第15話 【王国最後の夜】咆哮の果て、記憶の花に
燃え尽きた城が、そこにあった。
壁は崩れ、
塔は折れ、
かつて玉座のあった場所には、
黒く焼けた石と、溶けた金属だけが残っている。
風が吹くたび、
灰が舞い、
過去の記憶が、空へと散っていった。
その中心に――
ひとりの男が座していた。
魔族アイゼンハワード。
その腕には、亡骸。
ティアラ姫の、冷えきった身体。
「……お前を壊すために来た、俺が……」
声は低く、
掠れ、
もはや誰に向けた言葉でもない。
「壊されたのは……この、俺だった……」
姫の髪に触れる。
もう、ぬくもりはない。
静寂。
世界が、
一度、呼吸を止めたかのようだった。
だが、死は終わらない。
空気が、ざわめく。
闇が、蠢く。
帝国影部隊《灰騎士団》。
王城外周を完全包囲し、
黒装束の兵が、音もなく姿を現す。
「魔族アイゼンハワード……」
冷たい声。
「その遺体を置け。
我らは王族の血を、帝国へ持ち帰る使命がある」
その瞬間、
アルの背中が――
震えた。
小刻みに。
抑えきれないほどに。
だが、顔は上げない。
視線は、ただ一人、姫だけを見つめている。
「……ふざけるな」
あまりにも、静かな声。
だがそれは、
地獄の底から湧き上がる、
世界そのものを呪う声だった。
「人間が……人間を滅ぼす……」
黒い稲妻が、彼の足元を走る。
「こんな結末……
許せるわけが、ない……!」
アルは否、魔獣は、ゆっくりと姫を背に降ろすと、
その前に立ちはだかる灰騎士たちを睨み据える。
「その血に、触れることは許さぬ」
空気が裂ける。
大地が鳴る。
天地の均衡すら崩す、災厄の宣告だった。
覚醒 ―― 魔獣ライカントロス
「目覚めよ……古き獣よ……」
彼は、ゆっくりと立ち上がる。
「闇よ……我が肉体を、喰らい尽くせ……」
姫を、そっと地に横たえ、
その前に立つ。
「王の血よ……
魔獣の骨よ……」
両腕を広げ、
天を睨む。
「真の姿へと……具現せよ――」
叫びが、雷を呼ぶ。
「《魔獣 ライカントロス》!!」
――ズギャァァァァン!!!
漆黒の雷が、天を裂き、
アイゼンハワードの肉体を直撃する。
骨が、軋む。
肉が、裂ける。
毛皮が生え、
骨格が歪み、
四肢は獣のように肥大化。
口は裂け、
牙が剣のように伸び、
瞳は――地獄そのものとなった。
咆哮。
「グォォォオオオオオアアアアアアッッッ!!!!!」
その一声で、
灰騎士団の半数が鼓膜を破り、血を吐いて倒れる。
雷が地を裂き、
塔が崩れ、
風が“死”を運ぶ。殲滅
「退け」
それは、言葉ではない。
裁きだった。
魔獣ライカントロスは、
ゆっくりと歩き出す。
一歩。
踏み出しただけで、地面が割れる。
灰騎士が突撃する。
刃が振るわれる。
――届かない。
爪が一閃。
第一列、十名。
身体が空中で弾け、蒸発。
血も、肉片も残らない。
第二列。
雷が直撃し、
大地ごと抉れて奈落へ消える。
「があああっ……!!」
悲鳴は、途中で途切れる。
術士隊が防御陣を展開。
だが、魔素が耐えきれず暴走。
自壊。
血を吐き、絶叫のまま崩れ落ちる。
最後列。
指揮官が、震える声で呟いた。
「……化け物だ……」
次の瞬間、
黒雷が落ち、
影も残らず消滅。
総員七十名。
生存者は零。
虚無
王城は、完全に崩れた。
だが、その中心で、
魔獣は動かない。
やがて、
雷が消え、
毛皮が剥がれ、
再び、人の姿へ戻る。
アル=アイゼンハワード。
彼は、姫のもとへ戻り、
静かに、その額に口づけた。
「……すまない」
声は、もう怒りすら帯びていない。
「俺は……生きて……
お前を救うべきだった……」
返事はない。
ただ、風が吹き、
崩れた玉座の欠片を転がしていく。
遠く、魔界が震えた。
裏切りの咆哮が、
深淵に届いたのだ。
◇◇◇
数年後。
誰も住まぬ廃墟に、
ひとりの旅人が足を踏み入れる。
そこに咲いていたのは、
ひとつの白い花。
名も知られぬ花。
紅蓮の記憶を抱きながら、
静かに、風に揺れている。
その下には、小さな碑。
ここに
ひとつの命と
ひとつの誓い
眠る
名前は、刻まれていない。
だが、花は知っている。
愛があったことを。
そして、それが、すべてを壊したことを。
花は、忘れない。




