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第10話 蝕まれるオレの身体

「さあ、行きましょう」

 また日は昇るし、必ず夜明けは来るもんだ。登校時間となっていた。

「クララはお留守番ね。おとなしくしているのよ」

「いーだ!」

 エレーヌさんはクララちゃんの頭を撫でる。が、クララちゃんはエレーヌさんの脛をけって、二階へあがて行った。

 どうやら、昨日の戦闘の消耗が激しく、牛乳を飲んでも大きくなれなかったと。

「クララは反抗期なのね……」

 エレーヌさん、そんな簡単な問題じゃないと思うけどな。

 玄関を出で学校へ向かう。

 エレーヌさんはオレの左腕に抱きついてきた。右腕をフリーにして貰えるのは助かる。いつでも神威が抜ける。

「エレーヌさん?」

「なあに、あ・な・た」

 仕方がねえなぁ・・・・・・腹を括るか。エレーヌさんの気持ちも無碍に出来ないし、オレ自身、嬉しかったりもするから。

 この状況で、学校に行ったら血を見ることになるぜ。エレーヌさんは人気があるから、やっかみ連中が何をしてくるか?

 多分、オレは身に覚えの無い復讐の恐怖に晒されるであろう。そう思い、予め、神威は左腕から出していた。鞘に納めて左手に持つ。まあ、校門に辿り着くまではこのやわらかく、いいにおいがするエレーヌさんとくっついていよう。まあ、正直なオレの今の気持ちを話すと凄く嬉しいのだけど。

 なんてったって先週までは憧れの人だったのだから。なんて思うのはオレもフツーの男子高校生って事か。まだまだ修業が足らん。武人たるもの、いつ、その身に死が訪れても良いと覚悟が出来ているものだ。

 オレはエレーヌさんの右手を握った。

「楽しいね。二人で通学」

「そうだね」

 とエレーヌさんに応えつつ、左手に持つ神威の鯉口をいつでも切れるようにしている。それは何故か。さっきからタダならぬ殺気を感じているから。明確な殺気が複数、オレを襲っている。

 そして校門をくぐった所から、事件が始まった。

「貴島元就!」

 オレの目の前に男子学生が一人現れた。手に白球を握りオレに向かって突き出している。

「野球部エースの大竹幸雄だ。レイセオンさんと腕を組んで登校とは許せん!俺の渾身の剛速球を受けてみろ!」

 オレの前に突然現れた野郎は、大きく振りかぶって、天高く左足を上げた。

「エレーヌさん。ちょっと離れていて」

「ええ……」

 野郎が左足で校庭を踏みしめ、ボールを投げた!

「喰らうかよ!」

 シャン!

 オレは刀を抜き、飛んでくるボールを真っ二つに斬った。

「流石だな、貴島元就よ。」

「アブねえじゃねえかよ!しかも硬球を投げつけやがって!」

 オレは野郎に猛烈に抗議した。

「大竹君、速球がいつもより冴えているわね」

 エレーヌさんが野球解説者のようで他人ごとみたいに解説してくれた。

「貴島よ今度はオレの魔球を受けてみろ!」

 大竹は再び大きく振りかぶり、左足を天高く突き上げた。

「畜生、付き合ってられないぜ」

「キャッ」

 可愛い悲鳴を上げたのはエレーヌさん。オレはエレーヌさんの手を引き、その場から箸って逃げた。生徒玄関に逃げ込めば、もう投げて来れまい。他の生徒を巻き添えにするから。

「待っていたぞ、貴島元就。空手部主将山村幸助が相手だ!」

 空手道着を着たゴツイ男が生徒玄関前で仁王立ちしていた。しかも黒帯。

「さあ、正々堂々闘え!貴島元就を倒した男はレイセオンさんと交際出来るのだから」

 何だと!そんな話になっているのか?

