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神影鎧装レツオウガ  作者: 横島孝太郎
#1 レツオウガ起動
14/194

Chapter03 魔狼 04

 同時刻。

 日本上空、衛星軌道の少し上。天来号てんらいごう内部通路のとある一角。

「どうしよ」

 十字路の真ん中で、風葉かざはは立ち尽くしていた。

 道に迷ってしまったのだ。

「ううーん……」

 右を見る。左を見る。誰も居ない。まっすぐ続く正面通路も、人影は見当たらない。

 途方に暮れながら、風葉は今までの経緯を思い出す。

 辰巳たつみに気圧され、転移術式の扉を潜った。それはいい。

 扉を出ても誰も居なかったので、うろ覚えの記憶を頼りに通路を歩いた。それはまぁ、仕方が無い。

 だが、それからどこで何をどう間違ったのか。

 風葉は、明らかにオフィス区画とは違う場所に入り込んでいた。要所に区画を示す看板はあるのだが、肝心の目的地であるファントム・ユニットの位置を示しているものは一つも無かったためだ。

 鼻つまみ部隊だから仕方無いと言えばそれまでだし、道中で職員に全く出くわさなかった不幸もある。

 何にせよ風葉は今、全く別の箇所――術式研究区画の奥に入り込んでしまっていた。

「にしても、なんなんだろアレ」

 真正面。突き当たりの扉と、そこまで続く通路を見ながら、風葉は首を傾げた。

 何というか、空気が違うのだ。

 端的に言えば、ゴミ、だろうか。大小様々なガラクタが、通路の両脇で山脈を造っているのである。

 例えば段ボール箱の中でこんもりしている紙屑の山には、その全てに奇妙な図形が描かれている。

 転がる空き瓶は大小様々で、内側にはいろんな色の液体やら粉末やらが入っていた後がある。

 最奥扉の両脇には鉄製の大きなコンテナがでんと置かれており、そのうち左側のずれたフタから覗いている布きれは、風も無いのにひらひらはためいていた。

 これらは全て、新たな術式を造る上で必要となった材料や、梱包材や、失敗作のなれの果てだ。

 知識ある者が見れば、この資材の潤沢ぶりをうらやんだかも知れない。だがそんな事が分かるはずもない風葉は、ただただ首をかしげるしかない。

「片付ければ良いのに」

 実際正論だ。何せ半分以上は本当にゴミなのだから。

 どうあれ、眺めていてもまったく意味が無い。

「そのうち誰かと出くわすだろうから、その時に聞こう」

 そうしよう、と頷きながら踵を返す風葉。

 だが、まさにその直後。

 背を向けた通路の奥、ゴミ置き場だと思っていた扉が、音を立てて開いた。

 シュッ、と風を切る軽い音。ファントム・ユニットの司令室とは違う、きちんとした自動ドアが鳴らした音に、風葉は何気なく振り返る。

 そこに居たのは、藍色の作務衣を着込んだ坊主だった。

「……お坊さん? なんで?」

 思わず立ち止まる風葉。何か力仕事でもしていたのだろうか、ごきごきと肩を回しながら通路を歩いてくる坊主。二人はすぐさま鉢合わせた。

「……ん」

 風葉の目前で足を止め、まじまじと見下ろしてくる坊主。今まで無意識に歩いていたらしい。

「こ、こんにちわ」

 少し後ずさりながらも、風葉は坊主に挨拶する。

 遠目からでも何となく分かっていたが、この坊主、筋肉質な上に背が高い。スポーツ選手と言われたら納得してしまいそうな頑健さだ。

 頭は当然ながらつるりとしており、太い眉が強そうな意志を静かに語っている。

 綺麗に整った目鼻立ちに無駄な肉は一切無く、ただでさえ精悍な顔立ちに修験者のような鋭さが重なっている。

 そんな、屈強という単語を擬人化したような坊主に、風葉は怖ず怖ずと声をかける。

「あの、ちょっと聞きたいんですけど」

「――うふ」

 坊主は笑った。唐突に、肩をカクつかせながら。

「……あの?」

「へひひひ――!」

 更に坊主は笑う。頭と腹を押さえながら。

 あ、なんかヤバい。そう直感した風葉が後退った矢先、坊主の笑いが爆発した。

「でゅあーっはっはっはっはっはっ! 何たる僥倖! 何たる幸運! レツオウガの装備が完成した直後にこんな可愛らしい娘さんが出迎えてくれるとわ!!」

 なんかもうエビ反りになって大爆笑する坊主。

