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第19話 彼女の実家

 静寂なる場所。今オレの居る場所だ。静寂なのは物凄い緊張感に包まれた空気の中に居るからだ。

 綺麗に掃き清められた、畳み。真っ白な障子。自分の尻尾を噛んでいる竜が描かれた掛け軸。若干微妙な感じはあるが、純和風の一室。所謂(いわゆる)床の間だ。

 奥の上座には男が一人、胡坐(あぐら)をかいている。顔は彫りが深く、見事な金髪。どう見ても外人だが、着ていらっしゃる服装が作務衣(さむえ)なのが何ともミスマッチ。

 そこから五メートル程離れた所に、オレが一人正座で座っている。そしてオレは黒い小袖に灰色の袴姿。そう、侍の様な恰好をさせられている。「パパに会うならこの恰好がいい……」とエレーヌさんに言われて着た。どうせ、オレの学生服は屋上のイザコザでボロボロだったし。剣道着に似ているから、着ていても別に違和感とかは無いんだけど。オレにとっては。

「貴島元就君と言ったね……」

「はい!」

 オレは怒気の籠った低い声で名前を呼ばれた。それに負けないよう大きな声で返事をしてみた。だが相手は眉一つ動かさない。そう、オレの眼の前には屈強なオッサンが一人いる。

「エレーヌ……娘とはどう言うつもりで付き合っているのかね!」

 どう言うつもりかって?そりゃ簡単には返事が出来ない質問だよ……。

 オレ今エレーヌさんのお父さんと対峙していた。一対一で。何故こうなったかと言うと、少し時間を遡って説明する必要がある。それは昨日の出来事だったんだ。


「どお、調子は?顔色もだいぶ良くなったじゃない」

「ああ、有難うエレーヌさん……心配掛けて済まない……皆」

 オレは病院の病室のベッドに居た。エレーヌさん、クララさん、桜子さん、深井キャプテン、そしてオールバックが印象的なオッサンが一人。オレのベッドを囲んでいた。

 オレは昨日心臓の手術を無事終えた。心臓の修復が完了したので、早速、オレの身体に取り付けた。こんな言い方をすると、オレはまるで改造人間になった様な感じだが、普通の人間であると断言する。

「良かったじゃない。明日には退院出来るみたいで。お祝しなきゃね」

 桜子さんがエレーヌさんの前に割って入ってきた。エレーヌさんは「ちょっと!なによ……」と怒っている。

「心配しましたわ。あのまま、無菌室から出て来られなかったら大変ですもの。もし、事故でも起きたりしたら……」

 事故って何だ?無菌室ってそんなに不安定な設備なのか?エレーヌさんは「事故ってどう言う意味よ!私と元就君はそんな関係じゃないわよ!」って訳のわからん怒りをぶちまけている。

「でも……何か、雰囲気が少し変わった様な気がするわ。元就君。」

「そうかい、そんな事は無いと思うけど、少し痩せたかもね」

 桜子さんはオレの心を読めるのかな?そうさ、忠勝の事が気になるのさ。多分次は本気で戦わなくてならないだろうから。

「ちょっと話してもいいかな?貴島君」

 オールバックのオッサンが話しかけて来た。このオッサン、翼が有るから天使なんだろうけど、その容姿からして、翼が全く似あわん。むしろ、リボルバー拳銃とタバコが似あうよ。

オッサンがバッヂを見せてくれた。が、書いてある文字は全く読めん。オレは今、キョトンとした顔になっているに違いない。

「キャラハン捜査官だ。宜しくな」

「あっ、警察の方ですか?お、オレ……いや、僕は貴島元就です」

 捜査官と聞いて、ドキドキした。別に悪い事はしていないのだけど、警察と聞くと何故かドキドキしてしまう。どうせ、小心者の一般小市民さオレは。

「君も知っていると思うが、君は今、切り札となっている。暫らく身を隠して欲しいのだよ」

 オレは何を言ってイイのか、言葉が出なかった。身を隠すってどうすれば良いのか……。

「何処に身を隠せばよいのでしょうか?オレこの世界の人間じゃない。頼る者も、頼る所も無い。だから降りかかる火の粉は自分で払う」

 今まで襲いかかって来た魔天使達や魔物であれば、オレの神威で斬る事は容易い!

