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第6話 元就、ヒーローになる

 校門に到着。生徒会長とは遭遇しなかった。玄関でエレーヌさんと別れた。

「何かあったら、すぐケータイ鳴らしてね。絶対よ!」

「嬉しいね、心配してくれるんだ」

 オレはエレーヌさんの困った顔が見たくなって、ワザと意地悪な事を言ってみた。

「ち、違うわよ!桜子に、負けたくないだけよ……」

 顔を赤くして困った顔をしている。目が合ってそっぽを向かれた。うーん可愛いね。語尾の方は声が小さくなっていた。エレーヌさん、スマン。心の中で謝る。

「じゃあね」

 彼女はそれだけ言い残してパタパタと走っていった。

「おい!最近付き合い悪いよな……」

 シャキーン!

 背中に物凄い殺気を感じた。オレは両手を挙げる。振り返るとそこには刀を振りかざす忠勝が居た。

「忠勝、今日は部活に行くよ。昨日はスマン」

「サボった理由は聞かないで置いとくよ」

 パチンと刀を鞘へ納める忠勝。お前なあ、いくら剣の腕が凄いからって、刃渡り一メートルの刃物を学校で振り回すなよ。まあ、他の生徒はコスプレ用の模造品としか思っていないようだけどな。


 一時間目終了。オレは十分休みを利用してトイレで用を足した。男子トイレを出たら、生徒会長、大豪院桜子さんが立っていた。早速か?

「貴島君」

 生徒会長の目が怪しく光る、その目は真紅に染まり深く吸い込まれそうになった。

「何度も同じ手は喰らいませんよ、生徒会長!」

 オレは生徒会長へ背を向け、学生服のポケットに忍ばせていた手鏡を取り出した。鏡越しに生徒会長をみた。

「考えたわね、貴島君。でも私はメデューサじゃないのよ」

 鏡越しに生徒会長と眼が合った。彼女の眼が真っ赤に光ったと思ったら遅かった。オレは全身の虚脱感を感じた。丁度、貧血で倒れるような感じが近かった。

 そこから、記憶が飛んだ。

「貴島君、ペルセウスにはなれなかったわね……」

 桜子は倒れた元就を抱きかかえ、渡り廊下を歩いて行った。


 気が付くと、体育館のステージの上に立っていた。体育館の中が見渡せる。オレは混濁した意識が、正常に戻るのと同時に自分の置かれている状況がわかって来た。

「なんじゃこりゃ!」

 オレはステージの上で十字架に磔にされていた。足元には怪しげな魔法陣が描かれ、青く不気味に光っている。

「ゴメンなさい、貴島君。貴方の力をもらうわ。宝玉の力を……」

 生徒会長の背中に蝙蝠の羽が広がった。

「オレに何をする気ですか?」

「ちょっと確認させて頂戴。貴方の身体に宝玉があるかどうか」

 生徒会長は十字架に縛られたオレの左胸に触れた。

 左胸に猛烈な激痛が走った。


 午後の授業が始まっていた。三年A組の教室。エレーヌと深井澪は机を並べ、真面目に授業を受けていた。

「エレーヌ、この数式の解き方わかる?」

「これはベルヌーイの定理を使うのよ。1/2mov2+mov2+p mo/p=Jよ」

「ありがと、何とか解いてみるわ。物理は嫌いよ」

 ビクン!ブー、ブー、ブー、ブー……

 突然エレーヌに悪寒が走った。頭の中で激しく警報が鳴る。悪魔の存在を感じた。エレーヌは頭にロートドームを出して、警戒を始めた。

「魔物がいる。近い!八時方向……距離百五十メートル。体育館だ……えっ?IFF(敵味方識別装置)に反応……友軍だわ。固体識別出来ないから、もしかして元就君?」

 エレーヌは突然手を挙げ立ち上がった。

「はーい!先生!お腹が痛いので、保健室行きまーす」

 エレーヌは脱兎の如く、教室を飛び出し廊下を駆け出す。

「生徒会長!なりふり構わないってこと?授業中に仕掛けるなんて!」

 三階の廊下の窓から外に飛び出した。翼を大きく広げ大空へ急上昇。

 戦闘天使はプリーツスカートを翻し、一路体育館に向け緊急発進(スクランブル)した。


 同時刻グラウンド。

「あら?女の子だわ」

 薙刀部副キャプテン籤宮茉莉花は校門の所に佇んでいる小さな女の子を見つけた。丁度体育の授業でグラウンドでランニングしていた所だった。

「お譲ちゃん、どうしたの?迷子」

 茉莉花は女の子の前にしゃがみ、頭を撫でながら話しかける。

「珍しい服ね。修道女さんみたい……それに綺麗な銀髪。外人さん?……お譲ちゃん、お名前は?」

「クララ・レイセオンです。急な用事でお姉ちゃんに会いに来ました」

「ああ、エレーヌの妹さん?どうりで……」

「そうです。お姉ちゃん忘れ物したんで届けに来ました」

 いつの間にかクララの周りには沢山の女子生徒が囲んでいる状態であった。口々に「可愛い」とか「お人形さんみたい」と歓声が沸いている。

「瑞樹、A組って今何の授業だっけ?」

「そうね、確か物理だから教室に居るんじゃないかしら」

 茉莉花はクララの手を取って歩き出した。

「エレーヌは今、教室で授業だから私が職員室へ連れって行ってあげるわ」

「有難う、お姉ちゃん」


 茉莉花とクララは職員室の前に辿り付いた。

「ちょっと待っててね、クララちゃん。先生呼んでくるから」

「エレーヌお姉ちゃんはこの廊下を真っ直ぐ行った所に居ると思います」

 クララは真っ直ぐ正面を指差す。茉莉花の手を引っ張り歩き出した。

「えっ?そっちは体育館よ……」

 二人並んで歩く。体育館への渡り廊下の手前でクララが突然停止した。

「お姉ちゃん牛乳飲みたい……」

 クララが立ち止まった所は売店の前だった。昼休みを終え、後片付けをしていた売店。

「牛乳?しょうがないわね……マッコイさん、牛乳ある?」

 茉莉花は売店の店主に尋ねた。小柄で白髪のオッサン。

「あるよ。余り物だから、御代はいいよ。それにワシは松古伊じゃ」

「有難う御座います、マッコイさん」

「有難うおじちゃん!」

 クララと茉莉花は二人揃ってお辞儀をした。

「いいって事よ、一杯飲んで大きくなるんだよ」

「うん!」

 クララは牛乳を飲んだ。一リットル一気飲みした。茉莉花とマッコイは固唾を呑んで見守っている。

 「クララちゃん、どうして急に牛乳なんて……」

「ぷはっ!……これで大きくなれます」

 茉莉花とマッコイはゴクリと唾を飲む。

 クララは拳を両握り、腕を回してポーズをとる。

「変身!」

 クララが叫ぶのと同時に、彼女の身体が眩い光に包まれた。一瞬の輝き。

 光が収まった所に立っていたのは、長身の美女だった。長い銀髪がキラキラと輝きながら舞う。頭には金色の輪が輝いていた。背には幾何学模様の描かれたマントを羽織っている。

