第24話 家督の継ぎ方
オレは桜子さんと深井キャプテンとキャラハン捜査官を引き連れて武器庫の中へ戻ってきた。忠勝達のいる場所を目指す。
「ねえ、澪。クレンジングオイル持ってない?」
「ははーあーん、桜子・・・・・・流石にその緑色の顔は元就君の前じゃ恥ずかしいのね」
「そうよ、それに、敵に間違えられるじゃない。澪も落とした方がいいと思うわ」
武器庫の中奥へ進む。深井キャプテンはハンディカムを持って撮影中。何しに来たんだ?この人は。
「サンダー!」
奥の方から合言葉が聞こえてきた。
「フラッシュ!」
すぐさま、合言葉の返事を返す。
「元就、刀を研いでもらったぜ」
刀や槍を並べている棚の奥から、忠勝が現れた。
「忠勝!」
「島田君!」
深井キャプテンと桜子さんが驚きの余り、一オクターブ高い声で忠勝の名前を叫んだ。逆にもっと驚いているのは忠勝の方だ。
「あ、あんた。イリアの側に付いたんじゃないの?何でここにいるの?何やっているのよ!どうして元就君と一緒なワケ?イリアは何処?それとあのバカ天使のクランツは何処?」
深井キャプテンは忠勝にジリジリ詰め寄って行く。深井キャプテンの眉間には鋭角に切り立った皺が刻み込まれている。人差し指で忠勝の胸をトントンと小突きながら、詰め寄って行く。そんな深井キャプテンから逃れようとジリジリと後ろへ下がる忠勝。ヤツは深井キャプテンに反撃する事が出来ず、困り果てた顔になっている。どうも、忠勝は深井キャプテンには勝てないようだ。
「喋らないつもり?いいわ、逮捕して、私が尋問する。洗いざらい喋ってもらうわ」
忠勝は深井キャプテンから顔を逸らし、オレの方を見た。忠勝、何も言わなくてもわかるぞ。お前の顔には「何で深井キャプテンを連れてきたんだ」と「何とかしろ」と書いてある。
だが、オレはあえて気付かないフリをして、忠勝から目を逸らす。だって、面倒くさいじゃん。
「わ、わかったよ。澪姉・・・・・・こうなった経緯を話すよ。今は、魔物たちの攻撃が止んでいるし、この武器庫には近衛兵の連中も入るし、もう暫くは休憩していてもよさそうだから」
忠勝はオレ達を武器庫の二階にある部屋へ案内してくれた。その部屋は普段は武器庫の管理人権護衛兵の詰めている部屋だった。殺風景な事務室ではなく、それなりに豪華な執務室だった。
部屋の中に入ると数人の人垣が出来ていた。何だろうと思い、その人垣の隙間から様子を見てみた。
ソファに頭から腕から足から包帯でグルグル巻きにされている人が座っていた。明らかに重傷だ。魔物との戦闘で負傷したのか?
その包帯人間の前で方膝を付いて頭を垂れているのは・・・・・・クランツと佐原イリアだ。
「父上・・・・・・」
「フランク様」
「クランツ、ジェイソンからマシーンを・・・・・・取り返すのだ。そして私の手に戻せ。あのマシーンはサーベリオン家三百年の野望を達成させる切り札だ・・・・・・クランツ、お前もサーベリオン家の血を引く者ならば、わかるはずだ」
包帯人間の傍に居るのはクランツ・・・・・・そして、イリアじゃねーか!
