第2話 天使降臨
「うわあ……気持ち悪いな……元就……おまえの写真は……」
「撮りたくて撮ってるんじゃないよ……」
オレは貴島元就。高校二年生。趣味はバードウォッチング。自慢の一眼レフで撮影した野鳥の写真を友人の島田忠勝に見せている昼休みであった。
だが、その写真の内、三葉程は野鳥の写真とは言い難かった。何故なら……。
「見ろよ……うわあ……この木の幹に映っているのはどう見ても人の顔だ。地縛霊だぜ……」
どうも、オレが写す写真は《心霊写真》になる場合が多い。野鳥を撮影に行くと、必ず一葉か二葉、心霊写真が入る。昔から。オレは霊感が強いと思っていた。幽霊と思わしき人も良く見るし、金縛りとかも良く遭う。どうせ撮るならUMAを撮りたい。
「元就、お祓いしたほうが、良くないかい?そのうち幽霊に取り付かれるんじゃない?」
「鳥に取り付かれるなら、本望だよ」
「ケッ、駄洒落言ってる場合かよ」
この悪友、島田忠勝とはもう十年来の付き合いになる。小学校一年生以来の付き合いだ。オレが小学校一年生のときに通い始めた剣道場の跡取り息子だった。高校に入っても一緒に剣道部に入った。
三ヶ月程前に紫苑流剣術の免許皆伝を受けた。忠勝は……破門となった。師範である自分の父親と壮絶な争いをして。
「紫苑流史上最強と言われた男の趣味がバードウォッチングかよ……」
「余計なお世話だ!オレは心の平穏を求めているんだよ。それに学校では目立たない存在で居たいんだ。最強とかやめてくれよ」
忠勝は「フーンそうかい」と全然納得していないように見える。正義のヒーローはその正体を隠さなきゃいけない物だろ。
「おい、見ろよ!三年生のエレーヌ・レイセオンさんが廊下を歩いているぜ!」
そんな声が聞こえた瞬間、クラスの野郎共は一斉に廊下へ飛び出して行った。無論、忠勝もその中の一人だ。
「あっ!忠勝!」
忠勝はオレが手にしていた一眼レフを持ち出して行った。噂の美人留学生を撮るらしい。早速廊下でパチパチとフラッシュの光が瞬いている。
野郎共が戻って来た。彼らは口々に「やっぱり……エレーヌ・レイセオンさんはスゲエ美人だよな……」とか言っている。
「撮れた、撮れた♪」
忠勝もルンルン顔で戻ってきた。一眼レフの背面にある液晶パネルを見てほくそ笑んでいる。忠勝、そのニタニタ顔は気持ち悪いぞ。
「元就、見ろよ。綺麗に取れたぜ、プリントして、オレにくれ!食えない鳥の写真はいらないけど、美しいレイセオンさんの写真は欲しい!」
忠勝は一眼レフをオレに返してくれた。確かに、言葉にし難い美少女の笑顔が写っている画像が一眼レフの液晶パネルに映し出されていた。思わずオレもドキッとした。キラキラした綺麗な金髪はウェーブが掛かっている。吸い込まれそうな碧い瞳。スラリとした長い足。ファッションショウのモデルさんのような躯体。遠い異国より来られた留学生。全男子生徒の憧れの存在。
当然、オレもそんな美人には憧れる。だけど……。
「忠勝よ、高嶺の花だよ。オレ達は、彼女との接点すら作れないぞ」
忠勝にそう言うと奴はがっかりした顔になった。コイツも自分の立場を知ってる。そう、ただの憧れでしかないと言う悲しい現実。
オレたちはお互いの顔を見合わせて「はあ……」とため息を付くしかなかった。
「まあ、憧れているうちがいいのかもな……憧れるだけなら無料だし」
「そうだよな忠勝、こればっかりは、いくら剣の腕を磨いてもどうにもならん」
オレたちは全く慰めにならない言葉を吐いた。
午後の授業が終わり、部活に向かう。「俺は掃除当番だから、後で行くよ」と忠勝は去っていった。オレは一人、剣道場に行く。道場までの渡り廊下。前方から、歩いてくる女の子。レイセオンさんだ。彼女は目立つ。その容姿のせいか、遠くからでも良くわかる。