「お姉さん、マッコイおじ様、有難う御座います。お蔭様で大きくなれました」

 クララは丁寧なお辞儀をした。

「いいえ……どういたしまして……」

 茉莉花とマッコイはお辞儀を返した。

「私はこれから体育館へ行きます。エレーヌと合流しなければなりません。さようなら、私の事は忘れて下さい」

 ぽん!とクララが拍手を叩く。そして廊下を体育館へ向け走って行った。

「あれっ?私何でここに居るのかな?」

「茉莉花ちゃん牛乳代……」

「私、牛乳飲んだっけ?マッコイさん」

「ワシは松古伊じゃ。いい加減覚えてくれよ」

 

 エレーヌは体育館の入り口に辿り付いた。入り口のドアの前で屈んで周りの様子を覗う。体育館内は静かだ。どうやら授業は行われていない。人の気配もしない。

「お待たせ!」

 エレーヌの背中にクララが張り付いた。

「詳細は先ほどの統合戦術情報伝達システムで教えた通りよ……」

「あそこに、元就さんがいるのですね」

「あと、淫魔も居ると思われるわ」

 エレーヌの頭の上には相変わらず、ロートドームが回っている。

「ロングレンジレーダーに反応……体育館内にIFFの応答一つ。IFFの応答が無いのが一つある……。一つ元就君で、もう一つは淫魔ね……」

 クララは胸のネックレスを引きちぎった。ぎゅわわわわわああああんんと黒板を引っかくような音を立て、ネックレスは白銀の大鎌になった。

「どうするの?クララ。多分、罠よ」

「わかっています。でも罠なんて小賢しいですわ。こっちは正々堂々、正面突破よ!」

 シャキーン!

 クララは体育館の扉を一刀両断にした。崩れ落ちる扉。中は真っ暗。目がまだ慣れていない。

「クララ!避けて!何か飛んでくるわ!」

 シュッツ!

 エレーヌは咄嗟にその場へ伏せた。

 クララはエレーヌの叫び声に反応して動く!棒高跳び宜しく、鎌を地面へ付き、空中へ大きく跳躍した。

 クララは空中で逆さまになりながら、今、自分のいた所に、無数のナイフが飛んでいくのが見えた。

 クララは空中で回転して、すとんと着地した。白銀の鎌を構えて、体育館内へ突撃した。

「エレーヌ!援護お願い!」

 エレーヌはすっと立ち上がり、イヤリングを外した。イヤリングは光を放ちながら大きな弓になった。

「ブレイブハートの矢!」

 エレーヌは弓を引く。(やじり)には六発の『弾頭』が付いている。

 ドシュッ!

 エレーヌは矢を射った。矢は真っ直ぐ飛んでいった。空中で六発の弾頭は分離し、目標へ向かう。

 ズドドドドドドドオオオオオンンン!

 弾頭が一斉に爆発。爆煙が辺りに立ち込める。

「たりやああああああ!」

 爆煙の中から現れたのはクララだった。彼女は体育館中央で爆煙に包まれている桜子へ斬りかかった。

「ふん!小癪な真似を……」

 桜子は不敵に笑う。袖口でキラりと光る物を出した。

 キン!

 桜子は斬り掛かるクララの白銀の鎌を細いフルーレで受け止めた。

「なんで……斬れないの!」

 クララは力いっぱい鎌を桜子のフルーレに押し付けるが、桜子は片手でフルーレを掲げてるだけだった。クララは二メートルを超える大鎌が細身のフルーレに受け止められている事に納得行かなかった。

「武器は最高なのに……貴方の力が足りないわ」

 キン!

 クララは鎌を外し、後ろへ大きく飛び退いた。そのクララの後方より無数の矢が曲射榴弾のように、クララの頭上を飛び越え、桜子に向け降り注いだ。

「コンビネーションは良いですね」

 桜子は背中の蝙蝠の羽を羽ばたかせ、空中へ舞い上がった。

ストトトトトト!

 桜子が居た所へ矢が突き刺さる。桜子はそのまま、体育館のステージへ飛んだ。

「これを見なさい!」

 桜子はステージの緞帳(どんちょう)を引きちぎった。

 ビリビリと布を裂く軽快な音と共に、緞帳が引き裂かれた。その緞帳の後ろに居たのは……。

「元就君!」

「元就さん!」

 元就は十字架に磔にされていた。気を失っているようで、頭をたれ、手足には力が無い。そして、彼の顔は真っ青だった。

「起きなさい。貴島君」

 桜子はフルーレで元就のわき腹をツンツンと突いた。チクチクした痛みが元就の目を覚まさせた。

「うん……痛てえなあ……あれ……オレ何してんだ……なんじゃこりゃ?」

 元就は自分が磔にされているのに気付いた。

「会長!なんだよ。この演出は?」

「うふふふ。以外に元気ね、貴島君。これから素敵な演劇の始まりよ。ここはゴルゴダの丘になるの」

「なんて事するのよ!元就君を降ろしなさい!」

 桜子はフルーレを元就の喉に突きつけた。

「二人とも、動かないで下さいね。貴島君が死んじゃいます」

 クララとエレーヌはステージの十字架を見つめ、なす術も無く、ギリギリと歯をかみ締めていた。

「私は貴島君から頂きたいものがあります。それは、私、大豪院桜子をサッキュバスから大魔王への道を開いてくれる物です」

 桜子は左手で元就の左胸を触る。桜子の妖艶な唇はニヤッと笑みを零した。

「な、なにをする気!桜子!」

「ま、まさか!止めてください!」

 エレーヌはこれから起こることがわかったようで、耳を塞ぎ、眼を強く瞑った。

「私は……ただのサッキュバスで終わらない。大魔王となって、世界を、魔界を、神界を支配するのよ!そして家族を救うのよ!」

 桜子の左手が元就の胸にめり込んでいった。ズブズブ嫌な音を立てて、どんどんめり込んで行った。

「なんだよ?何やってんだよ?うわあああああ!気持ち悪い!」

「大丈夫よ、貴島君。私は魔界医師会が発行する医師免許もっているから」

 元就は自分の状態が理解出来てはいなかった。ただ、桜子の左腕が自分の胸にめり込んでいるのが見えているだけだ。

「あったわ。貴島君、貰うわよ」

 桜子はズルズルと左腕を元就の胸から抜いた。彼女の左手には赤い塊が握られていた。その塊はドクン、ドクンと定周期で収縮する動きをしていた。

「な、なんて事……」

「いやああああ!」

 クララは言葉を失い、エレーヌは取り乱していた。

「レガリアの宝玉……貴島君の心臓と融合した姿……まさしく神の心臓ね……」

「それ……オレの心臓か?……会長、美味しそうって心臓食う気か?ああ《ハツ》って美味いもんな……でも生だぜ。生は……そうか、《ハツ刺し》ってのもあったけ。だけどオレの心臓だぞ、美味くないから、返してくれ」

