第6話 王族の盾 真実に近づく者
「……貴様、どこで剣を学んだ?」
訓練場の朝。
まだ霧の残る石畳の上で、近衛騎士団長ベルク=グレインは、剣を肩に担いだまま、じっとアルを見据えていた。
灰色の短髪。
獣のように光を反射する双眸。
王家直属、三代の王に仕え、数えきれぬ暗殺を退けてきた“盾”。
その男の視線は、敵を測るそれだった。
「王都の傭兵と聞いていたが……嘘だな」
ベルクは一歩踏み込む。
足音は重く、だが無駄がない。
「斬撃に“ためらい”がない。
剣を振る前に、もう“殺し終えている目”だ。
人間の剣じゃない」
周囲の近衛兵が息を詰める。
これは訓練ではない。尋問だった。
アルは剣を下げ、軽く頭を垂れた。
「評価、痛み入ります。
ですが……戦場では、生き残るために“ためらい”など捨てました」
「捨てた?」
ベルクの口角が、わずかに吊り上がる。
「違うな。
貴様は最初から、持っていない」
ベルクは木剣を放り投げ、素手でアルに近づいた。
「教えろ。
剣の構えが三拍子遅れている。
だが踏み込みは、魔獣狩りのそれだ。
人を斬る剣と、獣を殺す剣は違う」
沈黙。
「……答えぬか」
ベルクの拳が、唐突に飛んだ。
避けられない距離。
だがアルの身体は、考える前に動いた。
最小限の動きでかわし、肘を引き、重心を落とす。
その瞬間。
ベルクの目が、確信に変わる。
「やはりだ」
低く、獣の唸りのような声。
「貴様、戦場で“命乞い”を聞いたことがないな?」
アルは、わずかに目を伏せた。
「……聞きました」
「嘘だ」
ベルクは断言した。
「聞いて、それを“音”として処理する者の目だ。
意味として、受け取っていない」
一歩、また一歩。
「王女殿下の傍に立つ者はな、 剣の腕より、“何を斬れぬか”を見られる」
アルの胸に、鈍い痛みが走る。
(……この男、危険だ)
「忠誠とは何だ?」
突然の問い。
「……命を賭すことです」
「半分だ」
ベルクは鼻で笑う。
「忠誠とは、“疑い続けること”だ。 守るべき者のために、味方すら疑う」
その目が、鋭く光る。
「だから聞いている。 貴様は、何者だ?」
アルは一拍、間を置いた。
「……名もなき傭兵です」
「なら」
ベルクは背を向けた。
「気をつけろよ、アル。 王子殿下は……鼻が利く」
低く、重い声だった。
「そして俺は、もっと利く」
その背中が去っていくまで、
アルは一歩も動けなかった。
その日の午後。
アルの私室の扉が、静かに叩かれた。
「入るぞ」
リシャール王子だった。
細身の剣を杖のようにつき、
細い瞳で部屋を見渡す。
「……異国の傭兵と聞いていたが、 どこの言語体系にも属さぬ言葉を、
お前は時折、口にするな」
視線が、突き刺さる。
「ティアラの命を救った男として感謝はしている。
だが……お前の目は、
なぜか“喪っている者”の目をしている」
(……王族特有の“勘”か)
アルは、ゆっくりと立ち上がった。
魔力を、指先に集める。
魔族の術法。
心臓を一瞬だけ麻痺させ、自然死に見せかける。
簡単なことだ。
指を鳴らせば終わる。
それが“任務”なら
だが。
王子は窓の外を見て、静かに言った。
「……ティアラはな。 幼いころ、母を病で失っている」
アルの指が、止まる。
「強くあろうとして、鋼の心を身につけた。
だが最近……お前が来てから、
少しだけ“柔らかく”なった」
沈黙。
(殺せない)
魔力が、ほどけていく。
王子が部屋を去ったのは、
それから数分後だった。
そしてその夜。
リシャール王子は、突如、倒れた。
心臓発作と診断された。
遺体に傷も痕跡もなく、毒物反応もなし。
「不自然すぎる」と囁く声が、城の廊下を這った。