「フランク・サーベリオン」
オレの後ろで呟いたのはキャラハン捜査官だ。そうか、あいつがフランク・サーベリオンか。
オレは急に手に汗が滲んできた。心臓の鼓動も高鳴り出した。心の中で葛藤する。フランク・サーベリオンの事はエレーヌさんやキャラハン捜査官から色々と聞いている。こいつもジェイソンの仲間なのは間違いない・・・・・・それに、コイツが悪の元凶。人間の武器を魔物たちへ供与していると疑わしき人物。今、オレの左手には研ぎ終えたばかりの愛刀神威がある。幸い、フランク・サーベリオンは重傷で動けないようだ。今ヤルのは・・・・・・容易い。「疑わしくは・・・・・・やっちまえ」って言葉があったよな。
オレは刀の鍔に親指をかけた。
「コラっ!」
「いてててて・・・・・・」
オレは左の耳に猛烈な痛みを感じた。思わず声に出しちまった。
オレの耳を抓り上げているのは緑の化粧を落として、フツーの顔色に戻った桜子さんだった。彼女は無言で小さく首を振った。止めろと言っている。さらに右腕を掴まれた。キャラハン捜査官がオレの右腕を掴んでいる。彼もまた、首小さく横に振っている。どうやら、オレがフランク・サーベリオンを狙った事がバレたらしい。
「貴島君、フランク・サーベリオンは我々が押さえる。ヤツはもうジェイソンの捨て駒になってしまったようだ。殺す価値はないよ」
キャラハン捜査官が小声で耳打ちしてくれた。この言葉を聞いて心臓の高鳴りは止み、少し冷静になれた。そうだ、冷静になれ。フランク・サーベリオンがキャラハン捜査官達に拘束されれば、もうこの世界に人間の武器を流す事が出来ないって事だ。少なくともオレの目標の一つは達成したんじゃないのか・・・・・・。
オレは刀の鍔から親指を離した。それを見た桜子さんはやっとオレの耳を解放してくれた。本気で痛かったよ。
「佐原イリア、クランツ・・・・・・頼むぞ・・・・・・マシーンを・・・・・・」
オレはフランク・サーベリオンとクランツ達の様子を見る事にした。
「父上・・・・・・マシーンを取り戻しても、父上には渡しません。あのマシーンは別の目的で使います」
「な、何だと!どう言うことだ!クランツ!お前は、私の命令が聞けないと言うつもりか?」
重傷患者とは思えないような大声を出したフランク・サーベリオン。対するクランツはその声を聞いて一瞬怯んだ。相変わらずの顔面蒼白で涙目になっている。
「ち、父上の時代は終わりました。これからは俺がこのサーベリオン家の当主となって新たな歴史を作ります。あのマシーンは俺が取り返す!」
今度は逆にフランク・サーベリオンの方が顔面蒼白になっている。クランツのヘタレにしては頑張ったな。そうだ、男子たるもの、一度は自分の父親と戦わなければならん。クランツは今がその時のようだな。
「クランツ・・・・・・私は育て方を間違ったようだ。お前にサーベリオン家を告ぐ資格など無い!サーベリオン家三百年の歴史の重みを背負う事など出来ない!」
クランツは立ち上がり、ソファに座る父親を見下ろした。そうだ、クランツ頑張れ!親を超えるのは今だ!と心中で何故か応援しているオレだった。
「そうさ、俺にはそんな歴史を背負う事なんて出来ない・・・・・・いや、背負うつもりも無い。サーベリオン家の歴史なんて便所に流す・・・・・・俺が新しい歴史を作るんだ。もう、過去の栄光の話を聞かされるのはウンザリだ」
廻りの人間・・・・・・オレと、忠勝と、イリア、桜子さん、深井キャプテン、キャラハン捜査官が固唾を飲んでクランツを見守る。なんとも言えない張り詰めた空気が漂う。
「佐原イリア、このバカ息子をつまみ出せ。地下へ幽閉しろ!命令だ」
フランク・サーベリオンは痛みを堪え、立ち上がろうとした。その顔は怒りと悔しさで歪みきっていた。その怒りが込められた視線はクランツに注がれている。
「どうしたのだ!早くせんか!」
立ち上がり、怒り狂うフランク・サーベリオンを押さえて付け、無理やりソファへ座らせたのは忠勝だった。それを見たイリアは立ち上がり、クランツと同じようにフランク・サーベリオンを見下ろした。
「私はサーベリオン家の御当主はこちらのクランツ様を認めます。したがって、貴方の命令には従えません」
終わったな・・・・・・フランク・サーベリオンは真っ白になっている。
「父上・・・・・・俺は新当主として貴方をサーベリオン家から追放します。そして、武器密輸の罪を告発します。貴方一人の責任で裁きを受ければ、この家を残す事も出来ます。この城に仕える者たちも職を失う事も有りませんから」
ギリギリと歯噛みする音がここまで聞こえてくる。フランク・サーベリオンの心中がその場にいる誰もが理解できる音だな。
「家の為、この世の未来の為だ・・・・・・死んでくれ、息子よ・・・・・・否、父を裏切った愚かな息子よ・・・・・・裏切り者達め!」
フランク・サーベリオンは震える手で・・・・・・拳銃を抜いた!その狂気の銃口はクランツに向けられた。
息を呑むクランツとイリア。フランク・サーベリオンが引き金に掛かる指に力を込め。激鉄がゆっくりと起き上がり始めた。
「ち、父上・・・・・・」
クランツの眼は彼の父の目を離さない。イリアは強く眼を瞑り、顔を背ける。
シャン!