「こ、元就君……」

「元就さん……ショックで……」

 クララとエレーヌは元就のハチャメチャなリアクションに返す言葉が無かった。

「私は、生まれ変わる……」

 桜子は手にしている元就、神の心臓を自分の胸に押し付けた。心臓はズブズブと桜子の胸にめり込んでいった。」

「ふーふふふ……気持ちいいわ……力が……無限の力が沸きあがってくるのがわかるわ……」

 桜子の背中の翼は一回りも二回りも大きくなった。お尻の尻尾は長く太く、まるでワニのようだ。

「そう言えば……オレ……心臓無いのに、何で生きてるんだ?」

 元就が不思議そうな顔をして、桜子に尋ねた。

「そうね。貴島君の心臓は私の中で生きているわ。だけどそれも後数十分ね。私の心臓と、貴島君の心臓が同化するまでよ。見て、私の身体、翼も尻尾も今までとは違う……同化が始まっているわ……はあはあはあ」

 桜子の息遣いがだんだん荒くなった来た。

「桜子……宝玉を手に入れて、魔王になるっての」

 エレーヌは呆然と立ち尽くしている。

「はあはあはあ……たまらない……苦しいくらい気持ちいい……ううう……ああああああ!」

 クララは訝しげに桜子を見ている。

「まずいですわ……制御不能になっています。このままじゃ、暴走して化物になってしまう!」

「何? それ……」

「簡単に言いますと、F1のエンジンを軽自動車に積んだら? どうなります?」

「多分、車体は壊れる」

「そうよ……元就さんの心臓を巻き添えにして……」

 その言葉を聞くのが早いか、クララは深紅の鎌を構え、桜子に斬りかかった。

「はああああああっ」

「下っ端がああ」

 桜子は飛び込んで来るクララ目掛けフルーレを突き出した。

 ガキイイイ!

「きゃあああ!」

 クララは寸でで桜子のフルーレを鎌で受け流した。が、力の差が大きく、容易く吹き飛ばされて、体育館の床に叩きつけられた。

「ぐはああ!」

 クララは白眼を剥き、吐血した。

「このおおおおお!」

 エレーヌは弓を引き、APSFDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)の矢を放った。矢は秒速千八百メートルの超高速で桜子の顔目掛け飛翔した。

 ドスッ!

 鈍い音と共に、桜子の腕に突き刺さった。顔をガードした右腕に突き刺さった。

「貴方達の武器はやっぱり最高……でももういいわ……私はそんな武器も通用しない身体になったのだから……」

 桜子はズルリと矢を抜き、エレーヌへ投げつけた。

 咄嗟に避けたが、眼の前で矢は爆発した。

「うわああああ!」

 エレーヌは爆発に巻き込まれてしまった。背中左の翼はもげ、髪や足は焼け爛れていた。

「はあ……はあ……苦しい……熱い……燃えてしまいそう……」

 桜子の身体はどんどん変化していった。髪は逆立ち、蛇のようになっている。眼は血走り、肌は鱗になりつつあった。尻尾は太く長く、殆どティラノサウルスのような形となっていた。

「かはあああああ!ぐああああああ」

桜子だった怪物は苦しそうにもがき、暴れた。

 ドガッ!バッキイ!

 桜子はメチャクチャに暴れ出して、体育館を破壊し始めた。オレは磔られた十字架ごと吹き飛ばされた。

 運よく、十字架から、床に落ちた。十字架は折れて、オレは十字架から脱出できた。

 慌ててエレーヌさんとクララさんを抱きかかえ、桜子が暴れている場所から、離れた。

「しっかりしろ!目を覚ましてくれ!」

 二人はピクリとも動かない。彼女達の左胸に耳を当て、鼓動を聞いた。

 トクン……トクン……。

 ゆっくりとした鼓動が聞こえた。

「良かった……生きてる」

 ガスっ!

 そう思った瞬間。オレは脳天に強烈な痛みを感じた。エレーヌさんに殴られた。

「わ、私の胸で何やってんのよ!」

 鬼の形相でエレーヌさんが睨んでいた。それだけ怒れれば、もう大丈夫か?

「元就さん。私の胸はいつでも年中無休、二十四時間営業中ですわ」

 クララさんも復活したようだ。

「良かったよ。二人とも……」

 うっ、なんだ?強烈な頭痛がする。オレは片膝を付いて、倒れそうになった。

「良くないわよ!まずいわ。早く元就君の心臓を取り返さないと」

「そうですわね。元就さんが死んでしまいます」

 エレーヌさんとクララさんはヨロヨロと立ち上がった。まだ、百%って訳じゃないらしい。

 二人はそれぞれに武器を取り、生徒会長へ向っていった。生徒会長はもう人の姿をしていなかった。殆ど特撮怪獣みたいだ。もう三メートルを超える巨体となっていた。

「ぐるぐるぐるぐる」

 もう人の言葉を話せなくなっていた。生徒会長は元に戻らないのか?どうすりゃいい?

「元就の心臓を返して下さい!」

 クララさんが白銀の鎌で切りかかった。

 スパアアアア!

 鎌が一気に振り下ろされ、生徒会長怪獣の肩から、赤い血が噴出した。クララさんは明らかに手加減している。

「元就の心臓が無ければ、一刀両断できますのに!」

 クララは歯噛みする。手加減の理由はそれか?

「ギャオース!」

 生徒会長は目にも留まらぬ速さで、クララさんに拳を打ち込む。クララさんは咄嗟に鎌で防ごうとするが、鎌ごと吹き飛ばされてしまった。そして、そのままバスケットゴールへ突っ込んでしまった。

「フェニックスの矢!」

 エレーヌさんは特大の矢を引いて、射った。矢は一直線に生徒会長へ飛んで行き、生徒会長の眼前で激しく爆ぜた。

 ズドン!

