表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神影鎧装レツオウガ  作者: 横島孝太郎
#2 最後の魔術師
29/194

Chapter04 交錯 05

 時間は少々さかのぼり、辰巳(たつみ)達が洗濯機でももみくちゃにされる少し前。

 何の変哲も無い農業校である県立日乃栄(ひのえ)高校、その地下。数十メートル単位の分厚い土とコンクリートの向こう側に、ある施設が存在する。

 正式名称、第二十番貯霊地。

 今まで何度か辰巳の話に出ていた、日乃栄の霊地がここである。

 この日乃栄霊地に限らず、基本的にこうした場所は徒歩で入れない。そもそも階段やエレベーターの類いが一切無いのだ。出入りは基本的に天来号などを経由し、転移術式で跳んでくるしかない。

 そんな正規の方法を用い、ふらりと転移してきた男が一人。

「とおうちゃーく、っと」

 微妙に間延びした声と一緒に転移術式を潜ってきたのは、ファントム・ユニットのリーダー、五辻巌(いつつじいわお)であった。

 細い体躯は高身長も手伝って、どこか松葉のようでもある。しかしその佇まいはまっすぐかつしなやかであり、貧弱な様相は微塵も無い。

 さりとて、隊長らしい威厳もあんまりない。着崩し気味の制服はシワが多く、表情もなんだかぼんやりしている。更に右手にはビニール袋ががさがさと自己主張しており、先日風葉(かざは)へ指示した時に見せた鋭さなぞ嘘のようだ。

 そんな巌が転移室の扉を潜ると、ショートヘアの女性職員に出くわした。

「や、どもども」

 ひらひらと手を振る巌。対する職員は軽く会釈し、足早に去って行く。まぁファントム・ユニットの評判の悪さは、今に始まった事では無い。

「けどまぁ、ちょいと世知辛いかなぁー、っと」

 生あくびをしつつ、巌はぐるりと左右を確認。

 狭くも広くも無い通路だ。素材と造りは天来号に似ており、緩くカーブを描きながら奥へと続いている。この通路をずっと辿っていけば、やがてここへ戻ってくるだろう。時計盤のように大きな円を描いているわけだ。

「えーと、こっちだったか」

 円周を歩き出す巌。左手側には等間隔に扉が、右手側にはやはり等間隔に窓が、それぞれ並んでいる。これも時計の数字と同じく十二対あるのだ。

 その内の一つ、十時の位置にある窓に、巌はちらと視線をやる。

 そこには巨大な湖がある、はずだった。

 日乃栄高校一帯のみならず、実に県の三分の一にまで張り巡らされた、蒐集術式による霊力の川の終点。それがここだ。

 見上げれば、天井からはとうとうと流れる霊力の瀑布。赤、青、緑、黄。どんな色とも言いがたい、秒単位で色彩を変え続けるその流れは、かつて窓の外の地底湖に絶えず霊力を注いでいた。

 だが、今は無い。底の見えぬ巨大な暗闇が、ぽっかりと口を開けているだけだ。地上から収束した霊力の滝は、絶えずその闇へ消え続けていると言うのに。

 これも先日のキクロプスと、何より神影鎧装オーディン・シャドーによる強制霊力抽出のためだ。

 その痕跡を探る作業が今も行われており、術式で仮組みされた格子のような足場を、凪守(なぎもり)の職員達が忙しく動き回っている。壁面の術式に何か残っていないか、探っているのだ。

「やってるねぇ」

 と、他人事のようにつぶやく巌。日乃栄霊地の守護担当として、責任追及の風当たりは実際強かった。だが顔にも足取りにも、疲労の色は大して見えない。そうした意味では名前通りの男である、らしい。

