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『私の愛したティアラ姫』魔族の貴族と人間の姫の愛憎物語  作者: 虫松


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第11話 誰がための剣、誰がための涙漆

戦は、すでに終わりかけていた。


いや、正確には

終わりに向かって、ゆっくりと腐り落ちていた。


アレルシア王国軍は踏みとどまっていた。

剣は欠け、盾は割れ、兵の顔には希望よりも義務が張りついている。

それでも彼らは、王都を背に立っていた。


そのときだった。


空が、悲鳴を上げた。


裂ける。

青空が、絹布のように引き裂かれ、

そこから“黒”が滲み出す。


否。

滲むのではない。侵食してくる。


王都上空に出現したのは、蠢く闇の裂け目。

空間そのものが歪み、重力が狂い、

人々の耳鳴りが一斉に始まった。


次の瞬間。


ドン……


“何か”が地に降り立った。


王都が揺れた。

石畳が波打ち、尖塔の窓が砕け、

兵たちは一斉に膝をつく。


煙の向こうに、立つ影。


それは――

生物ではない。

戦士でもない。


災厄が、鎧を着て立っていた。


漆黒の魔甲冑。

城壁を削り出したような装甲。

全身に刻まれた赤い呪紋が、脈打つように光り、

周囲の空気そのものを歪めている。


三メートルを超える巨躯。

両腕には、剣というより「破壊の板」と呼ぶべき双魔刀。


それが、魔界最終将――

ヴァル=レギオン将軍。


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低く、地鳴りのような声が響いた。


「我が名はレギオン。

魔界第七軍団・総帥。

魔王直轄――粛清の剣」


言葉が、音ではなく衝撃として叩きつけられる。

聞いた者の内臓が震え、呼吸が乱れる。


「裏切り者に与える、最後の鉄槌だ」


アル、塔へ


王城の塔。

その最上階で、アルは“それ”を感じ取っていた。


肌を刺す魔力。

かつて、自分が身を置いた世界の臭い。


「……まさか」


屋上へ駆け上がり、視界が開けた瞬間、

アルの呼吸が一拍、遅れた。


地上に立つ、かつての同胞。


「レギオンが……出てきた、だと」


それは宣戦ではない。

警告でもない。


完全なる粛清命令。


――逃げ場は、ない。


レギオンが顔を上げる。

赤い眼光が、一直線にアルを捉えた。


「見つけたぞ」


次の瞬間。


剣、振るわれる


ズガァァアアアアアン――!!


双魔刀が、空を薙いだ。


それは斬撃ではない。

災害だった。


衝撃波が王都を走り、

塔の外壁が吹き飛び、屋根瓦が空を舞う。


アルは跳んだ。

反射ではない。本能だ。


空中で体をひねり、

紙一重で斬撃をかわす。


背後で、塔が崩れ落ちる。


「……っ!」


着地と同時に、アルは剣を抜いた。

細身の刃。

だが、芯には凝縮された魔力が眠っている。


「来い、レギオン」


咆哮。

それは挑発ではなく、覚悟の宣言。


アルが踏み込む。

剣が舞う。

光の軌跡が、夜空に花弁のように散る。


――だが。


ギィィン!!

ギィン!!


すべて、弾かれる。


打撃も、貫きも、衝撃も。

魔甲冑は微動だにしない。


「無駄だ」


レギオンの一撃。


地面が砕け、

塔が崩れ、

アルの身体が吹き飛ばされる。


「ぐっ……!」


血が、唇を染める。


(正面からじゃ……殺される)


アルは息を整える。

恐怖はない。

あるのは、時間が足りないという焦燥だけ。


真名解放


アルは、足に魔力を集中させた。


剣ではない。

力でもない。


間合いだ。


跳ぶ。

風を切り、死角へ。


「――ここだ!」


雷鳴のような叫びと共に、

剣がレギオンの背へ突き立てられる。


ギギギィィィン!!


初めて、巨体がよろめいた。


「……効いた」


だが、足りない。


アルは歯を食いしばる。

胸の奥、封じていた“名”を解き放つ。


――禁忌。

――魔族の真名解放。


黒紫の魔力が、アルの身体を包み、

夜空へと立ち昇る。


「終わらせる……!」


再び、跳ぶ。


「壊れろォォォ!!」


剣が、胸部装甲を貫いた。


咆哮。

魔力の暴走。

巨躯が崩れ、闇が霧散する。


その後の静けさ


沈黙。


アルは剣を突き立てたまま、膝をついた。


「……終わった、のか」


そこへ、駆け寄る足音。


ティアラ姫。


彼女の目が、血と剣と、アルを見る。


「……無事だったのね」


「守りたい者がいた」


「……誰?」


アルは、微笑った。


「死神さ」


夜が、静かに降りてくる。


ティアラはその場に立ち尽くす。

「アル……私……」


その言葉の続きを言う前に、

空から夜が、音もなく降りてきた。


そして、静かな語らい

その夜。


アルとティアラ姫は、王都の小さな礼拝堂にいた。

キャンドルの灯だけが揺れている。


戦いのあと。

静けさの中、ふたりは並んで座っていた。


ティアラ姫がハンカチで血を拭ってくれた。

「もし……生まれ変われたら?」

「貴女の隣に、最初からいられる存在に」

「私は、最初からあなたの味方でいたい」


涙ではない。


でもそれに近い、あたたかな想いが、

キャンドルの炎を揺らした。


「明日は、最後の戦いがあるわ」


「だから……この夜くらいは、何も言わず、傍にいてもいいか?」


ティアラはうなずいた。

ふたりはただ、肩を寄せ、


夜が明けるまでを心で繋いだ。

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