第13話 【王城最後の夜】 忠義は、血で語られる
夜。
王城エルミナスの空に、異様な闇が降りていた。
星が消え、月さえも沈黙する。
それは自然な夜ではない。
意志を持った闇だった。
その底から、
音もなく、影が“滲み出る”。
帝国影部隊 灰騎士団。
黒銀の甲冑は光を拒み、
足音は、存在しない。
刃だけが、冷たい呼吸をしていた。
見張り台。
ひとつ。
――消える。
悲鳴すら上がらない。
喉を裂かれ、声帯が潰され、
人は“音になる前に死ぬ”。
ふたつ、みっつ。
城壁は、すでに死体の上に立っていた。
「北の……第三門が……ッ!?」
遅れて鳴る警鐘。
兵たちが剣を掴み、走り出す。
だが――
彼らが見たのは、戦ではなかった。
「ぐ……ぁ……」
影から影へ。
背後から。
足元から。
天井から。
灰騎士団は、人を“敵として”見ていない。
ただ、処理する対象として斬る。
熟練兵ですら、剣を抜く前に倒れる。
血が床を濡らし、
死体が転がり、
王城は、ゆっくりと地獄へ沈んでいく。
――悪夢。
それが、王城最後の夜の始まりだった。
老騎士、前へ
「下がれッ!!」
怒号が、夜を裂いた。
「私が行く!!」
現れたのは、
王国近衛兵団長
ベルク・シュタイナー。
白髪混じりの短髪。
深い皺。
幾度も傷を刻まれた重鎧。
それでも、その背は、
誰よりも前にあった。
「姫を……
ティアラ様を、通すわけにはいかんッ!!」
盾を構え、剣を引く。
その動きに、無駄は一切ない。
一閃。
灰騎士の刃を、盾で受け流す。
二本目を剣で弾く。
三本目を、肩で受けて踏み込む。
「おおおおおおおおッ!!」
咆哮と共に振るわれた剣が、
影の騎士を縦に裂いた。
血が噴き、
甲冑が割れ、
中身が床に崩れる。
続く一体。
盾ごと叩き潰す。
さらに一体。
喉を断ち、壁に叩きつける。
その剛力と殺気に、
灰騎士団が一瞬、止まった。
老兵。
だが、獣のような圧。
「……この男……」
だが、その一瞬が命取りだった。
背中の痛み
「……ッ」
鈍い衝撃。
次の瞬間、背中に、熱が走った。
「ぐ……ぁ……!」
背後。
完全な死角。
刃が、肺を貫いていた。
「ベルク様――ッ!!」
部下の叫び。
「……下がれ……」
血が、口から溢れる。
だが、ベルクは剣を離さない。
「まだ……
まだ、戦える……!」
膝をつきながらも、
彼の目は――
ただ一人を見ていた。
――ティアラ。
幼い頃。
泣き虫で、
剣も持てず、
それでも必死に笑っていた姫。
「……ティアラ様……」
(私にとって……)
(あなたは……)
(娘のようだった。)
失った家族。
戦で、病で、すべて失った過去。
それでも、
この城で、
この姫のそばで、
もう一度“守る理由”を得た。
だから。
ベルクは、立ち上がる。
骨が悲鳴を上げ、
肺が血で満ち、
視界が滲んでも。
「……騎士とは……」
前に出る。
灰騎士団の大将格が、ゆっくりと歩み出た。
「老兵が、まだ立つか」
ベルクは、笑った。
血に塗れた口元で。
「……騎士とは……
最後まで、立つものだ……!」
最後の剣
踏み込む。
最期の力を、一撃に込める。
剣が光を放つ。
それは技ではない。
――生き様だ。
「うおおおおおおおおおッ!!」
振り下ろされた剣が、
灰騎士団長の兜を――
真っ二つに割った。
首が落ちる。
だが――
同時に。
背後。
側面。
正面。
すべての刃が、ベルクの身体に突き刺さる。
「ぐ……ッ……!」
身体が、前に崩れる。
それでも、
彼は空を見上げた。
燃えさかる王都。
赤く染まる空。
「……ティアラ様……」
掠れた声。
「……どうか……
どうか……御無事で……」
そのまま。
忠義の騎士は、
誰にも看取られず、
血の中に倒れ伏した。
彼が稼いだ時間は、わずか数分だった。




