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神影鎧装レツオウガ  作者: 横島孝太郎
#4 始まりと終わりの集う場所
129/194

Chapter14 隠密 03

「……」

 構えを解かぬまま、辰巳(たつみ)は油断なくギャリガンを、次いで傍らに立つメイドを見やる。

 浅黒い肌、黒い髪、すらりとした長身。立ち姿を見ただけでも分かる。明らかに油断ならぬ相手だ。

 だが当のメイドは辰巳の警戒なぞどこ吹く風、滑らかな手つきでティーポットへ湯を注ぎ始めた。ガラス製のポットはたちまち琥珀色に染まり、内部の茶葉がゆらゆらと舞い始める。

 一瞬、マリアのしたり顔が辰巳の脳裏を過ぎった。

「ジャンピング、とかいうヤツだったな」

 銃口を上へ向け、しかし油断無く辰巳は歩みを進める。

「然り、おいしい紅茶にはこれがかかせないのさ。良く知っているね?」

「紅茶には色々とうるさい同僚が居てね。自然と詳しくなっちまうのさ」

「ああ、マリア・キューザック。そう言えばそうだったね」

 くつくつと笑うギャリガン。その正面へ置かれたテーブル上へ、メイドはてきぱきと準備を調えていく。

「素晴らしい仕事ぶりだろう? 僕には勿体ないくらい良く出来たメイドだよ、なあファネル君」

「いえ、そんな。それにお客様がいらっしゃるまで、準備を調えきれませんでしたし」

 ファネルは静かに首を振る。黒髪がさらさらと揺れた。

「ふふ、奥ゆかしい。そういうところもまた魅力的なのだがね……さて」

 ゆっくりと、ギャリガンは辰巳へ向き直る。

「改めて、話をしようじゃあないか」

「……」

 ウインクすらするギャリガン。反射的に出かけた舌打ちを噛み殺し、辰巳は素早く周囲を見回す。

 内通者からもたらされた情報通り、そこはドーム状のやたら開けた空間だ。取りあえず目的地に辿り着けた事は間違いない。

 中央には薄笑いを浮かべるザイード・ギャリガン。分霊の時と変わらず車椅子に腰掛けており、傍らには件のメイドことファネルが、今まさに茶の用意を終えていた。

 そう、茶だ。ギャリガンの前には接客用テーブルと椅子、そしてティーセットが一式揃っているのだ。

「……」

 少し逡巡した後、辰巳は対面の椅子に座った。だがそれは諦念でも自棄でも無い。

「……有り難いね。実はさっきまで走り詰めでさ、ノド渇いてたんだ」

 可能な限り、ギャリガンの注意を自分へ引きつける為だ。

「ついでに何か軽く食べられる何かがありゃ――」

 ことり。

 やはり滑らかな手つきで、ファネルは辰巳の前へ皿を置く。仄かにレモンが香るマドレーヌを、辰巳はまじまじと見下ろす。

「手作り?」

 ファネルは頷く。

「スゲエな」

「グレンと同じ反応をするんだねえ。やはり兄弟か」

 くつくつとギャリガンはまた笑う。辰巳は無言で片眉を上げた。そうこうする内に紅茶の準備も完了し、ファネルは白磁のカップへ琥珀色の液体を注いでいく。

「どうぞ」

「どうも」

 辰巳は即座にカップを取り、香りを嗅ぎながら一口含む。今度はギャリガンが片眉を上げた。確かに勧めたのはギャリガン自身だが、それでもここまで躊躇しないとは。

 そんな内心を知ってか知らずか、辰巳は無表情に言う。

「俺は紅茶にゃ詳しくないんだが、それでも美味いな。ファントム5並だ」

「ありがとうございます」

 にこやかに笑うファネルを横目に、ギャリガンもカップを持ち上げる。

「ふふ。聞きしに勝る素晴らしい勇気だ。あるいは」

 一口飲む。香りを楽しみながら、視線で辰巳を射貫く。

「何か、勝算があるのかな?」

「さてね」

 茶を濁す辰巳だが、指摘の半分は正解だ。辰巳は、今この状況を確実に切り抜けられる手段を持っている。だがそれは最後の切り札だ。アイツに気取られていようがいまいが、切るタイミングはギリギリまで見計らわねばなるまい。