「そうね、地下の留置所がいいんじゃないかしら?」

「オレは犯罪者じゃねえ!そんな所で(かくま)われなくても、オレは魔天使達に捕まったりしねえ!」

「そう言っても、万が一、元就君がヤツらに捕まったら、大変な事になるじゃない」

 深井キャプテンはオレを牢獄に入れたくてしょうがない様だ。チクショウ、他人事だと思いやがって。

「そうだな、貴島君はそう言うと思ったよ。だからレイセオン議長に身柄を預かって貰おうと思っている」

「「えええっつ?なんですって?」」

「病院では静かにしなさいよ!」

 大きな声で抗議をしたのは、エレーヌさんと、クララさん。その二人を制したのは深井キャプテン。彼女達の間で、深井キャプテンを長とした新たな秩序が生まれたようだ。

「もう、手配は出来ている。と、言うよりか、レイセオン議長からの申し出だ。断れないよ。我わらの様な下っ端は……と言う訳で、納得してくれないか?貴島君」

 キャラハン捜査官はニヤニヤ。クソッ、このオッサンも他人事かよ。

「貴島君、これを返すよ。大事なものだろう」

 キャラハンのオッサンは、オレの愛刀、神威を渡してくれた。

 あのままだった。学校の屋上でエレーヌさんとクララさんの攻撃を凌いだ時のままだ。朱色の鞘は傷だらけ、ヒビ割れ、もう、ボロボロだった。

「ごめんなさい、元就君、私達が……」

「エレーヌさん、謝る必要はないよ。クララさんも悪くない。悪いのは……サーベリオンの野郎だ」

 エレーヌさんとクララさんが沈んだ顔になってしまった。彼女達は責任を感じているのだろう。そんな顔をされるとオレも辛い。

 そんな彼女達の顔を見ているのは耐えられないので、話題を変えて見よう。

「キャラハンさん、そのレイセオン議長にオレの身柄を預けるって……何者ですか?その議長って大袈裟な肩書の人は……ん?レイセンオン?聞いた事がある名前だね……」

 皆の視線が自然とエレーヌさんへ注がれた。

「そうよ!私のパパよ!」


 そんな訳で、オレはエレーヌさんのパパさん、【シャルル・レイセオン】さんがオレの眼の前で怒っていらっしゃる。何故怒っているのかは全く見当が付かない。敢えて言うなら、多分、オレの事が気に入らないのであろう。そしてオレに浴びせられた質問は「エレーヌ……娘とはどう言うつもりで付き合っているのかね!」と。

「どう言うつもりかって訊かれたら……付き合っていると言うより、(しもべ)として仕えていると言った方が良いかと思います」

 パパさんの目が一層と細くなった。

(しもべ)だと……変態か?お前は。ウチの娘に何をやらせている」

 全くの誤解だ。オレは一方的に(しもべ)をやらされているだけだ。と反論したいが、この人には何を言っても言い返して来るんだろうな。

 何だか、一方的に怒られているみたいで、面白くない。反論してやろうかと思うが、エレーヌさんのお父さんだから、自重する。ここは我慢の男の子だ。

「言いたい事が有るなら、ハッキリと言いたまえ。反抗的な目つきをしているな」

 来た……さすがにこの言葉にはカチンと来たよ。オレは言われの無い言い掛かりを付けられて、まあ、エレーヌさんのお父さんだから、我慢していたけど、そこらへんで止めといて欲しかった。ここまで言われたら、オレも言いたい事を言うぞ!

「ならば、尋ねます。何故、エレーヌさんを戦闘天使にしたのですか?どうして、普通の女の子として育ててあげようとしなかったのですか?自分の娘だろう!幸せになって欲しいと思わないのか?」

ぶうん!と空を切る音と共に、シャルル殿の元にあった肘掛が飛んで来た。オレはサッと上半身を右に傾けて、避けた。肘掛はバキャッ!と拉げる音を出して、オレの後の襖へ直撃した。

「お前みたいな世間知らずの小僧に何が解る!」

「うるせえ!解らないから訊いているんだよ!娘に言い寄る男が憎いくらい、娘を愛しているなら、どうしであんな辛い目に遭わせるんだよ!」

 オレは後に転がっている肘掛をシャルル殿目掛け、投げ返した。渾身のストレート。だが、シャルル殿は畳みの上を華麗に転がり、肘かけを避けた。肘掛は尻尾を咥えた竜の掛軸を直撃し、粉砕した。勿論、掛軸も、見事に破れた。

「よくも……半生を掛けて集めた芸術品を……許さん!そこに直れ!」

 シャルル殿は床柱に立て掛けてあった、槍を持った。引きちぎるように穂鞘をはぎ取った。ギラリと穂先が光る。良く手入れされていて切れ味が良さそうな槍だ。

 オレも遠慮なく愛刀の神威を左腕から抜いた。

「抜いたな……貴島元就。それがこのレイセンオン議長に対する態度か?何様のつもりだ」

「それは、こっちのセリフだ。テメエこそ何様だ。オレはこっちの世界の天使じゃない。ただのちっぽけな人間だ。だから議長だの、盲腸だのテメエの肩書なんぞ、クソくらえだ!」