銀色の光が一閃、宙を舞うのと同時に、フランク・サーベリオンの手にある拳銃がバラバラに砕け散った。バネがビヨヨヨーンと飛び出して、床にバラバラと弾が転がる。
パチンと鞘に刀を納める忠勝。ヤツがフランク・サーベリオンの拳銃を斬った。こんな狭い場所で拳銃だけスパッと斬るなんて、腕を上げたな。
「クランツ・・・・・・フランクさんの武器の密輸を告発するなら、もう出来るぜ・・・・・・そこに、情報局の捜査官達が居るから・・・・・・」
忠勝はキャラハン捜査官を指差す。キャラハン捜査官がフランク・サーベリオンの前に出た。
「サーベリオン・・・・・・こんな形になるとは思わなかったよ・・・・・・」
「キャラハン・・・・・・お前ら情報局如きがこの高貴なるサーベリオン家の人間に手出しできるものか!」
「捜査官・・・・・・父を逮捕してくれ。もう、父はサーベリオン家とは関係ない。武器密輸の首謀者として逮捕してくれ!」
もう、フランク・サーベリオンは見るに忍びないな。彼の言葉に誰も耳を貸さなくなっている。
まてよ・・・・・・もしかして、この状況はクランツというかイリア達はサーベリオン家をまるまる手に入れたのではないか?
「フランク・サーベリオン・・・・・・どうやら、お前は、サーベリオン家の人間ではなくなったらしいな。潮時だ」
キャラハン捜査官はフランク・サーベリオンを拘束した。無線を使って応援を要請している。
「元就、澪姉、生徒会長・・・・・・話がある。この状況になった経緯を教えてやるよ・・・・・・」
忠勝とイリアとクランツがオレたちを呼ぶ。そう言えば、「あとで経緯を聞く」って言ってあったけ。
オレ達は部屋を出て武器庫の隅に円を作って座った。
クルナス城の門。巨大な門。その門の前に堂々と立つ三人の戦闘天使。先頭で、中心に立つのはカトリーヌ。その両翼にはアニーとシモーヌが立つ。
「隊長・・・・・・奇襲ではなかったのでは・・・・・・」
「我々はこんな堂々と門の前に立っていて宜しいのですか?」
アニーとシモーヌは不安な表情で隊長であるカトリーヌを見つめる。
「ふふふふ・・・・・・これが戦略と言うものよ」
カトリーヌは振り返り右手を天高く掲げた。
「よもや、敵も我々が堂々と門から突入するとは思ってないわ!それに我らは戦闘天使でも精鋭部隊。コソコソする必要は無いわ」
バッシュ!
