志と危うさ
シエラが社長の元を離れ、人混みに紛れていった直後。
「社長…」
背後から、落ち着いた声がかかった。
振り返ると、先ほど社長が話題にしていた社員――
合併前の会社では窓際に追いやられ、今は中核を担う男が立っていた。
「おお、君か」
社長は嬉しそうに微笑む。
「ちょうど今、君の話をしていたところだ」
「……光栄です」
社員は一瞬だけ頭を下げたあと、表情を引き締めた。
「ですが……一つ、お伝えしたいことがあります…先ほどの方…」
社長は、その声音で察した。
「危険、だろう?」
社員の目がわずかに見開かれる。
「やはり……」
「分かっている」
社長はグラスを置き、会場を見渡した。
祝福の声。
未来を語る社員たち。
新しい社名の下で、誰もが希望を抱いている。
「彼らから魔力の投資を受けたことは爆弾を抱えていることになるからな…」
社長は静かに言う。
「彼らが今後どう出るか…首都の巨大企業が、狙わないはずがない…その時にだ…」
「……乗っ取られる可能性も」
「ある…」
即答だった。
社員は歯を噛みしめる。
「それでも、私は――」
「待ちなさい」
社長は穏やかに制した。
「もし、巨大企業に吸収されることが、社員にとって、業界にとって、本当に良い結果を生むのなら」
一拍、置く。
「私は、いつでも社長を辞める」
社員は言葉を失った。
「だが――」
社長の声に、芯が入る。
「その確証がない限り、私は抵抗する」
「……!」
「会社は、数字だけの存在じゃない、 ここで働く全ての人間の場所だ…」
社員は、深く頷いた。
「私もです」
拳を握る。
「この会社を、 また“声が届かない場所”にはしません」
「頼もしいな」
社長は、彼の肩に手を置いた。
二人の間に流れるのは、
覚悟と信頼。
だが――
そのやり取りを、
少し離れた場所から見ている者がいた。
シエラ。
それと他でもない。
魔力市場そのものだ。
彼らが語る理想も、
抵抗も、
覚悟も。
いずれ、値札をつけられる。
それらを操る力を持ったシエラによって
そのことを、
彼らはまだ知らない。