 ヒュン!と槍先が飛んで来た!オレは寸前でかわす。右袖口がパアっと斬り裂かれた。

以外にやりやがる、このオヤジ。鋭い突きを放ちやがる。

 槍の方がリーチが長い、オレの刀の間合いに飛び込んだら、串刺しにされちまう。神威を構えるが、余り意味が無い。こっちの刀がシャルル殿を捉えるにはあの槍を封じないとダメだ。何か策は無いかと考える。

「小僧、どうした?口だけか……お前にワシの気持ちがわかって堪るか!エレーヌは……エレーヌは……あの娘は戦闘天使にならなくては、その幼い命を失っていたのだ。他に選択肢は無かった。小僧!この身を切られる思いで娘の未来を得ようとして、娘の大事な物を失う苦しみが……お前にわかるか!」

 な、なんだと……そんな事が……あったのか?

「うわああああああああ!」

 シャルル殿は大きな声を上げて、槍をオレに向かって叩きつけて来た。ただ単純に大きく上からたたきつけて来た。オレはその単純な動作に冷静に対処した。神威で槍の穂先を柄から斬り落とした。ドスッと柄から泣き別れた穂先が畳みに突き刺さった。

 オレはシャルル殿の眼から、涙が流れているのを見逃さなかった。無茶苦茶なオヤジだが、娘を愛する気持ちに嘘、偽りはない様だな。

「オヤジ……顔拭けよ……」

 オレは斬り裂かれた右腕の袖を引き千切って、オヤジへ投げつけた。オヤジは袖を受け取り、顔を拭く。左手には穂先が無い槍を持ったまま。その槍の先はオレに向けられたままだ。未だ、戦闘は継続状態って事だな。オレも神威を握り直して構えた。

 オヤジは顔を拭った袖を床に放り投げた。

「武士の情けってヤツか?……ふん!礼は言わんぞ小僧!」

「そうかよ!リハビリには丁度いい……ケリを付けようぜ!」

 その場の気温が一気に下がった気がした。オヤジの殺気がピリピリ突き刺さる。その背中に、純白の翼が拡がった。忘れていたぜ。コイツも天使だった。

オヤジの槍は穂先が無いとは言え、まだ、リーチが長く有利だ。しかもあの堅い槍の柄だって立派な凶器だ。下手をすれば、致命傷になる。

 バン!と襖が弾け飛ぶように左右へ開いた。

「チョッと!何やってるのよ。あんた達!家を壊す気?」

 飛び込んで来たのはエレーヌさん……にしては少し雰囲気が違う。

「ママ……ここは見逃してくれ!可愛い娘をこんな小僧にとられたくない!」

 ママ?もしかして、エレーヌさんのお母さんか?と驚いて見たけど……まあ……そっくりだね。母娘だもの。

「あなた!大人げないわね。エレーヌだって年頃の女の子だから、ボーイフレンドの一人や二人居たっておかしくないわよ!」

 エレーヌママは腰に手を当て大きくため息を付いた。

「な、二人もいるのか?」

「スキあり!」

 オヤジはオレから顔を背け、エレーヌママの方を向いた。馬鹿め!戦闘中によそ見するとは、死にたいのかよ!

 シャキーン!と金属音を立てて、オレの神威がオヤジの槍を真っ二つに斬った。これはもうタダの二本の棒だ。

「ああ……エレーヌ。パパを見捨てないでくれ!」

 オヤジは片膝を付き、うなだれた。もう、戦闘不能だな。さっきまで見せていた威厳と威圧的な表情は消え去り、絶望の淵に立つくたびれたオッサンになってしまった。

 そう思ったら、ムックリと立ちあがり、オレのおでこに頭突きをかまして来た。

「小僧、ワシはお前を絶対に認めん。エレーヌが何と言おうと絶対に認めん!覚えていろよ!」

 汚い唾を飛ばしながら、オレを罵り、捨て台詞を吐くオヤジ。認めてくれなくて結構だよ。だってあんたとエレーヌさんは別な人格だし、オヤジの所有物じゃねえ!オレはエレーヌさんにオレの存在を認めて貰っているだけでいいんだよ。