 可愛いと言われた自体はまんざらでも無いが、それ以上に危険な空気しか感じない。ので、風葉は全力で回れ右をする。

 あれは、関わっちゃいけない類いの人間だ。

「失礼します」

 そうして走り出そうとした矢先、またしても風葉は足を止めた。

「お、丁度良かった。おい酒月さかづき――おや」

 曲がり角から先日顔合わせをしたファントム・ユニットの3番、メイ・ローウェルが現れたからだ。

 顔を知っているだけの間柄だが、それでもこのヤバめな坊主の側に居る事だけは願い下げなので、風葉は一直線に冥へ駆け寄る。

「よ、よかった……! やっと知ってる人に会えた!」

 冥の手をしっかと握り、ぶんぶんと上下に振る風葉。割と感極まっていた。

 とは言え冥にそんな乙女心が分かるはずもなく、当惑気味に片眉をつり上げる。

「君は確か、霧宮風葉だったな。どうしてここに?」

「当然、例の物が完成した祝福をしに来てくれたのだよ」

 白い歯を輝かせる坊主の戯言に、風葉は全力で首を振る。

「違うの。道に迷って偶然ここに来ちゃっただけなの」

「だろうな。それ以外に君がここへ来る理由が無い」

「何と――! それでは僕の歓喜をどうすればいいのだね具体的に!?」

「太陽へ向かって投棄しろ、全力で」

 深々と溜息をつく冥。その背後に回りながら、風葉は怖ず怖ずと聞いた。

「あの、ローウェルくん。このひと、何なの?」

「ああ、コイツは酒月利英さかづきりえい。見ての通り変人で、困った事に天才だ」

 ややげんなりした顔で坊主――もとい、利英の名を呼ぶ冥。

 そうして紹介された利英は、今更のように風葉へ頭を垂れる。

「どうも、はじめましてコンバンワ。酒月利英と申します。趣味と仕事は術式の開発です」

 斜め四十五度、的確な角度のお辞儀であった。

「あ、はぁ、どうも。霧宮風葉です」

 打って変わった利英のテンションに、風葉は冥へ耳打つ。

「あの、ローウェルくん」

「冥でいいよ。そのかわり、僕も名前で呼んで良いかな」

「あ……うん。じゃあ、冥、くん」

「なんだい風葉」

 にこりと微笑む冥。何の変哲も無い、社交辞令の笑顔。

 だというのに、何となく風葉はドキドキしてしまう。

 間近で見た冥の肌が、予想以上に真っ白だったからだろうか。それとも、唇が血のように真っ赤だったからだろうか。

「おおう! 女子高生とファントム3の絡み! コイツぁタマリマセンなぁじゅるり!!」

 空気を読まない外野が居なければ、きっと風葉は耳まで真っ赤になっていただろう。

 どうあれ平常心に戻った風葉は、利英を指差しながら冥に聞いた。

「あの、冥くん。このひとホントに天才なの?」

「そうなんだよ、信じられない事に。風葉の知ってるところで言えば、辰巳が使ってる術式やオウガの起動は、コイツが居なければ出来なかっただろうな」

「嘘!?」

「マジです! オウガは私が再起動させました! だが正直に言えばロケットパンチをつけたかった所存でございますだよ!」

 セリフさえなければ雑誌広告に出せそうなくらいイイ笑顔を見せる利英。

「マジですか」

 どうにも信じられない風葉だったが、残念ながら本当の話だ。

 二年前、鹵獲直後のオウガと辰巳はブラックボックスの塊だった。敵組織の虎の子だったのだから当然ではある。

 十重二十重の複雑な暗号化が施された辰巳とオウガの術式。それをどうにか解析し、隊の運用を可能とするまでこぎ着けられたのは、いわおの手腕と利英の解析能力があったからこそなのだ。

「して、今日はどんなご用件ですかな? 正直最近徹夜が長すぎて周りの照明がピンク色に見えるんですよねヒャッホー!」

「なら喜べ、緊急事態だ。何せ巌が直々に指名したからな」

 満面の笑みを浮かべながら、利英はパキンと指を鳴らす。

「ほほう! ソイツぁタダゴトじゃなさそうですのう! お茶党からコーヒー党に鞍替えしたとか!?」

「確かにそれはそれでアレだが、あいにくそうじゃない。とにかくまずは連絡だ」

「なるほど分かり申した! ならば俺の研究室にお越し下さい! 汚いトコですがねヘヒヒ!」

「あ、ゴミ置き場じゃなかったんだ」

 さりげなくひどい風葉のつぶやきなど聞こえるはずもなく、高笑いを上げながら来た道を戻る利英。冥は少し呆れ顔で、風葉は他のアテも無いので怖ず怖ずと、作務衣の背中に続く。