「元就君、負けちゃ嫌よ。私は元就くんのお嫁さんなんだから。貴方以外の男の子とは一緒に居たくないもの」

 おっと、エレーヌさんのその台詞はフツーに聞いたら男冥利に尽きるけど、目の前の相手は、殺気でオレを睨み殺そうとしているヤツだ。気を抜いたら殺される。

「なんだと!貴島ぁレイセオンさんをカドワカシやがって!」

「とおりやああああ!」

 空手男が殴り掛かって来た。間一髪、身を屈め、正拳突きをかわす。と思ったら。左廻し蹴りが飛んできた。

「このおおおお!」

 オレは後ろに飛退き、蹴りをかわした。

「やるな!貴島元就。だか、この攻撃をかわせるか?」

 山村主将はとび蹴りをかまして来た!

「きええええええいいい!」

「そんな攻撃喰らうかよ!」

 オレは神威を鞘から抜かずに突き出した。山村主将目掛けて。

「ぐはっ!」

 神威の鞘が山村主将の腹部に突き刺さった。

「紫苑流奥義……無血突貫」

「き、貴様……武器を使うとは卑怯な……」

 山村主将はその場に崩れ落ちた。

「武器を使わないとあんたに殺されるでしょうが……」

 朝っぱらから疲れるぜ。既に刺客が二人も現れた。オレは今日、無事に家へ帰れるだろうか。

「元就君……凄いわね。二人とも達人なんでしょ?」

「まあ、ね。」

 確かに、大竹は高校野球最速と呼ばれるピッチャーだし、山村は空手の全国大会の常連だ。神威を持っていなかったら、死んでたよ。オレ。

「じゃあね。私三階だから。」

 エレーヌさんがニコニコしながら小さく手を振って三階に上がって行った。オレも手を振り返す。

「今生の別れになるかもな」

 オレは重苦しい空気を背負って自分の教室を目指した。

「エレーヌさんの人気って凄かったんだな。アイドル歌手並みか?」

 オレは史上最大の嫉妬の対象となっているようだ。胃がキリキリと痛みだした。でも大丈夫。今日は鞄の中に胃薬を常備しているから。

これからの高校生活はどうなるのだ?オレは無色透明の存在だったのに。

 オレはやっと教室に辿り着いた。遅刻ギリギリで。あれっ?忠勝がいない。今日は休みか?何とかは風邪引かないって言うのに。

 

 午前中は粛々と授業が進んだ。休み時間に刺客が現れるかと思ったんだけど、幸いに何事も無く終わった。

「元就君、一緒にお弁当食べよ!」

 エレーヌさんがオレのいる教室へ飛び込んで来た。オレの机にお弁当を広げた。今朝オレが作った弁当だ。オレも弁当を広げる。

「いただきまーす」

 エレーヌさんが割り箸をぱちんと割った瞬間……鋭い殺気を感じた。最近、オレの殺気センサーはエレーヌさんの探知装置並みに進化している。

 オレはあわてて神威を手にしたが、抜くより早く、鋭い殺気は凶器となって「シュン!」と飛んできた。

 パシッ!

「誰よ!危ないわね」

 オレの目の前には出刃包丁が鼻先スレスレで止まっている。エレーヌさんが割り箸で出刃包丁をパシッと挟んで止めた。相変わらずの箸捌きだ。

 包丁の飛んできた方を見る。そこには筋骨隆々の大男が立っていた。

「料理部部長……相馬良助。貴島元就、貴様を許さん」

 料理部部長と名乗る相馬良助。噂を聞いた事がある。彼には隠れた二つ名があった。その名は「最強のコック」と言う。身長は百九十センチはあろうか。髪はオールバックで、長い後ろ髪を紐で束ねている。逞しい筋肉が学生服を押し上げて、それを隠す事が出来ないでいる。コックってそんなに腕力が必要なものか?

 既に彼は右手に文化包丁を逆手に持ち、ファイティングポーズを構えていた。これはマズイ。オレは迷わず神威を抜き、構えた。エレーヌさんにの前に立ち、彼女をガードする。

相手の様子を見るなんて余裕は無い。それくらいの殺気を感じている。

 クラスの皆は悲鳴にならない悲鳴をあげ、教室から出て行った。

「元就君、私が御相手するわ」

「ヤツのターゲットはオレです。それに、エレーヌさんが戦うと、天使だって事がバレるじゃん。オレがやります」

 相馬はじりじりと間合いを詰めてきた。

「ナイフより刀の方が射程距離、長いぜ、相馬さんよ」

 オレは相馬を睨み威嚇した。こちらは刀、ヤツは逆手に持った文化包丁。どう考えたって、こっちの方が有利だ。

「当たらなければどうと言う事は無い。貴島元就!」

「そうかよ!」

 オレは刀を中段に構え、思いっきり突いた。一番速い動きで敵に一撃を加える。

 ダン!