レイセオンさんがドンドン近づいて来る。当たり前だ。渡り廊下は一本しかない。オレは緊張してきたようだ。彼女の事を意識しすぎて。
オレはすれ違う瞬間、深呼吸してレイセオンさんの匂いを自分の肺に貯めようと、深く息をはいた。
彼女とすれ違う。彼女はニコッと微笑んだ。まさに天使の微笑みだった。
「練習、頑張って下さいね」
オレは思わず、息を吸い込むのを忘れてしまった。
「がほっ!ごほっ!」
当然、むせた。
振り返ると、彼女の長い金髪がさらさら揺れているのが見えた。
「美人な上に、いい人だ。天は二物を与えたもうた」
彼女の人気の秘密は容姿だけじゃないんだ。
部活の練習は激しいものだった。わが剣道部は不人気で部員は五名のみ。団体戦出場ギリギリの人数。まあ、そんなに強くは無いけどね。
放課後、三時間ほど練習した。今日はここまで。全員帰宅となる。
オレは一人歩いて家に帰る。学校が自宅に近いって便利だ。朝も余裕があるし。
いつもの帰り道、見慣れた風景で特に変わった事も無かった。が、オレが何気にふと空を見上げた時だった。それは本当に何の気無に、ふと見上げた時だった。
白い塊が落ちてきた。
「何だ?」
オレは思わずその白い塊をキャッチした。
「こ、子猫?」
白い子猫がオレの手の中で「なあなあ」鳴いている。
そして子猫が落ちてきた方の空を見上げた。目を疑う光景が広がっていた。
「なんだ?あれは……でかい鳥だ……珍しい鳥だな……なんだろう」
オレは見た事が無い野鳥を撮影しようと鞄からデジタル一眼レフを取り出した。
「野鳥か?いいや違う!……何だ?人か?翼が生えた人か?……そんなバカな!」
遂にオレは幻覚まで見るようになったか?いくら心霊体質だからと言って、目の前の光景をすぐには
信じられなかった。翼を背中に生やした人が空を舞っているなんて。
おっと、よく見ると人だけじゃなくて黒くて大きな毛の塊を追っかけて飛んでいる。その毛の塊も翼が生えている。
オレは何が何だかわからなくて、ただ、地面から眺めているだけだった。
上空で弧を描き、急旋回してバレルロールする機体……否、綺麗な朱鷺色の羽をはばたかせ飛翔する天使が一人。女の子の天使が一人、空中で弓を引き、獲物を狙う。現用戦闘機並みのコンバット・マニューバだ。天使が追う獲物とは、鷲の頭を持ち、下半身がライオン。大きな翼を広げて飛んでいる。
「グリフォーネ!」
グリフォーネは天使の追跡から逃れようと急上昇した。天使も後を追い、上昇する。
「しまった!」
グリフォーネは太陽に飛び込んだ。光り輝く太陽に一瞬視界を失う。
「ロストした!」
天使は降下してグリフォーネを探す。見つからない。天使の顔に焦りの色が出ている。
天使は降下して逃げるが、スピードはグリフォーネの方が速い。あっと言う間に追い付かれた。前脚の鋭い爪で、天使を切り裂こうとしている。
「旋廻性能は私の翼の方が上なのよ!」
天使はギリギリまでグリフォーネの接近を我慢する。既にグリフォーネの前脚の射程距離だ。
「まだよ……引き付けてから!」
グリフォーネが前脚の爪を振り下ろし、天使の翼を切り裂こうとした。
「今よ!」
天使は背中の翼を垂直に立て、脚を前方に出して急ブレーキをする。強烈なマイナスGが彼女を襲う。
「ぐううううう!」
天使は猛烈なGで声が漏れた。
グリフォーネの前脚は天使に届かず、空振りする。そして勢い余って、天使を追い越した。天使がグリフォーネの後ろを取った。
「今度はこっちの番!」
天使は全速で、グリフォーネを追う。天使の弓を引き、グリフォーネを狙う。
グリフォーネは急旋回して逃げようとしているが、天使は食い下がる。天使の方が、自重が軽く、翼面積が広い。旋廻性能が良く、グリフォーネには出来ない機動をする。グリフォーネを追い詰めていく。
「ロックオン!ファイヤー!」
バッシュ!
