第8話 不可侵領域
ピロピロピー!ピロピロピー!
目覚時計がけたたましく鳴り響く。この大音響がオレの副交感神経を強制的に交感神経へ切り替えさせる。
周りに迷惑と思い、目覚ましを止めた。観念して、ベッドから這い出る。着替えを済ませ、リビングに降りる。毎朝の事とは言え、この気持ちの良い朝の眠りを一撃で葬る目覚ましの威力は凄まじい。オレは目覚ましに勝てたことが無い。一度で良いから、目覚ましの音でも起きない朝を迎えたい。
リビングでは既にエレーヌさんが制服を着て立っていた。電話をしている。
「わかりました……」
ピッと電話を切って、「ふう」とため息をついた。
「元就君、おはよう」
彼女は笑顔で挨拶をしてくれた。相変わらずの可愛い笑顔にドキッとしてしまう。
「お、おはよう御座います」
「元就君、やっぱり、今日は学校がお休みですって。その……体育館がガス爆発したらしいわ」
はっと息を飲んだ。
「ガス爆発だって?オレ達が壊したんだけどな」
「戦闘天使情報局六課が動いたようね。情報操作されているわ」
「情報操作って、それに六課って?」
エレーヌさんは鋭い目つきでニッと笑う。獲物を狙う猛禽類のように
「元就君はそれ以上聞かない方がいいし、知らない方がいいわ。もし秘密を知ってしまったら、黒服の男が黄色い救急車で元就君を迎えに来る事になるわ」
「そ、そうなのか?」
こいつら天使は秘密を護る事に対しては容赦ないからな……オレも殺されそうになったし。
パン!とエレーヌさんは笑顔で両手を叩いた。
「と言うわけで、せっかく休みなんだから、出かけましょうよ、元就君」
「そう、私も一緒に行きたいですわ」
居間の入り口に、柱にもたれ掛り、こちらを睨む女性、クララさん(大人バージョン)だ。なぜか、怒っている。
「クララ、小さくなったら連れってもいいわよ」
エレーヌさんは腕を組み、クララさんを睨む。
「嫌。子供の身体じゃ、元就さんと一緒にいる時のドキドキ感を感じられないのですから」
クララさんもエレーヌさんを睨み返す。いつから仲が悪くなったんだ?
「皆で、出かけましょう。ねっ!ねっ!」
オレは妥協点を二人に提示した。
それから一時間、待てど暮らせど、二人は来ない。支度をするといって、自分の部屋に篭った二人。女の子の支度は時間が掛かると思ってたけど、これほどとはね……。男に生まれて良かった。
「お待たせ」
やっとリビングに来た二人。
「わ……」
オレは息を呑んだ。まるでファッション雑誌の表紙のような光景。着飾った二人が居る。元々エレーヌさんとクララさんは日本人離れしているから、一層栄える。オレの貧相な格好では釣り合わないだろうな。一緒に歩く事に気が引ける。
「さあ、行きましょう!」
オレは二人に手を引かれ、家を出た。
雲ひとつ無い良い天気。二人の笑顔は太陽より眩しかった。
「何処に行く?」
「ショッピング!」
見事に声が見事にハモッた。「イエーイ」とハイタッチする二人。別にいいけどね。何処へ行こうと。オレ的にはこんなに天気がいいなら、バイクを連れ出して走りに行きたかったなあ……。
家の傍のバス停から駅前行きのバスに乗る。駅でショッピング・モール行きの無料シャトルバスに乗り換えた。
「クララ……元就君から離れなさいよ。元就君は私の僕なんだから」
「いやですわ!」
バスの中、オレを挟んで右にエレーヌさん、左にクララさん。夢にまで見た《両手に花》ってヤツだ。嬉しい反面、凄く気を使う。神経が擦り切れそうだ。どうなってんだ?たった一晩で状況が変化して追いついて行けない。
「どうしたの?元就君、顔色悪いわね」
「いやあ……別に。乗り物酔いだよきっと」
「大丈夫?元就さん」
「もうすぐ到着するから、大丈夫だよ」
オレに女の子を同時に二人相手にする能力は無い。
バスが到着。降車して一路ショッピング・モールへ向う。背に受ける太陽のが心地よい暖かさを照らし出している。
「私は置いてきぼり?悲しいわ……」
突然の出来事だった。オレの目の前に生徒会長が現れた……ぬぬぬっとオレの影の中から現れた。
「わあ!生徒会長」
「生徒会長じゃなくて、桜子って呼んでよ。元就」
「あんたなんか呼んでないでしょ!」
エレーヌさんが桜子に突っかかる。オレはすかさず間に入る。でもオレの影の中から現れるとは恐れ入ったよ。