 大きな爆音と共に、矢の弾頭から無数の散弾が飛び散った。

「仕留めた?」

 エレーヌさんは生徒会長を睨んだまま、二本目の矢を引こうとしていた。

「ガアアアア!」

 生徒会長は手にしていたフルーレをエレーヌさんに向って投げつけた。信じられないスピードで飛翔して来た。エレーヌさんは左へ避けようとしたが、フルーレのあまりの飛翔速度に避けられず、背中の右の翼ごと、体育館の壁に串刺しにされた。

「くうううッ!」

 エレーヌさんが苦悶の表情をする。クララさんは生徒会長腕を掴まれ振り回されている。

「このままじゃ……」

 オレは頭痛と戦っていた。生徒会長が言ったように、オレの心臓が、生徒会長のそれと同化したら、オレは死ぬ。その時が迫っているようだ。オレが死んだら、エレーヌさんとクララさんは助けられない。このままではオレも死ぬ。全滅だ。

 オレは自分の命とエレーヌさんとクララさんを天秤に掛けた。掛けるまでもなかった。オレの命は後数分。ならばその数分で、最悪、生徒会長と心中するか。最低でもエレーヌさんとクララさんは助かる。

 だが、生徒会長も助けたい。三人助けられるなら、オレの命は無くてもいい。

「やめろおおおおお!」

 オレは駆け出し、生徒会長へ派手なタックルをかました。

 ドガシャーアアアン!

 オレのタックルは生徒会長を吹き飛ばした。その弾みで生徒会長はクララさんを手放した。

 チャンスとばかり、オレは生徒会長の腕を取り《一本背負い》を決めた。

 ズシャアアアアン!

 桜子は背中から、体育館の床に叩き落された。床が砕ける。

 肩が痛いが、構ってられねえ!

 生徒会長は逃げようと背中の羽をバサバサと羽ばたかせ、立ち上がろうとした。

「神威!」

 オレは左手から神威を抜いた。

 スパッ!

 神威を会長目掛け振り下ろした。オレは刀を生徒会長に当てる気が無かった。 刀を振った先にあった大きな扉は、音もなく真っ二つに斬れた。

「神威の切味は最高だけど……これで生徒会長を斬ったら、死んでしまう」

 

 生徒会長は傍に落ちていたオレを磔ていた十字架を掴んで投げてきた。すげえ怪力。凄まじいスピードで飛んで来た。あんなのが当たったら即死だろう。

 何故かオレは冷静でいられた。飛んでくる十字架を冷静に見る事が出来ている。オレは飛んでくる十字架に向って《突き》を放つ!

 シュン!

 十字架が刀を突き立てた部分から綺麗に二つに裂けた。裂けた十字架がその場に落ちた。

 会長はもはや龍の羽根となった翼を羽ばたいて逃げようとした。

「逃がすものかああああ!」

 オレは刀の刃を反対にして、高くジャンプした。桜子の太くて長い尻尾を掴んだ。

 オレは会長を背中から斬った。刃を反対に向けているから、刀背打(みねうち)だ。

 生徒会長は尻尾を振り回して逃げようとする。ここで生徒会長の尻尾を離せば、反撃のチャンスは無くなると思い、オレは堪えた。

 生徒会長のパンチがオレの腹を抉る。これも堪える。そしてチャンスを待った……来た!

「だりやああああ!」

 ズダアアアンン!

 再び刀背打ちで斬った。思いっきり打ち込んだ。かなりの衝撃が柄を伝わって両手に伝わった。刀背打ちだって当たり所がわるければ、大怪我する。

 女の子に暴力を振るうって嫌な感じだ。緊急事態とは言え、心がズキズキ痛む。

床に墜落した会長は動かなくなった。

 満身創痍のクララさんがヨロヨロと近寄ってきた。右手が折れているのか力なくぶらぶらさせている。

「元就さん。私に任せて下さい」

 クララさんは桜子の肩を押さえ左手を桜子の胸に乗せた。彼女の左手はズブズブめり込んで行った。

「クララさん、何を?」

「元就さんの心臓を取り返しますわ。私は医師免許をもっています」

 クララさんが左手で桜子の胸の中へ手をつ込んで心臓を探している。思わず目を背けたくなる光景だよ。

「あっ、二つあります。どっち?」

 どっちがオレの心臓だ?代わる代わる握ってみる。片方の心臓を握ったら、俺の胸がわさわさした。もう片方は何も感じない。

「間違いない、こっちですわ」

「何でわかるんだい?」

「心臓に毛が生えてます」

「そう言う冗談止めてくれよ。恥ずかしいし」

「ゴメンなさい。レガリアの宝玉がくっ付いていますからすぐ判ります」

 クララさんは心臓を握り、桜子の胸から心臓を引き抜いた。オレの心臓とは言え、気持ち悪いな。

 クララさんは無造作に心臓をオレの胸に突っ込んだ。何か安心感が出た。オレは自分の左手の手首に右手の指を添え、脈を確認した。

 トクン、トクン

 ようし、脈はある。心臓が戻った。へんな感じだよ。全く。血管の縫合はしなくていいのか?

 桜子を見ると少しづつ、元の姿に戻ってきた。

 オレはエレーヌさんのところへ行き、彼女達を助け起こした。エレーヌは背中の左の翼が脱落していて痛々しい。足や顔を火傷している。

 クララさんは腕を骨折しているようだ。

 オレ達は生徒会長を見た。もう姿は元に戻って……。

「見るな!元就!」

 オレはエレーヌさんに殴られた。チラッと見えた生徒会長は素っ裸だった。クララさんはオレの上着を生徒会長に掛けている。

「さあ、桜子、どうオトシマエつけましょうね。私の美しい天使の羽・・・・・・やっぱり悪魔は退治しませんとね」

 エレーヌさんが生徒会長の上半身を起こした。生徒会長は気を失ったままだ。エレーヌさんは自分の背中の翼から、羽を一つ引き抜いた。引き抜いた羽を桜子会長の喉元に突きつけた。天使の羽根ナイフだ。

「この天使の翼は悪魔……サッキュバスにとっては猛毒よ、喉にさせば地獄の苦しみの後死ぬわ」

 エレーヌさんは生徒会長を殺そうとしている。それはまずい。天使と悪魔は仲が悪いと思ったけど、ここまでとはね。

 オレはエレーヌさんから生徒会長を奪い取った。

「ちょっと待ってよ。エレーヌさん。殺すのは無しだ」

「何でよ?桜子をほっとけば、また狙われる。ここは後に憂いを残さぬようにしなきゃ!」

「それはダメだ。憎しみは憎しみを生む。許す心を持たないと」

「甘いですわ、元就さん。神と悪魔との遺恨は過去数千年続くものよ。この場で済む話ではないわ」

 クララさんも止めを刺せと言っている。だけどオレには出来ない。彼女は大豪院桜子として生きてるから、死んだら悲しむ人がいっぱい居る。やっぱりダメだ。

 オレは二人を見る。

「生徒会長を殺してはいけない。頼む、お願いだよ。二人とも」

 オレはもう土下座状態で二人に頼んだ。オレの頭ひとつで事態が収拾するならナンボでも下げるぞ。

「わかったわ。元就君」

「わかりました。元就さん」

 エレーヌさんとクララさんは正座してオレの話を聞いてくれた。

「どっこいしょ」

 オレは気を失っている生徒会長をおんぶした。

「二人ともずらかるよ。体育館はめちゃめちゃだし、オレ達の正体をバラしたくないし」

「そうね、逃げよう」

「エレーヌ、武器を忘れないで下さい」

 オレは左手に刀を持った。刀はするすると短くなって。左手に……吸い込まれた。そして完全に消えた。

 オレ達は体育館を脱出して一路自宅へ向った。


 家に帰る途中、毎度毎度、通行人の好奇の眼に晒される。学ランの上着だけを着た裸の少女を背負う少年。ボロボロの制服を着た少女が二人、住宅街を罰ゲームのように疾走する。