 そんな巌がここ二十番貯霊地にやって来たのは、ギノア・フリードマンによる霊力強奪の痕跡を探る、と言うのが取りあえずの名目だ。

 その割には途方も無く呑気な足取りが、不意に十二時の場所で止まる。

 他よりも大きい、両開きの自動ドアが全開になっているそこは、瀑布へ向けて波止場のような足場が大きくせり出している。

 事実、それは波止場だった。スペクターの襲撃を受けるまでは、霊力の湖を管理する船が繋がれていたのだ。

 しかして、やはり今は無い。代わりにあるのは痕跡調査のため設置された術式の足場だけだ。

「さぁーて、と」

 そんな足場の根元に立ち尽くしながら、巌はリストコントローラを操作し、立体映像モニタを展開。リアルタイムで更新される調査データを照らし合わせながら、巌は波止場の中を歩き回る。

 そうして五分も経過した頃、早くも巌は一つの結論を導き出した。

「うん無理」

 清々しいまでのお手上げであった。

 推論の組み立ては得意だが、現場における目星の付け方はいまいち不得手な巌であった。

「そもそもおおむねの情報は、大体調べ尽くされちゃってる感じだしねぇ」

 自分の目で現場を見て、巌は改めて実感する。この立体映像モニタに映っている資料に、非の打ち所は何一つとして無いのだと。

「さーすがは帯刀(たてわき)さんの仕事だ」

 外周の通路に戻り、巌は自動販売機に小銭を投入。少し逡巡した後、ペットボトルのお茶のボタンを押す。

「さぁて、と。やる事なくなっちゃったし、昼飯にするかねー」

「なら、私も相席してよろしいかね」

 うーん、と背伸びする巌にかかる声が一つ。振り向けば、そこには仏頂面を浮かべる壮年の男が一人。

 同じ制服姿ではあるが、歳と体躯は巌より一回りは大きいだろうか。やや白髪が見えるオールバックに、四角張った輪郭。引き締まった肉体と鋭い眼光も相まって、まさに名前通り刀のような印象をたたえる人物であった。

「ああ、これはどうも帯刀一佐。私で良ければいくらでも」

 ビニール袋をがさがさと揺らしながら、巌は日乃栄霊地調査チームの上司、帯刀正義(たてわきまさよし)一等陸佐に笑顔を向けた。


◆ ◆ ◆


「すーみません殺風景な所で。ささ、どうぞどうぞ」

「自宅のような口ぶりだな」

 巌はいつもの調子で、帯刀は憮然としながら、休憩所の長椅子に腰を下ろす。

「さておき、西脇(にしわき)は息災か?」

「ええ、今も元気に掃除してるでしょう」

 丁度その頃ハタキをかけていた雷蔵(らいぞう)がくしゃみをしたが、まぁどうでもいい事である。

「前後しましたが、まずはおつかれさまです。調査の方はどーなってるんでしょう?」

 コンビニ弁当を取り出しながら、巌は帯刀を見る。会議などで何度か相席した事はあったが、こうして向かい合うのは流石に初めてだ。

「どうもこうもない、資料の通りだ。目は通しているのだろう?」

「ええ。未登録の転移術式を使われ、神影鎧装オーディン・シャドーの構築に根こそぎ奪われてしまった、でしたね。その辺の顛末はウチの若いのから聞いてるんで、よーく存じてますよ」

