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神影鎧装レツオウガ  作者: 横島孝太郎
#2 最後の魔術師
26/194

Chapter04 交錯 02

『地球は青かった』

 人類初の宇宙飛行士、ユーリイ・ガガーリンが残した有名な言葉だ。

 だがこの言葉が有名なのは、実は日本だけだったりする。なぜこうなったのかは諸説あるが、とにかくガガーリン氏は本来『空は非常に暗かった。一方、地球は青みがかっていた』と言ったのだそうだ。

 さりとて実際に地球を見上げれば、それも正確では無い事を風葉(かざは)は思い知る。

 原因はフェンリルだ。紆余曲折の結果、心の中へ同居する事になってしまった、神話時代の巨浪。その分霊たる(まがつ)を受け入れて以来、風葉も霊力を認識出来るようになってしまった。

 ごく普通に、メガネをかけるより自然に、霊力の可視と不可視を切り替えられる自分の目。

 今も霊力に焦点を合わせて見上げれば、そこには漆黒の宇宙に浮かぶ青色の球体――は、見当たらない。

 赤、青、黄、緑、紫、黒、橙、白、桃。およそありとあらゆる色彩が渦巻く、美しい、しかし混沌とした霞が、代わりに浮かんでいた。しかもその霞は不定形で、四方八方に帯状の筋を伸ばしている。

 そんな霞の中央に目をこらせば、ぼんやりと丸い物が透けている。これが、霊力の視界で見た地球である。

 この地球を覆っている混沌色の虹こそ、地球に住む七○億の人間が発している霊力、その現れなのだ。

 喜び、怒り、悲しみ。

 国家、宗教、思想。

 全ての人と人の合間にわだかまる悲喜交々が可視化されたなら、なるほどこうもなるだろう。いつぞやのキクロプスなぞ比較にならない、極大かつ濃密な虹が、今も宇宙に揺れている。