天使は矢を放った。矢はグリフォーネに向って飛翔していく。グリフォーネが左にバンクして逃げるが、矢は追跡を止めない。グリフォーネを確実に捉える。
ドカッ!
矢はグリフォーネの右後ろ脚に命中。近接信管で矢は爆発。グリフォーネの後ろ脚がぶすぶすと黒く焼け焦げている。『ギヤヤアアアアア!』と鼓膜を劈く悲鳴を上げた。グリフォーネは反転して、天使目掛け突っ込んできた。グリフォーネの目に怒りの色が見えた。
天使は急上昇して避ける。そのまま上昇を続け、位置エネルギーを失った時点で、空中に静止した。天使は身を翻す。朱鷺色の翼がキラキラと美しい光を反射している。
天使は身を翻し、降下を開始する。テールスライドと言う高度な空中戦闘機動だ。更に天使は翼を小さく畳み、降下速度を上げ、グリフォーネを追いかける。
天使は弓を引き、矢を放った。矢はグリフォーネを追いかける。
「今度は確実に仕留めるわ!」
天使もグリフォーネを追いかける。矢はグリフォーネに命中し、爆発した。グリフォーネのスピードが落ちた。
「止めよ!」
天使は左手でスカートの中からFN90サブマシンガンを取り出した。
ズダダダダダダダダダ!
十発発射。弾丸は一直線にグリフォーネへ飛んでいった。機銃の掃射を受けたグリフォーネは地上へ落下していった。
ズドオオオオン!
「あ、危なねえ」
グリフォーネはオレの目の前に落下した。土煙が舞い上がって視界を遮る。大きなクレータが校庭に出現した。クレータの中にはもがき苦しむグリフォーネがいた。
土煙の中に、人影が現れた。その人影は自分の身長の二倍はある巨大で真っ赤な鎌を持っていた。
「グリフォーネってタフよね……そして近くで見ると巨大なのよね。普通の剣じゃ歯が立たないけどっ!」
天使は深紅の大鎌を振り上げた。
「たあ!」
深紅の鎌が一閃。グリフォーネの首を刎ねた。
バタン!
グリフォーネは倒れ、二度と動く事は無かった。グリフォーネはキラキラ輝く金色の粉となって消えた。
「ふう、終ったわ……」
オレは見とれていた。
夕日を背に立つ天使様。どこかで見た顔だ。と言うか、目立つ人なので誰だか一目でわかった。何しろ、オレの通う学校の制服を着ている金髪の女生徒。でも、一番違うのが背中に翼が生えている。頭には金色のリングが燦然と輝いている。
オレはその美しさに見とれてしまった。心奪われた。この美しさは永遠に残さなくてはいけないと思った。
カシャッ!
オレは持っていた、デジタル一眼レフのシャッターを切っていた。プレミアムモードの最高画質で。
「えっ、なに?」
天使様……と言うか、レイセオンさんはオレの方を見た。目が合った。バッチリあっちまった。彼女は凄く驚いた顔をしている。
「なんで……貴方、ま、まさか?……見たの?」
「あ、あの……レイセオンさんですか?」
オレは思わず、彼女の名前を呼んだ……。
「はっ……」
彼女は突然、高く飛び上がり、飛んで行ってしまった。あっと言う間に空の彼方に見えなくなってしまった。
「夢か……幻か……それとも、目の錯覚か?」
さっき落ちてきたグリフォーネは消えてなくなっているし、辺りは何も無かったように静まり返っている。
「にゃああ」
白い子猫がオレの足に擦り寄って来ている。
「証人はこの子猫か?いいや、写真、写真があるぜ!」
オレは急いで家に帰った。子猫を抱えて。
子猫は抱えているオレの手や腕を引っ掻くし、噛みつくし、痛いのなんのって。大人しくしてろ!