 もっとも、その資料の内容はファントム・ユニットが出くわした、あるいは推測した状況の裏付けがほとんどだ。

 牙バルカン痕の調査、そこから繋がる霊脈への介入痕、システムログから見えるギノアの行動経路、等々。事情を知らぬ上層部はともかく、巌から見て特に目新しい情報は無い。

 無論同様の調査資料は巌も上げているのだが、やはりこう言った資料は第三者の視点で見たものも必要なのだ。現在帯刀の部下が調査しているのは、そのためである。

「で、今は霧宮(きりみや)くんのフェンリルを発生させた人造Rフィールドの痕跡を探している最中である、と」

「そうだ。もっとも、めぼしい成果は上がっておらんがな。異常消費を告げるログが見つかったくらいだ」

 風呂敷包みを解きながら、じろ、と横目で巌を見る帯刀。隠そうともしない警戒に、巌は肩をすくめる。

 帯刀がこうした態度を取るのは、まぁ無理もない話だ。ファントム・ユニット程では無いが、彼もまた凪守内で微妙な立場に居るのだから。

「しかしまぁ、珍しい偶然もあったものだな。私がたまたま視察へ来たこの日に、五辻もこの場所へやって来ているとは」

「はっは、たまたまですよー。こう見えて意外とヒマだったりするもんでして」

 ぱきん、と割り箸を割る巌。いっそ清々しい互いの牽制に、帯刀は鼻をならす。

「……良いだろう、小賢しい話は無しだ。そもお前のような切れ者が、行楽がてらこんな場所へ来る筈がない」

「ざっくり来ますなぁ。ま、その通りなのですが」

 巌のつぶやきを聞き流し、帯刀はおむすびを包んでいるアルミホイルを解く。

「ここ、二十番貯霊地は我々が調べ尽くした。結果、異常は何も見当たらなかった。何一つ、見つからなかったのだ」

 言いつつ、帯刀は海苔おむすびを一口かじる。

「そうだ、何も無いのだ。Eマテリアルを狙っているだろう敵性組織の痕跡は元より、保安システムのログすらない」

「考えてみるとおかしな話ですよねー、それ」

 ペットボトルを開栓し、一口傾ける巌。

「確かに霊地の警備ってのは、結構ザルなもんです。基本的に完全無人の自動管理ですからねー。まぁ、凪守そのものが人手不足だからってのも響いてるんですが」

 この辺は地熱発電所の運用と同じである。無形の霊力とは、故意に刺激を与えなければ基本は無害、かつ安定したものなのだ。

「ですが、いくらなんでもこれはザル過ぎる。失敗したとはいえ、敵は日乃栄霊地に堂々とRフィールドの術式を刻み込み、その後もこちらへ攻撃を仕掛けてきた」

 箱の隅から醤油パックを取り出し、おもむろに振りかける巌。多すぎる醤油は小さなフライをすぐ真っ黒にしてしまう。

「軽すぎるんですよねー、敵のフットワークが。神影鎧装という新技術を披露する都合上、きっと準備は綿密だったのでしょう。ですが、それを差し引いてもここまで素早い動きが出来てるってのは、色々勘ぐっちゃいますよねー」

 真っ黒いフライを、巌は二つに割る。

「例えば、内通者でもいるんじゃないか、とか」

 途端、帯刀が顔をしかめた。丁度おむすびの中の梅干しを囓ったから、というだけではあるまい。

 もそもそと租借しながら、帯刀は巌をじっと見る。

「……ふん。やはり、それが理由だったか」

 梅味のごはんと巌の言葉を、帯刀は飲み込む。

「要するに、結託したいワケだ」

「ええ。色々考えたんですが、自衛隊出向部である帯刀さん達が、最も信用できると判断したのです」

 ――凪守は、半民半官の組織である。

 確かに源流は陰陽師や退魔師と言った、古来から破魔を司る職が主だ。だが、そうした組織として編成されたのはごく近代、明治時代になってからの事である。

 きっかけとなったのは、陰陽道を廃止するという明治政府の決定だ。

 しかして、それは表向きの話である。水面下では退魔師達の再編成と、何より海外からもたらされた新技術、特に幻燈結界(げんとうけっかい)を運用するために着々と改革が進められたのだ。

 その内の一つに、軍からの出向者の編入、という取り組みがあった。表社会との連携を密にするため、というのが一応の名目だが、実際は政府からの監視が主目的であった。旧態依然の権力――幕府筋の力を削ぐためだ。