「すっごいなぁ」

 独りごちる風葉。それを耳ざとく聞きつけた利英(りえい)が、通信機越しに奇声を上げた。

『フォヒョヒョー! そんなに褒められると照れてしまいますナァ! まぁ実際レックウは僕的にも傑作な出来なんですけどね! ナンデスケドネ!』

「え、あ、はい」

 我に返り、ハンドルを握り直す風葉。そう、利英が言った通りレックウのハンドルである。

 風葉は今、レックウで月面を走っているのだ。一週間前、なし崩し的に任されてしまったファントム・ユニットの新装備。その動作試験を、改めて行っている訳だ。

「あれから一週間、か」

 そう、一週間だ。レツオウガが土壇場で起動し、激闘を繰り広げてから、一週間が経過したのだ。

 感傷と共に見渡せば、辺りは白黒の陰影しか無い月面。そして術式で保護され、適度な重力を約束された四○平方キロの広大なフィールドが広がっている。

 地球と同じ一Gではあるが、流石に空気までは存在しない。その辺の生命維持はレックウと、風葉の纏う鎧装がまかなっている。

 ま、要するに宇宙服だね――テストを始める前、(いわお)はいつもの締まらない顔でそう言った。

 実際、鎧装の生命維持機構は順調に機能している。呼吸は普段通りに出来るし、体感温度も絶妙だ。

 そんな超技術の庇護下のもと、風葉は改めて月面を見やる。

 星と、宇宙と、岩山。どこまで行っても目に映るのはそれしかない。一応遙か後方にこのフィールドを管理している凪守(なぎもり)の施設もあるが、今は岩山の影で見えない。

 目眩がしそうなくらい、明暗を分かたれた白い荒野。もしレックウのエンジン音が無くなれば、ここは間違いなく夜の墓場より静かだろう。

 死んだような――と言うより、そもそも命が存在した形跡が無い。全てが死に絶えたラグナロクの直後ですら、もう少し賑やかなハズだ。

「……何考えてんだろ、私」

 頭を振る風葉。利英から通信が届いたのは、その直後だった。

『ぃ良し! 慣らしのドライブはこの辺で良いだろう! 次はお待ちかねの武装テストにはいっちゃうぞキミィ! グフェふほハハハのハー!』

『落ち着け』

 すぱーん、とくぐもった音が聞こえる。(メイ)が何かで引っぱたいたのだろう。

『ふはは! 気合いの入ったところでまずはオサライのサークル・セイバーからいってみようか! ターゲットドローンON!』

『いかん悪化した』

 諦念気味につぶやく冥。それと同時に、風葉の正面で霊力光が灯る。赤色のそれは瞬く間に凝集し、歪なシルエットを造り出す。

 四角、四角、四角。積み木を重ねたような、辛うじて人型と判別できる、半透明の霊力人形。それが二体。身長は三メートル弱くらいだろうか、これがターゲットドローンだ。

 全身四角い中で唯一丸い一つ目が、風葉を捉える。対する風葉は臆する事無く、アクセルを吹かせる。距離を詰めていく。

 呼応し、ドローン達も動いた。棍棒のような腕を振り上げ、意外に素早いホバー移動で、左右からレックウを追い込みにかかる。

 先んじるは右。間合いまであと三秒、二秒、一秒――。

「――今っ!」

 完璧なタイミングで風葉は手近なクレーターに乗り上げ、そのまま大きく跳躍。見上げるドローン達のモノアイに、風葉は鎧装を晒した。

 やはり辰巳や雷蔵と同様のボディスーツであるが、身体各所に大小様々なプロテクターが追加されている。特に目を引くのが、上腕と足に装備された大きなユニットだ。さながら袖と袴のようであり、遠目からだと和服のようにも見える。

 更に紅白のカラーリングもされているため、一見すると巫女服のようでもあるのだった。

 そんな戦闘服に身を包んだ風葉が、叫ぶ。

「セット! セイバー!」

『Roger CircleSaver Etherealize』

 唸りを上げる前輪。トレッド部に銀のラインが走り、サメのような乱杭歯に姿を変える。

「いっけえええええ!」

 その乱杭歯を、風葉は手近なドローンへ、レックウの重量ごと叩きつける。

 ドローンは腕を振り上げ防御するが、無駄なあがきだ。激しく回転する霊力のバズソーは、ドローンを腕ごと真っ二つに両断する。

「ひとつ!」

 数瞬前までドローンだった残滓たる霊力光を振り払い、駆け抜けるレックウ。ウィリー状態で、サークル・セイバーは起動したままである。着地直前、スラスターを用いて姿勢を制御したのだ。

 今もスラスターから――鎧装の腕と足、それぞれ袖と袴のように見えていたユニットから霊力光をたなびかせながら、一直線に風葉が走る。

 正面にはターゲットドローン。腕は既に振り上げられており、後は射程に入ったところを振り下ろすのみ――そんな行動プログラムよりも、やはりサークル・セイバーの直撃が先んじた。

 利英謹製なだけあって、加速性能も凄まじいのだ。

「もう、ひとつっ!」

 ドローンの胸に食い込んだバズソーを、風葉は車体を勢いよく押し下げて、強引に振り抜いた。同時にハンドルを切り、振り上がった腕の下を潜り抜ける。

 直後、ドローンはただの霊力に還った。その直前まで、風葉の様子をモニタへ転送しながら。

『ほほうやるじゃないか! だがこれは小手調べだぞキミィ!』


◆ ◆ ◆


 所変わって凪守月面支部、蓬莱(ほうらい)基地。風葉が居る演習場が望める展望室に、ファントム・ユニットの面々が詰めていた。

 巌、雷蔵(らいぞう)、冥、利英、そして辰巳(たつみ)。誰もがレックウの、あるいは風葉の状態を映し出すモニタを、食い入るように見つめている。

「ほほうやるじゃないか! だがこれは小手調べだぞキミィ!」

 キーボードを乱打し、利英は術式を送信。レーダー上、風葉の周囲に赤い点が六つ現れ、包囲するように移動を開始。対する風葉も迷い無くハンドルを切り、鋭い軌道を記録装置に刻み込む。

