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『私の愛したティアラ姫』魔族の貴族と人間の姫の愛憎物語  作者: 虫松


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第4話 魔王の密書、心の裂け目

魔界の玉座より届いた密書は、まるで生き物のように、血の色をした封蝋に閉ざされていた。


それは夜の静寂を裂き、王都アレルシアの一室に、不穏な気配をもたらす。


封を切った瞬間、

空気は、確かに重く沈んだ。


~~~~~~~~~~~~~


【王女を掌握せよ。

 必要とあらば、心を奪え。

 それすら叶わぬなら、排除せよ。


 三十日以内。

 魔界に仇なす者を、生かしてはおけぬ】


~~~~~~~~~~~~~


文字は冷酷だった。

理屈も、感情も、介在する余地はない。


それは命令であり、裁定であり、

魔界という世界の“正義”そのものだった。


傭兵であるアル否、

アイゼンハワード・ヴァル・デ・シュトラウスは、

静かに目を閉じた。


(当然の命令だ)


彼は魔族。

しかも名門シュトラウス家の血を引く者。


人間の王女など、

支配するか、破壊するか

その二択以外、最初から存在しない。


(ためらいを覚えること自体が、裏切りの兆候)


理解している。

理解しすぎるほどに、理解していた。


それでも。


胸の奥に残る、

小さく、だが確かな“違和感”が、消えない。


(……私情を捨てろ。これは忠義ではない。征服だ)


彼は机の引き出しを開け、

銀の小瓶を取り出した。


魔界の霊毒。

一滴で、人の意識を鈍らせ、

精神の扉を無防備に開く。


致死性はない。

だが、心は裸同然となる。


(これでいい)


紅茶に、わずかに垂らす。

灯火が揺れ、液面に淡い影を落とす。


完璧な計画。

一切の無駄も、感情も排した、

魔族として正しい行為。


そのはずだった。


そのとき。


「アル殿、失礼いたします」


扉が静かに開いた。


白のローブを纏った

セーラ・ティアラ・アレルシアが、そこに立っていた。


戦場で剣を振るった姿とは違う、どこか物憂げで、

しかし誇りを失わぬ瞳。


「眠れなくて……

 少しだけ、お話を」


アルはうなずき、

完璧な礼節で答えた。


「こちらへどうぞ。

 お飲み物を」


差し出された紅茶を、

ティアラは疑いもなく受け取る。


「ありがとう、アル殿。

 あなたがいると……不思議と、安心するの」


その言葉が、

刃のように胸に刺さった。


(飲め)


そう命じたのは、

魔王か。

それとも、自分自身か。


姫は、カップを口元へ運ぶ。


その瞬間。


アルの視線が、

液面に浮かぶ微かな影を捉えた。


小さな、黒い塵。


(……)


理屈ではない。

分析でも、判断でもない。


ただ、彼女がそれを飲む未来を、拒絶した。


「――お待ちを!」


声が、勝手に出た。


アルは反射的に姫の手を取り、

カップを引き寄せていた。


時間が、止まる。


「アル殿……?」


驚いた瞳。

だが、恐れはない。


「……失礼いたしました、姫。

 中に、微細な異物が」


即座に取り繕う。

完璧な言い訳。


だが、心は知っていた。


(違う)


(私は――わざと阻止した)


毒に気づいたのではない。

異物など、理由に過ぎない。


彼女がそれを口にする姿を見たとき、

胸が、裂けるほど痛んだ。


「大丈夫よ、アル殿。

 私、こう見えて丈夫なの」


「いえ。

 私が用意したものです。

 完璧でなければならない」


丁寧に、

あまりにも丁寧に、

カップを机へ置く。


手は、冷たく。

心臓は、軋むように鳴っていた。


(私は……命令を実行できなかった)


それは、

魔族として初めて犯した、

明確な“背反”。


ティアラは、何も知らない。


ただ、信じている。


「アル殿って、本当に几帳面なのね」


少し照れたように、微笑む。


「……でも、そういうところ、好きよ」


その言葉が、

刃より深く、

仮面に刻み込まれた。


“好き”。


それは、征服の対象に向けられる言葉ではない。


その夜。


アルは眠れなかった。


剣を抱え、

膝を抱え、

月光だけが差し込む部屋で。


魔王への忠誠と、

王女への想い。


そのどちらも、まだ“裏切り”と断ずるには早く、

だが、確実に引き返せぬ場所へと、

彼を導いていた。


白銀の月は、冷たく。


そして、容赦なく。


忠誠の裂け目を、静かに照らしていた。

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