 とは言え、その辺は退魔師達の狡猾さである。そもそも長い歴史を持つ彼等は、ギノアですら若造と鼻であしらう怪物達がごまんといるのだ。

 交渉、恫喝、懐柔、その他諸々。表面上は従いつつも、彼等は長い年月に渡ってあの手この手を繰り広げた。

 結果、陰陽道は昭和二十一年に宗教法人として復活。

 同時に監視目的だった軍からの出向者は、ほぼ形骸と化してしまったのだ。組織構造自体はあまり変わっていないが、冷や飯を食わされているのが現状である。

 故に、巌は帯刀に声をかけたのだ。

 そんな部署へ出向させられた鬱憤に、発破をかけるために。

 そんな目論見を見抜いているのかいないのか、帯刀は薄く笑う。

「だが良いのか五辻? 仮にその言い分が本当なら、この会話も内通者とやらに聞かれている可能性があるぞ?」

 わざとらしく辺りを一瞥する帯刀に、しかし巌は笑ったままご飯をかきこむ。

「それは大丈夫でしょう。さるお方がこの霊地を隅から隅まで調べて、何も無いと言っておりましたし」

「なるほど、それは安心だな」

 食べ終えたアルミホイルを丸めた後、帯刀はおかず箱を開ける。

「しかし、なぜ我々なのだ? ついこの前、フェンリルを巡る会議で最もお前を糾弾したのは、他ならぬ私だぞ?」

「それが、そのまま理由ですよ。フェンリルをどう扱うか、利益と力をどのように導き出すか。先の会議で槍玉に挙がったのは、そんな話題ばかりでしたよね」

 あくまでにこやかに笑いつつ、巌は思い出す。

 議題に上がったのは神影鎧装(しんえいがいそう)、Rフィールド、フェンリル、その他諸々。

 渦を巻いたのは保身、責任、利益、欲望、その他諸々。

 誰も彼もが己を満たそうと紛糾し、しかし地雷原を歩くかのごとく核心へは踏み入らない。

 そんな堂々巡りが回る中で、帯刀だけは主張を一貫させていた。

「――理由はどうあれファントム5、霧宮風葉(きりみやかざは)は一般人である。可能な限り速やかに代替手段を構築し、フェンリルの憑依から解放すべし。でしたね」

「当然だ。高い霊力や良い才能を持った者は、確かに貴重だ。雇い上げる慣習が凪守に生まれた背景も理解出来る。だが、だとしてもただの若者を、増して乙女を鉄火場へ巻き込む事など容認できんな」

 会議中に何度も言った持論を繰り返しながら、ぎろ、と帯刀は巌を見据える。ファントム5を承認した張本人が眼前にいるとあれば、まぁ無理もない事だが。

「なら、私の決断は間違いだったのでしょうか?」

 微塵も崩れぬ巌の笑顔。いかにも次のセリフが分かっているような表情に、帯刀は鼻を鳴らす。

「……まさか。あの場はああするのが最良の選択だったろう。私が危惧しているのは、その先にある問題だ」

「ファントム5がフェンリルに耐えられるか、ですね。ええ、私も同意見です。如何に希少な力を持っていようと、彼女は凪守に居るべきではない」

「ほう」

 爪楊枝で卵焼きを刺しながら感心する帯刀。さもあらん、巌は暗にこういったのだ。

 折を見て、風葉からフェンリルを引き剥がす、と。

 停滞した凪守の状況に、大鉈を振るう、と。

「随分と――」

 大きく出たものだな。そう言いかけた帯刀を、コール音が遮った。

「失礼」

 すぐさまリストコントローラを操作し、巌は立体映像モニタを展開。表示された地図情報を端的に読み上げる。

「……ここから北に約十キロ、町の境目付近に竜牙兵の軍勢が現れたようですね」

「ならば、第一小隊に出撃を――」

「いえ、ファントム4と5に行って貰いましょう。一番近いですし」

「なに?」

 帯刀は眉をひそめる。さもあらん、フェンリルを引き剥がす予定だと言った傍から、戦域へ投入すると言うのだ。

「……一体何を考えているんだ、五辻巌」

 出撃要請メールのテンプレートを呼び出しながら、巌はつぶやく。

「今自衛隊の方々が出撃されても、敵の数が増えるだけですよ、きっと」

「何故、そう言い切れる?」

「多分先方は、Eマテリアルの性能を確かめるのが目的でしょうから」

 端的な推論を述べながら、巌はメールを送信した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