第4話 笑わぬギアチルドレンの悪魔
焦げた草の匂いが、乾いた風に乗って鼻をつく。
焼け焦げた地面の上で、煙をあげながら人間の兵士たちの影が崩れていく。
「任務完了。制圧率、98%。残存戦力、排除済み」
さっちゃんことプロトタイプG-04。
その白い肌に血はつかず、表情は終始、石像のように動かなかった。
燃え盛る野営陣地の中、炎の中を歩く少女の姿は、悪魔そのものだった。
「……あのなぁ、もうちょっと手加減ってのをだな」
焼け落ちた軍用テントの陰から現れたアルは、頭をかきながら呻いた。
「魔王直属部隊としての威圧感は充分だが、これじゃ“虐殺”って言われちまう」
さっちゃんは答えない。
ただ、焼け跡の一つを見つめていた。そこには、完全に黒焦げとなった人間の亡骸があった。
アルは、ふっと息をつく。
(俺も……昔は、こうだった)
情などいらない。命令だけをこなすために戦う。
悪魔に心など必要ない。魔界兵とはそういうものだ。
……かつての自分も、そう思っていた。
だが。
「……ッ! まて!」
アルの声が鋭く跳ねた。
瓦礫の影――そこに、小さな影がいた。
人間の子供。7、8歳ほどだろう。泣きもせず、ただしゃがみ込み、震えていた。
さっちゃんは、ゆっくりと歩み寄る。
瞳は無機質で、手のひらにはまだ熱が残っている。
(止めろ。止まれ……!)
アルが身構えかけたそのとき
さっちゃんの足が、止まった。
彼女は、じっとその子供を見下ろしたまま、動かない。
子供はおびえた表情で、さっちゃんを見上げる。
泣いているわけでも、懇願するわけでもない。ただ、無垢な目で
「生きたい」と訴えていた。
さっちゃんは、右手をゆっくりと下げた。
手のひらから、火炎は放たれなかった。
「任務外対象。非武装。脅威度ゼロ。排除、不要と判断」
棒読みのような口調だったが、そこには
“自分の意思で見逃す”という、確かな判断があった。
アルは、驚きとともに、静かに見守る。
さっちゃんは振り返らず、そのまま歩き去る。
子供は、逃げなかった。
ただ、その場にしゃがみ込み、小さく震える背中を残した。
アルが並びかけると、さっちゃんは口を開いた。
「……なぜ、泣かなかったのだろうか。あの子供」
「怖すぎて、泣くこともできなかったんだろうな。だが、お前は、見逃した」
「命令に含まれていなかっただけ」
「違う。お前はあの時、自分で“殺さない”と選んだ」
さっちゃんは、無言で前を向く。
だが、口元がほんのわずか、動いた気がした。
笑ったわけではない。
怒ったわけでも、悲しんだわけでもない。
ただ、かすかに瞳が揺らいだ。
それはまるで、心に最初の“しわ”が刻まれた瞬間のようだった。
アルは空を見上げた。
黒煙の彼方に、どこまでも青い空が広がっていた。
「……笑えるようになるかもな、お前も、いつか」
さっちゃんは答えない。
けれど、その背中から伝わる空気が、ほんのわずかに変わっていた。
笑わぬ悪魔に、微かな情が宿った。