「ごめんね……貴島さん。こんな人だけど許してあげてね」

 エレーヌママはニコニコと笑いながら、オヤジを床の間から追い出した。

 でも……ママさんは凄い恰好をしている。まるで中世ヨーロッパの貴族の様なドレスと天井に届きそうなソフトクリーム見たいな髪型。この純和風の床の間の雰囲気をブチ壊している。背中にはエレーヌさんと同じ朱鷺色の綺麗な翼を纏っていた。やっぱり天使さんだった。

 何か、場違いと言うか、文字通り異次元と言うか、そんな所へ来ちまったようだな。

 オレは神威を鞘に納め、腰に刺した。袴だから、腰に刀はしっくりと来る。

「どうしたの?……落ち着かない見たいね。自分の家だと思って(くつろ)いでイイのよ」

 エレーヌママさんがオレの事を気遣って暮れている。その気持ちには素直に感謝したいと思う。だけどな……。凄く引っかかる事が有る。そう、オレは匿って貰っている。それはオレを匿うこの家の人も魔天使達に狙われる可能性が有るってことだ。

「オレ……こんな所に居てイイのでしょうか?魔天使達はオレを狙っているようだし、パパさんやママさんを巻き込むかも知れない」

 ママさんはニッコリとほほ笑み、オレの肩へ両手を掛けて、オレの眼を見て話してくれた。

「そんな事は心配しなくてもイイのよ。万全の態勢で貴方をガードするからね。今まで有難う。この小さな両肩で異なる二つの世界の秩序を護ってくれていたのね……もう大丈夫よ。私達に任せて。元就君や澪さんの世界もこの世界も……だから、あなたは自分の未来について考えて見て」

「オレの……未来……ですか?」

「そうよ。元就君にも将来を思い描く夢があるはずよ。いつまでも刀を握って居られないと思うわ……。私は、貴方に武器を捨てて欲しいと思うのよ。普通の高校生として生きて欲しいのよ。皆そうよ、クララも、大豪院さんも、深井さんも、勿論、エレーヌもね。いつまでも刀を振るうなんて出来ないわよ」

 うん……いやあ……まあ……何と言うか、今の言葉はオレの心に突き刺さったぜ。凄く苦しい。そして何か今までの自分が狭い了見で生きていた事を感じさせてくれる。『武人は死の覚悟を終わらせている』そんな考えは間違いだと言う事なのだろう。

「死んだら負け。幾ら英雄的な行動をしても、死んだら負けよ。負けないで、元就君」

エレーヌママさんはオレが考えあぐねいているのを見透かしたように言い加えた。そうなんだろうな。ママさんの言う通りかも知れない。

「そうですね、負けるのは嫌いですから。オレは死にません」

「良かったわ、それでこそ、娘が見込んだ人だわ……元就君、部屋で休んでいて。今、エレーヌ達が夕食の準備をしているから。何だか「元就君へ栄養の有る食事を摂らせないと」とか言って頑張っているから」

 そう言ってエレーヌママは部屋を出て行った。オレ一人になった。物音ひとつしない静かな部屋。

 オレは部屋の中央へ座して考えた。エレーヌママさんの言った事に付いて。

 考えて見れば、オレにはママさんの様な導いてくれる親が居ない。全て自分の判断で解決して来たんだ。その考えが正解から程遠くても、自分で責任を取っていたつもりだ立った。その考えは間違っていないと思う。

 良く考えて見た。そうだ、この世の誰しもが夢を持ってるし、未来に向かって希望をもって生きているハズだ。だが、良くわからん理不尽な事でそれがジェイソン達魔天使に奪われようとしている。その鍵となるのは誰でも無い、このオレだ。オレの存在が沢山の人達の未来へ影響を与えようとしている。

 それを回避するには……やっぱりカタを付けなきゃならんのか?

 エレーヌママさんの言葉に甘えたい気持ちもあるし、その行為を無駄にしたくない気持ちもオレの中に有る。だが……もう一つ心に引っかかる事がある。そうだ、忠勝だ。ヤツは何かしようとしている。もし、ヤツが、エレーヌさん達の前に現れたら……優しいエレーヌさんは忠勝と戦えるだろうか?