 相馬が床をけり、オレに向って突進して来た。死ぬ気か?コイツ、自分から、刀に刺さりに来る……が、ヤツは鼻先三寸で左にステップし、オレの突きをかわした!

「何?」

 この速い突きをかわすのか?

 相馬の文化包丁を握った右手がオレの顔目掛け飛んできた。包丁でオレの顔を切り裂くつもりだ!

「くっ!」

 オレは身を屈め、ヤツのナイフをかわす。頭の上を拳とナイフが通りぬける。拳が巻き上げる風圧がオレの髪の毛をざわめかせる。

「てええい!」

 通り抜けた拳が翻り、ナイフを突き立てようとそのまま落ちてきた。

「喰らうかよ!」

 オレの目の前にガラ空きの相馬の胴が見える。オレは力いっぱいヤツの胴を左から薙いだ。

 ドッシャー!

 相馬が教室の中央まで吹っ飛び、机とか椅子を巻き散らかして床に落ちた。

「元就君!」

 エレーヌさんがオレの背中を掴むのを感じた。

「未だだ!相馬は未だ生きている。本気で斬ったが、手ごたえが無い!下がっていてくれ!」

 オレはヤツの胴を薙いだが、斬れた感触がまるで無かった。硬いものが刃に当たったような感じだった。

「つ、強いな、貴島……俺は嬉しいぞ、こんなに強いヤツが校内に居たのが」

 相馬は覆い被さった机をガタガタと避けながら、立ち上がった。

「てめえ……腹に何入れてやがる。本気で斬りに行ったけど、斬れなかったぞ!」

相馬はオレの一太刀で真っ二つに切れた学生服を脱いだ。その脱いだ学生服の下に隠されていた物は……。

サラシに巻かれたまな板だった。相馬は自分の腹の周りをグルッと囲むようにまな板をサラシで巻いている。

「相馬さん、まな板とは考えたな。だがオレに斬れない物は無い。今度はそのまな板ごと、三枚おろしにしてやるぜ!」

次はまな板を斬ってやる。だが相馬の腹は皮一枚で勘弁してやる。

 相馬は再び文化包丁を逆手に持ち、ファイティングポーズを取った。

「貴島、俺の最強のまな板を切れる刃物は存在しない。さあ、勝負してみようか」

「望む所だ!」

上段から一気に神威を振り下ろす。正攻法で攻める。

シュッっ!

相馬は神威の軌跡を見切り、軽いステップで半歩下がった。何て動体視力だよ!オレの技を見切るなんて!

相馬の鼻先を掠めるように神威が振り下ろされる。相馬は見事にオレの一撃をミリ単位でかわした!

だが……オレの技はそんなに浅いモンじゃないんだぜ!

「むうう!剣が跳ねた!」

相馬に驚愕の表情が現われた。振り下ろす神威がヤツの鼻先で軌道を変えた。切先は一直線に相馬の喉を突きさしに行く。ヤツの眼から見れば、神威の切先が空中で飛び跳ねた感じになる。奥義、木葉落し!