「自慢のメイドが作った一品に、自分から一服を盛らせて味の質を落としちまうような阿呆に、グロリアス・グローリィなんていう大組織のボスは務まるまい、と思ってさ」

「ふ、ふはは! 違い無い。実際その通りだ」

 ギャリガンは上機嫌に笑い、紅茶を一口飲み、マドレーヌを一口囓る。

 咀嚼し、飲み込む。

「それで、だ。ファントム4、実際、キミはこれからどうするつもりなのだね?」

「さてな……実のところ、俺もそれを考えてるんだ」

 辰巳もマドレーヌを食べながら勿体ぶる。状況は予想以上に悪いが、それでも最終目的は見切られていない、筈だ。

 なれば、そのためのタイミングを見極めねばなるまい。

「外の大鎧装部隊が注意を引きつけてる間に、俺がスレイプニルⅡへ潜入。要所へ炸裂術式を設置し、それをダシに首魁へ脅迫する……あるいは実際に爆破し、スレイプニルⅡを破壊する。最初の選択肢はそんな感じだったワケだが」

「ほうほう。では起爆してみたらどうだね」

 さらりと言うギャリガンに、辰巳は小さく息をつく。カップの湯気がゆらりと揺れた。

「もうやったさ」

「結果は?」

「ウンともスンとも。どうやら電波が悪いのか……あるいは、腕の立つ誰かに分解されちまったのか」

「ふ、ふ。それはそれは、災難な事だねえ」

 ギャリガンは肩を揺らす。心底愉快そうなその仕草を横目に、辰巳は改めて周囲を見回した。

 内通者の事前情報で、構造自体は既に分かっていた。

 だがそれでも、こうして肉眼で見るとある種の感慨というか、関心が沸き上がってくる。

「それにしても、見事にドーム状をしてるんだな、この部屋は」

 照明は隅々まで行き届いているため、影はまったく見当たらない。その徹底ぶりが、尚更この空間の広さを浮き彫りにしていた。

「そりゃあそうさ。そうでなければ、先見術式(せんけんじゅつしき)に支障が出るからね」

 しれりと。

 ザイード・ギャリガンは、この部屋の本来の用途を言ってのけた。

 ――元来この部屋は地底の奥底、相当深い場所にあった。何せ、鉱脈をくり抜いた空洞を転用していたのだから。

 形状は半球、直径は三十メートル程度。僅かな歪みすら見当たらぬ球状の壁面には、床まで含めて全面余さず術式の幾何学模様が刻まれている。その紋様の密度は、神影鎧装(しんえいがいそう)術式のそれよりも遙かに緻密で、複雑だ。

 ここは、グロリアス・グローリィ秘中の秘。本社地下の地下の更に地下にあったものを、フォースアームシステムを用いて移送、スレイプニルⅡへ組み込んだのだ。

 託宣の部屋。便宜上そう名付けられたこの極秘区画は、一見すると打ちっ放しコンクリートのような無味乾燥さをしている。だが、辰巳には分かる。この部屋全てが、霊力の伝導効率を極限まで高めた特別素材で造られている事実を。流石はグロリアス・グローリィ社長、ザイード・ギャリガンと言ったところか。

「……と言う事は、この部屋自体が先見術式を扱うための魔導具、って事か」

「その通り。更に、こう言う事も出来る」

 ぱきん。

 ギャリガンが指を鳴らすと同時に、大量の立体映像モニタが、一斉に目を覚ました。

 思わず、辰巳はカップを落としそうになる。

「こ、れは」

 スレイプニルⅡの外部カメラ、だけではない。ディノファングにグラディエーター、更には烈荒(レッコウ)、DSライグランス、DGスノーホワイトに至るまで。

 今戦場で戦っている全ての――とまでは行かないだろうが、それでも相当数の(まがつ)や大鎧装の視界映像が、この室内へ転送されて来たのである。

 無論、全てのモニタから音声が流れてくる訳では無い。適切に取捨選択された上、音量もほどよく調整されている。ティータイムの余興として、なるほどこれ以上に愉快なものはあるまい。

