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第4話 迎撃

 交流戦終了後、一時間くらい反省会をして解散となった。いやあ、女の子って喋るね。のべつ幕なし喋ってた。それに話題もころころ変わって、付いて行くのが大変だよ。

 学校を出て家路につく。夏至が近いせいか、外はまだ明るい。皆それぞれ自宅の方へ帰った。当然、オレとエレーヌさんは一緒に帰ることになった。二人並んで歩く。オレは後輩らしく自分の鞄の他にエレーヌさんの鞄も持たされていた。早速、カバン持ちの役だよ。

 竹刀をいれた長物の袋に鞄を引っ掛けて、肩に掛けて歩いている。

「楽しかったわね。元就君」

 オレは彼女にどうしても聞きたい事があった。

「エレーヌさん。さっきのオレとの試合、手加減したんですか?」

「えっ?どうして?手加減なんてしていないわ。元就君の実力が私より上だったんじゃない」

「だって、忠勝の真剣を箸やフォークで受け止められる人がオレの付け焼刃の薙刀に負けるとは思えないから」

 何故かエレーヌさんはにこにこしている。オレはバカにされたと思って、心中穏やかじゃない。本当に手加減していたなら、単なる侮辱だ。普段は尻に敷かれても、剣については別。オレにもプライドは雀の涙ぐらいはある。

「実は私も付け焼刃よ。薙刀なんて初めてだもの。試合に関してはあれが私の実力よ。いくら武芸に秀でても、付け焼刃が簡単に勝てる程、甘くはないわよね。元就君。それは貴方が一番知ってると思うけど」

「そうですか、済みません。疑ってしまって。エレーヌさんは剣の達人と思っていましたから」

 オレはエレーヌさんの一言で、心の曇りが晴れたようで、認められたのかなって、悪くない気分になった。彼女が急にいい人に見えて来た。

「買い被り過ぎよ。でも、鎌と弓なら、誰にも負けない自身はあるけどね」

 そうだ、グリフォーネをやっつけた時、弓と鎌を使ってたっけ。

「はっ、ちょっと待って!元就君」

 突然エレーヌさんが立ち止まった。棒立ちになり目を瞑っている。

「どうしました?エレーヌさん」

 と言うのが早いか、エレーヌさんの背中に翼が広がった。頭には金の輪……じゃなくて、白いポリバケツの蓋のような物がゆっくりとクルクル回っている。

「元就君、気をつけて……ロングレンジレーダーに反応……魔物が一匹、ベテルギウスだわ……この町に紛れ込んだみたい。人間に被害が出る前に何とかしなきゃ」

「えっ?魔物が現れたって?何ですかそれは」

 オレはイマイチ状況が飲み込めない。エレーヌさんは魔物が近付いてくるのを感じ取ったって言う事か?もしかして頭の上でクルクル回転しているのがレーダーなの?天使の輪じゃないの?

「元就君、先に家に帰ってて。私は魔物を退治してから帰るわ」

 そう言うのが早いか、エレーヌさんは翼を羽ばたかせて、飛び立とうとした。本当に行く気か?

「ちょっとエレーヌさん!」

「私は大丈夫よ。そうそう、今日はパスタを食べたいな。カルボナーラがいいわ」

 ドゴーオオオン

 エレーヌさんはロケット発射みたいな大きな音を残して飛んでいった。

「大丈夫って言ったって、気になるじゃん」

 オレはエレーヌさんが飛んで行った方角へ駆け出した。実はオレの心中は気になるってレベルから、心配ってレベルになっている。

 ドーン!

 エレーヌさんが飛んで行った方から爆発音と、黒い煙が見えた。

「あっちは、中央公園がある。そこか?」

 オレは中央公園に向って走り出していた。天使と魔物の戦いは、人間には見えないってエレーヌさんは言ってたけど、オレにはバッチリ見える。これはもう見て見ぬフリは出来ないぜ!


 ドオオオオオンンンン!

「すばしっこいわね!」

 中央公園にある広い芝生。そこ此処に穴が開いている。土煙が舞い、火薬の臭いが立ち込める。その煙の向こうにぷかぷか浮いているでっかい人形が居た。ミトンの手で黒いボールをエレーヌに向け投げつけている。

 ドオオオオオオンンンンン!