ヒュウン!と風を切る音が聞こえた。オレ眼の前にいた相馬が突如として大きな靴底に映像が変わった。

「このおお!」

大きな靴底を神威の柄で叩き落す。そしてバックステップ。相馬と距離を取った。

何だ?相馬の野郎、オレの木葉落しをバック転しながらかわしやがった。そして置き土産にオレの顔に十六文キックを放ちやがった。柄で相馬のキックを押さえる事しか出来なかった。

 オレは相馬から少し離れた位置で神威を八双に構えた。こうなりゃ、最後まで付き合ってやるぜ。

「いい度胸だ、貴島」

「決着をつけてやるぜ。相馬さん。あんたをコックにしとくのは勿体ないな」

「褒め言葉として受け取ってやる。貴島。料理の次に楽しい戦いだ!」

 オレ達二人の殺気が渦巻く二年A組の教室。何だかゾクゾクして来た。本気で相馬には負けたくないと心の中で湧きあがる。身体は熱いのに、鳥肌が立つ。まさに、戦場の様相を呈している。

「やめなさい!」

 静寂を打ち破る女性の叫び声がした。

 エレーヌさんが両手を広げ、オレの前に立っている。相馬に立ちはだかる。オレを護ろうとしているのか?止めろ、オレたちの戦いに割りこまないでくれ!

 と言おうと思った瞬間、奇跡が起こった。エレーヌさんは一言喋っただけで相馬を屠った。

「相馬君、私は元就君の恋人です。貴方たちが割り込む隙間なんで一ミリもありません。私の心も身体も元就君のものです!」

 相馬はガクッと膝を突いた。顔が真っ青になっている。

「くっそう!この一言は最強のまな板でも防ぐ事が出来なかった。ハートに直接、深く突き刺さり致命傷となってしまった。こ、これが即死魔法か?」

 相馬はそのまま、前のめりに倒れた。ズダーン!と言う地響きにも似た轟音を立て倒れた。

 相馬が立ち上がる事はなかった……。


 オレはクラスメート五人で相馬を保健室へ運んだ。コイツはでかくて重かった。五人で運ぶのも一苦労。全く世話が焼けるぜ。運んで、教室に戻った所で昼休みは終了した。エレーヌさんは自分の教室へ戻った。放課後一緒に帰ろうと言っていた。

 放課後はまた、血を流す事になりそうだ。



「牛乳はもう無いのかな……」

 元就の家で一人留守番する小さな女の子が居た。クララだ。

 クララは台所の冷蔵庫の扉を開け、大胆にも顔を冷蔵庫の中へ突っ込み、お目当ての物を探していた。

 冷蔵庫の中はひんやりとしていて、実に気持ちが良い。クララは冷蔵庫の内壁に頬をあて、気持ちよく涼んでいた。

 ふと、庫内をを見渡すと牛乳パックと同じ外観で青いパッケージの飲み物を発見した。

「何?これ。牛乳じゃないの?……ソフトカツゲン……?」

 クララはパッケージをまじまじと見つめた。パッケージの絵から想像して、それは飲み物である事は間違いが無い。恐る恐るパックを開けて見た。

 甘酸っぱい香りが、クララの鼻腔を通り抜けて行った。

 一口、飲んでみた。

「わぁ!甘い!美味しい!」

 乳酸飲料独特の酸っぱさと口の中一杯に広がる甘さ……クララは瞬く間に五百CCパック全て飲み干してしまった。

「ぷはーっつ!五臓六腑に沁み渡る……こんな、美味しい飲み物があるなんて!」

 クララは飲みほしたソフトカツゲンのパックを水で濯ぎ、バラバラにして分別ごみへ捨てた。

「お腹いっぱい」

 台所から、リビングへ向かう。そろそろテレビが始まる時間だ。クララは台所からリビングへ向け駆けだす。

「えい!」

 ジャンプ一番、ソファーへ飛び込んだ。ドスン!バタン!ビリビリ!派手で大きな音と共に床へ落ちた。ソファーへの着地失敗。

「いたたた……落ちちゃった……って?なんで大きくなっているの?」

 自分の手足を見て驚いた。いつの間にか身体が大きくなっていた。しかも、着ていた子供服は無残にも破れ、千切れ、バラバラだった。そしてクララは自分がほぼ全裸状態で有る事に気付いた。

「あら、やだわ」

 彼女は慌てて二階の自分の部屋へ向かった。幾ら一人で留守番でも、昼間から全裸を晒しているのは変質者か露出狂。自分はそんな二つ名は欲しくないと思った。

 自分の部屋へ飛び込み、カーテンを締めた。此処に来て結構恥ずかしい事態で、「早く服を着なきゃ」と思い。衣装ケースから下着を取り出した。勿論、大人用。先日、元就と一緒に出掛けた時に買ったお気に入りの下着。手早く装着する。

