなものだ。改めて左手刀を構えながら、辰巳は反対車線の相方を見やる。

「――霧宮さん!」

 ふぇ、と風葉が首を傾げたのは一瞬。訓練で得た知識、辰巳が構える予備動作、そして何より魔狼の嗅覚が、すべき事を理解させる。

 緊張している場合じゃ無い。これも、自分で選んだ選択肢の結果なのだから。

「……あ、う、うん!」

 左腕を胸の前に掲げ、風葉は静かに袖をまくる。中から顔を出したのは、細腕にはまったく似つかわしくない銀色、リストコントローラである。同じタイミングで、辰巳は肘を基点に左腕を翻す。

 次いで辰巳は慣れた手つきで、風葉はおっかなびっくり気味に、それぞれ文字盤部分をスライド。

 カシン、と響く鉄の音。

 辰巳の手首には青石ことEマテリアルが、風葉の手首には小さな円陣が、それぞれ霊力の輝きを帯びた。青と白。固有霊力光が、二人の横顔と闘志を照らす。

「GIGIIIIーッ!」

 そんな二人の変身を阻むべく、左右の歩道から突撃してきた竜牙兵が、同時にコンバットナイフを振り上げる。

 一対一。鏡写しのように同じ状況へ置かれた二人は、示し合わせたかのごとくサイドステップを踏み、中央車道へ躍り出る。

 背中合わせに立つ二人。それを狙い、狙いを定める竜牙兵達のマシンガン。

 その銃口から三度目の火線が殺到する――よりも先に、辰巳と風葉は叫んだ。

「「セット、プロテクター!」」

『Roger Get Set Ready』

 電子音声が鎧装展開術式の起動を告げる。竜牙兵達が引き金を引く。

「ファントム4!」

「ふぁ、ファントム5っ!」

「「鎧装ッ! 展開!」」

 ほぼ同時に放たれる、裂帛の気合いと三度目の火線。

 二人の手首から精密回路のような光が瞬く間に伸び、同時に大量の銃弾が縦横から殺到する。

 集中砲火に晒された辰巳と風葉は、身体をズタズタに――引き裂かれない。

 鎧装展開時における余剰霊力光が、目眩ましとなった事ももちろんある。だがそれ以上に二人を守ったのが、身体を走っていた光の精密回路、そのものである。

 これには鎧装展開時における隙をなくすため、余剰霊力を用いて不可視の防御シールドで術者を守る機能も備わっているのだ。

「GIIIッ!?」

 白光にたたらを踏み、射撃を中断する竜牙兵団。唯一帽子の唾で光をやり過ごしたエルドは、その目に見た。

 黒と青と銀、白と赤と灰銀。まったく違う装備と色彩に身を包んだ、辰巳と風葉の――もとい、ファントム4とファントム5の姿を。

「ファントム4、着装完了」

「ファントム5、着装完了です!」

 かくて薄墨に染まる空の下、反転攻勢を告げる宣誓を、二人は高らかに告げた。


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