「やあああ!」

 エレーヌは翼を羽ばたかせ飛び上がり、(レイピア)で人形に切りかかって行く。

『⊆⊉⊍⊗⊼⋬♍ѪѬѮ҂ӝӘӔӐỲ‱ℍ₩℉℔ɷǾʡʛΐѦҖѿ‼!!!!』

 人形が口開け、何か叫んだ。その声はマイクをスピーカーに近づけた時のような気色悪く、誰もが不快に思う音だった。

「ひゃあううッ!」

 エレーヌが突然地面に叩き付けられた。ドスンと鈍い音が響く。

「ぐはっつ!」

 焼けるような痛みがエレーヌの全身を襲った。「ううッ……」とうめき声が漏れる。

 人形が音もなくエレーヌに近寄る。空中から見下ろしている。その目はどす黒く、不気味な光を放っている。人形は幼い少年の姿をしている短い手足と大きな頭。そして大きな口。野球帽を被っている。可愛らしいサロペットを履いている。見かけとやっている事にギャップが有り過ぎる。

「くッ……《天使封じの合唱曲》が……油断した……」

 エレーヌは持っている剣を杖に立ち上がろうとしていた。全身に激痛が走り、足に力が入らない。ヨロヨロとへたり込んでしまう。

「エレーヌさーん!」

 彼女は声のした方を見た。そこには黒い詰襟を着た男子生徒が走って来るのが見えた。

「元就君……・来ちゃダメ!」

 見つけた。オレは芝に倒れているエレーヌさんを見つけた。彼女の目の前になんか浮いているのが見えた。クソッ、ヤツが敵か?

「おりやーああ!」

 オレはその場に転がっていた石ころを浮いている物体に向け投げつけた。オレの速球は。希望的観測で百六十キロくらい出てると思う。実測は九〇キロくらいだけどな。

 浮いている物体は飛んでゆく石ころをスッと避けた。オレの自慢の速球を避けるとは小癪な真似を。

ならば!

「とおりやーあああ」

 再び石ころを投げた。投げた石ころは大きく弧を描いて……ビンゴ!

 ドスン!と言う音と共に浮き上がっている物体は地面に落ちた。見たか!俺の渾身のスライダーを。野球部エースの大竹君に投げ方を教わった。

 オレはエレーヌさんの所へ駆け寄る。うつ伏せに倒れている。オレは彼女が持っていた剣を取り、彼女を抱きかかえ上半身を起こした。「ううんん……」と呻き声を漏らしながら、目を開けた。

「元就君・・・・・・・来ないで。アイツはベテルギウス……対戦闘天使兵器。人間餌とする穢れた存在よ。天使の私が戦うなきゃ……」

 エレーヌさんは立ち上がろうとしている。彼女は見るからに大きなダメージを負っているようだ。制服はボロボロ。白く綺麗な脚は切り傷で血が滲んでいる。美しい金髪は焼けて縮れている所があった。

「エレーヌさんを置いていける訳無いでしょ!」

 そんな彼女を見て、オレはエレーヌさんをこんなにしたヤツが憎たらしくなった。オレの大切な彼女……友達……・いや、姉だっけ?まあ大切な人を傷をつけたヤツを。

 オレはヤツを睨む。オレはエレーヌさんが持っていた細身の剣、レイピアだ。それを取り上げた。

「ダメよ……早く逃げて……元就君。人間の力じゃ無理よ!」

 オレの右腕の中には傷ついた少女。オレの左手には剣。目の前には、少女を傷つけた敵。これはもうやるしかないよな。

「エレーヌさん、ちょっと待ってて頂戴」

 オレはエレーヌを地面へそっと降ろし、レイピアを構えた。キラリと光る刀身が夕日の下に晒された。

「ここで会ったが百年目ってな!どうやら、オレの家系は悪魔に縁があるらしいな。さあ、やってみようか。剣士が剣を握ったら、後には引かないんだよ。絶対に」

 アイツ……ベテルギウスだっけ。地面から起き上がって、空中に浮いた。オレは悪魔とは因縁浅からぬ思いがある。親父の一件で。この瞬間、オレに戦う明確な理由が生まれたのをハートに感じた。

「のおおりやあああ!」

 オレはレイピアでベテルギウスに斬りかかった。横から胴を薙ぐ。ベテルギウスはサッと避ける。今度は上段から切りつける。ヤツは後ろに下がり、剣を避ける。

「くっそう!間合いが取れねえ!」

 空中を飛翔する相手に苦戦を強いられているオレ。相手を切りつける事が出来ない。

「?!」

 ヤツが黒い弾を投げてきた。オレは野球のバッター宜しく、黒い球をレイピアで打ち返した。

 ドゴオオオオオン!