「あれれ……キツイ、苦しい……サイズが小さいのかしら?」

 お気に入りの下着はもう破れそうなくらいピチピチだった。

「ま、まさか……信じたくは無いですし、考えたくないのだけど……。この下着を買った時はサイズがピッタリでしたのに、今は凄くキツイ……」

 クララの心臓の鼓動が急激に高鳴った。顔から血の気が引いて行く。考えれば考えるほど。絶望感が支配する。

「私……太った?」

 そう考えた瞬間、卒倒しそうになった。そう言えば……。

「最近、元就の作る食事が美味しくて、お箸が進んでいまたわ。そのせい?」

 クララは姿見の前に立ってみた。自分の何処が太ったのか確認したかった。だが、姿見の前に立った瞬間、ぎゅっと両目を瞑ってしまった。

「怖いな……見たくないな……」

 だけど、現実と向き合わないと、この非常事態を解決できないわ。

そう思い、自分の姿を見る決心をした。

 ゆっくりと左目を開く……。じわじわと自分の姿が目に飛び込んでくる。

「ええーい、行きますわよ!」

 大きな掛け声で両目を見開いた。鏡に映る自分の姿が有った。

 その姿を見たクララ。暫らく声が出なかった。鏡を見つめた。数分経ってやっと言葉が出た。

「あなた……誰なの?」

 クララは鏡の中の自分にそう話しかけた。映っているのは間違いなく、自分、クララだ。右手を上げたり、変な顔をしてみる。当然、鏡の中の人物も同じ事をする。

「やっぱり、私ですわ。紛れもなく私本人……」

 鏡の姿がやっと自分自身と納得出来たクララ。そして見惚れてしまった。

「何て綺麗な女性なの……私って……」

 ナルシストと化したクララが鏡の前にいた。



 そして放課後。オレ達は下校時間を迎えていた。

「校内で刃傷沙汰は切腹よ。生徒会長の命令で」

 オレの左隣を歩く生徒会長のお小言を聞いている。今日起きた一連の騒動に付いてだ。

「エレーヌって罪な女よね。今日枕を濡らす男子が大勢出るわよ」

 オレの後ろを歩く、深井キャプテンだ。手には薙刀が握られている。何でも生徒会からの命により、騒動が起きた場合の事態収拾を依頼されていて、薙刀を携行しているのは『実弾使用可』のお墨付きを貰ったかららしい。

「私にだって選ぶ権利はあると思うけど」

 オレの右隣を歩くエレーヌさん。今のオレ、傍から見ると『両手に花』とか『ハーレム状態』じゃないだろうか。廻りから誤解されているようだが、決して自分から望んだわけじゃないんだけどな。もう、そっとしておいてくれ。

 校門に差し掛かろうとした時、そこに人影を見つけた。夕日を背後に仁王立ちしている姿。見た目はフツーの男子生徒だが、明らかに殺気を漂わせている。しかも特大の殺気。オレは全身に鳥肌が立つのを感じた。

 生きたまま、学校を出られないって事か?良いだろうオレは自分で血路を開いてやる!