 それを回避するには……「武器を捨てろ、いつまでも刀を振るうなんて出来ない」って言われたけど。今は振う事が出来る。何よりオレは帯刀している。ジェイソン達の野望を斬る事が出来る武器を持っている。オレ、マシーン、ジェイソン、宝玉。このうち二つを消滅させる事が出来れば、皆幸せになる。目的が消滅すれば、忠勝も黙るだろう。

「どうする?……行ってみるか?今夜にでも……早い方がいい。確かクルナス城と言ったか?」

 そうだな、オレの最後の戦いには相応しい場所かもな。



 丁度、その頃、クルナス城で事件が起きていた。

「どうしちゃったのよ?ペッターさん?」

『うへへへへへ……可愛いのう、お嬢さん……』

 執事のペッターは異様な雰囲気だった。常日頃から礼儀正しく、清楚で、きりっとした身のこなし。清潔で折り目のついた服装で有る彼が、全く別人と呼べるほど、風貌が変わってしまった。ボサボサの髪の毛、ボタンと留めず、だらしなく開いた胸元。そんなペッターは今、イリアに襲いかかろうとしている。

 ここはイリアの司令部室。今、この部屋にはイリアとペッターしか居なかった。

事の始まりは、イリアが、司令部室のテーブルで必要経費の計算をしていた時だった。ペッターは司令部室の掃除をしていた。

 イリアは司令部室の一番奥に自分専用のテーブルと椅子を置き、そこへ座っていた。そのイリアの後に書棚を置き、その上に小さな座布団を置き、その上に宝玉を置いてあった。

 ペッターが書棚の清掃をしていた。掃除の邪魔と思い、宝玉を別な場所へ異動させようと手に持った時だった。

『うォォああああああ!!!!!』

 細面で華奢な身体のペッターとは思えないような奇声を発して、自らのシャツをビリビリと破りだした。

 その目は藪睨みのイヤらしい目付きになって、イリアを舐めまわすように見ている。

『はあ、はあ、お嬢さん……一緒に遊ばないかい?』

 イリアはその、凶器に満ちたイヤらしい目から逃れようとドアに向かって飛び出した。

『トゥ!』

 ペッターはその場から伸身宙返り二回ひねりを決め、扉の前に綺麗に着地。イリアの行く手を阻む。

「ひっ!」

 イリアは小さな悲鳴を上げた。異様なペッターに身の危険を感じ始めていた。

『逃げ道はないぞ……お嬢さん!』

ペッターはムーンウォークしながら、イリアへ襲いかかって行った。イリアのブラウスを握り、引きちぎろうと、手に力を込めた。


「果たし状って……何をする気だよ。島田」

「まあな」

 硯に波打つ漆黒の墨汁。その黒い液体をたっぷりと筆に浸みこませ、書状をしたためているのは忠勝であった。

 それを食い入るように右から覗き込むクランツ。父、フランク・サーベリオンの書斎を借りて、忠勝は果たし状を書いていた。

「それを、貴島へ送るのか?」

 クランツは地図を折り畳んでいた。その果たし状へ同封する為。

「ああ、そうだ。元就は単純なヤツだから。この果たし状を読めば、間違いなく、この城に乗り込んでくるはずだ。こっちから出て行って連れ出す手間が省けるし、天使達との余計な戦闘も回避できる。こっちは人材不足だから、出来るだけ消耗は避けたい。元就の身柄を押さえるにはイイ作戦だと思う。」

「以外に、考える奴だな、島田。しかも顔に似合わず気が効く。ワザワザ、果たし状にクルナス城のアクセスマップまで入れるなんてね……」

 クランツは折り畳んだ地図、そのアクセスマップを忠勝へ渡した。アクセスマップには元就用に日本語へ翻訳された、クルナス城付近の地図と、公共の交通機関を使用した場合のルート。バイクで来る時のルートまで記載されている。さらに警備の手薄な城の門や、忠勝との決闘の場所までの城内部の詳細まで描かれた大変、気が効いた物だった。忠勝は何としても、元就をクルナス城へ呼びたかった。

「これを、元就がいる、レイセオン宅まで郵送したいのだけど、どうすればイイ?」

 元就がレイセオン議長の家に身を寄せている事は、忠勝に筒抜けだった。

「ペッターに頼もう、あいつは執事だから、郵便物の取り扱いに詳しい。今、呼ぶよ」

 クランツは書斎の電話の受話器を取った。その手を制したのは忠勝だった。

「どうせ、今から司令部室へ戻るから、その時に渡そう。呼びつけるのは気の毒だよ。あいつは真面目で、常に忙しそうだから。お前は暇だろ、クランツ」

 忠勝は目で「お前がやれよ!」とクランツへ訴えるが、鈍いクランツは全く気が付かなかった。そんなクランツにイライラする忠勝。「コイツにはハッキリと口で言わなきゃダメか……役に立たん……」と小声で呟いた。

 忠勝とクランツは書斎を後にした。緊急事態発生中の司令部室へ戻る為に。

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