第5話 激突
翌日の朝。今日は学校が休みです。ゆっくり寝られます。と思っていたオレは甘かった。
ベッドでゴロゴロ、朝のまどろみ。オレはこの時間が好きだ。だが、この至福の時間はドアを開け放つ音で脆くも破壊された。
「ねえ、起きて!いい天気よ!どっか連れてって」
シャーという軽快な音でカーテンが開いた。眩しい朝日が網膜に突き刺さった。否応なしに眼が覚める。
「どっかってどこだよ……」
「どこでもいいわ。こんなに天気がいいんだもん。家にいるなんて勿体無いわ!」
エレーヌさんに腕を引っ張られ、ベッドから引き摺り出された。
「早く着替えて!リビングで待ってるから」
オレは着替えて、顔を洗い、歯を磨く。その間、どこに行こうか考えていた。冷静に考えると、これってデートだよな。女の子とデートした事無いし、どんな所へ行けば喜ぶんだろう。ゲーセン?映画?公園?動物園?水族館?どれも高校生としては普通過ぎて面白くない。そうだ!最初に殺されそうになった仕返しをしよう。普通の高校生では考えられないデートにしよう。そうだよ、オレはそんなに甘くないぜ。
オレは居間へ行き、エレーヌさんへこれからのデートに相応しい服装に着替えるようお願いする。
「エレーヌさん。行き先を決めました。スカートは禁止です。ジーンズぐらいが良いかな。あと厚手の長袖をお願いします」
「えっ?ええ。わかったわ。でも何処行くの?」
オレはニヤリとしながら、答える。
「ちょっと遠い所、夕方までには帰って来れます」
オレはそれだけ言い残して、台所へ行く。買い置きのカップめんを二個、バッグに詰める。あと携帯用ガスコンロとペットボトルの美味しい飲料水。小さな鍋と……おっと箸を忘れたら食えない。
これで良し。後はヘルメットとグローブ。居間に戻る。待つこと数分、エレーヌさんが着替えて来た。
「こんな格好でいいの?」
ジーンズ姿のエレーヌさんを見てビックリ。おお、脚長ぇ。流石外人体型。モデルさんみたいだ。
「後はヘルメットとグローブをつけて下さい」
オレは彼女の手を引き、家を出た。玄関の隣にあるガレージのシャッターを開く。
「オートバイで出かけるの?大丈夫?」
オレは「どっこいしょ」と年寄りじみた掛け声で、バイクをガレージから引っ張りだした。
「二人乗っても大丈夫?」
「大丈夫だよ。自転車じゃないから二人乗りしても道交法違反じゃないし」
カップめんを入れたバックをガソリンタンクにくっ付け、バイクに跨る。後ろにエレーヌさんを乗せて、レッツゴー!
ドルルルルルバリャリャリャリャリャリャアアアアア!
二五〇CCの並列四気筒。オレ達二人を風の彼方へ誘う、スポーツツアラーバイク。
左足のつま先を踏みこんで、ギヤを一速へ入れる。『ガコン!』と軽い振動が車体から伝わる。右手でアクセルをひねり、クラッチを繋ぐ。
愛車のFZR‐250はスルスルと前に進みだす。
『怖いから、スピード出さないで!』
ヘルメットに仕込んだ無線機からエレーヌさんの恐怖に慄く声が聞こえて来た。オレの意地悪心に火が付きそうだが、後の楽しみに取っておく。
「法定速度を守るよ」
と言いつつ、心中では「多分……」と付け加えた。
一路、郊外の峠の頂上の展望台を目指す。
『ねえ、バイク持ってるなんて凄いわね。アルバイトして買ったの?』
「いやぁ……まあね、二十年選手の不動車を五千円で買って、コツコツと直して走れるようにしたんだよ。まあ、いつ止まるかわからないけどね」
『ええっ!本当に大丈夫なの?走っている最中、バラバラになっちゃわない?』
「うん……無事に辿り着ける自信は無いし、保障もない」
お互い無言になってしまった。
「折角のデートなんだから楽しく行きましょう」
『で、デート?これデートなの?デートって映画とか公園とか動物園とか水族館とかプラネタリウムとかじゃないの?それに、デートって恋人同士がするものよ。私と貴方の関係は……』
「オレとエレーヌさんとの関係?そうだ、エレーヌさんにとってオレって、やっぱり子分なんですか?」
『私にとって元就君は……こ、恋人……しもべ。うん、そう、やっぱり僕。天使に仕える聖なる僕よ」
し、僕だと……ショック……まだ僕ランクか。せめて親しい友達レベルまでランクアップしたかったよ。なんか釈然としない。これは仕返ししないと……下克上だな。僕が主にお仕置きをしてやる。
オレは右手のアクセルを開いた。二人乗りでもアッと言う間に加速する。と思ったら以外に、スピードが出ない。二人乗りのせいだ。エレーヌさんはやっぱり重いよ。
『きゃああああ!た、たすけて!』
うーん。女の子の悲鳴って近くで聞いたのは初めてだけど、いいね。心地よい響きだ。出来れば彼女の泣き顔も見たいが、この辺で止めとこ。
『い、いじわる……』
四十分ほど走って、峠の頂上に到着。二人で展望台に上がる。ここはオレ達が住む町が一望できる。今日は天気がいいからよく見える。
「わあ!いい眺めね。こんな場所があったなんて。空から見る景色とはまた違って綺麗だわ」
「そうか、エレーヌさんは空を飛べるんだね・……」
オレはバッグから携帯用ガスコンロと鍋を出した。お湯を沸かす。