「島田君?」

 深井キャプテンがその殺気の正体を明かしてくれた。

「よお、元就……」

「忠勝……お前……」

 忠勝の目を見た。やつのは普段見せる顔とは全く違う表情をしていた。そう、例えるなら、仁王深紅像様のような顔をしている。

 コイツ、やる気だな。

「エレーヌさん御免、鞄持って先に帰ってくれない?」

「どうしたの?元就君。それに島田君も」

 オレは左手に刀を持ち、前に歩み出た。唾に親指を当て、いつでも鯉口を切れるようにしている。

「元就、昼のエレーヌさんの一言は俺も聞いたよ。俺のハートにも効いたよ。でもそのお陰で決心がついたよ。エレーヌさんに遠慮なくお前と戦える」

「忠勝」

「貴島元就…・いや、紫苑流宗家貴島元就。お前を倒して、俺は自分の流派を立ち上げる。いざ尋常に勝負!」

 忠勝は刀を抜いた。右手に一本、左手に一本。そう、忠勝は二刀流だ。

 オレは鯉口を切ろうとした。


『殺せ……ヤツを殺せ……島田忠勝はオマエの将来に暗い影を落とす存在だ……』


 何処からとも無く声が聞こえて来た。以前にもこんな事が有ったような……。


『元就、今度こそ我の言う事に耳を傾けよ……お前の運命だ。世界を支配したくないのか?神になりたくないのか?』


 まただ……クソっつ……オレの運命……神になるだと。

「うるせえ!オレは関係ない。オレはオレの決めた道を歩く。オレの運命はオレが自分で切り開く!」


『そうか……元就……だが、何度でも誘うぞ、我と共に神になろうぞ……』


 最後の捨て台詞が聞こえた瞬間、オレは胸に強烈な痛みを感じて、その場に片膝を付いた。

「勝負を捨てたか?元就!」

 声のした方を見上げた。そこには伊舎那を振りかざし、斬り掛って来る忠勝が居た。オレは神威を未だ抜いていない。万事休す。オレは胸の痛みで動けない。息も苦しい。このまま忠勝にやられるのか?紫苑流は島田忠勝に看板を渡す事になるのか?

 カッキーン!と甲高い金属音がした。

その音が何か理解するまで少し、時間が掛った。状況が解ると同時に胸の痛みも消えて行った。

 金属音の(あるじ)は薙刀の刃だった。膝を付いているオレの頭上に長い薙刀の刃がある。その刃が伊舎那を受け止めていた。

「待ちなさい!忠勝!」

 オレが刀を抜くより早く、オレの前を塞ぐように背を向け立つ女生徒が居た。薙刀を持つ深井キャプテンだ。忠勝と対峙する格好になっている。

「校内での私闘は御法度よ!刀を納めないなら、私が相手をします」

「な?」

「澪ちゃん!」

 薙刀の刃がギラリと光る。その切っ先が向けらる先は忠勝だ。

 忠勝は構えを解かない。

「ヤル気ね、忠勝。じゃあ……成敗!」

「レイセオン先輩を取られた恨み、今ここで晴らさねば!どけ、澪姉」

 深井キャプテンの眉間に縦皺が刻みこまれた!強烈な怒りのオーラが彼女の背中に見えた。オレは確かに見えた。

「どいつもコイツもエレーヌ、エレーヌって!私の存在って何なのよ!」

 深井キャプテンは薙刀を頭上でグルグル回し、怒りを露にしている。

「誰かに会うと必ず聞かれる……『レイセオンさんは?』って。私は何か?エレーヌのマネージャーだと思ってるの?」

 深井キャプテンの怒りが別な方角へ飛んで行った。

「二言目には『エレーヌは綺麗』『エレーヌは美人』『エレーヌは可愛い』……私はどうなのよ!エレーヌの隣に居て、皆、私の存在を華麗にスルーして!私は可愛いとも、美人とも言われたこと無いんだから!」

 深井キャプテンは「あーん!あーん!」と泣き出してしまった。オレも、エレーヌさんも、桜子会長も目が点になり、どう対応したら良いか分からなくなっていた。忠勝にいたっては、あれ程の凄まじい殺気が全く消え果てしまった。刀を力なく降ろしてしまった。

「澪ちゃん……」

 エレーヌさんが深井キャプテンに歩み寄り、彼女を抱きしめた。

「うあああん!エレーヌ!エレーヌ!」

 深井キャプテンはエレーヌさんの胸の中で泣いている。もうここはエレーヌさんに深井キャプテンを慰めてもらうしかないか……。

「ごめんね、澪ちゃん」

「エレーヌ……」

「私が美人なばっかりに、澪ちゃんに悲しい思いさせちゃって……」

 ブッチ!