「……さぁて、どう見る?」

 そんな風葉に聞こえぬようマイクを切り、振り返る利英。先程のハイテンションは影も形も無い。

「素晴らしいのう。その一言に尽きる」

 口火を切ったのはお茶くみが一段落した雷蔵だ。バスケットボールのように指の上でトレイをくるくる回している。同じ禍憑まがつきとして思うところがあるのだろうか。

「……だからこそ、危ういんじゃないかの」

 実際、風葉の操縦能力は相当なものだ。髪を結っているグレイプニル・レプリカの効力で進行自体は止まっているものの、フェンリルの憑依度合いは結構な深さにある。

 今しがたドローンから送られてきた映像を見ても、それは明白だ。縦横無尽に荒野を駆け巡り、霊力の牙で獲物に襲いかかる。

 その戦い振りはまさに狼の、フェンリルのそれであった。

「ま、分かってた事だけどねぇ」

 言いつつ、巌は湯飲みを一口すする。いつも通り締まりの無いその顔は、しかしいつも以上に疲労の色が濃い。

 つい昨日まで諸々の会議、交渉、密談その他諸々に携わっていた名残だ。

「お前さんも大立ち回りだったようじゃの。ほれ、二杯目を煎れてくれよう」

「サンキュー。ま、それも霧宮(きりみや)くんほどじゃないさ」

 虎ワッペンつきエプロンの雷蔵に空の湯飲みを差し出す巌。その目はモニタ内の風葉から離れない。

 疾駆、強襲、切断、離脱。身の丈より大きな二輪を駆り、霊力迸らせて獲物を狩る立ち回り。

 まさに、獣のそれだ。

 見つめる巌の細い目が、更に細まった。

「……次のテストに行っても良いんじゃないか」

「ああ、僕もそう思ってた所だ」

 言いつつ、利英は通信機のスイッチをオン。途端にテンションも一変する。

「フォーホホ! やるでわないか霧宮クン! ならば次はもう一つの使ってみようかと思っちゃったりしてなんかもうアレだ!」

「落ち着けと言ってるだろうが」

 すぱーん、と丸めた書類で利英の後頭部を叩く冥。だがもうこうなると利英は止まらない。

「オッケー気合いも入った! サークルランチャーのテスト開始ですぞ!」

『はい!』

 二つ返事で答える風葉。その前方、および左右。やや離れた三方向から、三機編隊のドローン達が出現。同時に風葉も新たな術式を起動。

『セット! ランチャー!』

『Roger CircleLauncher Etherealize』

 レックウの前輪から光が消え、入れ替わって後輪に新たな銀色が灯る。

「ふぅん、あんな仕掛けもあったのか。で、結局ファントム・ユニットの今後はどうなったんだっけ?」

 聞きつつ、冥は茶柱を探す。

「結論を言えば現状維持さ。仕事の口はちと広がったけどな」

 画面の向こう、風葉がアクセルを吹かしながら大きくハンドルを切る。距離が縮まっていく。

「まず、敵の目的。幾つか考えられるけど、一番ハッキリしてるのは、Eマテリアルを手に入れようとしてるって事だ」

「そうさな。何せ俺がギノアから直接聞いた」

 辰巳は拳を握る。オーディンとの戦いは、自分と風葉がしでかしてしまった決断の感触は、未だ焼き付いて離れない。

「スティレットの残党、かの」

 腕を組む雷蔵。虎ワッペンがねじれ、少し難しい顔になった。

「さぁてね。だから前線から下げるなり、凍結処分をするなりしようって流れになりかけたんだが――」

 画面の向こう、銀の残光が月面に走る。二輪の獣がドローン部隊を巧みに攪乱し、誘導し、追い込んでいく。

「――そうは出来なかった。推察される、敵のもう一つの目的を阻むために」

「それは?」

「人造Rフィールドへの抑止力さ」

「……他にも理由があるんじゃないか?」

 三日月じみて意地悪く微笑む冥。だが、巌は取り合わない。

「敵は、あれを売り込もうとしてるんじゃないか。そう思えてしかたないんだよねー」

「あんなモノを? どこの誰に?」

 あんなモノを破壊した当人の辰巳は眉をひそめる。が、対する巌は湯飲みを置きながら首を振った。

「あんなモノ、だからさ。個人や組織を問わず、欲しがる連中はたくさん居るだろうね」

 極端な話、人造Rフィールドとは個人レベルで所有可能なICBMとも言える。恫喝を目的とした所持、実使用による霊地破壊、等々。その気になれば国家を揺さぶる事すら出来るのだ。財をはたいても欲しがる者は出て来るだろう。

「多分、連中はそのプレゼンをしたかったんじゃないかな、日乃栄(ひのえ)で」

「じゃがそれは、当日に辰巳と霧宮が叩き潰して――お、しかけるようじゃの」

 モニタの向こう、一箇所に固められたドローン達を囲むように、レックウが大きく円を描く。路面の凹凸を巧みに避けながら、時計回りに刻まれている銀色の轍。よくよく見ればその轍は、格子模様型の術式が弾帯のように連なっているのが見て取れた。

