第1話 武士の心構え
静寂が包む薄暗い場所。塵一つ感じられない澄んだ空気が支配する。ここは道場と呼ばれる己を律し、心身を鍛える場所。
「元就よ」
「はい、師範殿……」
オレは座して師範と相対している。
「元就、もうお前に教える事は何もない。この時を持って免許皆伝とする。ここからは己の力で精進せよ。紫苑流の宗家として」
「はい師範殿……」
「これはせめてもの手向けだ。持っていくが良い。神威だ」
「はい、有難う御座います」
師範殿は一振りの刀を渡してくれた。両手で受け取る。
「元就、敢えて聞こう。お前の剣の技、何に使う?」
師範の鋭い眼光がオレの目に付き刺さる。負けてなるものかと睨み返す。
「我が剣の技、正義の為に、悪を切り裂く為に使います」
オレは正義ヒーローになりたくて、剣の道へ進んだんだ。免許皆伝となった今、その力を使わずして何とするか!
「今の平和の世には必要のない力だ、元就。それは官憲の仕事だ」
師範はあきれた顔でオレに言う。言ってくれるじゃん。
「えーっ?何でだよ!オレは正義のヒーローになる為に修行したんだ。この剣の技はヒーローが必ず持っている特殊能力なんだよ。悪は片っ端からぶった斬ってやる!」
「ま、待て元就……その神威は封印を施してある」
オレは驚き、手にしている刀を見た。鍔と鞘を赤い紐で結わえてある。
「その封印を解いた時は破門とする」
「ど、どうして?」
「元就。お前に殺生をさせたくはない。お前の剣は紫苑流の歴史において最強だ。失われた秘奥義を復活させ、この世に斬れぬものは無いと言わしめた。だが……心は未熟だ。容易に殺生に走りかねない……お前の刀とお前の心を封じさせてもらう」
オレは立ち上がり、回れ右でその場を去った。
「わかりました師範殿……お世話になりましたとは言いません。この免許皆伝はオレ自信の力で得たものです。」
「これ以上、私は愛弟子を破門と言う形で失いたくはない。紫苑流は武道であって、殺人技ではない。人を傷つけるは武道に非ずだ!」
「それでも、オレは正義を貫きたい。理不尽な悪意から世の人を護りたいのです。それに紫苑流は忠勝が継ぐべきだ。師範の子息が!」
オレは二度とこの門をくぐる事はないと思い、後ろ髪を引かれながら、道場を後にした。