「元就君、生徒会長を助けたのは……本当の理由は」

 エレーヌさんが左からオレの顔を覗き込んできた。そんなに知りたいなら、教えてやるぞ。

「いやあ、剣道部の部費を回してくれた恩が有るからね」

 エレーヌさんは大きなため息をついていた。なんで?

 家に到着。まず、生徒会長へ服を着せた。もちろんオレがやろうとしたが、エレーヌさんとクララさんの抵抗に会い断念。二人に着せて貰った。会長をソファーに寝かせた。会長はもう、ほぼ、元の姿に戻っていた。ほぼと言ったのは訳がある。

 エレーヌさんとクララさんも着替えてきた。怪我を手当てした包帯が痛々しい。クララさんは三角巾で右手を釣っている。やっぱり骨折していた。

 オレは濡れタオルで生徒会長の顔を拭いてあげている。綺麗な顔が汚れているのが見るに忍びなかったから。

「ううん……」

 会長の口から言葉が漏れた。眼を薄っすらと開いた。気が付いたようだ。

「気が付きましたか?生徒会長」

「貴島君……ここは何処……私は貴方の心臓を奪って暴走したはず」

 エレーヌさんは天使の羽根ナイフを持って警戒してる。オレはエレーヌさんと生徒会長の間に割って入った。

「そうです。暴走は止めました。心臓は返して貰いました」

「そう……私の魔力じゃ貴島君の心臓が制御できなかった……」

「そうよ。セスナにアフターバーナーを積んでも壊れるだけよ」

 エレーヌさんの例えはわかり易い。

「私、元の姿に戻れた?」

 会長は安堵した表情で、自分の身体を調べる。さっきは暴走で化物みたいになっていた。会長は化物になった記憶は有るらしい。

「あら、こ、これは?髪の毛が……」

 会長は気付いたようだ。そう、会長の身体で元に戻らなかった部分。会長の美しく、長い黒髪は真っ白の白髪になってしまった。

「私の髪……ううっ……」

 会長は目に涙を浮かべていた。そうだろうな、自慢の美しい黒髪が全て真っ白になってしまったんだから。

「それぐらいで済んだのを良しとしなさい。元就君が止めていなかったら、あんた死んでたのよ」

 エレーヌさんが怒気を含んだ声が生徒会長に追い討ちを掛けた。生徒会長は「うええええん」と大泣きしてしまった。

「泣くくらいなら、最初からバカな事しなければ良いのですわ」

 クララさんはナイフをしまった。子供のように泣く生徒会長を見て警戒を解いたようだ。エレーヌさんもクララさんもオレも同情心が出たようだ。これ以上生徒会長に何も言えなくなった。

 でも生徒会長の気持ちもわからんでもない。この白髪で学校へ行ったら、皆不思議がるし、会長も居た堪れないと思う。何とかしてあげたい。小坊主ように瞑想して……閃いた。

「おお、そうだあれがあった」

 オレは居間を出て、親父が使っていた部屋へ行った。クローゼットを開けると、未使用の白髪染めヘヤーカラーがあった。

 オレは居間に戻り、ヘヤーカラーを準備する。

「元就、何する気よ」

「生徒会長の髪の毛を黒く染めるんだ。誤魔化しかも知れないが、見た目は元に戻る。明日から今まで通り学校へ行ける」

 オレはヘヤーカラーの説明書を読みながら、生徒会長の髪を染め始めた。生徒会長は泣き止み、落ち着いていた。髪を染めるのを納得してくれたようだ。

「貴島君……有難う。私、貴方を殺そうとしたのに、助けてくれた。その上、こんな事まで……」

「生徒会長がいなくなったら、みんな悲しむでしょうが。特に剣道部は。オレ達は忘れません。あれは生徒会長に対する大きな貸しです。それに生徒会の仕事を一生懸命やってましたよね。真面目に頑張る人は好きですから」

「貴島君、敵に甘いと寿命を縮めますよ」

会長の顔をマジマジと見た。いつもの切れ長の鋭い目じゃなくて、優しい温和な目になっていた。なんつーか普通の女の子だ。学校での近寄り難い雰囲気はなくなっていた。

「オレは生徒会長を敵と思ってません。オレ達の生徒会長ですから」

生徒会長の黒髪を染め上げた。後は風呂だな。

「エレーヌさん、クララさん生徒会長を風呂に入れてあげてくれないか。髪を洗ってトリートメントして欲しい」

「ええッ?何でわたしが?」

「そうですわ。悪魔と一緒に入浴なんて……」

「じゃあいいよ。オレが生徒会長と一緒に……」

 言いかけた瞬間、オレの頬を天使の羽ナイフがかすめ飛んで行った。二人の鋭い眼光がオレに突き刺さる。

「桜子、お風呂へ行くわよ。ここにいたら、お嫁に行けなくなるわよ」

 三人は風呂へ行った。


「元就君、お風呂終わったわ」

 クララたちが風呂から出てきた。とりあえず生徒会長にはエレーヌさんの服を着て貰っている。彼女の髪は漆黒に彩られ、元の美しい髪に戻っていた。だが、会長の顔は曇っている。やっぱり染めただけじゃ納得してくれなったのかな……。

「あっ、貴島君。違うの、髪の毛はいいの。元に戻って嬉しいわ……でも……」

「でも?どうしたんですか?オレに出来ることなら協力します」

 生徒会長は顔を茹で蛸のように真っ赤にして、ごにょごにょ言っている。

「生徒会長は元就さんに言い辛いのですよ。その……白髪になったのは、髪の毛だけじゃなかったのです」

「えっ?どう言う事だ?どこが白髪になったの」

 ドカッ!

