いーこにしてろよ。
どうも、碓氷です
今回は、ちょっとキケンなラブストーリーです
男勝りな女の子と最低ナンパ男が展開する、難しいテーマのお話です
では、どうぞ(´-`)
「いーこにしてろよ」
男は薄く微笑ってそう呟いた。
女はそれには答えず、ギュッと目を閉じて男を受け入れた。
――男は、鮮やかに彼女の処女を奪っていった。
「バカ!!!!!!」
パンッ
母親が目を真っ赤に腫らして、アタイの頬をぶった。
「バカなのはどっちだよ!!?産むったら産むんだよ!!!アタイの人生はアタイが決める」
「そんなどこの馬の骨とも知らない男の子供を産むなんて、あなたどれだけ自分の人生を無駄にすることになるのかわかってるの!!?しかもその相手はあなたが身ごもってること知らないんでしょ?」
「確かに、あの男は女をただの暇潰しの道具としか見てない最低ヤローだよ。でもな、父親がどんなだろーと、この子には関係ないだろ!!アタイには、この子を見殺しにすることはできない」
「見殺しって……あなた本当呆れるわ。お金はたくさんある。だから中絶しなさい」
「お金がたくさんあるなら十分じゃないか。アタイはこの子を産んで育てるよ」
「〜もう……勝手になさい!!!!後で後悔して泣きついてきても知らないわよ!!!!!その子を捨てることも許さないから!!!!!!」
アタイは雅。
状況は、今の通り。
母親のお許しが出たあの日から、もうだいぶ経つ。
これから産婦人科に行くところだ。
普通はいないだろうね。
一夜限りの恋愛で身ごもった赤ん坊を産もうとする女なんて。
だからアタイはあの男に見せ付けてやるんだ。
「これがアンタの子だよ」って。
そして自分の軽い行為の重さを思い知らせてやるんだ。
ふふふ、楽しみだ……
などと考えているうちに、陣痛が始まった。
今日は予定日。
アタイは期待に胸を踊らせながら分娩室へと入った。
数時間後
元気に産まれてくれたよ、
アタイら(・・・・)の可愛い赤ん坊が。
たくましい男の子だ。
……悔しいが、あの男に似てやがる。
知らないうちに涙が溢れていた。
やっぱり、産んでよかった……。
『産まれてきてくれてありがとう』って思った。
あれから1年が経った。
息子は『龍雅』と名付けられた。
アタイの名前とあの男の名前を組み合わせて付けた。
『自分の息子だ』って実感づけるために。
アタイはあの男の連絡先が書かれた紙を握りしめた。
そこでアタイはふと思った。
――アタイは今、何をしようとしてる?
男への復讐?
この子を使って?
それって何のために?
それだけのためにこの子を産んだ?
この子の役割ってそんなことだっけ?
いや、
『幸せになるため』
そうだ、幸せになるためなんだ。
これが終われば引っ掛かってたものが無くなって、アタイも龍雅も幸せになるんだよ。
アタイはいろんな疑問を強引に正当化して、アイツに電話をかけた。
「……もしもし」
久しぶりに聴く、アイツの声だ。
「アタイ、雅。覚えてないだろうけど、アンタに抱かれた女のひとりさ」
「雅……覚えてる……。……何の用だ」
「覚えてるとは意外。アンタに言いたいことがあるのさ。近いうちに会えないか?」
「……」
1週間後
アタイは男との待ち合わせ場所に立っていた。
5分前
ベビーカーの中では、龍雅がすやすやと寝ている。
――相変わらず、あのヤローと似てやがる。
時計を見ると、待ち合わせ時間ジャストになっていた。
ふぅ、とため息をついて顔を上げると、龍雅そっくりの顔がそこにあった。
「……雅か」
「そうさ、龍汰。久しぶりだな。見なよ、この赤ん坊」
「人妻か。旦那に飽きて、俺と不倫しようってか」
「人の話はよく聞くもんだよ。この子、誰かに似てると思わないか?」
「……さあな」
「鏡で自分の顔見てみな」
「……まさか……」
「そのまさかさ。正真正銘、アンタの息子だよ。龍雅ってんだ」
「龍雅……。ふーん、あん時身ごもっちまってたとはな。で?責任取れと?」
