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『私の愛したティアラ姫』魔族の貴族と人間の姫の愛憎物語  作者: 虫松


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第3話 忠誠の仮面、揺らぐ瞳

月は高く、城壁を白銀に染めていた。


王都アレルシアは、昼の喧騒が嘘のように静まり返り、

風だけが庭園の梢を揺らしている。


ティアラ・セーラ・アレルシアは、城壁の上に立っていた。


挿絵(By みてみん)


王女の随行兵たちはすでに休息に入っている。

それでも彼女は、自ら夜警の任に就くことを願い出た。


眠れなかったのだ。


昼間の戦場。

血と泥にまみれた兵の顔。

剣を振るうたびに、確かに失われていく命。


(私は……正しい選択をしているのだろうか)


姫として、王族として、

民を守るために剣を取ることは、間違いではない。


だが同時に、

政治と戦争の狭間で、人としての感情がすり減っていくのを、

彼女ははっきりと感じていた。


「では、私が同行しよう」


背後から、低く落ち着いた声がした。


振り返ると、そこにいたのはアルだった。

傭兵として王宮に仕える、寡黙な男。


「姫一人では危険です」


一瞬、ティアラは目を見開いた。

だがすぐに、その申し出の真意を測るように彼を見つめ、

小さく微笑んだ。


「ありがとう、アル殿」


そうして、ふたりきりの夜の巡回が始まった。


城の裏庭を囲う柵沿いを、ゆっくりと歩く。

ティアラは鎧を脱ぎ、白い外套を羽織っていた。


剣も盾もない。

王女としてではなく、一人の人として歩く夜。


アルは少し後ろを歩き、

周囲の暗がりを静かに観察している。


(この人……不思議だわ)


彼は、過剰に警戒することもなく、

かといって油断もしていない。


まるで、夜そのものと同化しているかのようだった。


「ねえ、アル殿」


不意に声をかけると、彼は眉をわずかに動かして応じた。


「はい」


「あなたは……もしも戦が終わったら、どんな生き方を望みますか?」


ほんの気まぐれな問いだった。

だが、同時に、ずっと胸の奥にあった疑問でもあった。


アルは、少し間を置いて答えた。


「……私は剣しか持たぬ者です。 戦なき世には、私は不要でしょう」


その言葉は淡々としていた。

諦めでも、嘆きでもない。


だからこそ、ティアラは胸が痛んだ。


「そうかな」


彼女は小さく首を傾げる。


「あなたは、優しい」


アルの歩みが、ほんの一瞬だけ止まった。


「……優しさなど、戦場では命取りです」


冷たい返答。

だがティアラは、否定されたとは感じなかった。


風が吹き、彼女の髪を揺らす。


「私はね、王の姫になるために育てられてきました」


静かな声で、彼女は続ける。


「剣も、政治も、外交も……すべて“王族として正しい選択”をするために。

 でも……本当は」


一瞬、言葉が詰まる。


「“人としての幸せ”に、憧れているの」


アルは黙って聞いていた。


「好きな人と一緒に朝を迎えて、夕餉を囲む。

 雨音を聞きながら本を読んだり、花の名前を語り合ったり……」


月明かりの下で、ティアラは微笑んだ。


「たぶん、それだけでよかった。 でも、それは許されない立場なのよ、私は」


沈黙が落ちた。


アルは、返す言葉を探していた。

だが、見つからなかった。


(それは……弱さだ)


そう思った。

そして、思った通りの言葉を口にした。


「それは、弱さです。

 姫には、国と民を導く責任がある」


ティアラは怒らなかった。

ただ、少しだけ目を細めて笑った。


「ええ、わかってるわ。 でも……あなたは、私の言葉を否定しない。

 怒らない。不思議な方」


その笑顔が、なぜかアルの胸をかすかに貫いた。


(なぜ、怒れない?)


アルは、自分自身に問いかける。


(なぜ私は、彼女の夢を……否定しきれない?)


忠誠。

任務。

魔王の命。


人間の感情など、とうに切り捨てたはずだった。


(私は、何をしている?)


これは情か。

それとも、ただの錯覚か。


歩みを進めるたび、彼の中で“仮面”が、きしむ音を立てていた。


やがて巡回は終わり、ふたりは庭園の門に辿り着いた。


ティアラは立ち止まり、夜空を見上げる。


「ねえ、アル殿」


静かな声だった。


「あなたは…… 私の心の声を、いつか忘れてしまうと思いますか?」


アルは、迷わなかった。


「……忘れられないでしょう。 たとえ、私が忘れようとしても」


それは、

計算でも任務でもない、

紛れもない本音だった。


その瞬間。


魔族アイゼンハワードが纏っていた仮面に、確かな亀裂が走った。


白銀の月は、そのすべてを、ただ静かに照らしていた。

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