第11話 魔天使の苦悩
静寂が包む薄暗い場所。塵一つ感じられない澄んだ空気が支配する。ここは礼拝と呼ばれる、心身を清める場所。
その礼拝堂の中央に立ち、ステンドグラスを見上げている青い翼を広げ、男が一人。夕日を受け荘厳な輝きを放つ。
ステンドグラスには美しい翼を広げた天使が描かれていた。青い翼の男はため息交じりでその天使を見つめていた。
「エレーヌ・レイセオン……」
礼拝堂の入り口のドアがゴゴゴゴゴゴゴと音を立て開いた。
「ジェイソン殿!」
礼拝堂の入り口からジェイソンの元へ駆け寄る男が一人。彼は「はあ、はあ」と息を切らせながら駆け寄った。
「ジェイソン殿!エイドリアンが離反した。ニコライもだ!宝玉を手に入れられないことで、離反者が激増です!」
ジェイソンはステンドグラスを見つめたまま、振り返ろうとしない。
「放っておけ、アランよ。宝玉を取り戻せば、ヤツらも戻ってくるだろう」
「ですが、ジェイソン殿。ラッセルやマウロに重傷を負わせるようなヤツらです。本当に宝玉を取り返す事が可能なんでしょうか?」
再びゴゴゴゴゴゴゴゴゴと礼拝堂のドアが開いた。
ジェイソンとアランは扉の方を向いた。扉の先から白いマントをなびかせた大柄な男が歩いて来た。編上げのゴツイブーツがギシギシと音を鳴らし。大きく脚を動かし、ジェイソン達へ近寄って来た。
「よお!ジェイソン。宝玉はいつ引き渡してくれるんだ?期限はとっくに過ぎているんだ。これ以上遅れると、俺達の組織は瓦解するぞ。現に離反者が出てるじゃねーか!」
大男はジェイソンの襟首をつかみ、睨みつた。
「こんな所で油を売ってないで、取り換えして来い!今すぐにだ。ジェイソン、お前自ら行け!失敗は許さん。あの宝玉を手に入れるとの約束で、革命資金を集めたんだ。取り返せなかったら、俺達は破産で首が飛ぶ!」
大男の剣幕に対しジェイソンは冷静だった。ニヤリと笑い、眼を逸らし、言い返す。
「フランク、金はお前の都合だろう。俺には関係ない。だが、宝玉はくれてやる。その後の計画も勝手に進めろ。俺は、人間共の支配などに興味は無い。だが待っていろ、宝玉は取り返す。仲間の仇も撃たなきゃならんからな」
「フン!さっさとやれ!」
フランクと呼ばれた大男はジェイソンを離し、礼拝堂から去って行った。が、扉の前で振り返る。
「ああ、そうだ、ジェイソン。息子たちが人間界で馬鹿騒ぎしている。連れ戻して来てくれ。頼んだぞ。人間の病気が感染とイカンからな」
礼拝堂に残ったジェイソンとアランは顔を見合わせた。ジェイソンは呆れ果てて疲れた顔を見せる。
「アラン、宝玉を取り返しに行くぞ。何人集まる?」
「ジェイソン殿、残念ながら、自分しか居りません……他の物は去ってしまいました」
「そうか、じゃあ、俺とお前の二人で行こう。相手はタダの人間だ。人数も少ない。簡単な仕事だよ」
ジェイソンは自分の統率力の無さを嘆いた。革命の初期段階で集まった戦士たちは、計画の遅延と共に、櫛の歯が抜けるように去って行った。
元々、魔界の悪魔達も革命には否定的であり、人間と深く関わる悪魔は反対する者も多かった。桜子の家族のように悪魔の中には人間としての仕事を持ち、人間と一緒に生活する者も多かった。その連中は革命に猛反対だった。
「正々堂々、正面から人間と戦えば良いんですよ!下等生物なんて我らの敵ではありません」
「アラン……今、正面切って人間達と戦っても我ら魔族に勝ち目はないよ。人的資源、科学力、兵器、軍事力。全て我らより、人間の方が遥かに勝っている。我らが人間を支配していた創世時代とは違うんだ」
「で、ですが……」
「我ら勝利するには、人間達同士で戦争させ、その隙間に入り込むことでしか方法はない。それには、あの宝玉と第五世代戦闘天使が必要だ。解ってくれ」
ジェイソンはやっと、アランの方へ向いた。
アランは悔しい思いを隠さず、眼から涙を零していた。
「我ら高貴なる魔族の証は何処へ行ったのでしょう。もはや人間のおこぼれをすするしか生き残る道はないのでしょうか?」
「だから、俺達がやるんだろ。最後に笑うのは俺達だよ」
「はい!私は負けません」
礼拝動のステンドグラスの前で固く手を握った二人が居た。
「さあ行こうか、人間界へ」
もう後は無い。背水の陣だとジェイソンは思う。
二人はステンドグラスへ一礼し、礼拝堂を後にした。