 エレーヌさんの飛び蹴りが飛んで来た。

「聞くな!このドスケベ!」


 テーブルを囲み、三人でお茶を飲む。

そうそう、オレは生徒会長に聞きたい事があったんだ。

「ジェイソンってヤツ、知っていますか?」

 生徒会長は俯きながら、答えた。

「知ってるわ……私の上司の上司よ」

「どう言うこと?」

 エレーヌさんが更に問い詰めた。

「私はジェイソンの部下、ラッセルに宝玉を取り返して持って来いと命令を受けています」

「やっぱり宝玉ですか……オレとしてはこんな気持ち悪い宝玉、さっさと誰かに渡したいのですけど」

「ダメよ!元就君。宝玉を悪魔に渡しちゃ。見たでしょ。制御不能な程の力を与えてくれる宝玉だもの。それが悪魔の手に渡ったら、大変なことになるわ」

 エレーヌさんはオレの両肩を後ろから掴み、生徒会長から遠ざけようと引っ張った。

「大豪員さん、どうして宝玉を自分の身体にとりこんだのですか?貴女が受けた「宝玉を持って来い」だったのではないですか?」

 ひと際冷静なクララさん。そうだ、オレもそう思う。

 その質問に対して、生徒会長は黙ったままだ。黙秘権と言う訳ではなさそうだ。深い事情でもあるのかな?

 オレの横ではエレーヌさんが生徒会長に向かって何か言おうとしているのをクララさんが制している。状況から察するにエレーヌさんが生徒会長へ罵声を浴びせようとしているのをクララさんが押さえこんでいると思われる。

「もし、良ければ力になりますよ。私達は天使と悪魔と言う越えられないいイデオロギーの壁が有ります。ですけど、私達は個人的な友情は持っても良いと思っています。良い悪魔も、悪い天使もいるのですから」

 クララさん、そうだよ。貴女の言っている事は全面的に支持したい。社会全体の対立と個人の友情は切り離しても良いと思うぞ。

 生徒会長は顔を上げ話だした。

「私は……宝玉の力を借りて、家族を救いたかったのです」

 オレ達三人は生徒会長の話を聞いた。それはとても辛い話だった。

「私の父は悪魔で有りながら、人間界で実業家として小さな成功を収めていました。ところが、その事業も行き詰まりを見せ始めた。そこに救いの手を差し伸べてくれたのはラッセルでした。父の事業を救い、私を魔界情報局 情報第六課のメンバーに引き入れてくれました。貧困のどん底にあった家計の少しは足しなるだろうと。ですが……私は彼の手先となり、汚い仕事に従事しました。彼への恩返しの為にと思い。彼は私の家族を助けてくれたと思っていたから」

 オレの家のリビングは静まり返っていた。生徒会長の声だけが響いてる。

「違ったのです。ラッセルは父の事業を乗っていたのです。それは油断した父が悪いのかも知れません。許せないのは《恩》と言うもので私達を縛り、揺すり、汚い仕事をさせている事です」

「それで、桜子は宝玉を手に入れて、力を得ようとしたのね」

 エレーヌさんが生徒会長の隣りへ行き、彼女の手を握った。エレーヌさんは基本優しい人だから良かった。オレ以外の人に対しては。もう生徒会長と争う事はしないだろう。

「宝玉を一番欲しがっているのはジェイソンです。ですがラッセルは宝玉を手に入れた自分の物にしてしまうでしょう」

 いまの生徒会長の言葉でオレの頭に血が上った。完璧に頭に来た。

「自分の欲しい物を会長の手を使って手に入れようとしたのか?そのラッセルってヤツは。男らしくねぇぜ。欲しかったら、自分で取りに来い。いつでも相手になってなる!」

まだ、ジェイソンってヤツの方が見どころがある。ヤツは自分で取りに来たからな。

「ジェイソン達の目的は何かしら?宝玉の力は魅力的なのはわかりますが、それほどまでに欲しがるには理由が有りますでしょう」

 クララさん、いい質問ですね。オレもそれは聞きたい。

「宝玉の力を使って、人間界を全て破壊します。そして新たな世界を作ろうとしています」

「壮大な計画だわ。ジェイソンが相当の野心家だったのは天使の世界でも有名だったもの。自分の野心を達成させる為に魔界へ移籍したくらいだから」

 エレーヌさん、そうだったの?彼女達の話はオレにとっては初耳だらけだし、まさに雲の上の出来ごとだよ。

「ジェイソンって天使だけど悪魔なの?」

 オレは率直に疑問を口にしてみた。

「そうよ彼の翼青いでしょ。魔界へ移籍した天使は、移籍が認められると魔王様直々に翼を青く染めてもらえるのよ」

「あんまり綺麗な青色ではなかったような……エレーヌさんの翼の方が格段に綺麗だと思うよ」

「元就君、ありがと。御世辞でも嬉しいわ」

 エレーヌさんへのゴマすりはここまでにして、本題に戻ろう。

「で、ジェイソンは人間界の破壊をどうやってやるんだい?オレは何だか計画か壮大過ぎてピンと来ないんだけど」

 オレが生徒会長へ質問した。それを聞いて、生徒会長はスッと上品に立ちあがった。

「ジェイソンは第三次世界大戦を起こさせる気です。魔界では誰もが知っている公然の秘密です。それに同調して神界でクーデターを起こそうとしている天使たちが居ます。これは魔界情報局からの情報です」

「な、なんですって?」

 エレーヌさんは驚いてその場に立ちあがった。クララちゃんも驚いて目を丸くしている。

「だ、誰よ?そんな事しようとしているヤツは!」

「エレーヌ、落ち着いて。桜子さんの話を最後まで聞きましょう。大事な話ですわ」

 生徒会長は大きくため息を付いて、話を続けた。

「私も細かい話は知らない。私達魔界は神界の出来ごとには不干渉と言う立場は崩さないので」

 シーンとなってしまった。オレの中に有るボールが神界、魔界、人類の運命を握っているのか?オレってそんなに大きな力を持っているの?

「人類の滅亡か?」

 オレは急に寒気がした。エレーヌさんやクララさんの戦いぶりを見ていたから、天使や悪魔の力が相当なものだと実感がある。第三次世界大戦を始めると言ったら本当にやりそうだ。なんてこった。

「少なくとも、人類の半分は……この世から消えるでしょう」

 クララさんが言うと、とたんに信憑性が高くなる。

「そんな事が、そんなに容易く起きるのかよ?」

 一気に滅亡する側に立ったオレ。忠勝や深井キャプテンの顔が浮かんでしまった。オレはともかく、彼らが滅亡の危機に晒されるのは辛い。

「人間の世界は薄氷の上に立っています。いつ割れるかわからないような薄い氷。皆、気が付いていないだけですよ」

 生徒会長も沈痛な表情だ。彼女は悪魔で有る前に、生徒会長として人間界で生活しているからそれなりの人のつながりが有るだろう。オレと一緒で友達の顔でも思いうかべているのかな。

 長い長い沈黙が流れた。それを破ったのは生徒会長だった。

「私は作戦を変更します。貴島君を護衛します。宝玉はヤツらに渡さない」

「な?悪魔が何でよ!元就君は、私とクララで十分よ!悪魔の手は借りないわ」

 エレーヌさんは必死に抗議している。この二人はやっぱり仲が悪い。

「私は今までは命令に対して、何の疑念も持たず、ただラッセルに従っていました。もうそれは止めます。私にも人間の友達がいます。その人たちを不幸にする事は出来ません。それに、私は私の意思で貴島君を護りたいのです」

「元就君を殺そうとしたのに?」

 あんたもな、エレーヌさん。

「その謝罪の意味を込めて護衛します。それに……なんだか貴島君の傍に居たいのです。私の命を助けてくれた人だから」

 な、何だ?この雰囲気は、生徒会長は顔を真っ赤にして何を言ってるんだ?