「エレーヌさん、はい、これ」
「何?カップめん?」
「そう、人類が発明した最高傑作品だよ。カップめんは。たまにここに来て、お湯沸かしてカップめんを食べるんだ。美味しいよ」
お湯を入れて三分……この三分ので精神統一する。
一分……。
二分……。
三分……。
「出来た?」
「ちょっと待って下さい、今トッピングを乗せますから」
「トッピング?」
オレは冷蔵庫の残り物を持ってきた。出来立てのカップめんの上に載せる。ゆで卵半分と、エビのてんぷら、あとウインナーソーセージ。
二人並んでベンチに座りカップめんをすすった。
「いただきます。変わったカップめんね……」
エレーヌさんは疑わしいものを見る目で、特製カップめんを見ている。まあ、食べてみてよ、絶対に美味いから。
「あら、美味しいわ……なんとも言えない味なのに」
「何故かこう言う開放された場所でカップめん食べると美味しいんだよ」
「そうねこんなの初めて……来て良かったわ」
「そう言ってくれると、オレも嬉しいよ」
そんな拙い会話をしながら、カップめんを二人で食べた。食べ終わると少し散歩した。峠の頂上は深緑が眼に眩しく、草木の匂いが緊張感を削ぎ落してくれた。
エレーヌさんは花壇にあるサルビアはケイトウをみて「綺麗」と。連れて来て良かったかな。安心したよ。
「あんたら……夫婦みたいね。恋人なんて通り越して」
翌日、深井キャプテンに二人でバイクに乗ってツーリングした事を話したら、その一言が返ってきた。
「な、何言ってるのよ!話が飛躍しすぎよ」
「だって、一緒に住んでるし、一緒にお買い物行ってるし、一緒にツーリング行ってるし。夫婦じゃないって言える理由が見当たらないわ」
エレーヌさんは顔を真っ赤にして怒っている。深井キャプテンはニヤニヤしながらからかっている。ここは屋上。昼休みのひと時、女子薙刀部に混じって弁当を食べる。大変居心地が悪い。何故なら、男はオレ一人だから。昼休みに入った途端に屋上へ呼び出された。理由は単に昨日のツーリングの事を話す為に……。とても苦痛です。女の子の会話って……掴み所がない。忠勝と写真の話していた方がいいぜ、全く……、黄色い歓声は耳に痛い。
「なあ、エレーヌさん。オレ教室に戻っていい?」
居た堪れなくなってオレは屋上を後にした階段を下りて四階に来た。ここは図書室や生徒会室があるフロアだ。
四階の廊下を歩いているオレの前から女生徒が歩いてくる。生徒会長の《大豪院 桜子》さんだ。遠くからでもわかる。学校内じゃエレーヌさんと人気を二分する美人さん。エレーヌさんが金髪美女を具現化したものならば、生徒会長は純和風の美人と言えよう。長い長い黒髪。立てば芍薬、坐れば牡丹、歩く姿は百合の花。
何でこんなに生徒会長へ肩入れしてるかと言うと、以前、剣道部存続の危機を救ってくれた人だから。僕たち剣道部は彼女に凄く感謝している。生徒会長に「死んでくれ」と言われたら、剣道部は全員喜んで切腹するだろう。そんな事はないか。
生徒会長がオレの右横を通り過ぎる。おれは軽く頭を下げた。
「待って、貴島君……」
「はッ?」
不意に呼び止められた。オレは気の抜けた返事をしてしまった。そして振り向いた先には……。
「うわあ!生徒会長」
目の前に生徒会長の顔がある。オレの鼻と鼻が触れ合いそうなくらいの急接近。目と目が合う。
生徒会長の深く黒い瞳に吸い込まれる感じがする。全身が吸い込まれそうだ。
オレはグルグル目が回り、力が抜けてその場に倒れ込む……。
「なんだ……目が回る」
視界が白銀に染まり、視界に入る物体の色がだんだんと薄れていく……。
「貴島君……貴方、レガリアの宝玉を持っているわね」
「……はい」
「私に譲ってくれない?」
「……わかりました……生徒会長に差し上げます……」
オレは自分の意思が薄れて、そして保てなくなって行くのを感じていた。凄く変な気分。このままじゃマズイと思いつつ、生徒会長から手渡された大きなナイフを握った。
このナイフを自分の胸に付き立てて、心臓にへばりついた宝玉を取りださないと……。
「たりやー!」
ドカッ!
オレは全身に衝撃を受け、廊下に転げまわった。痛って……。
あれ、オレ何か生徒会長と大切な話をしていたような気がする……。
「な、何だ?」
身体のあちこちが痛む。だがさっきまでの虚脱感は無くなった。オレは顔を上げ、周りを見る。
生徒会長の眼前で、回し蹴りを決めたポーズをとるエレーヌさんが居た。
「エレーヌ・レイセオンさん。下級生の男の子に上段回し蹴りを入れるなんて。酷い先輩ですね」
何?って事は、オレが廊下を転げ回った野はエレーヌさんに回し蹴りを喰らったからか?何てことしやがる、クソ天使!痛てえじゃねえか。
「そう?私は下級生を淫乱女の魔の手から救ったのだけど」
「なんですって!誰が淫乱女よ!」
「あーら、生徒会長が本性を現したわ。普段は猫被ってるくせに……」
ばちーん!
わあ!生徒会長の平手がエレーヌさんの右のほっぺに入った!
「フン!《右の頬を打たれれば、左も向けなさい》ってのが神様の教えじゃなかったかしら……」
ばちーん!