「のわああああ!」

 黒い弾が打ち返した瞬間、爆ぜた。オレは爆風で二メートル程吹き飛ばされた。

「畜生……痛てえじゃねか!」

 オレの耳が「キーン」てなっている。ヤツはオレを見てケタケタと笑っていやがる。開いたヤツの口には鋭く鋭利な歯がビッシリ並んでいる。まるでジョーズだ。本当に人間を食べるみたいだな。コイツはヤバイ……。

「こ、コロス!てめえ、エレーヌさんの言う通り、人間に害を成すヤツだな。オレが正義の刃で成敗してやる!」

 ヤツはグッっと前かがみになった。何かする気だ。オレは何かされる前に、仕掛けた。

「この野郎!」

 オレは剣を振る。が、ベテルギウスはヒラリとかわす。相変わらず、空振るだけだった。見かけによらず機敏だし、オレはレイピアの間合いがイマイチ掴めない。

オレはヤツを倒せるのか?

「えええい!弱気になってどうする?ヤツを倒さなきゃ、エレーヌさんはやられちまう。どうにかならんのか?」

 オレは剣をギュッと握った。力いっぱい握った。そんな事してもどうにもならないのに。強く握れば、剣が上手く振れると思ってしまった。どうやら追い詰められているようだ。強く握った手に、ヌルッとした感触があった。汗……じゃなかった。血が滲んでいた。どうやらさっきの爆発で怪我でもしたか?興奮していて痛みを感じない。

「使い慣れた刀であれば……」

使い慣れた刀、竹刀袋の中に愛刀の神威(かむい)が入っていたはずだ。あれなら勝負になる。神威の刀身はレイピアの軽く二倍は長い。

 師範には「絶対に抜くな!」とキツく言われている。師範とは喧嘩別れしたが、あれ以来、刀を抜くのは躊躇っていた。

 一度も抜いていない。が……決断が必要だ。

 そうだ!ヤツは悪魔だ。人を斬る訳じゃない。オレの頭に適切な言葉が頭に浮かんだ。

 【駆除】と言う言葉。あのベテルギウスって悪魔はスズメバチとかヒグマと同じ害獣って思えばいい。

 「そうと、決まれば遠慮はしない!」

 オレはじりじりと後ずさり、竹刀袋から神威を引っ張り出した。

 師範……今オレの横には怪我をした女の子がいます。そして目の前には女の子を傷つけた敵が居ます。そいつは彼女の命を奪おうとしています。封は切らせて貰います!文句はないよな。師範。

 破門がなんだって言うんだ!師範とは袂を分けたはずだ。

「今、刀を抜かずして、正義のヒーローは語れないぜ!」

 オレは愛刀の神威を抜いた。「ブチン」という音と共に鍔と鞘を縛っている封印の赤い紐がちぎれ飛んだ。鈍く光る刀身にオレの顔が映っている。

二刀を持って構える。右手にレイピア。左手に神威。二刀流の形を忠勝に教わっておけばよかったぜ。

「さあ、掛かって来いよ!小僧悪魔!」

 オレはベテルギウスを挑発していた。エレーヌさん、待ってろよ。オレが何とかしてやる。

 ベテルギウスは黒い弾をオレに向って投げた。

「とう!」

 向って来る黒い弾を正面から神威で斬った。

 シャン!

 黒い弾は真っ二つになった。爆ぜる前に斬る事が出来た。

「すげえ、相変わらずの斬れ味」

 神威は自分の身体の一部のように軽々と舞う。

 フンガアアアア!

 ベテルギウスは立て続けに黒い弾を投げてきた。二発。

「ふん!」

 オレは水平に神威を振る。垂直にレイピアを振り下ろした。「ヒュウン」と空気が唸る音がした。二つに割れた黒い弾が地面を転がる。二個まとめて斬った。今のオレにとっては子供だましだ。