家に到着。まず、子猫にミルクを飲ませた。これで大人しくなるだろう。
オレはパソコンを立上げた。こんな時は起動時間にイライラしてしまう。カメラの画像を取り込む。二十五枚の画像があった。そのうち二十四枚は昼休みに忠勝が撮影したレイセオンさんの画像だ。そして……最後の一葉……。
パソコンの画面いっぱいに広がっているその画像は……。
「やっぱり天使だ。レイセオンさんは天使なんだ」
見紛う事なき朱鷺色の美しい翼。黄金に輝く天使の輪。それらは天使の証。長い金髪。碧い瞳……間違いない、レイセオンさんだ。
オレはその画像に見入ってしまった。これはもう永年永遠永久保存とする。
ピンポーン♪
突然、玄関のチャイムが鳴った。天使画像に見入って無防備なおれはびっくりして、心臓が止まるかと思った。
オレはパソコンを閉じ、玄関に行く。
「ハーイ、どちらさんですか?忠勝か?」
玄関のドアを開けた。こんな時間に来るのは忠勝だろう。どうせ、テレビゲームでもやりに来たんだろう。ガチャリと玄関のドアを開いた。
「?」「!」
びくりした.
「あの……貴島元就君はいらっしゃいますか?」
「あ、オレですか……」
オレは目を疑った。目の前にいらっしゃるのは……な、なんと!エレーヌ・レイセオンさんではないか!
「夜分遅くすいません。元就君にお話があるんですが……上がっても宜しいでしょうか?」
断る間も無く、レイセオンさんはドカドカと上がり込んで来た。オレは何が起きたかわけも判らず彼女を居間へ案内した。
にゃああお。
さっき連れてきた子猫がレイセオンさんの足にじゃれ付いている。彼女は子猫を抱き上げ、かいぐりしている。
「助かったのね。良かったわ。もう少し私が行くのが遅かったら、グリフォーネに食べられてたんだから……」
やっぱり、さっきの天使はレイセオンさんなのか?今、彼女の背中に翼は無い。
「ところで、貴島君、ご家族は?」
「訳あって、一人暮らしです。オレしかいません。お茶でも……」
「それは良かった。じゃなくてぇ……いいえ、お構いなく。それで……見たんですよね、私の秘密を」
秘密と言われた瞬間、オレはドキッとした。その鼓動は目の前に居るレイセオンさんに聞こえるのではないかと言うくらいに。
「写真も撮ったんですよね」
「は、ハイ……見ました。撮りました」
オレは素直に答えた。レイセオンさんはニコニコ顔で、オレに迫って来る。うーん可愛いと思ったけど、目は笑っていない。何か嫌な予感がする……。
「認めましたね。秘密を知った者は死んで貰います。それに肖像権の侵害です。」
御冗談だよね……。
バサッ!
彼女はニコニコ顔のまま、背中の翼を広げた。さっき見た朱鷺色の翼。結構大きい。十二畳の居間いっぱいに広がった。おもむろに翼から、羽を一つ抜いた。
「⊰⋓⋠⋤æľŒǙɷɮѭѤℑ∌∰≝≭⋔……」
彼女は何かつぶやいた。手に持っている羽がどす黒い鉛色に変化した。
「この天使の羽ナイフで、貴方の心臓を一突きします。苦しみも痛みもありません。運が無かったですね。貴島君、私の秘密を知ったものは死ぬしかないんです」
エレーヌさんはナイフをオレの胸に突き立てた!
ザク!