ロケット花火が空へ飛ぶような音が聞こえた。だがその航跡は真っ直ぐカトリーヌ達のほうへ向って来る。
「ロケット弾?RPGだわ!回避!」
アニーがカトリーヌに飛びつき、地面へ伏せさせる。カトリーヌはマネキン人形のように手を高く付き上げた状態でアニーと一緒に地面へ転がった。彼女は何が起きたのか、未だ、理解出来ていなかった。
「防盾!」
シモーヌが二人の前に飛び出し、スカートの中から引き出した大盾を構える。
ドオオオオン!と強烈な爆発音。ロケット弾は三人に被害が及ぶのを防いだが、盾が粉々に砕け散った。
ドガガガガガガガガガガ!と機関銃弾の豪雨が降り注いだ。城壁に備えられた銃眼からの攻撃だった。
「隊長!!」
アニーはカトリーヌの手を引き、空中へ飛んだ。銃弾を避けるため。
シモーヌはスカートの中から、M60を取り出し、ガンポート目掛けて反撃する。ドガガガガ!と軽快な発射音を立てる。
「チッ、空中からじゃ、射線が安定しない!」
シモーヌはM60の反動に手こずっていた。狙いが定まらず。ただ、弾を撒き散らしているだけだった。
「下がって、シモーヌ!」
カトリーヌが左腕から真紅の法杖を引き抜き、シャン!と言う音を流し、真正面へ突き出した。
「ℭ℧ℨɧ≒∃∌ǾǿɜɨʇʒʏΘΐΏѢѿҖҘ∮∺∢≇!!防御バリヤー!」
カトリーヌの詠唱共に、法杖からキラキラ光る粉末が舞い上がった。
ピュン!ヒュン!と敵弾が鋭く空気を切り裂く。だがその軌道は空中に舞う三人の戦闘天使を避けて通る!
「私は第六世代戦闘天使。究極の魔法使いとして作られた・・・・・・この魔法はその本の一部の能力に過ぎないわ!見せてあげる、私の召喚術を」
カトリーヌは法丈をシャカシャカと上下に振り、法丈の切先をクルナス城の正門へ向けた。
法杖の先から細く赤い光が一直線に門の扉を照射している。
「召喚!ペイブウェイⅣ!」
カトリーヌの頭上に突如現れた灰色の砲弾型物体。長くスマートな砲弾には中央に四枚、尾部に四枚の羽が生えている。先端は透明で、中には電子回路とカメラが搭載されていた。
カトリーヌが左手の指でパチン!と合図すると、その灰色の砲弾型物体は真っ直ぐ、赤い光が照射されている点に目掛け落ちて行く。
ドドドオオオオンンン!と盛大な爆発音。粉塵が巻き起こり、破片が散らばる。クルナス城の門が綺麗に破壊されていた。
「す、凄いわ・・・・・・あの強靭な門をあっさり破壊するなんて・・・・・・」
シモーヌは感嘆のため息を付いた。
「GPSと慣性航法とレーザー誘導のマルチ・モード誘導弾だから、絶対に命中するのよ」
カトリーヌは「どうよ!」と言い、胸を張る。
「それは・・・・・・チートじゃないかしら・・・・・・」
アニーは疑いの眼差しでカトリーヌを見る。
「これはゲームでもスポーツでもないのよ。ルール無用の世界なのよ・・・・・・ソフィア!アニー!一旦、地上に降りるわよ」
カトリーヌ達は破壊され、瓦礫と化したクルナス城の門の前に立った。
誘導弾による破壊のお陰か。門の中に敵の姿は無い。
「クルナス城は完全に魔物たちの手に堕ちたわね・・・・・・。由緒あるサーベリオン家もおしまいね」
カトリーヌは法杖を左手の中に収め、破壊された門を見上げて呟く。
「なに・・・・・・あれ・・・・・・」
カトリーヌが見上げた視界に黒い三つの点が入った。その三つの点は真っ青な空をグルグル旋回しながら大きくなってきた。
「タリホー!イレブン・オクロックハイ!スリー・ボギーズ!!」
アニーが敵発見のコール!三人は黒い点を凝視する。三つの点は背中に翼を生やした天使である事がわかった!カトリーヌは敵の攻撃を受けると確信を持った瞬間だった。
「防御シールド!アニー!シモーヌ!反撃、一斉射!」
ドガガガガガガガガガガガ!と鉛の弾が上空の黒い影からカトリーヌ達に向け放たれた。敵は編隊を組んで、急降下しながら、カトリーヌ達へ迫る。
間一髪、カトリーヌの法杖がシールドを張り、凶弾の嵐をせき止めた。
バリバリバリバリバリバリ!