わあ!今度はエレーヌさんの平手が生徒会長の左のほっぺに炸裂した!
「お望み通り、左の頬を打ったわよ。有り難く思いなさい!」
生徒会長の顔が見る見る真っ赤になって行く。あれは照れているんじゃなくて、怒っているんだろうな。エレーヌさんの眉間は皺が三本も出ている。こっちも怒っておられます。
「何よ!このチンクシャ!」
「なんですって!このクソアマ!」
あわわわわ……二人は取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった。髪を引っ張りあい、馬乗りとなって……。これはまずいだろう、オレは二人を止めに立ちあがった。
その時、オレの目に奇妙な物が映った。
エレーヌさんの背中には朱鷺色の翼が飛び出している。あと金の輪が頭の上に浮いている。それに対して生徒会長大豪院桜子さんは……背中に黒い翼がある。蝙蝠の翼に似ている。それから、なんとお尻から黒く先が尖った尻尾が生えている。あれは何だ?まさかと思うけど、生徒会長の見た目の条件は揃ってる。
オレは一足飛びに二人の間に入り、喧嘩を止めた。
「ここは学校だよ!喧嘩は止めるんだ!」
オレは二人を引き剥がした。二人とも「はあはあ」「ぜいぜい」言ってる。
生徒会長と目が合った。彼女は慌てた様子で翼と尻尾を引っ込めた。
「貴島君、私の正体が見えたようね。今日はここまでにしておくわ。でも私は貴島君を手に入れるわ。絶対に」
生徒会長は踵を返して去って行った。長い黒髪が後姿にさらさら揺れている。
オレはエレーヌさんの方を見た。目に一杯涙を浮かべている。
「アイツ……私の事ちんくしゃって言った。ちんくしゃって……えぐっ、ああああんんん!びえええええんんんん!」
あわわわわわ、泣き出してしまった。オレはオロオロうろたえるばかりで、どう対処していいかわからない。目の前で女の子に泣かれたら、誰しもが困惑すると思うぞ。
「どうしたの?」
泣きじゃくるエレーヌさんの肩越しに現れたのは深井キャプテン。助かった。
「深井キャプテン、エレーヌさんが……」
「なっ?エレーヌ泣いてるじゃない!嫁を泣かすなんてこのロクデナシ!私が成敗してあげるわ!」
バッシィ!
オレは深井キャプテンの繰り出す竹刀の一撃を喰らった。薄れ行く意識の中、「何で深井キャプテンはタイミングよく竹刀をもっているんだ?」と冷静に考えていた。
「悪かったわよ……事情も聞かずに竹刀で叩いたりして。ゴメンね貴島君」
深井キャプテンが頭を下げた。まあ、許してやるか。
ここは保健室。深井キャプテンに竹刀で叩かれ、卒倒したオレを薙刀部の面々が保健室に運んでくれたらしい。記憶はないけど。気が付いたら、ベッドに寝ていた。今はエレーヌさんと深井キャプテンが残ってくれている。午後の授業はとっくに始まっているのだが。
「どうしたの、エレーヌ生徒会長と喧嘩したんだって?」
深井キャプテンは心配そうにエレーヌさんの顔を覗き込む。エレーヌさんはオレが寝ているベッドに腰掛け、俯いている。
オレはエレーヌさんと生徒会長が喧嘩をしていた理由を知っている。多分間違いない。オレが見たのは生徒会長の正体。あの黒い翼と尻尾は……悪魔だ。エレーヌさんは天使、生徒会長は悪魔。相性は良くないだろう。
「まあ、落ち着いたら話してよ。私は授業があるから教室へ戻るわ」
深井キャプテンは保健室の扉を開け、振り向いた。
「貴島君、エレーヌの事お願いね。でも学校で変な事しちゃダメよ!」
「するか!そんな事」
保健室で二人きりとなってしまった。オレは生徒会長との出来事をエレーヌさんに話す。
何か知っているかも知れない。
「エレーヌさん。オレは生徒会長の目を見たら、目が回って立ってられなくなったんだ。あの深く黒い瞳に吸い込まれたような気分になって……」
「元就君も見たと思うけど、あの黒い翼と尻尾。彼女は悪魔よ。しかもたちの悪い淫魔。英語で言うとサッキュバス」
「サッキュバスって漫画とか映画で有名な悪魔かい?」
本物のサッキュバスに会えるなんて、オレは凄く貴重な体験をしたんじゃないか?写真撮っておけば良かった。
「そうよ。元就君は生徒会長に見初められたのよ、彼女に精力を奪われ死んでしまうわ」
「何でそんな危ないヤツが学校に居るんだよ」
「そうね、危ないわね。元就君、安心して、三日以内にあの淫魔を……コロス!」
エレーヌさんが般若面のような顔になった。美人が怒ると美しい顔が恐ろしい顔になる。美しさゆえに十倍増しで。
「元就君、今は大人しく教室へ戻りましょう。放課後、作戦会議よ」
エレーヌさんは立ち上がり、保健室を出て行った。オレも立ち上がり自分の教室へ戻る。身体がだるいし、竹刀で叩かれたおでこが痛む。オレはUターンして保健室のベッドに入った。
同時刻の校舎裏、一人の女生徒が呼び出されていた。不穏な空気が立ち込める。
女生徒は長い黒髪をなびかせ、呼び出した相手、男の前へと進み出た。その男は生徒ではなく、学校関係者でもない服装だった。
黒髪の女生徒は男の前で直立不動となった。
「大豪院、宝玉は手に入れたかのか?」