「何をする気だよ!」
危ねぇ!間一髪オレはそばにあった漫画雑誌で防御した。ナイフは深々と雑誌に付き刺さっている。本気で殺す気だ。
「やりますわね。貴島君。ですが、無駄なあがきですわ」
レイセオンさんはナイフを両手で握り、オレににじり寄ってくる。オレは床に腰を下ろしたまま。凶刃から遠退こうとしてジリジリ後ろへ下がる。
「ま、待って下さい。何で殺されなきゃならないんですか?秘密は……誰にも喋りません!」
彼女はなおもオレににじり寄って来る。
「人間の約束なんて、薄っぺらい物ですよ。信じられません。私達、天使は決して人間に見られてはならないのです。見られた天使は一生後ろ指を刺される十字架を背負う事になります」
レイセオンさんはナイフを振り上げた。やばい……オレは生命の危機を感じていた。クソッ!近くに武器になりそうな物は……おっ三脚があった。壁に立てかけてある。野鳥を撮影するときに使うカメラの三脚。
オレは立ち上がり、三脚を取る、そして構えた。
「小癪な真似を……そんな物で、私に勝てると思いますか?貴島君」
「とう!」
レイセオンさんの鳩尾にオレの三脚が刺さった。ひざから崩れ、彼女は倒れた。
「油断しましたね、レイセオンさん。ナイフより三脚の方がリーチ長いんですよ」
オレは気を失っているレイセオンさんを抱きかかえ、ソファーに寝せた。大きく広がった羽を畳んであげるのに苦労した。
「今は気を失っているからいいけど、気が付いたら、またオレの命を狙うんだろうな……しょうがない、縛っておくか。警察に知らせてもどうにもなりそうに無い。天使に襲われたと言っても信じてくれなさそうだし。どうしたモンかなぁ?もし、レイセオンさんが捕まって、希少動物とか、絶滅危惧種みたいな感じで解剖実験されたらまずいし」
オレはレイセオンさんの手と足を縛った。勿論、自分の身を護る為だよ。風邪を引くと可哀相だから、 毛布を掛けてあげた。オレって殺人未遂犯に優しいなあ……。
「ううん……」
ソファの上でレイセオンさんが目を覚ましたようだ。毛布の中でもぞもぞと動いている。
「なに……これ?縛ったの?酷い……変な事してないでしょうね!」
「すいません。ナイフで刺される訳には行かないので」
彼女がキッと睨む。オレはプイッと目をそらした。
「これは婦女暴行罪確定ね。覚悟しなさい。社会的に抹殺してあげるから!」
「レイセオン先輩だって、殺人未遂じゃあないですか。お互い様ですよ」
「女と男じゃ、被害の重みが違うのよ!」
「それは、屁理屈じゃ……」
「屁理屈だって、理屈のうちよ!」
ダメだ、この人。何を言っても通じない。天邪鬼め……これ以上言い争っても仕方が無い……。話題を変えて見るか、オレが一番知りたい事だ。
「先輩は天使様なんですか?どうして、学校に通っているのですか?」
オレの質問で、レイセオンさんの顔が曇った。これは、何か訳ありのようだ。
「私は義務を果たしているだけよ。人間を魔物から護り、幸運を授けるのが私の義務よ」
「正義の味方ですか?それなのに罪もないオレを殺そうとして……冤罪ですよ」
彼女はプイッと頬を膨らませ、顔を背けた。後ろめたい事があるのかな?
「だって、《戦闘天使は人間に姿を見られてはならない》って規則があるんだもの。人間に姿をみられたら、『あいつ、人間に見られたんだ。恥ずかしいヤツ』って言われるのよ……私、耐えられないわ。他の天使にバレる前に、始末しないと……」
そんな理由で、オレを殺そうと……随分、安い命だよな。オレの命は。でもこれ以上命を狙われるのは勘弁だよな……。
「でも先輩、オレは天使の姿をした先輩の写真を撮っています。オレを殺しても、秘密は護れませんよ」
どうだい?レイセオン先輩。オレの勝ちだよな。
「うっ、わ、私を脅す気?卑怯者!男らしく殺られないよ」
困った人だな……屁理屈もここまで来れば立派だよ。
「まあ、そう取られてもいいですけど。それで、オレの命が助かるのなら」
「その写真よこしなさいよ!婦女暴行の上に、恐喝なんて完全に人の道を外したわね。この外道!」
「写真渡したら、オレを殺すでしょう。オレを外道って言うけど、先輩だって殺人未遂ですよ。人間を護るって言って、殺したんじゃ本末転倒だよ」
レイセオンさんは一騎に困り顔になった。フッ……語るに落ちたな。
「お願い、私が天使の姿を晒した事は内緒にして。お願いよ……なんでも言う事聞くから……」
な、何でも?ほ、本当か?