アニーとシモーヌが上空の敵目掛け、M60を撃つ。布を破くような射撃音と空薬莢をぶちまける。壮絶な撃ち合い。敵はアニーとシモーヌ達の銃撃を避けながら更に速度を上げ急降下してくる。
「クッ!」
敵の銃弾の数発がカトリーヌが展開する魔法シールドを貫通して、彼女達の脇を掠め飛んで地面を跳ね回る。
敵の編隊はカトリーヌ達と目が合う位まで降下してきた。
「回避!」
アニーが警告を出した。カトリーヌとソフィアは翼を大きく拡げ、後ろへ飛び避ける。
敵の編隊は、その瞬間までカトリーヌがいた場所を地面スレスレで方向転換。城のほうへ綺麗な弧を描いて飛んでいった。
「見た?あいつら、青い色の翼の天使だったわ。しかも女子の・・・・・・」
「それに一人は、エレーヌさんみたいなロートドーム状の天使の輪をつけていたわ」
「先頭の女の子は法杖を持っていたわ・・・・・・」
カトリーヌ達は顔を見合わせて、頷きあう。三人は同じ確信を持った。
「敵の戦闘天使・・・・・・私と同じ、第六世代もいる・・・・・・」
「隊長、私達は地上から城へ突入するのでは?」
「現場においては臨機応変!状況判断を誤ると、取り返しの付かないことになるわ!」
城の上で大きく弧を描いた敵の編隊は急旋回してカトリーヌ達を狙う為に舞い戻ってきた。
「望むところよ!シェブロン組んで突っ込むわよ!いいわね、アニー、シモーヌ!」
「「イェーイ!」」
カトリーヌとアニーとシモーヌは地面を蹴り、空中へ飛び上がった。
敵を追撃する。敵は編隊を組んだまま大きく右へ旋回するのが見えた。
「私が囮になって敵を引き付けるわ。アニーとシモーヌは有利な位置から敵を撃墜して!」
アニーとシモーヌは急上昇してカトリーヌと離れた。それを見たカトリーヌは翼を垂直に立て、急ブレーキ、空中で静止。強烈な減速Gで「くううっ!」と声が漏れる。
「こんな場面じゃ・・・・・・、姉さんのロングレンジ攻撃が羨ましいわ・・・・・・」
ヒュン!
カトリーヌは法杖を振ると空気が裂ける音がする。眼を瞑り呪文を謳う。
「ʧʟʡʣѬћљѥѽ҂ѯ҂ӕӰӂ¶£!」
法杖の先が四つの鏃に分かれ、敵編隊に向って飛んでいく。
「さあ、私の可愛い僕たちよ!敵に喰らい付きなさい!」
カトリーヌは法杖に念を込め、コントロールする。僕たちは敵編隊を高速で追跡する。カトリーヌが送る念に対して、忠実に動く。
「そうよ・・・・・・編隊の先頭にいる隊長を狙って・・・・・・行っけええええ!」
カトリーヌの僕達は上下左右に分かれ、敵隊長へ襲い掛かった。
敵隊長は編隊から離脱して急上昇。僕達の攻撃を回避した。
「それで、終わりと思わないで!さあ、皆、敵を仕留めるのよ!」
カトリーヌが法杖を振る。その動きに従い、僕も敵隊長を更に襲い掛かる。
「なっ!」
敵の隊長は、カトリーヌ目掛け、僕の追撃を受けたまま、真っ直ぐ飛んでくる。カトリーヌは衝突を回避しようと急上昇。
敵の隊長はカトリーヌの目の前で急停止。彼女は白銀の法杖を振る。
「嶠巵幭庀廋彎彛徤怘怟恿恝慇愼・・・・・・防御バリヤー!」
敵隊長を囲むようにキラキラした粉末が漂う。
カーン!カーン!カーン!カーン!と四つの高音質で耳に痛い音が響いた。
カトリーヌの僕はそのキラキラした白銀の壁に突き刺さり、敵隊長の足元で突進が止まった。
僕達はカトリーヌの法杖の先に戻っていく。
お互いの声が聞こえ、顔がはっきりと判る距離で対峙する二人。