「申し訳ありません。未だ、貴島の体内に有ります」
「そうか……この愚か者め!」
ドスンと言う衝撃が生徒会長大豪院桜子の腹部を襲った。桜子は堪らずお腹を押さえ蹲った。男が桜子の腹部を蹴り上げた。
「……も、申し訳ありません……ラッセル様、つ、次は必ず……」
「黙れ、お前が役に立たないから、俺がジェイソンに叱責されるんだよ!」
ラッセルは桜子を必要以上に蹴り、殴った。
桜子は砂まみれとなって地面にうずくまった。その済んだ眼は真っ赤になり涙を流してる。
「ジェイソンの野郎……羽が青くてチョッとばかり剣の腕がいいからって威張りやがって……桜子!てめえ、男を誘惑するしか能がねえ奴を今の地位に引っ張り上げてやった恩を忘れるんじゃねえぞ!」
ラッセルは地面に蹲る桜子に唾を吐いた。
「三日だけくれてやる。それまでに宝玉を取り返せ!失敗したら、容赦しねえぞ!いいな!」
ラッセルは大きく黒い蝙蝠の羽を広げ、飛び去った。
ラッセルが去った後、桜子はスカートのポケットからハンカチを取り出し、涙をぬぐった。
そして時間は経ち放課後、オレの身体のだるさは回復した。と言ってもまだ八十パーセントぐらいの調子。現状で百パーセントの性能は発揮出来そうにない。
「大丈夫か、元就」
「忠勝か、すまん。体調が優れないんで今日は部活休ませてくれ」
「ああ、早く帰って寝ろ。レイセオン先輩の膝枕で。ちくしょうめ!」
忠勝は怒って教室を出て行った。エレーヌさんがオレの家に来てから、忠勝との関係が悪化しているようだが、これはただ単にヤツのやっかみだから気にしないでおこう。
オレは鞄を持って教室を出た。階段を下りて生徒玄関を目指す。エレーヌさんが「放課後作戦会議」って言ってたけど、何をするつもりなんだろう?オレは靴を履き替え、玄関から校舎を出た。目の前に立ちはだかる女性が一人居た。仁王立ちで腕組をしている。見た目は外人だが、不動明王のようなオーラを垂れ流している。
「元就君、待ってたわよ。作戦決行よ」
エレーヌさんはオレの手をグイグイ引っ張って歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ってよ、作戦会議じゃなかったの?」
「作戦は電撃作戦よ。作戦名称は《バルバロッサ作戦》よ」
何だ?その作戦名は、意味わかんねーよ。
エレーヌさんに手を引かれ、オレ達は校庭を挟んで校舎の反対側にある大きな楡の木の下に来た。一際大きな木だった。
「初めてこの学校に来た時、この木、何の木か気になっていたのよ……」
「皆が集まる木だからな」
エレーヌさんは「バサッ」と翼を開き、オレの手を握りながら、楡の木の上に上った。
「何する気だよ」
「ここから、あのクソ淫魔を狙い打つわ!」
女の子が「クソ」なんて言うなよ……。
エレーヌさんは制服のプリーツスカートの中から小さな弓を出した。左手に持つと弓はどんどん大きくなって、エレーヌさんの身長を超える洋弓となった。エレーヌさんは弓を引く。引いた弦に太い矢がセットされた。オレは一連の動作をポカンと見ているだけだった。
エレーヌさんの頭の上には相変わらずポリバケツの蓋みたいな物がクルクル回っている。
「エレーヌさん……前から聞こうと思ってたんだけど、金色の輪が頭にある時とそのポリバケツの蓋みたいのが頭にある時は何が違うの?」
エレーヌさんはニヤリとした。顔に「良く聞いてくれました」と書いてある。
「これはロートドームと言って三百六十度全方位に索敵電波を出しています。その索敵電波で探知した敵のうち二十四個をロックオンし、そのうち六個を同時攻撃可能です」
「そ、それってレーダーなの?」
「そうよ。そしてこの手にしている矢は《シースパローの矢》と言ってセミ・アクティブホーミング誘導方式の矢。狙ったターゲットは絶対に外しません」
「あんたはイージス護衛艦か何かか?」
「二十一世紀だもの、天使の弓矢だって進化しているわ!」
ビュン!
エレーヌさんは矢を射った。矢は真っ直ぐ四階の生徒会室を目指して飛翔していく。フツーの矢と違うのは……矢の後ろから炎が飛び出している。エレーヌさんの言う通りミサイルだ。
ドゴオオオオオンンンン!
生徒会室は見事に砕け散った。不思議なのは周り居る生徒がだれも気にしていない。本当に見えないようだ。
「ひでええ……」
オレは思った感想をストレートに述べた。
「まだよ、安心するのは死体を確認してからよ」
誰も安心してないって。それよりも壊れた校舎をどうしようかそっちに緊張があるわい!
「行くわよ、元就君。かつて大豪院桜子だった肉のミンチを確認しに」
エレーヌさん、顔に似合わず残酷だよ。そんな事言われたら確認に行けないでしょうが。
オレはふと生徒会室の方を見た。その時だった。黒煙の中に光る物を見た。
「?光った」
ドン!
「ミサイルよ!逃げて」
オレはエレーヌさんに突き落とされた。地面に着地。下が柔らかい芝生で助かった。こんな事ばかりで
生傷が絶えねぇぜ。
上を見るとエレーヌさんが大空へ飛び上がっていた。
エレーヌさんを追いかける黒い影……あれは!