「今、『なんでも言う事聞く』っていいました?言いましたよね」
オレは完全に有利な状況に立ったと確信した。
「い、言ったわよ……そう、やっぱり貴方は外道ね。私をお嫁に行けない身体にしようと企んでいるのね。やっぱり殺して置くべきだったわ!」
「そんな事、言ってないでしょ!妄想が激しすぎますよ。オレはただ……先輩の写真を取らせて欲しいと思っただけです」
暫しの沈黙。そして、レイセオンさんの目から、涙が溢れて来た。泣き出してしまった。
「パパ、ママ、カトリーヌ……ごめんね、私は人間に姿を見られた。そして今度は裸の写真を撮られようとしています。この屈辱には耐えられません。舌を噛んで死にます。さようなら、皆……幸せに暮らしてください」
「わああああ!待って、待って!誰も裸なんて言ってないでしょ!オレはあの綺麗な朱鷺色の翼を広げた美しい姿の天使様の姿を撮りたいだけです。服は脱がなくていいですから。脱がれたら、オレが困ります」
何か服を脱がれたら、美しいものを侮辱した気分になってしまう。
「そう簡単に信じられないわ。私がいなくなったら、私の秘密をバラすんでしょ?」
この人は酷い妄想と屁理屈と猜疑心の塊だな。今までの清楚で美しい先輩のイメージは完全に崩れた。
「じゃあ、オレは先輩に信じられるように、何をすれば良いでしょうか?」
再び、沈黙が支配した。レイセオンさんはギッとオレを睨んだ。
「あなた、一人暮らしって言ったわね」
「はい」
オレは簡潔に返事をした。
「結構立派な家ね……」
「暫く、ここに住んで貴方を監視するわ!その間に秘密をバラしたら、貴方の首を刎ねるわ。もし、バラさなかったら約束通り写真を撮らせてあげる。でも、その写真は公開厳禁だからね!」
レイセオンさんはオレを睨みながら、訴える。
「阿弥陀如来様に誓って秘密は言いません」
「神様に誓って……って言わないのが腹立つわね」
「神に仕える天使様は殺人未遂犯だからです」
「ひねくれ者」
「どっちが……」
「だいたい、あなたは……」
ぐるぎゅぎゅるるるるる……。
「はて……レイセオン先輩のお腹から、怪獣の唸り声が聞こえて来たような気がするんですが?もしかして、お腹の中で飼ってらっしゃる?」
オレとレイセオンさんの会話を遮るようにおなかが鳴る音が聞こえてきた。
「私じゃないわよ。お腹がすいているのは私じゃないわよ」
あーあ。自分からバラしちゃった。レイセオンさん。オレはレイセオンさんの腕と脚を縛ってあるバンドをニッパーでプチンと切った。
「こ、このォ卑怯者!絶対に殺してやるからね!その前に何か食べさせなさいよォ!」
レイセオンさんはオレの首をグイグイ締め始めた。オレは首を絞める彼女の両手を押さえて必死に抵抗した。
「オレの首を絞めたら、先輩の食べ物を用意できなくなりますよ!」
掠れ声で言い放った一言で、彼女はオレの首から手を離した。フッ……腹は正直だぜ。
実はレイセオンさんが気を失っている間に夕食を準備していた。実は彼女を気絶させた事にオレは罪の意識を感じていた。だから、何かお詫びが出来ないかと思い、夕食を差し出すことにした。まあ、天使様の天罰を受けないよう、お供え物でもする感覚に近いと言えば近いかも。
「そんなことしても懐柔されませんからね……」
ぐるぎゅぎゅるるるるる……。
再びおなかの鳴る音が聞こえてきた。レイセオンさんの顔は真っ赤になっている。
「夕食……頂きます……」
彼女は俯いたまま、消入りそうな小声で自分の正直な気持ちを言ってくれた。腹が減ったと。
オレは夕食を準備してある食堂兼、台所へレイセオンさんを連れて行った。
オレは茶碗にご飯を装い、レイセオンさんに出した。レイセオンさんはテーブルに付き、お祈りを始めた。頭に黄金色のリングを出し、翼を広げてお祈りしている。
「わが主よ、今日も生きる糧を賜れた事を感謝します」
目を瞑ってお祈りする姿に、またまた見とれてしまった。この瞬間は彼女が美しく見える。性根のひねくれた天使様とは別人に見える。
「ご馳走様でした」
天使様は米粒一つ残さず完食された。食事を用意したオレとしては非常に嬉しい。
「有難う、美味しかったわ」
「どういたしまして……まあ、料理の腕はまあまあなようね……殺すのだけは勘弁してあげようかしら。このまま、私の使用人として生かしといてあげるわ」
餌付けは成功か?とりあえず殺される心配はなくなったみたいだな。
お互いの顔を見て、不思議と笑みがこぼれた。彼女に笑顔が戻った。オレはその笑顔に嬉しくなり、食器を片付けるのが楽しくなってしまった。と言っても、自動食器洗い機にぶち込むのだけど。
「さあ、私の部屋は何処?」
彼女は立ち上がり、腕を捲くった。
「本当にここに住むんですか?」
彼女はコクんと頷いた。
「空いている部屋はある?良ければ、一つ貸して欲しいんだけど……押入れや、階段の下の倉庫は勘弁して欲しいわ」
「あ、有りますけど……」
押入れや階段の下の倉庫って何の漫画と何の映画ですか?天使の世界でも上映されてるんですか?
