第12話 元就御乱心
「いやあああああ!なにするのぉぉお元就さん!止めて!」
私の眼の前に奇妙な光景が広がっている。ここは貴島家のリビング。今、この場にいる人物は私、エレーヌとクララ、そして、元就君。
リビングにはクララの悲鳴が大音響サラウンドで響いている。
それは、元就君が、元就君が……クララの可愛いチェックの柄のロングスカートを捲りあげた。
クララは捲られまいと必死にスカートを両手で押さえている。その上、背中の翼で元就君の頭をバシバシ叩いている。いや、今度は翼で往復ビンタだわ。
それでも、元就君はクララのスカートを離さない。
「むははっははああ!やっぱり若い女子は柔らかくて良いのう……」
元就君の眼はギラギラと血走って、鼻息も荒い。タダのスケベなおじさんのようだわ。
「エレーヌ!助けてぇ!」
お安い御用よ、クララ。今助けてあげる。
私は鞄の中から弓と矢と防毒マスクを取り出した。弓に矢をセットし弦を引く。ターゲットは勿論元就君。
「私以外の女の子にチョッカイ出すなんて……元就君、許さない。私の心は深く、深く傷ついたんだからね!」
セットした矢は『催涙弾』。クシャミと喉の痛みで苦しむが良いわ……。
ターゲット迄の距離はわずか二メートル。弓の達人の私が外す訳が無い距離。さあ、観念しなさい!
「おっ?こっちの女子もまた可愛いのう!」
「な!なっ?きゃああああああ!」
元就君はクララのスカートから手を離し、今度は私に向かって飛びかかって来た!
嫌!嫌よ!こんなケダモノみたいなのは元就君じゃない。
やめて!どうせ、抱き付くなら、もっとロマンティックなシュチュエーションにしてぇ!
私はギュっと眼を瞑った。手にしていた弓は元就君に跳ねのけられてしまった。もうダメ。私は遂に元就君に蹂躙されてしまいます。
覚悟を決めた。いつかはこう言う日が訪れるのだから。パパ、ママ、カトリーヌ……ごめんね、私は大人の階段を登ります。……ああ、元就君、私を大切にしてね………………あれっ?……どうしたの?何も起きない?せっかく乙女が一大事の覚悟を決めたのに?
眼を開けて見た。私の前にはクララが驚きの表情で立っていた。元就君は、膝を折り、胸を押さえ、苦しんでいる。
「だ、誰だ!オレの身体を勝手に使いやがって!」
「元就さん!どうしたの?」
「元就君!しっかりして!」
オレは勝手に動こうとしている自分の身体を押さえこむ。前進に激痛が走る。苦しい。だが押さえこまないと、オレは……婦女暴行の汚名を被ってしまう。
こうなったら……。
オレは左手から神威を抜いた。逆手に持ち、刃先を自分の腹に当てた。婦女暴行と言う汚名を着て、生き恥を晒すくらいなら自分で腹を斬ってやる!
「このおおおおお!」
オレの身体を操る力が切腹を妨げる。神威はオレの胸先三寸で止まったまま動こうとしない。オレは全身の力を神威に注ぎ、刃を自分の腹に付き立てようとした。だが、オレの意思とは違う力が腕の動きを止める。傍から見れば、切腹を躊躇う根性無しにしか見えないじゃんか!
「この野郎!ひと思いに切腹させろ!」
「ダメ!死んじゃダメよ!私の人生計画がぁぁ!」
エレーヌさんの声が聞こえた。何を言っているか解らんが。そしてエレーヌさんの白い靴下を履いた右足の裏とその奥に白い三角の布が見えた次の瞬間……。
オレの顔面に激痛が走り、後ろへ吹っ飛んだ。頭にも激痛を覚えたけど、そこからは何だかよくわからん。意識が遠退いた。
オレは真っ暗闇の中にいた。少なくとも、現実の世界では無いことくらいオレにはわかる。
上下左右三百六十度、闇の世界、自分の手足すら見えない状態だ。
本当に何にも見えないんで、凄くイライラして来た。もう発狂寸前だ。いつまでこんな真っ暗な所に居なきゃならんのだよ!