 そうして利英が研究室の扉を開けようとした直前、冥の懐から鋭いコール音が響く。リストデバイスに通信が届いたのだ。

「これは」

 冥の顔から呆れが消える。いつもと違うこのコール音は、緊急事態をつげるもの。設定条件は一つ、オウガローダーの緊急発進要請。

「一体、何が?」

 即座に、冥は通信を繋ぐ。

『……信じられんかもしれんが、日乃栄高校にRフィールドと神影鎧装が現れた。オウガローダーを送ってくれ、大至急だ』

 ノイズが混じった辰巳の声は、途方も無い緊急事態を告げていた。



◆ ◆ ◆



 赤く、渦を巻いている。

 さながら、排水溝の内側に叩き込まれたかのような。

 それが、辰巳が最初に受けたRフィールドの印象だった。

 実際、その印象は間違いでは無い。幻燈結界げんとうけっかいの内側を蝕むように現れた赤い檻は、今もなお霊力の枠組みを循環させながら拡大している。規模こそ違えど、かつて資料映像で見たRフィールドの内部そのものだ。

 ざっと眺めた限り、高さは2~300メートル。半径は多分1キロはあるだろう。現在展開中の幻燈結界がそれ以上に広いのは、せめてもの幸いではあるか。

 軸となっているのは、やはり先程現れた新たなギノア・フリードマン。それに付随して現れた奇妙な術式陣だろう。

 十中八九、今度のギノアは分霊ではない。恐らく本体であるはずだ。

 ――ギノアに関わらず、魔術師自身が戦場に赴く事はそうそう無い。

 術式、分霊、使い魔。その他諸々の手駒を用い、安全圏から戦況を把握する指揮者。純粋な魔術師とは基本的にそれだ。

 それでももし当人が現れたとすれば、それは必勝を期した時か、背水の陣を敷いている時のどちらかだ。

 今のギノアは、不本意ながら前者なのだろう。

 そんな必勝の根幹であるらしい術式――つい先ほどまでレイキャビクのアパートに刻まれていた図形群は、ギノアを乗せながら地上五メートル程の高さを浮遊している。

 色は赤。大きく伸びるX字を軸として、編目のように細かい霊力線が円を描いて密集している。さながら蜘蛛の巣だ。

 巣は今し方、外周部から莫大な霊力を放射した。瀑布のように放たれた霊力は、渦巻きながら幻燈結界を覆い尽くし――ものの数秒で一帯を赤い終末ラグナロクの世界、Rフィールドへ変貌させたのだ。

「コイツは、一体」

「ハッハハ! 驚くのはまだまだ早いですよぉ?」

 眼下の辰巳を笑顔で見下ろし、ギノアはぱきりと指を鳴らす。

「本番は、これからですからねぇ!」

 蜘蛛の巣が震える。Rフィールドを放射したのとは、また別の術式が起動したのだ。

 今度は銀に変色し、力を蓄えるように光を強める蜘蛛の巣術式。その光の中に、辰巳は見た。

「……なんだ、あれは」

 ギノアの足下。逆光に浮き彫られた小さな箱が、術式の鳴動に合わせて輝いているのを。

 表面に葉脈のような輝きを走らせるこの箱こそ、レイキャビクでサトウに渡された霊力増幅器であり、まさに術式の心臓部であった。

 もっとも、辰巳にそんな事は分かるべくもない。見当すらつけられないのが現状だ。

 だが、だからといって放置する理由が無いのもまた事実。

「分からずとも、初動を潰せば!」

 コンマ一秒で驚愕を塗りつぶし、辰巳はハンドガンを照準、連射。

 術式とギノア本人、二つの標的を狙って放たれる六発の弾丸。

 しかし、全弾当たらない。ギノアは僅かに身をかがめて足場の巣を盾にし、盾は何発当たろうがビクともしない。防御術式でもないのに傷ひとつつかないあたり、よほど高密度の霊力が込められているようだ。