「案内して」
彼女はオレの腕を引っ張り、食堂を出た。
オレは二階の空いている部屋に案内した。部屋の中には使われていないベッドと机が一式置いてあるだけだった。
「この部屋を借りるわね。ベッドで眠れるなんて久しぶりだわ。楽しみ」
彼女が部屋に篭ってベッドメイクしている間に風呂の準備をする。今まで一人で暮らしていたから、全部自分のタイミングでメシ、風呂、寝るを実行していた訳だ。が、人、一人増えると自分のタイミングなんて取れなくなってしまう。相手の都合も考えないと。
風呂が沸いたから、レイセオンさんに入ってもらう。風呂に向かうレイセオンさんにキッと睨まれた。これは「覗くなよ」って事だろう。目は口ほどに物を言う。
風呂上り、テーブルを挟んでレイセオンさんと向かい合う。もう既に三杯のお茶を飲み干し、四杯目に突入した。
「レイセオンさんは人間を魔物から守る為に戦っているんですよね」
オレは思い切って聞いてみた。目の前に天使様。信じられない事が起きているけど、話せば普通の人のような気がする。そうであって欲しいよ。
「そうよ、我々戦闘天使の義務よ。弱い人間を魔物から護るの」
「魔物って居るのですか?チュパカブラとかモーケーレ・ムベンベとかヒバゴンとか」
「それはUMAでしょ!ベタ過ぎて突っ込めないわよ」
レイセオンさんの顔には「全くもう」と書いてある。ように見える。
「貴島君には見えているわよね。魔物が。だってグリフォーネが見えたんでしょ?」
そうだった。レイセオンさんが戦っていた翼を生やした鷲面のライオンのような珍獣。グリフォーネって言ったっけ。確かに見えていた。
「そうなんだ。レイセオンさんは魔物から人間を護っているのか……正義のヒーローですね。凄い」
「ヒロインよ。私、女の子だもん」
「すいません。ヒロインですね」
「貴島君。ワザと言ってるんでしょ」
エレーヌさんは頬をぷーと膨らませて怒っている。でもすげえよなあ、憧れの正義のヒロインが目の前にいるんだぜ。何か嬉しくなっちゃうよ。だってオレは正義のヒーローになりたくて血の滲むような剣術の修練をして来たのだから。
「何で貴方には私の天使の羽が見えるのかしら?可視モードじゃなきゃ、フツーの人は見えないのに……」
「まあ……そうだな……多分、血だよ……親から受け継いだ血だよ」
オレには思い当たる節が一つあった。オレが一人ぼっちになった理由もそれだし、心霊写真を撮ってしまうのもそれだ。
「えっ?血ってどう言う事?貴島君の御両親って……」
「オレの親父は日本人初のFBIの超能力捜査官だったんだ。オレはその血を受け継いだのかもね。だけと、オレは親父程の能力は無いんだよ。精々、心霊写真を撮ってしまうくらいしかね」
オレが昔から幽霊を見たり、心霊写真を写したりするのはそう言う理由だと思う。多分。
「そうなんだ。それで御両親は何処に住んでいるの?貴島君は一人暮らしだっていてたけど?」
エレーヌさんは興味深々って顔で、オレの両親の事え尋ねて来た。だけどオレの答えは彼女をガッカリさせるだろう。間違いない。三年前からそうだ。
「死んだよ。三年前の事です。事故なんだか……事件なんだか……恨みも買ってたみたいだしね。オレも両親とは上手く行ってなかったし」
エレーヌさんの顔が一気に曇った。申し訳なさそうな顔をしている。そんな顔しないでくれよ。こっちが気を使っちまう。
「ごめんなさい。余計な事聞いてしまって」