「生徒会長!」
上空で天使と悪魔のドッグファイトが始まった。オレは彼女達を走って追いかけた。
「貴方の攻撃なんてお見通しよ。バカな天使さん。先に邪魔な貴女を倒すわ」
桜子はクロスボウに矢を装備した。
「誘導弾を持っているのは天使だけじゃないんだから!」
桜子はクロスボウの引き金を引いた。放たれた矢は前方を飛行するエレーヌに向け飛んで行く。正確に追尾しながら。
「私が悪魔の旧式なミサイルにやられるもんですか!」
エレーヌは左に急旋回。眩しい光を放つフレア弾をプリーツスカートから撒き散らしながら。
桜子が放った矢は、フレア弾に欺かれ、エレーヌを標的から外した。
「今度はこっちの番よ!」
エレーヌはプリーツスカートの中から素早く短機関銃を取り出した。
「行くわよ、スラストリバーサー」
エレーヌは状態を起こし、翼を垂直に広げ急ブレーキを掛けた。桜子は勢い余ってエレーヌを追い越す。
「当ったれええええええ!」
天使の弓を引き、矢を放つ。矢は桜子を必要に追尾する。
「やるわね、エレーヌ。こっちだって対抗策はあるわ!」
桜子はスカートのポケットから小さな銀色のシートを取り出し、空中に撒いた。撒いたと同時に右へ急旋回した。
桜子を追尾していたエレーヌの矢は、ターゲットをロストしてあらぬ方向へ飛んで行った。
「よく回避したわね。生徒会長」
「天使の矢になんて当たるものですか」
二人は空中で、対峙した。エレーヌはネックレスを胸元から取り出し、手に握る。ネックレスは大きくなり、漆黒の巨大な鎌となった。
それを見ていた桜子はイヤリングを外した。イヤリングは桜子の手で剣に変化した。細身の刀身。フルーレだった。
「掛かってきなさい。エロエロ淫魔!天に成り代わり成敗するわ」
「天使って、いつまでたっても自己中心な正義を押し付けるのね。いいわ!遠慮なくやらせてもらいます!」
二人は空中で激突した。
「あいつら……何処に行ったんだ?」
オレは校庭を右往左往していた。オレは空を飛べない。当たり前だけど。その為、あっと言う間に二人を見失っていた。
「参った……。どうする事も出来ない」
楡の木の元に戻ってきた。待つしかない。と思っていたら、楡の木にもたれかかっている男が居た。黒いスーツを着こなした男。長い黒髪がサラサラ風に揺れている。
「困るなあ、レガリアの宝玉を勝手に奪ってくれたりしたら……」
黒尽くめの男はオレに聞こえるようにつぶやいた。
そして男はオレのほうを向く。黒い瞳と目が合った。その黒い瞳を見た瞬間。言い知れぬ悪寒が全身を駆け巡った。
「貴島元就君だろ。やっぱり能無しの部下に頼るより、自分でやった方が確実だな」
「どうしてオレの名前を知っている?」
黒尽くめの男はニッと笑い、近付いてきた。
「貴島君。宝玉とエレーヌ・レイセオンを引き渡せ」
そいつは手袋をした右手を伸ばして握手を求めているようだった。だけど、手袋したままって失礼なヤツだな。
「聞きたい事がいっぱいあるんですけど、まず、あんたは何者なんです?天使か、悪魔か?それとも……」
「フッ、どっちだっていいだろ。悪い天使もいるし、良い悪魔だっているんだよ」
見るからに怪しい男だ。だけど、言ってる事は何となく解る、世の中単純じゃないってことだろう。
「銀色のボールはレガリアの宝玉。王家に伝わる三種の神器。この三種の神器がないと王は王の力を失う。我らは王を無きものとし、革命を成し遂げる」
「なんだよ……そんな事はそっちの世界で勝手にやれ!オレ達人間を巻き込むなよ。内政不干渉って学校で勉強しなかったのかよ。」
オレは目の前の男に説教してやった。随分勝手な言い草をして来るヤツだから。
「自分達を護る力が無いなら、蹂躙されても仕方無いだろう。弱い人類は神と悪魔の狭間で生きる事しかできないのだから」
「なんだと?それにエレーヌさんを渡せってどう言うことだ?」
オレは自分で頭に血が上るのを感じた。以前師範と忠勝に『瞬間湯沸かし器』って揶揄された事があったっけ。
「飾るのさ……オブジェとして」
「オッサン……意味がサッパリわからんぞ」
何を言っているんだ?コイツは。
「わかった。お前ら下等生物にわかるように説明してやる。戦闘天使は我ら天使長が作りだした兵器に過ぎない。その中の最高傑作品で、第五世代新型戦闘天使であるシリアルナンバー17‐8440エレーヌ・レイセオンをプラストミックして永久保存するのさ」
オレの頭に上った血が完全に沸騰した。完全に頭に来た。プラストミックって人体標本の事だろ。コイツいかれてやがる。
オレはヤツに殴りかかっていた。ヤツの顔面目掛け、力いっぱい拳を打ち出した。
「若いな……協力は出来ないって事だね……」
バサッ!
ヤツの背中に青い翼が広がった。こ、コイツも天使なのか?
さらにヤツは剣を抜いた。ロングソードの切先をオレの顔に向けた。当然ヤツを睨み返す。
「やあああ!」
ヤツが切り込んできた。オレは咄嗟に後ろへ飛び退いた。だがヤツの剣の方がリーチが長い。目と鼻の先に剣が迫る。
「やられる!」
ガキッツ!