「あなた、元就君の事、好きになったんでしょ?」

 エレーヌさんがズバリ言った。さっきの生徒会長の台詞でオレもそうじゃないかな?って思ったけど。違うかな?正直オレも恥ずかしい。

「ええ、そうよ。はっきり言います。私、大豪院桜子は貴島元就君の事を好きになりました。元就君から離れたくありません!」

「な、何ですって!」

「ヤル気ですか?ここで。元就君も見ていますから、望む所です」

 生徒会長も立ち上がって、エレーヌさんと睨み合う。相撲の取り組みみたいだ。二日前に逆戻りだよ。

「待って!エレーヌお姉ちゃん。生徒会長さん。先約はクララだよ」

 はあ?クララちゃんどうしたの?小さくなってるじゃん!牛乳切れたな。

「クララ、なに言っての?」

「ママごとだよね、お姉ちゃんたちの勝負を邪魔しないで」

 エレーヌさんと生徒会長がクララちゃんを嗜める。

 クララちゃんは椅子から降りて、冷蔵庫へ走った。牛乳をがぶ飲み。変身する気か?

「変身!」

 クララちゃんの身体が光に包まれた。光が収まると、大人クララさんが立っていた。勿論、来ている服はパッツン、パッツンにはちきれそうになっている。

「変身って何だよ、そしてその変身ポーズは?」

「雰囲気よ、雰囲気を味わっているのよ」

 クララさんはオレに近寄り、後ろから抱き着いてきた。

「元就さん、約束しましたよね」

「や、約束?」

「大きくなったら、お嫁さんにするって……」

「あっ!」

「エレーヌも聞いていましたよね」

「アッ!」

「元就さん、今の私は小さいですか?」

「大きいです……」

「そう、元就さんの愛を受け入れる為、背も、胸も、お尻も大きくなりました。資格はありますよね。元就さん?」

 オレは、全身に冷や汗が噴出すのを感じた。確かに、今のクララさんは凄く魅力的で、お嫁さんなんて、こっちから頼みたいくらいだけど、オレの目の前には、《なまはげ》と《ティラノサウルス》が立っている。少なくとも、オレの目にはそう見える。

 でも有りがたかった。彼女達の明るさで沈んだ気持ちが晴れて来た。彼女達はそれを知っていて場を明るしようと努めたのだろうな。有難う、皆。オレは絶対に皆を護ってやる。



 すったもんだしているうちに夜になっちまった。

 会長は自宅へ帰ると言いだした。家族が心配するといけないからと言って。

「送って行きますよ」って言ったら、「大丈夫よ」と断られた。でも、なんか嫌な予感がするんだよな。嫌な匂いも、獣臭いような表現が難しい匂いが。

 それに、生徒会長の事が凄く心配だ。また、ラッセルに暴行を受けるのではないかと。宝玉を生徒会長へ渡して、ラッセルの所へ持って行かせようと考えたけど根本解決にはならんし、宝玉は危険だから渡せないと判断した。

 左腕にある神威も何だかウズウズしているような気がするし。

「やっぱり、送って行きます。止めても行きます。ストーカーと言われても行きます」

「貴島君、有難う。じゃあ、お言葉に甘えようかしら」

 オレと会長は立ち上がり居間を出ようとした。

「待って、私も行くわ。元就君は私の子分だから、私も義務が有るわ」

 子供の姿になって寝てしまったクララさんをベッドに寝かしつけて戻ってきたエレーヌさん。彼女の眼は何故かギラついている。

「じゃあ、エレーヌさんも行きましょう」

 オレ達は三人で家を出た。

 

 外はもう真っ暗。路地を照らす街頭が凄く明るく感じる。その路地を三人であるいて物の数分、多分五分は経っていないと思う。蝙蝠の翼を広げた男がオレ達の前に現れた。宙に浮いてオレたちを見下している。

「ラッセル……」

 生徒会長が小声でつぶやいた。この男がそうなのか。

「大豪院、派手にやったようだな。宝玉はどうした?」

 オレが男の前に出ようとした所を生徒会長に制された。彼女は進み出て、男と対峙した。そうか、生徒会長は自分でケリを付ける気だ。わかったよ。オレは後で見ているよ。だけど、もし、生徒会長に何かしたら、叩きのめしてやるぜ!

「ラッセル様。いいえ、ラッセル!貴方に渡す物など何一つありません。私の尊厳も、ましてや宝玉は絶対に渡しません。私は人間達を護ります」

 ラッセルはすうっと地面に降り立った。生徒会長へ歩み近寄る。その顔は燃え盛る程真っ赤になり、相当の怒気を遠慮なく表情に出していた。

「この裏切り者め!役に立たない上に、俺様に逆らうとは!家族共々、始末してやる!」

 ラッセルは怒り心頭で、生徒会長へ罵声を浴びせる。

 そしてラッセルは生徒会長の美しい黒髪を引っ張り上げ、地面へ顔を叩きつけようとした。

 生徒会長の悲鳴が夜の闇に響いた。

 それを見たオレは……怒りのスイッチがパチンと言う音を立ててONするのが自分でわかった。

「この野郎!汚い手で生徒会長に触れるな!」

 バキイイイイ!

「ぐはっ!」

 オレはラッセルを思いっきりぶん殴った。しかも道端に落ちていた拳大のブロック塀の破片で思いっきりラッセルの顔を殴った。ヤツは堪らず生徒会長の髪を離し、後ろへ吹き飛んだ。

「あばっ……ぐほっ……貴様、下等生物の……分際で!小僧、お前から殺してやる。大豪院はその次だ」

 ラッセルは左の腕から剣を抜く。上等だ!オレと勝負するか!

 シャキイイイン!

 オレも神威を抜いた。

「な、何だ……どうした?」

「遅い……遅いよ。てめえじゃオレの相手にはならねえぜ」

 ラッセルは焦っている。そう、手にした剣の刀身がそっくり無くなっていたから。ヤツの手には柄の部分しか残っていなかった。

 オレが居合斬りの要領でヤツの剣の刀身を神威で叩き折ってやった。今のオレは怒りで斬れない物は何もない気がする。

「それはもう、剣としては使えないぜ。ラッセルさんよ」

 ヒュン!

