魔力バブル
――それは、ある意味で祝福であり、ある意味で災厄だった。
国家管理のもとで寄宿学園に放り込まれた私は、今日も「モルモット扱い」の日々を送っていた。
「シエラ嬢、体内魔力の循環、今日も測らせてもらいますよ」 「……先生、私、授業中なんですけど」 「大丈夫大丈夫、五分で終わりますから! さあ腕を出して!」
終わらなかった。
結局、給食のパンが固くなるまで計測された。モルモットとは悲しい生き物である。
そんなある日、政変が起きた。
宰相が代わり、方針が変わったらしい。
新宰相の一言――
『魔力は国家の未来だ! もっと価値をつけていこう!』
……この一言で世界は狂った。
最初に騒ぎ出したのは商人たちだ。
「魔力石の値段、昨日の三倍!? 三倍ってあんた、餅でもそんなに膨れねぇよ!?」 「いま買わなきゃ損なんだって! 借金してでも魔力を買うんだ!」
気づけば人々は魔力の値札に目がハート。
お金を借りて魔力を買い、さらに高く売る。
魔力で家を買う、魔力を売り払ってお金を手にする者もいた。
まさに魔力バブル。
その熱狂の裏で、私には一つの不安があった。
私を“珍しいサンプル”扱いしていた、あの魔力省の官僚――。
彼は宰相交代の前に辞職し、外国に渡っていた。
魔力バブルの熱気は、私の通う名門・王立リーヴェル学園にも、例外なく押し寄せていた。
「見てシエラ! お父様が魔力株で当ててね、新しい馬車を買ってくれたの! しかも御者付き!」 「……それは良かったですね」 「シエラの家は何か買った? え、買ってない? ……そっか、うん……」
クラスメイトの視線が微妙に“哀れみ”に変わるのを、私は見逃さなかった。
いや、別に馬車の有無で人間の価値は決まらないと思うんだけど。
一方で、学園の廊下では、こんな声も聞こえる。
「おい聞いたか? 隣のクラスのビアスんち、借金して魔力を買い込んだらしい」 「未成年の魔力売買は禁止なのに?」 「親がやってんだよ。『今は買い時だ!』ってさ」
……学園、完全に浮かれてるな。
だが、私は知っていた。
前世の知識で。
――これは、バブルだ。
バブルは必ず弾ける。
弾けた後は、地獄のような混乱がやってくる。
前世でリアル体験したわけではない。
けれど、そんなニュースや歴史くらいは知っていた。
だから私は、クラスメイトたちの浮かれっぷりを横目に、こっそりと準備を進めていた。
とはいえ、未成年の私は、魔力でお金を稼ぐことは法律で禁止されている。
優等生の多いこの学園で“アルバイト”なんて、ほぼ禁句だ。
「ねえシエラ、それ……本当に働いてるの?」 「はい。労働許可証も取っています」 「……うそ。学園でバイトしてる生徒なんて聞いたことないよ!?」
放課後の喫茶店で働けば、同級生に見られてヒソヒソ声が上がる。
購買部で品出ししていても、貴族っぽい生徒に「え、なんでここに?」と怪訝な顔をされる。
でも、そんな視線よりも――
(崩壊の時に備えて、元手が必要だから)
それが大事だった。
バイトで貯めたわずかな資金。
それを私は、法を犯さない範囲で慎重に運用した。
例えば、学園寮の外で余っている魔力石の破片を買い取り、それを加工できる商人へ売ったり。
魔力が上がると騒がれる前に、安く必要物資を買い込んでおいたり。
「学生のくせに商人みたい」と笑う者もいたが、私は笑い返す気になれなかった。
(みんな……本当に、何も気づいてないんだ)
宰相が代わり、魔力の価値が異常な上がり方をしている。
魔力省の幹部も刷新され、“あの官僚”が辞職して海外へ行ったあたりで、私は確信した。
(これは絶対に弾ける。しかも……一気に)
この学園とももう少しでお別れというタイミングで
ついにその日は訪れる。
魔力価格が、1日で半分以下に落ちたのだ。
学園中が、悲鳴と混乱の渦に巻き込まれた。
「うそだ……うちの借金、どうすんだよ……」 「退学……? 私が……?」
浮かれていた生徒たちの顔から、一瞬で色が消えた。
バブル崩壊は、ここにも深い影を落としていく。
その中で、私はただ静かに胸の内でつぶやいた。
(……来たか。ここからが、本当のスタートだ)
バイトと節約で積み上げたわずかな資金。
冷静さと、少しの覚悟。
それだけが、私の武器だった。
――そしてこの後、元魔力省長官と共に行動し、“崩壊後の世界”を渡り歩くことになるなんて、この時の私はまだ知らない。