オレは反射的に後ろへ飛び退いた。神威を使いたいと思った瞬間、刀の柄が左の手のひらがら飛び出して来た。
「何と?」
ヤツの剣がオレの左手に当たって弾き返された。正確には手のひらから飛び出した刀の柄に当たって弾き返した。
オレは左手から飛び出している刀の柄を握り、一気に引き抜いた。
鈍い光を放つ日本刀が現れた。
刀を構える。
「人間風情が何故そんな芸当が出来る?……貴様何者だ?」
「貴島元就だ!貴様こそ何者だ?」
「フッ、その剣の腕前に敬意を表して名乗ってやろう。私はジェイソンだ。掛って来い下等生物」
完全に頭にきた!
「名乗ってくれてありがとよ!てめえの墓石にはちゃんとジェイソンって彫ってやるから安心しろ!」
オレの挑発に乗ったのか、奴は剣で切りかかってきた。
シャン!
上段から振り下ろされたヤツの剣を神威で受け流す。軌道がそらされたヤツの剣は地面に刺さる。
「チャンス!」
オレは袈裟斬りにしようと神威を振り下ろした。
キン!
「何と!」
振り下ろしたオレの刀を左手の短剣で受けた。
「二刀流か?」
「これはスポーツじゃない。ルールなんて無いぞ、下等生物!」
ルールーは無いって言ったな……コイツ。
「じゃあ、何をやっても良いんだな!」
オレは強引に鍔迫り合いに持ち込んだ。奴は地面に刺さった剣を離し、短剣でオレの剣を受けている。お互いの息遣いが聞こえるまで接近した。
オレは力任せに神威を押し込んだ。ヤツは片膝を付いた。
「き、貴様、人間ではないな!」
「オレは人間だよ。赤い血の通った純粋な人間だよ」
オレは鍔迫り合いを解き、一歩後ろへ下がった。
「必殺技をくれてやる!青羽根やろう!」
オレは上段から神威を追いっきり振り下ろした。神威の切先に全神経を注ぎ、力いっぱい振り下ろした。
ガッキイイイイ!
「おぐわああ!」
青羽根の天使が握っていた短剣が粉々に砕けた。破片が飛び散ったお陰で、ヤツの額から血が流れていた。ちょっと驚いたのはオレ達と同じ赤い血だって事だった。
「紫苑流奥義……天誅……」
手持ちの武器が無くなった青羽根天使の喉元目掛け、オレは神威の切先を突き出した。あと半歩踏み出せば、喉に突き刺さり絶命させる事が出来る。
「まだやるか、青羽根野郎」
バッキイイイ!
オレは右拳でヤツをぶん殴った。
「ぐぬぬぬぬ……お前の力はなんなんだ……下等生物のクセに」
ヤツは歯噛みしながら悔しがっている。
「刀は持つ者の気合と信念で斬れ味が変わるんだよ。今のオレに斬れない物なんて無いんだよ……」
師範の教えだよ。覚えておけ、この野郎。
「い、今は引いてやる。感謝しろよ、貴島……」
奴は青い翼を広げ飛んで行った。逃げ足は速ええな、ジェイソン。
「あっ、忘れ物だ」
ヤツのもう一本の剣が地面に突き刺さっている。戦利品として貰おう。
オレは剣を取ろうとして、手を伸ばした。が……あれっ?
「うんしょ、うんしょ、お兄ちゃん手伝って!」
オレは目を疑った。小さな女の子が剣を地面から引き抜こうとして一生懸命引っ張っている。見た感じは小学生くらいの子。その女の子は白い法衣を着て、背中に純白の翼を背負っている。この子も天使か?
「エレーヌお姉ちゃんを助けないと……お願い手伝って!」
「ああ……」
オレは女の子の手の上から剣の柄を握り、グイっと剣を地面から引き抜いた。
「有難う、お兄ちゃん」
女の子はニコッと笑うと剣を構えた。剣の重さでヨロヨロとしている大丈夫か?
「⊰⋓⋠⋤æľŒǙɷɮѭѤℑ∌∰≝≭⋔……へっくち!」
女の子は剣を掲げ、呪文らしき物を唱えた。くしゃみが入ったケド大丈夫か?これは呪文失敗のパターンだよ。
すると空に真っ黒い雲が広がり、ゴロゴロと雷鳴が轟き始めた。急に湿度が上がった幹事がしてきた。
「おっちろー!」
ドズン!
女の子の掛け声と共に周りが眩しいくらいに光り、地響きが起きた。特大の雷が落ちたようだ。
「なかなかやるわね生徒会長エロ淫魔」
「エロは余計よ!いらない一言付け足して、このバカ天使!」
元就の上空、エレーヌと桜子の攻防は一進一退だった。深紅の鎌のリーチを武器に遠距離から、切りかかるエレーヌに対し、その攻撃の間隙を突いて懐に飛び込む桜子。小回りが利くフルーレでエレーヌを刺そうとしている。
「その手は乗らないわよ!」
悪魔の羽根よりスピードが勝る天使の翼。そのスピードを利用して懐に入った桜子から逃げるエレーヌ。
「お互いに決め手に欠けるようね。じゃあ、この攻撃をよけられる?バカ天使」
桜子が剣を胸元で垂直に立てた。
ゴロゴロゴロゴロ……。
突然二人の周りに黒い雲が現れた。ゴロゴロと不気味な音を立ててドンドン集まってくる。エレーヌの美しい金髪と桜子の漆黒の黒髪が静電気を帯びて逆立ってきた。
「斬新な髪型ね、鉄腕アトムみたいな髪型して。どんなトリートメント使っているのよ、エロ淫魔」
「言ってくれるじゃない。あんただって寝相が悪くてひどい寝癖じゃない?バカ天使」
お互いの姿を見て指を刺して笑う二人……。その瞬間。
ドズン!