「元就さん、気苦労が耐えないわね……」
クララさんが遠巻きに見守っている。
「まあ、いいじゃない。みんなで遊んだ方が楽しいわ」
桜子さんは意味ありげに笑った。その笑顔が逆に怖いんですけど。
「おい……ここは何だ?」
彼女達の目的の店の前に来た。ショウ・ウインドウには目を背けたくなるような飾りつけがされたお店。オレの存在は完璧に浮いている。
「目的のお店よ」
「オレは、入れない……っていうか、何の罰ゲームだ」
「カップルなら男性入店可よ」
「オレが買えるものは一つも無いぞ!」
「元就さんが買って、私にプレゼントしてくれれば良いのですわ」
「やだよ……って言うか、無理だよ」
「元就君が選んだものなら、どんなに恥ずかしいヤツでも大丈夫よ」
オレ達の目の前にある店は……敢えて日本語で言おう、女性下着専門店だった。
男のオレにとっては完全な不可侵領域だ。一歩でも踏み入れようなら、一生消えない傷が心に焼きつく。
店の前に居るだけでも、非常に恥ずかしい。一秒でも早くここを立ち去りたい。誰か助けてくれ。
「さあ、行きましょう!」
「エレーヌさん。頼みます。勘弁してください。」
「なあに?折角元就君に選んで貰おうと思ったのに」
自意識過剰か、オレの周りに居る人間の視線が突き刺さるような気がしてならない。「アイツ男のクセにあんな店に入ろうとしている」って聞こえる。
「元就さん、私のも選んでね。大人用と子供用を」
「クララさん。子供用なら西末屋にしましょう」
「元就、今私が付けている下着……見たい?」
「見たくねーよ。生徒会長自ら風紀を乱してどうするんだよ!」
右手をエレーヌさんに掴まれ、左手を生徒会長につかまれ、「さあ行こう」といってオレの背中を押すクララさん……もうオレは逃げられないのか?絶対に嫌だ。これは男として絶対に踏み越えてはならない自動ドアだ……逃げられそうにない。かくなる上は……。
「ちょっとだけ待って下さい」
オレはその場に正座した。パーカーを開き、シャツのボタンを外す。
「何する気?元就君」
エレーヌさんの声に反応せず、左手から、愛刀の神威を抜いた。オレは刃を握り、自分の腹に切先を付ける。
「曇りなき 心の月を さきたてて 浮世の闇を 照らしてぞ行く」
辞世の句を読んでみた。この店に入るくらいなら、腹斬って死んでやる!
「も、元就さん、それは何の真似かな?」
「クララさん、介錯は無用です。女性下着店に入ったという十字架を背負って生きるくらいなら、この場で果てます」
流石に彼女達は驚いている。と言うかドン引きだ。傍から見ると女性下着店の目の前で切腹しようとしている男が居る。変質者として通報されてもおかしくないなあ。幸い平日なので、人通りが少ないのがラッキーだった。
「もう!しょうがないわね。折角楽しみしていたのに……」
何とか入店は許されたようだ。
彼女達が買い物をしている間、オレは別の用事で他の店へ向かった。
その店はショッピング・モールの裏にあった。昼なのに陽が届かない薄暗い路地裏。そこにオレの目指す店があった。
見るからに怪しい店構え。重い鋼鉄の扉を開いた。扉は重いが、音も立てずにスムーズに開いた。
「へい!いらっしゃい!松古伊商会にようこそ」
出迎えてくれたのは、背の小さい白髪頭の老人だった。ん?学校の売店の爺さんにそっくりだな。
店内の壁には有りとあらゆる銃、剣、その他武具が飾られている。すべて模造品と言うが、何処までが本物で何処までが模造品だか区別がつかない。怪しい限りだ。
「貴島ですが、頼んでいたモノありますか?」
「ああ、貴島さんだね。入荷しているよ。ほれ」
松古伊さんは自分の後にある箱から、オレが頼んでいたモノを出してくれた。
「あんさん、若いのにこんな物を買っちまって……外人部隊へ志願するつもりかい?それとも戦場カメラマンにでもなるつもりかい?……やめた方がいいぞ」
松古伊さんは眼光鋭い目でオレを睨んだ。そんなにヤバイ物を買ったつもりはないんだけどな。
「いやあ、日本だって平和じゃないからね。備えあれば……ってヤツですよ」
「そうか、ならいいんだよ。若いの。どうするここで装備していくかい?」
「そうします」
オレはさっそく、それを装備した。すぐ効果が表れないと思うけど、やっぱり買ったものは早く装備したかった。
