第14話 【王国最後の夜】アレルシア王国の滅亡
王都エルミナスは、燃えていた。
昼も、夜も、すでに存在しない。
空は紅蓮に引き裂かれ、
雲は黒煙に溶け、
鐘楼は砕け、悲鳴を残して崩れ落ちる。
王城の尖塔は、
かつて誇り高く天を指していたその姿のまま、
炎に呑まれ、ゆっくりと、首を折るように傾いていた。
帝国軍は、すでに最深部へ達していた。
門は破られ、回廊は血で満ち、
石床は死体で覆われている。
アレルシア王国は、もはや国ではなかった。
ただ、滅びゆく舞台だった。
民は逃げ惑い、
兵は意味を知りながら、命を捨てた。
姫の時間を、数秒でも稼ぐために。
玉座の間
火は、ついに玉座の間にまで届いた。
かつて舞踏会が開かれ、
祝福の声が響いた広間は、
今や煙と瓦礫と血の匂いに満ちている。
「ティアラ様!!」
兵の叫びが虚しく弾けた。
姫は、そこにいた。
玉座の前に立ち、
剣を握り、
逃げなかった。
だが、数では抗えない。
帝国の将校が一歩、前に出る。
血に濡れた剣を、姫の胸元に突きつける。
「終わりだ、王女。もはや、生かす理由はない」
その言葉が放たれた瞬間
黒き雷
ズガァンッッ!!!
天井が、爆ぜた。
否。
引き裂かれた。
嵐のような黒い影が、
瓦礫と炎を伴い、玉座の間に降り立つ。
重力が狂い、
空間が歪む。
「――その命に……触れるな」
低く、
だが、世界を叩き割る声。
「触れれば……殺す」
そこに立っていたのは、
アル=アイゼンハワード。
その瞳は血のように赤く、
怒りすら超えた、
完全な沈黙が宿っていた。
「退け」
剣が、振るわれる。
次の瞬間、
十数人の帝国兵が、存在ごと切断された。
悲鳴はない。
肉片と鎧が、灰となって床に散るだけだ。
「ここは……俺の戦場だ」
失われゆく命
アルは駆け寄った。
瓦礫を蹴散らし、
姫のもとへ。
「ティアラ……無事か……?」
その声は、震えていた。
「……ああ……アル……」
返ってきた声は、
あまりにも、弱い。
彼女は、崩れ落ちていた。
白いドレスは赤に染まり、
胸には、深く、鋭い傷。
剣が――
心臓を、貫きかけていた。
「なぜ……なぜだ……!」
アルは彼女を抱き上げる。
その身体は、驚くほど軽い。
「医師を……!癒し手を……!!」
「……いいの……」
ティアラは、微笑んだ。
戦場とは思えないほど、
穏やかな笑みだった。
「もう……充分……」
「何を……言ってる……!」
「私ね……最後まで……夢を見ていたの……」
彼女の指が、
かすかに、アルの胸元に触れる。
「あなたと……過ごせた……それだけで……」
「……お前は……俺なんかを……」
「人間でも……魔族でも……」
彼女は、はっきりと言った。
「私は……あなたを……信じた」
姫の最期
涙が、落ちる。
アルの手のひらに、姫の血と、ぬくもりが流れ落ちる。
「ふざけるな……」
声が、崩れる。
「ふざけるな……!!」
「俺は……
俺はお前を……守ると……誓ったんだ……っ!!」
返事は、なかった。
ティアラ姫の瞳は、
優しく、
開いたまま――
もう、何も映していなかった。
アレルシア王国は、
この瞬間、滅びた。
王も、民も、誇りも、
すべてが炎の中に消えた。
アル=アイゼンハワードは、
姫の亡骸を抱いたまま、
崩れ落ちた。
誰も、彼を止めなかった。
空が、黒く染まる。
雷が、地を裂く。
それは、自然現象ではない。
魔族の理性が、崩れ落ちる音だった。
愛によって裏切り、
喪失によって、
彼はついに魔王すら恐れる存在へと堕ちていく。




