神の正体
研究所のドーム中央で完成したそれは、
偶然でも暴走でもなかった。
――最初から、仕込まれていた。
シエラがこの研究室を離れる前、
最後に残した魔術式。
それは彼女自身しか理解できない構造で、
起動条件も、停止条件も、
すべて彼女の思考パターンをトリガーにしていた。
魔術式は、魔力を計算する。
だが、この魔術式が計算していたのは――
人の意思。
世界中の人間が、
何を欲し、
何を恐れ、
どこへ向かおうとしているのか。
欲望、後悔、希望、妥協。
そのすべてを魔術式に変換し、
同時並列で処理する。
国家も、企業も、宗教も関係ない。
一人ひとりの意思が、
等価な“変数”として吸い上げられていく。
その速度は、
もはや「計算」という言葉では足りなかった。
未来が“算出される”のではない。
未来が“生成されていく”。
その魔術式には、名前があった。
シエラが前の世界で知っていた言葉。
この世界には存在しない概念。
――ラプラス。
「ラプラスの悪魔」
すべての粒子の位置と運動量を知る存在がいれば、
過去も未来も完全に予測できる、という仮説。
だがシエラは、それを予測に使わなかった。
操作するために使った。
未来のゴールは、
最初から決められていた。
民主的な合意でもなければ、
社会的要請でもない。
シエラが決めた未来。
そこへ至るまでの道筋を、
ラプラスが自動生成する。
誰が成功し、
誰が失敗し、
どの企業が生き残り、
どの国家が衰退するか。
そのすべてが、
「最適解」として選別されていく。
苦しむ人間が出ることも、
犠牲が出ることも、
計算の一部に過ぎない。
世界の裏側で
世界は、まだ気づいていない。
自分たちが選択していると思っている未来が、
すでに一本の線に誘導されていることに。
政治の決断。
市場の暴騰と暴落。
戦争の回避、あるいは勃発。
すべては偶然に見える。
だが偶然ではない。
ラプラスの魔術式は、
今日も静かに脈動している。
神の形をした演算装置として。
旅先の列車の中で、
シエラはふっと微笑んだ。
理由はない。
ただ、少しだけ気分がよかった。
「うまくいってるな」
独り言のように呟く。
誰にも聞かれない声で。
彼女はまだ、
ラプラスの稼働ログを確認していない。
だが、確認する必要もなかった。
自分が設計した未来が、
自分の思惑どおりに進んでいることを、
彼女は直感的に知っていた。
「これでいい」
窓の外に広がる、
何も知らない世界を眺めながら。
シエラは、
神を作った存在として、
静かにたしかに満足していた。