「クソッ待て! 待ちやがれってんだファントム4!」

 だがその中で二人の注意を引っ張るのは、やはり烈荒の中継映像だった。辰巳は眉間に皺を寄せ、ギャリガンは愉快そうに口角を吊り上げる。

「やろうと思えば通信を繋げるんだがね。どうする?」

「……遠慮しとこう。鬼ごっこの邪魔をするのは忍びない」

「ははは! 違いない!」

 ギャリガンは笑い続ける。グレンは叫び続ける。どうにもうまくない。

 故に、辰巳は本題を切り出す。

「ところで。結局のところ、アンタ一体何を狙ってんだ?」

「何を、とは?」

 かちゃん。ソーサーに戻されたギャリガンのティーカップが、固い音を立てた。

 トボけるつもりか。ならそれでもいい。辰巳は頭上を回遊する立体映像モニタ群を見やる。

 烈荒の隣のモニタ、迅月(じんげつ)を捉えている正方形――DGスノーホワイトから繋がる映像を、辰巳は指差した。

「例えばの話。グロリアス・グローリィの戦力が、ものの見事にファントム・ユニットを撃退したとしよう」

「ふむ。グレンだけでなく、皆頑張ってるからね。意外と本当にそうなるかもしれないよ?」

 ファネルが二杯目の紅茶を静かに注ぐ。辰巳はギャリガンの指摘を無視し、続ける。

「鼻つまみ者の寄り合いとはいえ、それでもファントム・ユニットは凪守(なぎもり)の一部隊。しかも今となっちゃあ、上層部にすら無視出来ないレベルの功績を、幾つも打ち立てている。それが全滅したとなれば、凪守は最早黙っていない」

「そうだね。経緯やら内情やらはどうあれ、身内をコケにされて黙っている組織なんて、そうそう無い」

「その通り。加えて、そんなあからさまな危険行動を取れば、世界中の魔術組織から警戒される。今まですら火薬庫の前で火遊びしてるようなモンだったが――もしそうなれば、いよいよもって松明を投げ入れるに等しい」

「まったくだな。BOM! なーんて可愛い効果音じゃ到底済むまい。遅かれ早かれ、世界中の魔術組織から袋叩きにあう予約を取り付けるようなものだ」

「……。なら、何故」

 かちゃん。辰巳もティーカップをソーサーに戻した。中身は空になっている。乾いた唇を舐める辰巳とは対照的に、ギャリガンの余裕は崩れない。

「決まっている。既に先手を打ってあるからさ」

 ぱきん。ギャリガンが指を鳴らすと、机上へ立体映像モニタがもう一枚追加される。

 サイズこそ小さいが、それが映し出す映像に辰巳は目を見開く。

「あれは、帯刀(たてわき)一佐の零壱式(れいいちしき)!?」

「そうとも。サトウ君は僕の忠実な腹心だが、今日は特に目覚ましく働いて貰っている。そも、この日のために用意していたようなものだし、ね」

 静かに、手早く、ファネルは辰巳のカップへ紅茶を満たす。それを半ばひったくるような勢いで掴み、辰巳は唇を湿らせる。(いわお)があんなにもお茶を好んだ訳を、今更ながら少し察した。

「だが、凪守の動きを封じたたところで、」

「ああ、意味は薄いねえ。BBB(ビースリー)、エッケザックス、USC。世界にはまだまだ沢山の魔術組織がある。けどねえ」

 またも机上へ追加されるモニタ。今度は三枚。それら全てに視線を走らせた辰巳は、危うく声を上げそうになった。

 まあ、さもあらん。BBBの本部ロンドン、USCの本部サンフランシスコ、そしてエッケザックスの旗艦フリングホルニ。映し出された全ての地点で、顔の無いのっぺりとした禍――いつぞやのシャドーとやらが、魔術組織の戦力と戦いを繰り広げていたのだ。

 これも標的(ターゲット)S――サトウの手引きか。だが何故? 何のために?

「何の目的でこれ程の攻勢を……そう思っているね」

 辰巳の疑問へ、思考に生まれた間隙へと、ギャリガンは畳みかける。

「実際戦況は優勢だ。そしてこのまま僕達が全ての魔術組織に勝利したとしよう。その後、グロリアス・グローリィはどうなると思うね?」

「そりゃあ、控えめに言って破産だろ」

 眉をひそめる辰巳に、ギャリガンは大きな頷きを返す。

「うん、その通りだ。魔術組織を黙らせたとて、今度は国家そのものが黙っちゃいまい。そもそもウチは武器屋だからね。経済制裁を食らったら干上がってしまう。ただでさえアフリカに篭もってからこっち、資産を食い潰し続けてるワケだしね。赤字が酷いのなんの」

 くすくす笑うギャリガン。その笑みが、不意に消える。

「だが。逆に言えば、問題はそれだけなんだ。それさえクリアすれば、僕はもっと大きな事が出来る」

「どういう、意味だ」

 辰巳は表情を変えない。だが手に持つティーカップの琥珀色が、ほんの僅かに波紋を波打たせる。

 その様に目を細めながら、ギャリガンは言い放った。

「制御するのさ。魔術界隈だけじゃない。世界、人類、そのものをね」

 世界制御。

 自身の計画の、恐るべき到達点を。

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