「そうだ、若いの。今、キャンペーン中で、新規のお客さんには遊園地のペアチケットを渡しているんだ。もってけ」
「有難うございます」
「毎度、精々、命を大事にしろよ。若いの」
オレは物騒な言葉で松古伊さんに送り出された。
ショッピング・モールのメイン通りへ戻った。こちらの通りは賑やかで明るい。オレは集合場所へ向かった。
冷えたピンク・グレープフルーツジュースがが五臓六腑に染み渡るぜ。集合場所の女性下着専門店の近くにあったベンチで休憩中。女性陣は未だ戻ってきていない。楽しく買い物中のようだ。オレはコンビニで買ったピンク・グレープフルーツジュースを飲んでいる。この甘酸っぱさが好きなんだ。
「貴島元就さんですね」
不意に声を掛けられた。
「失礼ですがどちらさんですか?」
オレに声を掛けてきた男は細面の長髪。仕立ての良いグレーのスーツに赤いネクタイ。ぱっと見、青年実業家風だった。こんな事、昨日もあったよな……。男はオレの向かえに有った椅子に座った。
「先日は我らの同士が失礼した。お詫び申し上げる。」
「何のことですか?」
見ず知らずの人にいきなり謝罪された。
「一昨日、我らの同志が君を襲っただろう。ヤツは我々の計画を勘違いして先走ったのだ」
その言葉で警戒度が一気に上昇した。オレの頭をいろんな思いが駆け抜けて行った。ラッセルの事やジェイソンの事。
「あんたは誰だ?」
目の前の男は名乗る事もせず、一方的に喋っている。まずは名乗るのが礼儀だろうに。どうせこいつも悪い連中の仲間だろう。
「ああ、すまない。私はマウロ。君を誘いに来た。我らと共に、新たな世界を作ろう。人間を支配して万物の頂点に立つのだ。人間なんて家畜と同じだよ」
目の前の男……マウロはニヤリとした。不気味なヤツだな。
「じゃあ、聞くけど、オレはあんたの何処を信用してその話を聞けばいいんだい?荒唐無稽も甚だしい。神様にでもなったつもりかい?」
「そうだ、我らは神と等しい存在だ。元就君、自分の能力を薄々気付いているはずだ。人間離れした能力を。剣を持ったら、斬れないものは無い。そんな事が出来る人間が居るのかね……」
「!?」
こ、コイツ……なんでオレの得意技を知ってる?
「元就君……私は知っているぞ、君が何故、霊感が強いのか?心臓をとられても生きていけるのか?天使の翼を見る事が出来るのか……知りたくはないか?」
「知りたいね……是非知りたい」
「では、私と一緒に来るんだ。戦闘天使の子分では勿体ないと思わんか?戦闘天使は我らが作った存在なのだよ。生かすも殺すも捨てるも我ら次第だよ」
男は手を差し延べる……。
「嫌なこった。あんたは胡散臭いよ。自分の秘密ぐらい自分で調べるさ」
「残念だ、我らの障害になる前に……死ね」
「それも、嫌だね!」
オレはその場で立ち上がり、左掌から愛刀を抜いた。先制攻撃!
キン!
「何?」
マウロは左掌から剣を抜き出した。オレの一撃を受け止めた。
「剣を腕に封印しているのはお前だけではないぞ……」
オレは半歩下がり、刀でヤツの喉を突く、目に留まらぬ電光石火の技。
「奥義、疾風!」
サクッ!
ヤツは間一髪、左に首を傾けオレの突きをかわしやがった。神威がヤツの髪の毛を何本かさらって行く。切れた髪が中を舞う。
「くっそッ!」
ヤツに焦りの色が見えた。好機だ。
オレは更に一歩踏み込み胴を薙ぎに行った。ここで畳み掛ける。
「ええいい!」
ヤツは後ろに大きく跳躍した。ヤツが腰掛けていた椅子を真っ二つに斬ってしまった。手応えが希薄だ。ヤツのスーツを斬っただけで身体には届いていない。オレの一撃をかわすとはマウロ、コイツ……口だけじゃねえな。
「貴島元就……ここまでやるとは……」
オレは愛刀を上段に振りかぶり、ヤツに切りかかっていった
「ぬう!」
ヤツは懐に手を入れ何か取り出した……。オレは怯まずに、上段から切り込むように見せかけ、二段突きを放つ。
ダン!
乾いた発砲音が響いた。
「ぐはっ!」
オレは強烈な衝撃を腹に受け、後ろに吹っ飛んだ。
「銃は剣よりも強し……ってな!あばよ小僧」
マウロは薄い青色の翼を広げて飛び去って行った。オレは薄目にそれを見上げていた。
「きゃああ!元就君!」
オレを呼ぶ声が聞こえている。ううッ……畜生腹が痛い……それに耳が痛くなる悲鳴だ。そうだ、腹を撃たれたんだっけオレ……畜生!
