魔力規制省・事情聴取室
白い部屋だった。
装飾はなく、魔術的な干渉を遮断する結界だけが、壁の内側に薄く刻まれている。
シエラは椅子に深く腰掛け、足を組んでいた。
拘束具はない。
それ自体が圧力だった。
正面には担当官が一人。
年齢も性別も印象に残らない、徹底的に“個”を消した顔。
「では、始めよう」
淡々とした声だった。
「あなたの業務内容について確認する。
Asterion Magia Capitalでの職務、担当範囲、意思決定への関与度合い」
「研究と実行」
シエラは即答した。
「金融魔術の開発。
魔力資産の再編、最適化。
あとは買収に必要な魔術支援」
「意思決定は?」
「ボスの指示に従ってる。
結果を出すだけ」
担当官は頷き、記録を続ける。
シエラも適当な気分で答えた。
あくまで形式上は“事情聴取”。
でも、こっちのことは調査済のはず。
ただ圧力をかけることが目的。
責任を取らないやり方。
だが、空気は明確に違った。
やがて、話題が変わる。
「あなたの過去についても確認する」
シエラの視線が、わずかに動いた。
過去ね…
どこからが…
「出生記録は存在しない。
最初に確認されているのは――
北部第三区画、聖アウレリア孤児院」
「懐かしいね」
シエラは微笑んだ。
「シスターたち、元気?」
担当官は無視する。
「当時、孤児院は財政破綻寸前。
あなたは十歳にも満たない年齢で、
複数の契約に介入した」
「介入って言い方、悪意あるよ」
「契約書の差し替え。
無認証魔術の使用」
淡々と、しかし正確に。
「パン屋との契約更新時。
売上構造を変化させる条件が記載されていた」
シエラは、少しだけ目を細めた。
「……そこまで調べたんだ」
「当然だ」
「すごいね」
心からの感想だった。
「国家権力って、ほんとに優秀。
ここまで把握できるなら、社会が回るのも納得」
称賛の言葉だった。
担当官は反応しない。
訓練された無反応。
「その後、あなたは学園へ編入。
飛び級。
成績は常に上位。
魔力制御、理論、応用、すべて優秀」
「勉強、楽しかった」
「同時期、魔力制度の改変が進行」
シエラは肩をすくめる。
「偶然じゃない?」
「……」
「それとも、私のせい?」
担当官は視線を上げない。
「あなたは常に制度の“外”で動いている」
「外から見ないと、全体像は分からないでしょ」
「その考え方が危険だ」
初めて、感情のない声にわずかな硬さが混じった。
シエラは楽しそうに笑った。
「危険かどうかは、結果次第」
「結果は国家が判断する」
「ふうん…」
少し考えてから、シエラはふと思いついたように言った。
「ねえ」
「クロウリーのことも、調べた?」
担当官の手が、一瞬止まる。
だが、顔は上がらない。
「答えられない?」
沈黙。
シエラは、それを見て満足そうに頷いた。
「そっか」
「じゃあ、私は“個人”として呼ばれてるけど――
会社に圧力をかけたいだけだよね」
担当官は反応しなかった。
「あなたには国に対して協力してもらう」
「ふーん」
シエラは背もたれにもたれかかり、天井を見た。
「国家ってさ」
「ほんとに面白い」
「人も会社も、魔力も、
全部“管理対象”なんだね」
担当官は静かに言った。
「あなたも、その一つだ」
シエラは、ゆっくりと視線を戻す。
「それは――」
一拍置いて、にっこり笑った。
「まだ、決めるの早くない?」
部屋の空気が、わずかに重くなった。
事情聴取は、まだ始まったばかりだった。