「そんなことは言ってないよ。この子を産んだのはアタイの意思さ。アタイが言いたいのは、もう、女を道具扱いすんのは止めろってことさ」
「道具扱いとは、これまた大袈裟な」
「アンタのせいで傷つく女が何人いたと思ってる」
「さーな。用がそれだけなら、もう帰る」
「そうやって、現実見ないんだ」
「あ?女が生意気言ってんな!!調子乗ってっとめちゃめちゃに犯すぞ!!!」
「やりたきゃやりゃあいい!!!でもなあ、その軽い衝動のせいでどれだけの赤ん坊の命が消えたと思ってる!!?どれだけの女が傷つき、悩み、決断したと思ってる!!?アタイは実際にそういう奴らに会ったわけじゃないが、アタイだってその中のひとりなんだ!!!!男はやりたいときに好きなだけやって、後のことは『知りません』で片付けられるが、女にとっては一生の傷なんだよ!!!!!」
アタイは言いたいことを全て言い切った。
肩でハアハアと息をするほどに。
龍汰は黙ったまま立ち尽くしている。
そして、一歩こちらへ近づいた、
と思った瞬間――
「!!!」
龍汰は龍雅をベビーカーから取り上げた。
「その子には手を出さないで!!!」
龍汰は何も答えず、龍雅のわきの下に手を入れて、自分の顔の高さに持ち上げた。
龍雅は怖がって泣いた。
龍汰の手が震えている。
「何を……」
と、その瞬間
龍汰は龍雅を優しく包むように抱きしめた。
「……!!」
龍雅は泣き止んだ。
「ごめんな、龍雅。寂しかったよな、親父がいなくて」
アタイは驚きを隠せなかった。
「龍汰……」
「わかったよ。……雅、ついてきてくれ」
アタイは黙って龍汰についていった。
着いたところは、アパートだった。
「龍汰、家あったんだ」
「一応これでも働いてんだよ。ラブホだってタダじゃねぇ」
部屋を見る限り、生活に困っている様子ではなさそうだった。
「確かに、俺はお前の言った通り、たくさんの女を傷つけてきた。お前みてーに、妊娠した女だっていたさ。その度に責任を問われてきた。でも、それを産んだって女は雅、お前だけだったよ」
「そりゃ、そうだろうね」
「龍雅、いつ産まれたんだ?」
「1年前だよ」
「産まれる瞬間、見届けたかった……」
「え?」
「お前との子供、二人目も欲しい。今度はちゃんと、見届けたいんだ」
龍汰はアタイの肩に手をかけた。
「そうやって誘ってるつもりかい?アタイはもう、そういうのはごめんなんだよ」
「俺は本気だ」
龍汰は立ち上がって、腕の中にいた龍雅をクッションの上に寝かせた。
「いーこにしてろよ」
龍汰が頭を撫でると、グズっていた龍雅は静かに眠りについた。
「そのセリフは魔法の呪文かい」
「さあな。……で、お前は俺を拒むのか?」
「さっき、本気だって言ってたけど、どういう意味さ?」
「……そのまんまだよ」
龍汰はアタイをベッドに押し倒した。
「アンタが言うと、ナンパにしか聞こえないよ」
「俺、お前に惚れてたのかもしれねぇ……」
龍汰は真っ直ぐな視線をアタイに注いだ。
「1年以上も前に抱いた女のことなんて覚えてねーけど、お前のことは覚えてた。またどっかで会えたらって……」
「そんな……、どうしてアタイなんだよ……」
「……知るか。でも、お前がいいんだ。真っ直ぐで素直なお前が……。……連絡先を教えたのも、お前だけだったんだよ」
恥ずかしくなって、アタイは横を向いた。
「俺、雅も龍雅も大切にする。だから……」
「ちと話が急すぎないかい?アタイをそんなに軽く見ないでくれよ」
「軽い女には見えねーよ!!さっきのあんな熱い言葉を聞いたら、惚れ直しちまうだろーが。……俺はこのままじゃダメだって気づかせてくれたじゃねーか」
心臓がドキリと跳ね上がり、トクトクと鼓動が高まった。
「……信じて、いいのか?」
「……聞くなよ。ただ、俺の家に入れた女は、雅が初めてだってこと、覚えとけよ」
女は身体を男に預けた。
「いーこにしてろよ」
優しいその声は、幸せを導く呪文である……
女には、そう思えてならない。