二人に雷が落ちた。
「お兄ちゃん、これ持ってて。重い……」
女の子がオレに剣を渡してくれた。
「お譲ちゃん、さっき『エレーヌお姉ちゃん』って言ってたけど、エレーヌさんの妹さんかい?」
「クララはエレーヌお姉ちゃんの妹じゃないよ。クララは隊長なんだよ」
隊長?この娘。クララって言ってるけど、どう言う事だ?
「あっ!お姉ちゃんだ。エレーヌお姉ちゃん!」
クララちゃんはぴょんぴょんジャンプしながら手を振っている。
校庭の方から歩いてくる女子高生が一人……ボロボロの制服。所々焼け焦げている。金髪は煤けて酷い事になっている。
「やっぱり……あの雷はクララだったのね……」
喰らったのか?エレーヌさん。やっぱりさっきのは失敗呪文だったかよ。
エレーヌさんはクララちゃんの前で膝を付き、頭を下げた。
「お姉ちゃん!」
クララちゃんはエレーヌさんに抱きついた。エレーヌさんはクララちゃんを抱きしめた。
「クララ隊長。やっと来てくれたのね……やっぱり神界から来るのは時間が掛かるわね」
「お姉ちゃん、遅くなってゴメンね。急いできたんだけど」
「でも、私まで雷に巻き込まないで欲しかったわ……」
「だって、クララは今、子供だから、魔法しか使えないんだよ」
二人を見てると、仲のいい姉妹に見える。うーんほのぼのしてしまう。
「ところでエレーヌさん。どうしたんですか?そんなボロボロになって」
オレは学生服の上着を脱いで、エレーヌさんに着せた。あまりにもボロボロなんで見てられなくなってしまったから。
「クララ隊長の最高魔法《雷》が飛んで来たのよ。桜子と二人纏めてやられたわ」
「会長は?」
「逃げたわ・……多分」
オレとしては良かったと思うが……エレーヌさんと生徒会長との争いを止められなかった。
「この剣どうしたの?これって、この家紋って……ジェイソンが来てたの?何でアイツが……こんな所に?」
オレはさっきの出来事を話した。エレーヌさんは難しい顔をしている。
「とりあえず、有難うって言っておくわ。元就君。追っ払ってくれたんだからね」
「ど、どう言うことですか?」
「うーん。帰ったら話すわ。クララもいるし、今日は帰りましょう。制服はもうボロボロだし、恥ずかしいわ」
忠勝すまん、今日は部活を休む。オレも戦ってクタクタだ。真剣で斬り合うって思いのほか体力を使うな。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、手って繋いで」
「はいはい」
オレ達はクララちゃんの手を引き、三人で家に向って歩き出した。
校門を出で、数分。惨劇が起きた。
「あんた達、どう言う事?家族水入らずって訳?」
そこに居たのは深井キャプテンだった。そうか、客観的見れば三人家族に見えるってことか……。深井キャプテン、それは大きな勘違いだよ。
「えっ?あ、あの、み、澪ちゃん。こ、これはその……あの……」
エレーヌさんは舞い上がっている。どうしたんだ?エレーヌさんらしくないな。
「始めまして。美人のお姉さん。私はクララ・レイセオンです。エレーヌお姉さんの妹です」
おお。クララちゃんの方がしっかりしてるじゃん。
「始めまして。私は深井澪よ。エレーヌお姉ちゃんの友達よ。可愛い妹さん」
深井キャプテンはしゃがんでクララちゃんの頭を撫でている。微笑ましい光景だ。居法のエレーヌさんは顔を真っ赤にして俯いている。何か可哀想だ。
学校の屋上の給水棟の上。桜子の姿が有った。彼女はうな垂れて、給水塔に腰かけていた。
「もう、手段は選んでられない。貴島君、貴方の命を貰うわ。私の為、いいえ、私の家族の為に。御免さい。ちゃんと償うから」
桜子は悔しくて、悲しくて、辛くて、心が締めつけられるのを感じた。とっても苦しい、何故自分はこんな状況になっているのか。運命を呪った。
やっぱり涙が流れてしまう。
「強く、非情にならなきゃ。私が宝玉を手に入れれば、もう、ラッセルの言う事聞かなくても済む……家族も助けられる。」
桜子はハンカチで涙を拭った。
「いただきまーす」
オレた達の晩飯はまたもや出前ピザ。家に帰って来た。エレーヌさんとクララちゃんを連れて。深井キャプテンも付いて来た。
「さあ、食べましょう」
「あっ!澪ちゃん、タバスコは止めてよ」
「エレーヌの国はピザの本場じゃなかったけ?」
「元就お兄ちゃん、牛乳ちょうだい」
「はい、いっぱい飲んで、大きくなるんだ。クララちゃんは美人になるよ」
「うん、有難うお兄ちゃん」
「あら、クララには優しいのね」
「エレーヌ、ヤキモチ?旦那を娘に取られたみたいな」
「な、何いってんのよ!ってピザにマヨネーズかけるの?澪ちゃん、信じられない!」
「エレーヌだって、わさびつけてるじゃない。和洋折衷ってこと?」
「美味しければ何つけたって良いじゃんか」
「はい、これお兄ちゃんの分」
「有難う、クララちゃん。まだ牛乳飲む?」