『元就よ……落ち着くのだ』
また、コイツかよ……。いい加減うるせえよ。この頭の中に直接話しかけられる感覚は気持ち悪いんだよ。
「引っ込んでろよ。お前、宝玉だろ。オレの中に居座って。一体何の用だ?」
『元就……良く聞くのだ。我はお前の父を宿主とした事が有る』
「嘘つけ、信じられるかそんな事。テキトーな事言うな!それにお前は桜子さんを苦しめただろうが」
『嘘ではない。お前の父は人並み外れた能力が有ったはずだ。それに大豪院桜子は苦しめてはいない。彼女を快楽の頂点へ送ろうとしてやったのだ。あれが彼女の本当の姿だ』
ん?今の言葉は本当か?確かにコイツが言ってる親父の事は間違い無い。桜子さんはあれが本当の姿だって?クソッ!今のコイツの話を聞かざるを得なくなっちまった。
『やっと、我の話を聞いてくれるか……我の事はレオンと呼ぶがいい。宝玉とは主神が勝手に付けた名だ』
「レオン?……」
『元就よ、お前の望む力を与えよう。父が持っていたあの能力は我が与えたものだ。お前の父はその力を犯罪捜査に利用したのだ』
「そうか、少しわかった気がしたぞ。じゃあ、親父は何を対価としてお前に払ったんだ?まさか無料ってわけもないだろう?」
『お前の父は、その犯罪捜査で逮捕した犯人の魂を我に与えてくれた。お陰で、我の力は格段に向上し、今や主神の力を越えようとしている。どうだ、我と一緒に世界を支配したいと思わないか?』
やっぱり親父は胡散臭い事やってたのか。オレは凄く落胆した。親なら、子供が胸を張って自慢できる仕事をして欲しかった。
今は、レオンとやらの話を聞いてやる。
「具体的に何ができるんだ?宝玉さんは」
『他人の意思や身体を支配し、自由に操れる。それには宿主と言う触媒が必要だがな』
「オレが必要ってことなのか?」
『そうだ。我には手足が付いていないからな」
「どうして他人を自由に操れる事で世界を支配出来るんだ?」
『魔天使……ジェイソン達は我の能力を使って、人間達を操り、世界戦争を起こさせる気だ。人類の三分の二を抹殺するつもりだ』
ハッと思った。そうだ、他人を操る事が出来ればそんな事も可能だ。今の人類は一色即発の状態だからな。
「そうか。オレが望めば、他人を操り、世界を支配出来るのだな。お前が欲しい対価は何だ?人の魂か?」
『違う。魂はもういらん。我の力は主神を凌駕している。我が欲しいのは元就、お前の身体だ。』
「何?……とりあえず理由を聞こう」
『我も……若い可愛い女子とイチャイチャしたいのだ』
「さっきの乱心はテメエの仕業か!」
『我慢出来なくなった。元就、お前はずるいぞ、可愛い女子を独り占めにして。恨んでいるのは野球男や空手男やコックだけではない!』
「テメエ、オレの気苦労も知らないで抜け抜けと言いやがって。自分で他人を操ればいいじゃねえか」
『さっき言ったハズだ。触媒が無いと出来ない。簡単に言うと我は自分の力だけでは他人を操れない』
「不便なヤツだな。いっそジェイソンの所へ行っちまえよ。その方が世界を支配して女を自由に出来るじゃねえか」
まあ、そうなったら、ジェイソンごと叩き斬ってやるけどな!人類の抹殺なんて許さん。
『ふん!見損なうな。人類の三分の二を抹殺しようとしてるのだ、魔天使どもは。その三分の二の中にどれだけの美人や美少女が含まれると思う?良く考えるのだ、元就』
「そうか、テメエにも良心が有るのか?いや、タダのスケベ心か?」
『何とでも言うが良い。我に残された楽しみはそれしかないのだから』
「じゃあ、オレに力を貸せ。ジェイソンはオレ達共通の敵だ。【敵の敵は味方】ってヤツだ。ジェイソン達を退けないと、エレーヌさんや桜子さんやクララさんが危険にさらされる。
特にジェイソンはエレーヌさんに御執心だ。奪われたくないだろ」
『そうだな。エレーヌは我の好みのタイプた。どストライクだ』
「じゃあ、決まりだ。宜しく頼む」
『元就、我の力の使い方を教えよう……』
オレ夢の中で宝玉と話し合い、協定を結んだ。そして、他人を操る方法を聞いた。
『力の使い方だ、良く聞くのだ。まず、我の存在を胸中で念じるのだ、そして操りたい相手を見る……』
「ぐわあああ!」
オレは全身に激痛を感じ、叫んだ。身体が一気に覚醒する。眼も無理やり覚めた。
「もう一回行くわよ、エレーヌ。チャージ……ゴー!」
バリリッ!
「だああはあああ!いってええよ!」
オレは凄まじい衝撃を胸に受け、仰け反った。
「ああ、気が付いたのね!元就君!」
全身にダルさを感じつつ眼の前の二人の女性を見た。一人はエレーヌさん。胸で手を組んで涙目で祈っている。問題はもう一人、大変美人に成長されたクララさん。彼女の手にはAED【自動体外式除細動器】のパッドが握られていた。
そう、オレは電気ショックを喰らって、眼をさました。畜生……無茶苦茶しやがって、死んだらどうする?
「良かったわ、元就さん。一時はどうなるかと思いましたのよ」
クララさんはよよと泣いている。彼女達の気持は凄く嬉しいのだけど、オレの身体はボロボロだ。全身がダルくて動けない。
「お陰で眼が覚めたよ。二人とも有難う」
一応、お礼は言っておく。彼女達に悪気は無いと思うから。
「ああ、元就君!」
エレーヌさんが両手でオレの頬を撫でてくれた。そして彼女は背中の翼を大きく広げ、オレを包み、翼で抱き起してくれた。
何だか暖かくて、凄く良い気持ちで身体のダルさが抜けていく。
「死んじゃったかと思って……クララにお願いして蘇生して貰ったの。大丈夫?元の元就君に戻ったのね良かったわ。もう浮気しないでね」
そうだ、もう一人電気ショックの直撃を受けたヤツがいる。オレは心の中でそいつを呼んでみた。
「おい、レオン聞こえるか?」
『……』
クソっ、応答が無い。今の電気ショックで壊れたか?
力の使い方を最後まで聞けなかったよ……。