 なんかステンレス鋼のワイヤーが切れる音をその場の全員が聞いた。ような気がした。

「どの口がそんなことをほざいてるんだああああ!」

「ひゃああああ!い、痛い、痛いよ!澪ちゃん」

 深井キャプテンはエレーヌさんのほっぺを抓り上げた。そりゃもう、見ているほうが痛くなって、口の中にすっぱい涎がたまる感じだった。

 廻りの人間は唖然とするしかなかった。

「桜子さん、どうしよう」

「まあ、元就君と忠勝君の私闘を止めると言う、当初の目的は果たしたけどね」

 桜子さんが腕組みして考えこんでしまった。とりあえず、オレは二人を止めようと考えた。

「忠勝!二人を引き剥がすぞ!手伝え」

「お、おう!」

 オレはエレーヌさんを忠勝は深井キャプテンをそれぞれ羽交い絞めにして引き剥がした。

 まあ、それからは暴れる二人を押さえ込むのが大変だった。オレの顔には引っかき傷とか、腕には齧られた跡がいっぱい出来た。犬の喧嘩を止めるよりもタチが悪い。最終的にはゲンコツで止めた。エレーヌさんと深井キャプテンの頭にコブが出来てしまった。

「全くもう……」

 生徒会長の呆れ顔が夕焼けの光に染まっていた。

 オレと忠勝は気分が萎えて、決闘する気が失せていた。


 何とか家に辿りつた。エレーヌさんが玄関のカギを開けてくれた。二人揃って家へ入る。

「たたいまー!」

 疲れたけど、大きな声で行ってみた。クララちゃんが一人で留守番しているから、寂しい思いをさせている事に罪悪感を感じて、大きな声で「ただいま!」と言った。

 あれ?いつもなら走って飛んでくるのに今日は……クララちゃんの身に何かあったのか?

 オレは少し心配になった。エレーヌさんの顔を見た。「大丈夫、今、出てくるわよ」と

「おかえりなさい!」

 クララちゃんの声が聞こえて来た。ほっ、良かった。でも心なしかクララちゃんの声にいつもの元気が無い。元気が無いと言うか、落ち着いた声になっている。大人バージョンになったのか?明るい内に大人バージョンになっているのは珍しいな。

 オレとエレーヌさんは靴を脱いで、リビングへ行った。リビングのドアを開けた時だった。

「お帰りなさい、元就さん、エレーヌ。今日は早かったのね」

 オレは「お帰りなさい」と言った人に釘付けとなった。数分間言葉が出なかった。やっと出た言葉は……。

「どちらさんですか?」

 リビングのテーブルの前に座っていたのは銀髪の絶世の美女だった。歳の頃は二十代前半。オレ達よりチョッと年上な感じ。美少女の面影を残したスゲぇ美人。オレはカメラを持っていなかった事を後悔しているくらいの美人。顔も魅力的だが、身体の方も素晴らしいグラマラスボディだ。出る所は大きく出て、引っ込む所は美しいカーブを描いている。それに脚の長さと言ったら、低重心のオレとは偉い違いだ。

「うふふ。私が余りにも綺麗になったから、気が付かないのね。元就さん」

 ん?気が付かない?知り合い?オレの名を知っている?

「あーっ!クララ!クララね」

 エレーヌさんが美女に向かって指をさして驚いている。オレも驚いた。そう言えばキラキラした長い銀髪や顔立ちに面影があるその人は……そうクララさんだ。

 オレは余りにも美人になったクララさんの前で石像のように固まってしまった。

「ねえ、元就さん!私、綺麗になったでしょ!」

 クララさんが抱き付いてきた。もう、色んな柔らかい所がオレの身体にくっ付いて、天にも昇るかんしょくだよ。

「ちょっと、クララ!」

 エレーヌさんが怒っているケド良く聞こえない。クララさんはオレの胸に顔を埋め、ゴロゴロ言っている。

「クララさん、凄く美人になったんだけど……ぐっふ!」

 オレは急に胸の痛みを感じた。さっきと同じだ。それは刃物で胸を突き刺し、抉るような痛み。

 堪らず、その場に倒れ込んでしまった。

「も、元就君!どうしたの?」

「元就さん!しっかりして!」

 エレーヌさんとクララさんの声が聞こえた……そっから先は良く覚えていないんだ。

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