「その、攻撃はもう利かないぜ!」

 オレは左手で神威を握り、切先をヤツの顔に向けた。ヤツの顔に焦りの色が見える。気がした。人形みたいな顔なんで本当はよくわかんない。

『⊆⊉⊍⊗⊼⋬♍ѪѬѮ҂ӝӘӔӐỲ‱ℍ₩℉℔ɷǾʡʛΐѦҖѿ‼!!!!』

 ヤツは大口を開けて奇声を発している。何かスピーカーにマイクを近づけた時みたいな気持ち悪く、寒気がする音を発している。何してんだ?コイツは。

 オレは刀を正眼に構えて間合いを詰める。奇声を上げているのは不気味だが、全然ダメージは受けない。音が気持ち悪いだけだ。

『⊆⊉⊍⊗⊼⋬♍ѪѬѮ҂ӝӘӔӐỲ‱ℍ₩℉℔ɷǾʡʛΐѦҖѿ‼⊆⊉⊍⊗⊼⋬♍ѪѬѮ҂ӝӘӔӐỲ‱ℍ₩℉℔ɷǾʡʛΐѦҖѿ‼⊆⊉⊍⊗⊼⋬♍ѪѬѮ҂ӝӘӔӐỲ‱ℍ₩℉℔ɷǾʡʛΐѦҖѿ‼⊆⊉⊍⊗⊼⋬♍ѪѬѮ҂ӝӘӔӐỲ‱ℍ₩℉℔ɷǾʡʛΐѦҖѿ‼!!!!』

 奇声は更にボリュームを上げた。はっきり言ってうるさい。近所迷惑だから、さっさとケリをつけよう。

「うおおおりや!成敗!」

 オレはレイピアの刃先をやつに向けたまま、放り投げた。一気に踏み込み、刀でレイピアの柄を刀で思いっきり打ち込んだ。

レイピアはグルグル回転しながらヤツに向ってすっ飛んで行った。

 ドスッ!

 切先はヤツの喉に深々と突き刺さった。スピーカーのハウリング音は止まった。

「止めの一太刀!」

 オレは真正面から刀を振り下ろした。両手に斬り裂いた手応えを感じた。

『ゲボアアア!』

 一刀両断。ヤツは変な断末魔を上げ、口からキラキラした銀色のボールを吐き出して……消えた。

 煙となって消えた。

「やっつけたのか?」

 オレはヤツが吐き出した銀色のボールを刀の先でツンツン突いてみた。キンキンと金属音がする。

 良く見ると、凄く深い銀色を放つボール。何と言うか綺麗で透明な白銀しろがねとも言える。

「どうするか、このまま置いて行ったら、不法投棄になるかな?」

 オレは銀色のボールを手に取った。何故そうしたのかわからなかったが、手にとって見た。手にとって大切にしなきゃと言う気持ちが腹の底から沸いてきた。なんてったって綺麗だから。まあ、エレーヌさんへ渡そう。なにかあるかも知れない。

 それよりも、エレーヌさんの手当をしないと。

「それに、エレーヌさんを此処に寝せて置いたら、風邪ひかせちまう」

 オレはエレーヌさんをおんぶした。オレとエレーヌさんの鞄を肩に掛けた。刀は竹刀袋に入れ、エレーヌさんをおんぶする手に持った。

「色んな荷物が重くて、ちと辛いが、体力づくりには丁度いいか」

 うーん足腰の鍛錬になる。オレは家に向って歩き出した。

「エレーヌさんは重いよ。多分、この大きな翼の分、重いんだね」

 時々、エレーヌさんの翼が地面を擦ってしまう。オレは大事な翼を汚さないように、さらに高くおんぶした。結構腕力を使う。明日は筋肉痛かな。


「まずい!レガリアの宝玉が!奪われた」

 元就とベテルギウスの戦いを離れた木陰で見ていた男がいた。

「ラッセルめ、何が「使い魔の身体に宝玉を埋め込めば簡単に人間界へ持ち出せる」とか「対戦闘天使兵器が有るから大丈夫」とか言って。アイツの言う事は全く信用できんな。苦労して手に入れた宝玉がパーになった」

 男は元就がエレーヌを背負う一部始終を見ていた。

「あっ……あれは戦闘天使……こんな所にも居るのか?……人間界に逃げてきたが……何処までもオレ達の邪魔をしやがって」

 彼は逡巡する。宝玉をどうやって取り返そうか。とにかくあのうるさい戦闘天使を何とかしないと。

 元就に背負われているエレーヌをみる。

「か、可愛い……。あの戦闘天使可愛い!めっちゃくちゃ可愛い!美人だ」

 男は空を見上げた。

「天上天下の覇者となる予定のこのジェイソンの傍ら置くのが相応しい女性だ」

 何とか手に入らないかとブツブツ言い放つ。

「部下を集めよう!新しい目的が出来た。ある意味、宝玉よりも欲しい」

 男は青い翼を広げ、空へ飛び立った。


 中央公園から歩いて三十分。もうすぐ自宅に着く。普段なら歩いて十五分の距離だが、エレーヌさんをおんぶして歩いているせいか、倍の時間が掛かっている。意外に重い。

 汗が噴出しているのが自分でも解る。が、背中に大事なものを背負っていると思うと、そんな事も気にならなくなる。

「うーんん……」 

 背中から声が聞こえて来た。エレーヌさんの寝言か?

