レオンハルト・ヴァイス
夜の研究所。
ドームの中央に、二つの魔術式が向かい合って浮かんでいた。
一方は、シエラのもの。
幾何学的で、鋭く、無駄がない。
もう一方は、穏やかな光を放つ円環構造。
レオンハルト・ヴァイスの術式だった。
「……直接話す気になるとは思わなかった」
穏やかな声が、魔術式を通して響く。
「面白いから」
シエラは即答した。
「私に対抗できる人間が、この世界にいる。
それだけで、話す価値がある」
「光栄だね」
レオンハルトは小さく笑い、すぐに本題に入った。
「君の主張は理解している。
企業が多すぎる。無駄が多い。
競争ではなく、足の引っ張り合いになっている」
「そう」
シエラは指を動かし、魔力分布図を展開する。
「零細企業は競争力もないのに存在している。
経営者に能力も資格もない。
その結果、社員が低待遇で苦しむ」
「……そこまでは正しい」
レオンハルトは、はっきりと認めた。
「だが、やり方が間違っている」
「どこが?」
シエラは本気で分からない、という顔だった。
「魔術式に頼りすぎだ。
強引すぎる。そこに人はいるのか。人の意思はあるのか。無いなら結果が“社会の要請”とは違う形になる。」
「社会の要請?人の意思?」
シエラは首をかしげる。
「あいまいだね。人って何?
どこがゴール? どこへ行くの?」
「それを決めるのが社会だ。人の意思だ。世界は多くの人の意思で成り立っている。それの集合体が最適解だ。」
「そんなものは時間の無駄!待ってる間に、この国はだめになる!」
シエラの声が、わずかに強くなる。
「私にはわかる!」
「……なぜ?」
レオンハルトが問う。
「なぜ、そこまで断言できる?」
「私にはわかるから…」
シエラは、同じ言葉を繰り返した。
シエラは前世での社会を思い出していた。
責任を取らない社会は進歩がない。
みんな何が問題かわかっているのに誰も手を付けない。自分が大切で自分だけが守られればそれでいい社会。誰も悪役にならない。みんな善人になりたがる。社会は善だけで成り立ってるわけではないのに。
「今の状態のままじゃ未来は暗い。
だから最適解を提示してる」
彼女は微笑んだ。
「私の主張が間違ってないなら、協力しなよ。
一緒にこの国を“正常化”しよう」
「それが、人を救うことになる。
未来は明るくなる。
――私を信じろ」
沈黙。
やがて、レオンハルトは静かに言った。
「……そうだとしても」
「それは、君がやることじゃない」
「これは国家への挑戦だ」
「君自身と、君の会社を危険にさらす」
「あ〜」
シエラは理解できないという顔をした。それはレオンハルトが自分を理解できないことが理解できないという顔だった。
だが、ほんとはわかっていた。わからないわけはなかった。だが、この世界は自分にとっては所詮偽物の世界。前世でできなかったことをやる。それだけだった。
「会社は利益を上げてる」
「私は社員として働いて、利益を出してる。
会社に貢献してる」
「それの、どこが悪いの?」
その言葉に、レオンハルトはクロウリーを見る。
「……クロウリー」
「それで、本当にいいのか?」
クロウリーは答えなかった。
沈黙したまま、目を伏せる。
その反応に、シエラは目を見開いた。
「……え?」
その瞬間、クロウリーの端末が震えた。
一読して、彼は深く息を吐く。
「……来たか」
「シエラ…」
クロウリーは、疲れ切った声で言った。
「会社の上層部は、これは“国家への挑戦”だと判断した」
「自粛する。
そして――」
すると扉が開く。
数人の男女たちが入ってきた。
彼らの前に、淡く輝く紋章が浮かび上がる。
それは魔力規制省の紋章。
そして任意同行の許可証。
「……なに?」
シエラは、一瞬状況が理解できなかった。
「嘘……でしょ?(笑)早いなあ…」
だが、目は笑っていた。
クロウリーは、目を逸らしたまま言う。
「事情聴取だ。
……応じるよう、決定した」
「そういうこと……」
シエラの声のトーンがわずかに落ちた。
係官たちが無言で距離を詰める。
「シエラ・——。魔力規制法第〇〇条第〇〇項に基づいて魔力規制省への同行を要請する」
シエラは、最後にクロウリーを見た。
それは助けを求める目ではなかった。少し満足そうな感情がこもっているような。全てを理解してるような。
クロウリーはみた。シエラがなんとなく満足そうな顔をしているのを。それがクロウリーには不思議で恐ろしいという感情を持つには十分だった。
こうして、
シエラは魔力規制省の係官に囲まれ、連れて行かれた。
――国家が、
彼女を“認識”した瞬間だった。