「うん。牛乳大好き!」
「エレーヌ……クララちゃんに取られるわよ」
「か、からかわないでよ、もう!」
と、まあ、大して内容の無い会話だったけど楽しい夕食だった。オレは「この時間がいつまでも続けばいいなと思った。
楽しい夕食が終わり、深井キャプテンは家に帰った。
オレは風呂の準備をしていた。エレーヌさんとクララちゃんに先に入ってもらう。エレーヌさんは既に風呂へ行った。オレはクララちゃんを風呂へ送り出す。
「お兄ちゃん、クララの事好き?」
突然の質問に少々驚いたけど、子供が言う事だから、夢を壊さないようにしないと。
「おう!クララちゃんの事は大好きだよ」
「じゃあ、クララをお兄ちゃんのお嫁さんにしてくれる?」
「いいよ。大きくなったらお嫁さんにしてあげるよ」
「約束だよ!お兄ちゃん」
「ああ、約束するよ。さあ、エレーヌお姉ちゃんとお風呂へ入ってくるんだよ」
「うん!」
まあ、大きくなったらね。
夜も更けた。愛刀の神威の手入れも終わった。宿題も終わった。そろそろ寝ようか。
コンコン。
オレの部屋のドアをノックする音。誰だろう?オレは部屋のドアを開けた。
「お兄ちゃん」
パジャマを着たクララちゃんだった。枕を抱えている。
「どうした?もう寝ないと」
「一人は嫌!一緒に寝て」
クララちゃんはそう行って、布団の中へ潜り込んで行った。
じゃじゃじゃーんじゃんじゃじゃーん
目覚ましが鳴っている。八代将軍のテーマ曲が豪快に流れている。オレは目覚ましを止めようと手を伸ばした。
むにゅう。
物凄く柔らかい物がオレの下にある。とりあえず、目覚ましを止めた。
むにゅうにゅうにゅう……。
オレが動くたびににやわらかい物に触れた。
「あん」
艶めかしい声と共にその柔らかい物体がもぞもぞ動いた。
何か嫌な予感がする。オレは意を決して布団を剥ぐってみた。
「な!」
「いやん!寒いー!」
オレのベッドに女の子が寝ていた。女の子と言うより、美しい女性と言うべきか。オレより少し年上に見える。長い銀髪、豊かな胸、引き締まったおなか、張りのあるお尻。変なのは子供っぽい寝巻きを着て、且つ、その寝巻きは破れそうにぱっつんぱっつんになっていることだ。特に胸の辺りが……。
オレは段々目が覚めて、冷静に物事を考えられるようになって来た。昨晩、オレのベッドにクララちゃんが潜り込んで来た。クララちゃんのパジャマとこの美女のぱっつんぱっつんパジャマのデザインが同じに見える。長さは違うけど髪の毛の色はクララちゃんと同じだ。この女性の顔を良く見るとクララちゃんの面影がある。そうだ、クララちゃんが大人になったら、こんな顔になると言う見本のようだ。こ、これは間違いない。オレは深呼吸して、叫んだ。
「クララちゃんがでっかくなった!」
「何?どうしたの?」
エレーヌさんがオレの部屋に入って来た。オレはベッドから落ちた。
「おはよう、元就さん。エレーヌ」
その美女は寝ぼけまなこで朝の挨拶をしてきた。
「あっちゃあー、クララが大きくなってるわ……」
確かに牛乳を飲ませて「大きくなるんだよ」って言ったのはオレだけどさ、本当に大きくなるなんて。
ビリビリ!
ついにパジャマの強度が耐えられなくなり、破れて内容物をぶちまけてしまった。
「あら、やだ」
「見るな!」
ドカッ!
「ぐはっ!」
オレはエレーヌさんの延髄斬りを喰らってその場に倒れた。
「大きくなったと言うより、小さくしているというところですわ」
クララちゃん……クララさんはニコニコしながら牛乳を飲んでいる。
「嘘おっしゃい、本当は逆でしょ」
クララさんは昨日までの子供っぽさは微塵も無く、話す言葉や仕草が大人の女性だった。
「そう言えば昨日、クララさんは隊長だって言ってましたよね。深井キャプテンが居たから詳しく聞けなかったけど。エレーヌさんとクララさんってどう言う関係?」
「そうですね、私はエレーヌの先輩天使なのです。小隊長よ……戦闘天使部隊第一特殊部隊デルタ作戦分遣隊」
そうなのか?エレーヌさんの隊長なのか?クララさんは。しかし凄く勇ましいネーミングだな特殊部隊デルタ作戦分遣隊なんて。プロフェッショナルな特殊部隊なのか?
「まあ、詳しい話は二人が学校から帰ってきてから話しますわ。もう行く時間なんでしょ?」
やっべえ!そうだった。今日はフツーに登校日だった。
オレとエレーヌさんはダッシュで着替え、朝食を取り、家を出た。
学校までの道のり、エレーヌさんは頭の上にロートドームを出して、周囲を警戒していた。オレ近寄り、と言うか殆ど密着してる。
「え、エレーヌさん。ち、近いよ」
「えっ?あっ!ゴメン……。生徒会長がいつ何処で襲ってくるかわからないでしょ?警戒を怠らないで」
そんな事言ったってなあ……。どうやら真剣にこの二人の争いを止めないとならなくなったようだな。
オレは生まれて初めて胃痛と言う物を味わっていた。