「あれ……なんで元就君の背中にいるの?」

「おお、起きた?大丈夫かい?」

「うん……ベテルギウスは……」

「銀色のボールを吐いて、消えて無くなった……」

「えッ?倒したの?元就が?」

「おう!成敗したぜ」

「うそ……信じられないんだけど……」

「家に着いたら説明するよ。以外に簡単に倒せたんだよ。……それより、重いんだけど」

「誰が重いですって!」

「く、苦しいです。エレーヌさん」

 オレはエレーヌさんに羽交い絞めにされた。窒息しそうだ。細く白い腕がオレの喉に食い込む。

「首を絞めるんなら、降りてくれよ」

「嫌!」

 彼女はそう言って羽交い絞めを解いた。そして、背中に抱き付いてきた。

「私を殴って、気を失わしたから罰としておんぶして帰りなさい。それに私は重くないわよ!」

「殴ってしまって、ゴメンなさい」

 オレは素直に謝った。するとエレーヌさんはオレの肩に顔を乗せてきた。うーん照れちゃうな。

「ごろごろごろ、にゃんにゃんにゃん……」

 エレーヌさんが奇声を発しながら、オレの肩にほっぺをこすり付けている。猫かこの人は?

「元就君……ありがと……助けてくれて」

武士(もののふ)は刀を握ったら、後には引けないんだよ……」

 オレはエレーヌさんの前でカッコ付けたかったのだ。

「ねえ、元就君。あの……その……お願いがあるんだけど」

「お願いって何ですか?」

 オレはちょっとだけ嫌な予感がした。この人は油断ならない。どんな無理難題をだしてくるのか?

「あの……その……」

エレーヌさんは歯切れが悪い。もっとハキハキした人のハズだ。

「私の、その……天使のパーと……子分になって欲しいの」

「こ、子分?」

 子分って……主にこき使われて、虐げられる存在って思うけど……。

「元就君が子分なら、姿を見られた事は無かったものになるわ」

「で、でもねえ……素直にうんとは言えないな」

「お願い、私は貴方の力が必要。私、ぼんやりだけど、見ていたの。元就君がベテルギウスの爆弾を斬る所だけは。すごい技ね。私は元就と一緒に戦いたいの。お願い。この私と貴方の出会いは神様ののお導きよ」

 うーん、そこまで言われるとなあ……。

「子分って何するんだい?」

「天使の使いとして、天使のサポートをするの。戦いにおいては援護を。生活においては衣食住を」

「戦いはともかく、衣食住は提供しているよ。既に」

「じゃあ、問題ないわね。決まり」

 決められてしまった。オレには断る勇気がなかった。なぜなら、オレの背中のエレーヌさんは「有難う」と言って、オレを背中から抱きしめられたからだった。女の子に甘いなあ、オレは。


 自宅へ到着。まずはエレーヌさんをソファーへ座らせた。鞄二つと刀を居間に無造作に置いた。救急箱を取ってくる。

 オレはエレーヌさんの脚の怪我にオキシドールをぶっ掛け包帯を巻いた。

「これは医療行為だから、セクハラで訴えんなよ」

「わかってます」

「天使の魔法か何かで怪我を治せないのですか?」

 よく、漫画とかゲームであるじゃん。治癒魔法ってヤツ。

「魔法での医療行為は天使医師会が発行する医療免許が必要です。それに違反すると後ろに手が回ります」

「天使の世界も規制が厳しいんですね」

 何処の世界も一緒だな。包帯を巻き終え、治療完了。オレはエレーヌさんの脚の上に毛布を掛けた。

「これ、返しますよ。エレーヌさんの剣……」

 エレーヌさんは刀を受け取り、不思議そうな顔をしている。

「あら?血がついてる……これ元就君の血?」

「そうだけど……ゴメン汚しちまった。大事な剣を」

「貴方も怪我してるんじゃないの?見せて御覧なさい!」

「いいよ……ただのカスリ傷だから」

「そんな事言わないで。さあ、お姉さんに見せてみなさい」

 オレは根負けして、右腕の傷を見せた。どうやら黒いボールが爆発した時の破片か何かを食らったらしい。エレーヌさんに消毒してもらった。

 お互い、傷の手当が終わったところで、空腹感が出て来た。今日はもう疲れたし、買い物が面倒くさいから、ピザの出前を頼もう。オレはピザ屋に電話した。



 オレは魔物を倒した様子を話した。

「何かスピーカーへマイクを近づけた時のような音が聞こえてきたんだ。その音が聞こえている間、魔物は空中で固まっていたから、刀でブスっと刺したんだよ。そうしたら銀のボールを吐き出して消えてしまった」