カトリーヌは敵の隊長の姿を見る。茶色い長い髪は、足元まで伸びている。右の目は青く、左の目は黒い。その鋭く細い眼がカトリーヌを睨む。そして、青く大きな翼が一際目立つ。
「貴女・・・・・・何者よ!」
カトリーヌは法杖の先を敵に向けた。今にも敵の胸に突き刺さんばかりの勢いで指す。
「いきなり、物騒な物を突きつけて、失礼な人ね・・・・・・」
敵の隊長は長い髪を左手で掻き揚げ、「ふふん」と笑う。真っ赤な紅を引いた唇がゆっくりと動いた。
「私は・・・・・・ヴァネッサ・・・・・・戦闘魔天使よ。第六世代の戦闘魔天使よ・・・・・・貴女達、戦闘天使を打ち破る為に造られた戦闘魔天使。ロールアウトしたての最新型よ!」
敵隊長ヴァネッサは髪を掻き揚げていた手を伸ばし、人差し指をカトリーヌに突きつけた。
「あら、気が合うわね。私も第六世代の最新型・・・・・・でも、その性能を活かすのは個人の技量よ。私に勝てるかしら?」
カトリーヌもヴァネッサに負けないように微笑み返す。不適な笑いで。
「大した自信ね。今、それもはっきりする事だわ!」
ヴァネッサは白銀の法杖を左手から引き抜き、カトリーヌの胸に突き刺す。
「やあああっ!」
カトリーヌも法杖を突き出す。
キャン!と法杖の先と先が激しく激突する。
「ℱℳℨ℮Åℰ₩ℋ∌∭∞∑ɣʅʄɽ!!十兆万ボルトの電撃を喰らいなさい!」
間髪入れず、カトリーヌは呪文を謳った。真紅の法杖が青白い電撃を帯びて来る。
「龜齽鼒黰黻鹼鷃鷖鶡鵃鯯驩驛韊鞚鞉!!灼熱の炎を受けるがいい!」
ヴァネッサも呪文を詠う。白銀の法杖から紅蓮の炎が噴出す。
「このおおお!」
「くうううう!」
お互いの手に力が篭る。突き合う真紅と白銀の法杖同士、一歩も引かず、先端がぶつかったまま、震え出す。お互いに魔力を法杖に送り、相手に一撃加えようと必死となった。
ドン!と法杖の間が破裂し、カトリーヌとヴァネッサは後ろへ吹き飛ばされた。
ふたりは翼を羽ばたかせ空中で静止する。再び対峙した。
「あ、熱っついじゃない。右手が火傷しちゃったじゃない!」
カトリーヌは法杖を左手に持ち替え、火傷をした右手にフーフーと息を吹きかけ冷やす。強がっているが、カトリーヌの右手から真っ赤な血が流れ出していた。法衣の袖口も炎を喰らい、焼け焦げていた。
一方、ヴァネッサの表情は変わらず、そして涼しい顔でニヤリと笑う。ダメージを受けたカトリーヌと対照的にヴァネッサはノーダメージだった。
「そんな、電撃、喰らう訳ないじゃない。」
ヴァネッサは腰に手を当て、胸を張って威張る。
「私の魔法が通用しないなんて・・・・・・」
カトリーヌは火傷をした痛みより、自分の魔法が通用しなかった事が悔しく、本当に悔しくて思わず言葉に出してしまった。
「貴女、学校で何を勉強してきたの?私達は今、空中に居るのよ。この場で電撃を受けても地面とは足が離れてるんだもの。電気の流れ落ちる回路が出来なくて、電位差が発生しないから、私が感電するわけ無いじゃない。その点、熱は場所を選ばないわ。それに・・・・・・十兆万ボルトってどんな単位よ」
「そ、そう・・・・・・ご教授ありがとね。なんだか難しくて、良くわからなかったケド、私の魔法が通用しなかったのではなくて・・・・・・使い方を間違っただけなのね!」
カトリーヌは法杖を大きく振り被った。上段から法杖をヴァネッサに叩き込む。
「力技なんて通用するものですか!それでも貴女は魔法使いなの?」
ヴァネッサは白銀の法杖を頭上に翳し、カトリーヌの真紅の法杖を受け流そうとした。