「元就君!元就君!しっかりして!」
これはエレーヌさんの声だ。痛みで意識を失いそうになったが、彼女のキンキン声で眼が覚めた。そして、この痛みを与えてくれたヤツに腹が立ってきた。だって、凄く痛いんだもの。
「このやろう!」
オレは怒りが頂点に達した。あのマウロって野郎に一発食らわさなきゃ気が収まらん。オレは刀を握り、ヨロヨロと立ち上がった。腹だけじゃなく、いろんな所が痛い。
「やりやがったな!あの野郎……ぶっ殺してやる!」
どこへ行きやがった!畜生。生かしちゃおかねえぜ。戦闘天使は捨てるだと。人間を家畜にするだと。上等だ!そんな世迷言、オレが叩き潰してやる。
「待って!元就君!」
オレの背中に抱きつく人が居る。オレの歩みを止めようとしているのか。
振り返って見てみた。エレーヌさんがオレの背中に抱きついていた。
「落ち着いて!元就君!怪我してるわ!動いちゃダメ!」
そうだった、腹を撃たれたんだ。だが……。
「そうだ、オレの一張羅を穴だらけにしやがって!」
オレのパーカーは穴だらけでボロボロ。一発撃たれたのに穴だらけなのは多分、散弾銃だったからだ。
「早く病院……いや!クララの治癒魔法で……えっ?」
エレーヌはオレの腹を見て驚いている。まあ、無理も無い。オレは腹を撃たれたのに、血の一滴も流れてないのだ。
エレーヌさんはオレのパーカーをめくった。ちょっと恥ずかしいぞ。
「あれ?なにこれ?」
「防弾チョッキだよ。さっき、買ったんだよ。松古伊商会で。NATO横流れ品……お陰でカスリ傷で済んだよ」
「そ、そう……・良かった」
エレーヌさんはへなへなとその場に座り込んだ。アヒル座りで。
「何でそんな物、着ているの?たまたまにしては運がいいわね」
遅ればせながら、クララさんと桜子さんも来た。桜子さんが不思議な顔をして尋ねてきた。
「あんたらのせいだよ。所構わずドンパチするもんだから、生身の身体じゃ危なくてしょうがないでしょうが!」
オレは腕を組んで偉そうに答えた。いい機会だから、言って置かないと、命がいくらあっても足りません。
オレは彼女たちの顔を見た。すると一斉に目を背けた。……こいつら、反省してるのかな?
オレはマウロとの事を話した。
「近い内に借りをマウロへ返さないとな。まあ、さっき二段突きを食らわしたから、あいつもタダじゃ済んでないと思うよ」
多分今頃、ヤツは食ったものを、床に吐いている頃だろうよ。
三人とも、睨んで来た。
「そんな身体で何が出来るのよ」
「お兄ちゃん、そう言う事は私達に任せてよ」
クララさんは子供の姿に戻っていた。
「そうよ、幾ら貴島君が剣の達人でも相手は人間じゃないのよ」
彼女達の言うのはわかるけど、ヤツを倒すのはオレの仕事だ。剣で受けた傷は剣で返す。
「あっ、そうだ」
オレは話の方向を変えるためのグッズを出した。松古伊商会でもらったチケット。少し血で汚れてしまったが、鼻血が付いたと誤魔化せばいいか。
「遊園地のチケットをゲットしたんだ。二枚ある。一人分足りないけど、足りない分はオレが出すから、三人で行って来なよ」
三人が遊園地で遊んでいる間に、オレはマウロを倒しに行くつもりだ。プランは未だ無いけど。その為に奮発して一人分奢ると言っている。
三人は顔を見合わせて納得行かない顔をしている。
「女同士で遊園地?」
「何か嫌だわ」
「私お兄ちゃんと行きたい」
ん?どうした三人とも。
「そうね、私も貴島君と二人っきりで行きたいわ」
「私も元就と行きたい」
おい、なんでそうなる。オレのマウロをやっつける作戦がパーになるだろう。折角彼女達を巻き込まないようにしているのに。
だんだん険悪なムードになってきた。アッ、クララちゃんは牛乳を飲み始めた。
「決闘ね」
「決闘よ」
「望む所よ」
女性陣に不穏な空気が流れた。それから、家に帰るまでの間、彼女たちは一言も言葉を発する事がなかった。
オレのせいか?責任かんじるなあ……。チケットはとんだ地雷になっちまった。