「あの音は《天使封じの合唱曲》と言って、天使はあの歌声を聴くと動けなくなってしまうの。悪魔が造り出した対戦闘天使用の武装。だからベテルギウスと戦うときはウォークマンをイヤフォンで聴きながら戦うのよ。人間である貴方にはそんな変な音に聞こえたのね」

 そうだったのか。天使って不便だね。

「まあ、私も油断していたわ。今日に限って、弓とか鎌とかウォークマンをスカートの中じゃなくて、鞄に入れたまま、それを貴方に預けたのだから……でも元就君のお陰で助かったわ」

 鞄に入れた?あんな大きな弓とか鎌を鞄に入れてる?まあ、なんでもアリだな天使ってやつは。オレは本当に入っているのか見たくなって、エレーヌさんの鞄を開けようとした。

「ダメ!」

 エレーヌさんは大慌てでオレから鞄をむしり取った。

「お、女の子の鞄の中を見るなんて、し、失礼よ!」

 よっぽど見られたまずい物でも入っているのか、顔を真紅に染めて怒っている。

「ところで、あの銀色のボールは何ですか?」

「そうそう。銀のボール頂戴。あれは多分、レガリアの宝玉よ!」

「レガリアの宝玉って何?」

「王家に伝わる秘宝よ。芸術性だけじゃなくて歴史文化的にも非常に価値のあるものよ」

 エレーヌさんはいつに無く真剣な顔をしている。顎に指を当て、眉間に皺を寄せ、考え込んでいる。あれの何処に芸術性が有るんだよ。タダのボールじゃねえか。色は綺麗だけど。

「一昨日、守護女神本部よりレガリアの宝玉の捜索指令が出たの。盗難に遭ったって。まさか人間界に来いるとは思わなかったけど……運よく犯人をやっつけたのね……。ありがとね、元就君。はい、宝玉を渡して」