「力技でも通用すればコッチのものよ!℟ℨℱ⊪⊛ѬѥѨѼ҂ѯѯ!召喚!ボールピン・ハンマー!」
カトリーヌの法杖の先が変化した。その形は大きな金鎚となった。もの凄いスピードで金槌がヴァネッサへ振り下ろされた。
ガッキッツ!と鈍い音がした。ヴァネッサは振り下ろされた金槌を白銀の法杖で受けたが、受け止める事は出来ず、地上へ向って叩き落された。
「力技に魔法と言うスパイスを加えたら、素晴らしい技となるのよ」
カトリーヌは地面へ落下していくヴァネッサを追いかけ、急降下した。
「アニー六時方向!襲い掛かってくるわ!」
「了解!横転降下して引き離すわよ!」
アニーとシモーヌは敵、戦闘魔天使達の追尾を受けながら、その場で横転垂直降下に入った。全速降下。アニーとシモーヌの目の前には深緑の芝生が一面に広がっていた。その芝は急速に視界の中で拡大し、芝の生い茂る様子がはっきりとわかるまで地面に接近した。
「ブレイク・ナウ!」
「プル・アップ!」
アニーの掛け声と同時にシモーヌは地面を掠めるように、急上昇して紺碧の空目掛け急上昇した。
「このおおおおお!」
アニーは翼を大きく拡げ、その場に急停止。激しい、マイナスGがアニーの骨をきしませた。
敵、戦闘魔天使は、アニーの急激な機動に反応出来ず。彼女を追い越し、そのままシモーヌを追っていった。
「しまった!」
アニーから見て地面へ落下していく敵の戦闘魔天使達。不意を付かれたと思わず、声に出したのが、アニーにも聞こえた。
敵の戦闘天使達は落下しながらアニーに向って振り返った。だが、時既に遅し。アニーはM60マシンガンを構えて、射撃体勢に入っていた。
「貰った!」
アニーは引き金を引いた。マシンガンは銃口から七・六二ミリ弾を吐き出す。無数の空薬莢が空中へ飛散した。
落下していく戦闘魔天使の一人から、青い羽が飛び散るのが見えた。彼女はヨロヨロと緑色の芝へ落ちていった。
アニーはシモーヌを援護しようと彼女を追いかけようとした。が辺りを見回してもシモーヌの姿は無かった。
「一機片付けたわ!シモーヌ、何処?」
無線でシモーヌを呼んだ。なかなか返事が返ってこない事にイラつく。
『スリー・オクロックハイ!追撃を受けている。振り切れないわ!』
アニーは三時方向上空へM60の銃口を向けた。そこにはドッグ・ファイトを繰り広げている二人の影が見えた。
「援護する!」
アニーはシモーヌを追いかける後方の影に、M60の照準を合わせた。援護射撃をしようと引き金を引いた。
「クッツ、しまった!ロストした!」
アニーは引き金を引いた。だがシモーヌ達は太陽の眩しい光の中に飛び込んでしまった。七・六二ミリ弾はただ空を裂いただけだった。あにーは完全にシモーヌを見失った。彼女を追いかけようと、太陽へ向って急上昇した。
「何処!何処にいるの?シモーヌ」
嫌な、とても嫌な予感がアニーの心を締め付けた。自分の顔、手、足から血の気が引いていくのを感じた。掌には汗がベットリと滲んでいるのに、その手は冷たかった。
「シモーヌ!何処」
見渡せど!青い空と、グリーンの大地しか見えない。
『アニーィィ!』
シモーヌの絶叫が聞こえた。
「シモーヌ!」
アニーの問いかけに、応答は無かった。最後にシモーヌの声だけが耳に残った。彼女を救う事が出来なかった悔しさと、敵に対する憎悪が湧き上がってきた。
「何処!何処にいるの、シモーヌ!諦めてはダメよ!」
アニーは城に向って、全速で飛んで行った。