国家への挑戦
本社の地下深く。
外界の喧騒も、人の気配も、すべて切り離された研究所。
巨大なドーム状の空間には、床も壁も天井も存在しないかのようだった。
闇に溶けた空間の中で、無数の魔法陣と魔術式が、淡い光を帯びて浮かび上がっている。
円環、螺旋、幾何学的な結節。
立体的に重なり合い、三次元的に交差しながら、ゆっくりと回転し、移動していた。
シエラはその中心に立っている。
両手をわずかに動かすだけで、空間が応じる。
指先の動きに引かれるように、魔術式が滑り、魔法陣が軌道を変える。
重なり合った式が一瞬共鳴し、淡い光が脈動したかと思うと、また別の配置へと解体されていく。
ときおり、彼女は低く詠唱を紡ぐ。
言葉は短く、意味を削ぎ落とした音だけのようにも聞こえる。
だがその一語ごとに、本社に集積された膨大な魔力が応答し、空間のどこかから細い流れとなって引き寄せられてくる。
集めるのではない。
選別し、組み替え、再定義している。
魔力を魔力のまま扱わず、資源として、構造として、計算対象として。
この作業の積み重ねが、一般人には決して扱えない魔力を生み出し、
他の企業には不可能な、複雑で高次の魔術を成立させていた。
そして、それを一人で動かしているのが――シエラだった。
ドームの外周部、静かに扉が開く。
足音を立てずに入ってきた男が、光の海を見上げる。
クロウリー。
彼はしばらく何も言わず、浮遊する魔術式の挙動を観察してから、ようやく口を開いた。
「……次は、何を作り出す気だ?」
シエラは手を止めない。
魔法陣が彼女の背後でゆっくりと再編成される。
「この国に存在する、すべての魔力を把握する魔術式…」
淡々とした声。
「属性、分布、循環、偏在。 それらを全部整理して、どの組み合わせが最適解かを導き出す」
彼女の指が弧を描くと、いくつもの魔術式が一斉に位置を変え、立体的に噛み合った。
「そして、その組み合わせを魔術式として実行する」
クロウリーは一歩、前に出る。
「……それで?」
シエラは、ほんのわずかに笑う。
「この国を、作り変える…経済を最適化する…私の思う通りに…」
クロウリーの視線が鋭くなる。
「意味は分かっているのか。それが、何をしていることなのか…」
シエラは振り返らない。
ただ、宙に浮かぶ光の構造を見つめたまま、楽しげに言った。
「国家への挑戦ですかね(笑)」
くすり、と笑い声が漏れる。
「あっ!でもちゃんと利益は出しますよ!(笑)小さな国の国家予算ぐらいは(笑)」
彼女は子供のように楽しそうだ。
無邪気とも言っていいくらいに。
そして、まるで、壮大な映画のワンシーンを語るようにその大仰な単語を使った。
そこに現実感はなく、恐怖も覚悟も、何ひとつ宿っていなかった。
クロウリーはその背中を見つめながら、言葉を失う。
この女にとって、
国家も、企業も、人生も――
等しく“物語の素材”に過ぎないのだと、改めて理解して。