 エレーヌさんはニコニコしながら、両手をオレに差し出した。「銀のボールを出せ」と言っているようだ。

「はい、これ」

 エレーヌさんは眼を大きく見開き、オレの手の上に有る銀のボールをマジマジと見つめていた。

「これが……宝玉ね。綺麗……」

 エレーヌの白く、細い指先がオレの手の上のボールに翳された。

「宝玉の魔力を押さえて、悪魔達に探知されないように呪文を掛けて《圧縮》するわ」

 《圧縮》って何だろう?エレーヌさんは銀のボールに何かする気だな。オレは何が起きるか興味津津だ。

「џҗЊζ§¤¶♍♊♋♓♘∸∼∽∿≟≔………」

 また、理解不能な言葉を呟きだしたエレーヌさん。多分天使語だろう。

「ʖʖ♊≟ʖʂʍΞѮѬѡӁ҂Ҧ∮∨∔∟√∢∦∻∵∳≬≶⊀⊉≴……へっくち!」

 可愛いくしゃみが聞こえた時だった。

「うわっ!」

「きゃっ」

 銀のボールはオレの掌から大きく跳ねて、『ゴン』と大きな音を立てて天井へぶつかった。

 天井へぶつかった銀のボールはとんでもないスピードでおれに向かって飛んできた。

「ごふっ!」

 ボールはオレの胸に直撃……その結果、なんとボールは半分、オレの胸にめり込んでいる。

 オレは自分の胸からボールを引き剥がそうとしたが、逆にドンドンめり込んで言ってしまう。

 そして、ドンドンめり込んで行き、挙句の果てには……。

「なっ、なんて事……宝玉が目覚めてしまったわ!」

 エレーヌさんは驚愕の表情だ。ボールは完全にオレの胸に吸い込まれて、消えてしまった。

「そうよ、大事な事を忘れてたわ……あれは人間とか使い魔とかに寄生するのよ……あの宝玉の輝きは生命力を吸い取って光放つのよ」

 エレーヌさんはオレに掴み掛かって来た。

「返しなさい!それは神王の神王である証明で、代々受け継がれる大事な宝玉よ!」

「何するんですか?」

 あろう事か、エレーヌさんはオレの服を脱がせ始めた。

「早く出しなさい!貴方の身体にどんな影響が出るかわからない……早く、王家へ返さないと!」

「や、やめてくれ!服を脱がしても銀のボールは出てこないし、取り出せないんだよ!」

 オレの心からの叫びで、エレーヌさんは我に返り、その手を止めた。オレは半裸にさせられた。ヤケクソになって自分から服を脱いでやった。ズボンを降ろし、トランクスに手を掛けた。

「おい!そんなに男の裸見たいのかい?」

 オレはわざとエレーヌさんに裸身を見せた。

「ちょっと、止めてよ!もう。判ったわ、悪かったわよ!」

 エレーヌさんは顔を真紅に染め、両手で顔を覆っている。よっぽど恥ずかしいんだろうな。この辺で止めとくか。オレは脱がされた服を着た。

「なあ、エレーヌさん。さっきのくしゃみで呪文を失敗したんじゃないのか?」

「と、とりあえず、守護女神本部へ連絡するわ」

 誤魔化しやがった。案に肯定しているんだな。彼女は。さっき「どんな影響が出るか」って言ってたな。

 エレーヌさんはポッケからケータイを出し、どこぞへ電話を始めた。

 もう、諦めたよ……どうにもならんな。ボールもエレーヌさんも。

 オレは彼女が電話している間、夕食の準備をした。と言っても、これから飯を作るのはおっくうだから

ピザの出前でも頼もう。

「Ǽɤɨɷʘʔʥʢʡ₪ↂʨΘζЂЊЙлжѮѬѪѦҗѿѯџ……」

 エレーヌさんの電話が終わったようだ。ピッと携帯電話を閉じた。

「とりあえす、援軍が来るわ。医師免許持ったエージェントが。対応はそれからね。」

 パチンとケータイを閉じて、ため息を付くエレーヌさん。

「対応って何する気だよ」

 オレは一抹の不安を感じた。だってコイツら、オレ達人間の常識が通用しなさそうじゃん。

「摘出してもらうに決ってるでしょ!多分、元就君の心臓にくっ付いちゃってるハズだから」

「ハア?ど言うことだよ」

 オレの不安のボルテージは一機に上昇した。

「レガリアの宝玉って、生き物とか魔物とかの心臓から栄養を貰わないと、消滅してしまうから。ベテルギウスを倒した後、手近な元就君の心臓に寄生したのよ」

 オレは不安のボルテージが一機に上昇した後、一機に血の気が引くのを感じた。

「なんだよ!早く取ってくれよ!気味地悪いじゃねーか!」

 エレーヌさんへ猛抗議した。そんな変なものがオレの体内にあるなんて。そんな寄生するような物が宝玉なんてどう言う感覚だ。

「だ、大丈夫よ……暫らくは」

 オレは焦って猛抗議しているのと対照的にエレーヌさんはニコニコ笑っている。そのニコニコ顔が胡散臭いし、彼女の大丈夫の言葉に責任が全く感じられない。本当にオレは大丈夫なのか?