「ち、ぃ」

「はははァ! 無駄! 無駄ですよォ! ……うん?」

 舌打つ辰巳を見下しながらの高笑いを中断し、ギノアは懐から通信機を取り出す。

 相手は、まだレイキャビクにいるサトウからであった。

「どうしたんですサトウさん? ……えっ、あらら。そうですか流れ弾が天井に」

 いぶかしむ辰巳を余所に、ギノアは上を見る。ギノアを蜘蛛の巣ごと日乃栄高校へ送り込んだ転移術式は、未だそこに輝いていた。

 そう、この術式はまだレイキャビクのアパートに繋がっているのだ。そこへ偶然辰巳の流れ弾が入り込み、アパートの天井に穴を開けてしまったのである。

 エッケザックスが動き出した以上、あのアパートは直に嗅ぎ付けられるだろう。なのでサトウ達は用が済んだらすぐ撤収する予定だったが、弾痕という余計な痕跡が残ってしまった。

「……なので、どうやら遊んでいる余裕はなさそうですねぇ。手早く済ませてしまいましょう」

「そうかい」

 呟き、辰巳はハンドガンを消去する。

 ギノアが何をしたいのかは知らないが、足場の術式がキモなのは間違いない。

 ならば。

「セット。モード、ヴォルテック」

 辰巳はリストデバイスに告げる。電子音声は応える。

『Roger Vortek Buster Ready』

 身体を包む装甲の上、手足の青いラインが脈動。霊力を左掌へ送り込み、収束。

 構える。拳を握る。

 渦巻く青い光。引き絞る。

 そして、放つ。

「ヴォルテェェェックッ! バスタァァァァ!!」

 裂帛の気合いが、回転する霊力の奔流が、烈風となってギノアと蜘蛛の巣に直撃する。

 爆煙。轟音。激震。

 バイザーを下ろしてその全てをやり過ごしながらも、辰巳はギノアがいた方向の凝視を止めない。

「……」

 やった、とはどうにも思えない。ヴォルテック・バスターが着弾するその瞬間まで、ギノアは薄ら笑いを止めなかった。

 大技の余熱が冷めない義手を構え直し、油断無く黒煙を見据える辰巳。

 果たして、その疑念は現実となった。

「ハハハハハ! アッハハハハハハハハ!! 無駄ですよ! もう止まらない! 止められない! 誰にもねぇ!」

 一瞬で吹き払われる爆煙。現れたギノアは無傷、かつ今まで以上の高笑いを上げており、更に足下の術式は今までに無く激しく明滅している。

 明らかに、何かが発動しようとしている。

「く――!」

 辰巳が歯がみする間にも光は高まり、明滅は秒単位で激しさを増す。

 ならば次はインペイル・バスターを――と辰巳が左腕を口元に寄せたまさにその直前、ギノアは最後の言葉を放つ。

「神影鎧装ッ! 展開ィッ!!」

「な、に!?」

 このタイミングでインペイル・バスターを叩き込んでいれば、あるいは違う結末があったかもしれない。だが意外すぎるギノアの叫びに気を取られ、辰巳は動く事が出来なかった。

 そして、術式は発動した。

「ッ!? しまっ――」

 我に返る辰巳だが、もう遅い。

 足場となっていた蜘蛛の巣から霊力の格子が立ち上がり、ギノアを包み込みながら拡大。

 同時に術式陣の軸を為していたX字の紋様から、膨大な霊力が中央へと流れ込む。

「な」

 辰巳は目を剥いた。

 あのX字は、どこかから大量の霊力を吸い上げているのだ。

 だが、どこから? どうやって? まさか日乃栄の地下からか? だが幻燈結界で外とは隔絶されている筈――。

 そんな辰巳の驚愕をよそに、格子は拡大する。光は激しさを増す。

 渦巻く白。踊り狂う霊力。その中心で、ギノアは吠えた。

「来たれ! 偉大なる主神の力よ! オォォォディィィィンよぉぉーーッ!!!」

 閃く爆光。生成の際に余剰となった霊力が、そのまま衝撃波となって全方位に突き抜けたのだ。

 遮光フィルターが施されたバイザー越しでも眼を焼こうとする光。腕で影を作ってそれを防ぎつつ、辰巳は通信術式を起動。

 相手はファントム3こと、冥・ローウェル。

 目的は、たった一つ。

「……信じられんかもしれんが、日乃栄高校にRフィールドと神影鎧装が現れた。オウガローダーを送ってくれ、大至急だ」

 爆発じみた銀光に全身を焼かれながら、辰巳は大鎧装の緊急出動を要請した。

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