 オレは更に神威でラッセルの頭を薙いだ。ヤツの髪の毛がパラパラと宙に舞う。丁度、歴史の教科書に出で来る宣教師みたいな髪型になった。

「ひっ!」

 ラッセルは驚きと焦りの表情を隠そうとはしなかった。言葉を発する事が出来ないくらいに驚愕している。

「さあ、覚悟しろ。今宵のオレは手加減してお前を殺さないようにする自信がないぜぇ!」

 神威を逆さにする。ラッセルを刀背打ちにする為。そしてラッセルに神威を叩きこんだ。

 バキャ!

「ぐはっ……ちょ、チョッと待って……」

 ドッスっ!

 片っぱしからラッセルをぶっ叩く。容赦なく刀背打ちでぶっ叩きまくる。既にラッセルの右腕はあり得ない方向に曲がり、足やら顔やら血が噴き出していた。オレもヤツの返り血を浴びてシャツが真っ赤に染まる。

「た、助けて、こ、殺さないで、頼む!お願いだから」

 ドカッ!バッキッ!

「はあ……聞こえねえよ。お前は生徒会長の悲鳴を聞いても何も感じなかったように、オレもお前の傷みは感じないんだよ!」

 ドスッ!

 さらに刀背打ちでヤツを叩く。もう、立ち上がるどころか、ぐったりして来た。刀背打ちだから、相手を傷つけないと思ったら、大間違い。刀は鋼で出来ているから刀背打ちは鉄パイプで殴るのとあんまり差は無い。逆に刀で斬られるより痛みが酷くて苦しいハズだ。だから刀背打ちにしている。ラッセルの今までの生徒会長への所業を後悔させる為に。

 オレは神威を左腕に納めた。そしてラッセルの襟首を掴んで無理やり立たせた。

「ラッセル、良く聞け!今後、生徒会長と家族に手を出したら、本当に殺すぞ。今後二週間、激痛と後遺症に苦しみながら良く考えろ!生徒会長の心の痛みはこんなもんじゃない。わかったか?それからジェイソンへ伝えろ。ボールは誰にも渡さんとな!」

 ラッセルは恐怖に慄き、腫れあがって涙ボロボロの顔でオレを見ている。

「わかったのか!」

 怒鳴り付けた。

「は、はい……」

 手を離すと地べたに崩れ落ちた。

「た、助けて……救急車を……」

 ドカッ!

 オレはラッセルのケツを蹴った。

「甘えんな!翼には傷つけていない。自分で飛んで帰れ!クソ野郎!」

 ラッセルはフラフラと低空飛行しながら飛び去って行った。

「貴島君……」

 生徒会長がオレの横に来た。

「殺さなかったのね。有難う……」

「ふん!殺す価値もねえ。たとえ殺したとしても、死体の後始末がめんどくさい。だけどツケは払わせてやったぜ」

 殺さなかった本当の理由は、殺したら、生徒会長の心に消えない傷が付くんじゃないかと思ったから。

「あらあら。あんたも血まみれで酷い事になってるわね」

 エレーヌさんがハンカチでオレの顔に付いたラッセルの返り血を拭ってくれた。

「オレの血じゃないから、問題ないよ。それにハンカチが勿体ない」

 オレ達は生徒会長の家に向かって再び歩き始めた。生徒会長はオレのシャツの背中の部分を右手で掴んで、オレの後を付いてくる。

「貴島君……貴方が私に貸している物って何?命懸けで私を助けてくれる程の物なのかしら?悪いけど、思い出せないのよ」

 生徒会長がオレの後で呟いた。あれ、覚えてないの?

「私も聞きたいな」

 エレーヌさんがオレの前に廻りバックで歩いている。前を見て歩かないと危険だよ。

「四月の部費申請の時だよ。忠勝のアホが剣道部の今年の活動費申請の締め切りを忘れて、申請書出を生徒会へ出していなかったんだ。オレと忠勝は申請を締め切られた後、直接生徒会長へ提出しようとして、行ったの覚えていなのですか?」

「うーん、そんな事あったような無いような……」

「オレと忠勝は何とか部費を出して貰おうと、土下座するつもりで、生徒会長の所へ申請書を持っていったんだ。その時、会長は「いいですよ、私が何とかします」嫌な顔一つせず、言ってくれた。剣道部は救われたんだ。あの時です。オレ達剣道部が会長に大きな貸しを作ったのは」

「えーっ……それだけの事で桜子に肩入れしてるの?信じられないわ」

「エレーヌさん。オレは士道を踏み外したくないんだ。生徒会長はオレ達を助けてくれた。それはどんな形でも、生徒会長が困っている時は助けないとならない。これは力と技を持った武士(もののふ)の義務です」

 生徒会長はオレの前に廻って立ち止った。オレとエレーヌさんも立ち止まる。オレは生徒会長にジッと見つめられた。

「貴島君、あの剣道部の申請書は、私が申請の日付を変更して処理しただけよ。貴方の忠義心は凄く嬉しいけど、全然釣り合わないわ」

「釣り合うとかは、余り関係ない。オレはやっと、生徒会長へ恩を返せたと安堵している所ですから」

 生徒会長が困っているのに何もしないのは、忠義の侍としては失格だ。オレは生徒会長に助けられているのだから。

「そう、じゃあ、これで貸し借り無しね。貴島君とは対等にお付き合い出来るのよね」

「はい、これで良ければオレはいつでも生徒会長の盾になります。何かあったら、すぐに連絡下さい」

 もし、ラッセルが懲りずに生徒会長へチョッカイを出すなら、今度は……斬る。

「貴島君、ケータイの番号とメアド教えて。私も教えるから」

「そうですね、ラッセルが再び生徒会長の前に現れたら、直ぐに連絡下さい。今度は地獄へ送ってやります」

 オレは生徒会長とケータイ番号とメアドを交換した。これでラッセルが来た時はすぐに対応できる。

「元就君の武士道は否定しないけど、あんたはタダのお人よしだと思うわ」

 エレーヌさんが意味ありげな事を言う。どう言う意味だ?

「私の家はすぐそこです。有難う、もういいわ」

「なっ?」

 生徒会長が突然抱き付いて来た。あっ、お、オレはどうすればいいのだ?

「貴島君、本当に有難う。こんなに晴れやかな気分になれたのは久しぶりだわ。ありがと、私のヒーローさん!これからも私を護ってね」

 生徒会長は手を振りながら、家に入って行った。オレとエレーヌさんがその場に残された。

「さあ、帰りましょう」

「元就君、帰るわよ!」

 オレはエレーヌさんに子供みたいに手を引かれ、自分の家に戻った。

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