「いいですよ。オレの中では、とっくに気持ちの整理が付いた事だから。それに……親父の能力は。余り良い方法で得たものではないみたいなんだよ。しょうがないさ」
オレの親父は常日頃から「悪魔と取引をした」と言っていた。オレは比喩的な表現だとずっと思っていたが、どうやら、本当に悪魔と取引をしたらしい。超能力捜査官としての能力と地位を得る為に。詳細は闇の中だけど。オレはそんな超能力を持っている親父が嫌いだった。親父の仕事も嫌いだった。そのせいで、僕の周りでは不可思議な現象とか心霊的な現象が常日頃から起きた。それが凄く嫌だった。
そんな頃、忠勝に出会って、剣の道へ進んだ。のめり込んださ。親父はそんなオレを嫌ったようだ。理由はあえて聞かなかった。聞かないまま、親父は亡くなった。
オレは普通のどこにでもある家庭に憧れたんだ。それだけだった。
オレはエレーヌさんの困り顔が見てられなくなって、話題を強引に変えてみた。
「ところで、その翼は大きく広げたり、小さく畳むことが出来るのですね」
オレはキラキラと蛍光灯の光を反射する朱鷺色の翼に見とれていた。
そうね、広げると四メートルぐらいかしら、畳むと小さくなるの。戦闘中はこの機能を流用して、翼の後退角を可変させて旋回性能を上げているのよ。空中戦で強力なアドバンテージよ」
「レイセオンさんは正義のヒロインとして戦うと何か良い事があるのですか?例えば、魔物を一匹やっつけると賞金が貰えるとか……」
「正義のヒロインの御褒美って知ってる?……何も無いわ。ただ怪我とかするだけ……」
オレは、ハッとした。この人、お金目当てで戦ってるんじゃないのか?だったら……。
「じゃあどうして魔物と戦ってるんですか?何もいいことなさそうなのに」
「他にやる人がいないから……本当に他にやる人が居ればすぐに代わるわ。だけど誰も居ない。だからやっているのよ。私たちは戦う為の存在だから……って言えばカッコいいんだけど、実体は慢性的な人手不足なのよ」
責任感強い人だな。
「尊敬します。その責任感の強さとエレーヌさんの強さに」
「ありがと。そう言われると、元気が出てくるわ。いまの言葉でだいぶ救われた気がする。人間の貴方にそう言われると」
「天使って小さな子供ってイメージがあるんですけど……」
「あれは人間の勝手なイメージよ。小さな子供の天使だっているわ。天使だって老若男女色々よ……って、貴島君は人の心を掴むのが上手いのね。さっきまでは貴方を殺そうとしていたのにね。変な感じ」
そんなこんなで弾む会話が進み、夜は更けていった。
「もう遅いし、寝ましょうか……」
「そうね、明日は学校だし」
そう言って彼女は二階へ行こうと居間のドアを開けた。
「貴島君……色々ありがと。一応お礼を言っておくわ」
彼女は顔を朱色に染め、俯きながら礼を言っている。不思議となんだか嬉しい。
「オレもレイセオン先輩が居てくれて楽しいです。オレも一応お礼を言っておきます。有難うございます……と」
「エレーヌ……でいいわ、元就君。おやすみなさい」
レイセオンさん……、エレーヌさんはそれだけを言い残して、パタパタと階段を上がって行った。
オレはリビングの照明を消して、自分の部屋に行く。ベッドに寝転がり、今日の出来事を思い起こす。
このまま暫く、ここで暮らすって言っていた。仲良くやっていけるかな?殺されかけたけど、悪い人じゃないと思う。ただ凄く勘違いと妄想が激しいけど。