 これで敷設は完了、照準はとっくに終わっている。

 だから、風葉は迷わず叫んだ。

『サークル・ランチャー! 発射!』

 瞬間、敷設された全ての弾帯から鏃のような霊力塊が射出された。一個一個はバイクタイヤの幅くらいだが、いかんせん数が凄まじい。十や二十ではきくまい。

 十メートルほど上昇した後、くるくる回転していた鏃達は、しかし不意に動きを止める。

 ぞろりと並ぶその切っ先が捉えるは、言うまでも無くドローン達だ。

 そんな切っ先の反対側から霊力が噴出し、一気に殺到する。

 着弾、貫通、爆散。

 着弾、貫通、爆散。

 着弾、貫通、爆散――。

 圧倒的な破壊の嵐がドローン達を飲み込み、停止したレックウの車体を照らす。クレーター頂上からそれを見下ろす風葉の髪を、爆風がもてあそんだ。

 息遣いこそ聞こえないが、横顔には汗が浮いている。フェンリルの憑依によって技量と戦意を保つ事は出来ても、身体はまだまだついてこないのだ。

「でもまぁ、どうにか仕上がったかな。禍を併用した促成栽培だけど、ここまでいければ上出来上出来」

 言って湯飲みを傾けた巌は、そこで空になっている事に気付いた。

「おかわり頼むよ」

「ほいよ。まったくうらやましい舌じゃのう」

 急須にお湯を足す雷蔵。彼は猫舌なのでそうグビグビといけないのだ。

 立ち上る緑茶の香りをかぎながら、巌は風葉の――ファントム5のデータを確認する。

「これで一応、機動戦力として運用は出来るかな」

「抑止力となるために、か?」

 溜息のような辰巳のつぶやきに、巌は苦笑する。実際その通りだからだ。

 ――ファントム・ユニットの新たな役目。それは日乃栄霊地の警護だけでなく、人造Rフィールドに対する抑止力となる事である。

 確かに風葉のフェンリルは強力だ。あれほど完膚無きまでにRフィールドを破壊出来るのは、世界中見回しても風葉しかいないくらいに。

 無論、それはEマテリアルや神影鎧装術式という様々な要因が重なって出来た、ある種の奇跡である。だがどんな理由であれ、レツオウガは世界で一番強力な対Rフィールド用霊力武装となった。なってしまった。

 そしてひとたび人造Rフィールドが現れれば、求められるのは即時対応だ。エッケザックスへ逐次要請していたのでは、実際間に合わない事が露呈したのも拍車をかけた。

 国家、国境、政治的摩擦。それらを全て超越し、被害を最小限に抑えるべく奔走する機動部隊となる。

 それがファントム・ユニット存続のため巌が示した方針であり、上層部はそれを承認した。

「オッケェイ! デェタの収集はおおむねコンプリイトしたぞ! そろそろ疲れたろうしもどってくるのだ!」

『あ、はい。了解です』

 データ整理しつつ風葉と通信する利英。その背中を眺めながら、雷蔵は急須を傾ける。

「いずれフェンリルを引き剥がす日は来るじゃろうが……大丈夫かのう、霧宮は」

 ほんの少し前まで、霊力の存在すら知らなかった一般人。状況がそうさせたとはいえ、そんな風葉がこれから来るだろう鉄火場に耐えられるのか――そんな心配を、意外な人物が両断した。

「大丈夫だろ、霧宮さんなら」

 辰巳であった。

「霧宮さんの強さとまっすぐさなら、よーく知ってるからな。ちょっとやそっとじゃ……ん?」

 そこまで言って、辰巳は皆が固まっている事に気付いた。雷蔵に至ってはお茶がこぼれているのに、まだ急須を傾けている。

「何だ? どうかしたのかよ?」

「いやぁべつに」

「なんでもないよ?」

「うんうん」

 皆口々にそう言うと、それぞれわざとらしく立体映像モニタを操作したり、こぼれたお茶を拭き取ったりし始める。全員笑いをこらえているのか、時折肩や口元が小刻みに震えたりした。

「……何だってんだ」

 ただ一人理由が分からない辰巳は、首を傾げながらすっかりぬるくなったお茶をすする事しか出来ない。

 むべなるかな、それもまた青春であった。

「ま、そんな甘酸っぱいのはさておいてだ。雷蔵が見たサラリーマンと、コアユニットと思しき大鎧装については、どうなってるんだ?」

 半笑いを浮かべながら、冥はもう一つの懸念事項に話題を切り替えた。


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