「人間の貴方には害を及ぼさないわ。むしろ、健康状態改善になるんじゃないかしら」

「そう言えば・・・・・・・妙に身体がスッキリとした感じがしない事もない気がする」

 正直わからん。気分的には何にも変わらないもの。

 エレーヌさんがオレの胸に耳を押し付けた。彼女はオレの心音を聞いているらしい。

「そうね……もうちょっと預かっていて、元就君。宝玉を奪いに来る悪鬼から私が貴方を護ってあげるから。ねっ……って言うか、取れないものはどうしようもないわね」

「全く……頼むよ……」


 オレは神威を抜き、手入れを始めた。刀って汚れたままにしておくと、すぐに錆びてしまうから。

「それが貴方の剣?」

 エレーヌさんが横から覗き込んでくる。オレの顔と急接近してドキドキしてしまう。

「そうです。愛刀の《神威》です。この世の煩悩を斬る正義の刃です」

 手入れを終え、鞘へ収めて刀へ一礼する。

「その刀、普段から持ち歩いているの?」

「ああ、肌身離さず持っています」

「そんな長い刀、邪魔じゃない?」

「確かに、神威は大太刀だから長いし、邪魔だし、めんどくさいけど仕方が無い。武士が帯刀するのは、武士の心得だから」

「いいの?この国には銃刀法ってルールがあるじゃん。元就君は完璧違反しているわね。そういえば島田君も」

「だから竹刀袋に入れて隠してるんじゃないか。不便だけどな。忠勝は……アイツはアホだから、すぐに抜刀しちまう」

 エレーヌさんが腕組して「うーん」とか言って考え込んでいる。どうしてオレが刀を持ち歩いている事に突っ込むんだ?理由がわからん。

「元就君、もっと気軽に刀を持って歩けるようにしてあげようか?」

「えっ?どう言う事だ?」

 こんな長い刀を気軽に持って歩けるようにする?そんな方法があるなら是非教えてくれ。平和なこの世では刀なんて無用の長物だ。言葉通りに。

「元就君、左手、いいかな?」

 エレーヌさんは神威を握るオレの左手をその透き通るような白い両手で取った。

「私の子分として、相応しい武器の携帯をしてね……☏üćſǒɧʔʝ!!」

 突然刀が震え出して……消えた?

 神威が消えた。オレの左手に握られていた神威が消えた。左手に吸い込まれるように、消えた。残ったのはオレの左手とその左手を握るエレーヌさんの両手だった。

「な、何が起きたんですか?神威は何処へ……」

 オレは酷く狼狽していた。目の前で今世紀最大のイリュージョンを見たのだから。

「貴方の刀は、貴方の左腕に封印しました。今の魔法は成功しました。」

「オレの左腕?どう言うことだ?オレの左腕の中に神威が入っているとでも言うのか?」

「そうです。元就君の左腕の中に神威さんが居ます。元就君が呼び求めれば、彼は姿を現すでしょう。そして普段から肌身離さず持ち歩く事が可能です」

 オレはシゲシゲと自分の左腕を眺めていた。別に今までと変化は無い。特に左手が重いとか、違和感がある事は無かった。

「じゃあ、授業中でも、風呂でも、トイレでも、敵に襲われたら、反撃出来るって事か?」

 エレーヌさんはコホンと咳払いをして答えた。

「ま、まあ、そうね。即応体制が取れるってコトかな」

「有難う御座います。感謝します」

 オレは素直にお礼を言った。だってすげぇじゃん。オレは常に刀をもって歩く事が出来る。人目を気にせず。法令違反に臆する事無く。もうビクビクしながら交番の前を歩く事もなくなるだろう。やったぜ!

 でも、今のオレの身体には銀のボールと神威が入っているんだろう?空港のゲートくぐったら、確実にピンポーンってなるじゃんか。

『ピンポーン』

 玄関のチャイムが鳴った。多分ピザ屋だろう。オレの心の中を読んでるんじゃないだろうな。凄いタイミングだ。ビックリしたじゃん。

「お腹がすいたわ。子分さん」

「わかりました。今、ピザを食べさせてあげます」

 一仕事終えた後のピザは最高だった。

 今日はこれ以上事件が起きる事は無く、夜が更けて行った。



 オレはベッドに入り、寝ようとしていた。寝付きは良い方で、すぐにウトウトしてしまう。

 もう眠りに落ち掛けていた時だった。

『おぬし、元就と言ったな』

 ?。オレの名を呼ぶ声が聞こえたような気がするけど、これは夢だろう、多分。

「そうだ、貴島元就だ。それ以上でもそれ以下もない」

 オレは夢の中で、聞こえる声に返事をしてみた。心の中で喋る。

『世界を握れる力が欲しいか?天使、悪魔を超える力が欲しいか?我を身体に宿し、力を望めばいつでもその力を与えてやろう。我との出会いは運命だ。受け入れろ』

 何だか凄く、都合のいい話が聞こえて来た。その手には乗らん。なんだか胡散臭い誘いの様な気がするから。夢うつつの中でも意識はハッキリと持てた。不思議な感じだけど。

「いらねえよ。そんな都合のいい力を借りても、嬉しくも、楽しくもねえ。自分の力で枚進むのが良いんだよ、オレは、オレの運命は自分で斬り開く。そして、道はオレの後に出来るんだよ」

 そうだよ、それでなきゃ……楽しくない。

『そうか……気が変わったら、呼んでくれ』

 不思議な声はそれっきりだった。オレは変な夢を見ているのだろうと思い、そのまま……寝ちまった。


 おやすみなさい。

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