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シエラのやり方

次の案件――

――静かな地方都市、夜の高級レストランの個室

花の匂いが、どこか金の匂いと混じっていた。

静かな音楽がホールでは奏でられている。

それが心地よい。

ちょうどそう聞こえる位置にこの個室はあった。


「……本当に、そこまで出すと?」

役員の男は、信じられないものを見る目でシエラを見ていた。

地方企業の役員。やせ形の若い役員。最近親から役員を引き継いだばかり。まだその自分の立場を今一つ把握しきれていないのはその落ち着かない自信の無さそうな表情から伺えた。

「ええ。相場より、三割ほど高く」

シエラはにこりと微笑む。

年齢相応の、無邪気な少女の笑顔――に見える。

「私は、魔力を集める仕事をしていますので」

「金で魂まで売りません!」

即答だった。なかなか潔い答えだった。

「この会社は……代々続く家業です。それを私の代で終わりにすることは絶対できません!」

それは誇りだった。

そして、最後の抵抗だった。

シエラは一瞬だけ考え、首をかしげる。

「あ、ごめんなさい」

「?」

「数字、間違えました」

役員が眉をひそめる。

シエラは小さな魔導端末を操作し、もう一度数字を示した。

――最初の提示額の、数倍。

「…………な……」

息を呑む音が、はっきり聞こえた。

「こちらが正しいです」

「……冗談でしょ(笑)」

「いえ、本気です…」

雨音が止んだように、部屋が静まり返る。

シエラは、追い打ちをかけた。

「それに、この金額で終わりではありません」

「……?」

「私が開発した金融魔術を、格安でお譲りします」

「金融……魔術?」

「資産運用を自動化し、魔力価値の変動を先読みし、

 ほぼ確実に増やす魔術です」

シエラは淡々と続ける。

「これを使えば――

 あなたの子供も、孫も、その先の代まで。

 働かなくても暮らしていけます」

役員の喉が、ごくりと鳴った。

動揺。

迷い。

罪悪感。

すべてが、顔に浮かんでいる。

そこでシエラは、金の話をやめた。

「私から一つお願いがあります……」


「お願い?」

その役員は驚いた顔をした。

「ええ…私共がある方から伝言をお預かりしております。それをお聞きしていただきたいのです。」

しばらく考えていた役員は気がついたのか


「……あの人の?」

「ええ」

シエラは穏やかに語る。

「その方は同業他社が小さなまま争うのは、無駄だと考えているそうです」

「……」

「一つになれば、利益は増えます。

 社員の待遇も、福利厚生も、確実に良くなる」

役員の手がぎゅっと握られた。

この若い役員は理想に燃えていることは調査でわかっていた。依頼主の考え方にも多少の理解があることも。

「待遇が良くなれば、優秀な人材が集まる。

 優秀な人材が集まれば、会社はもっと強くなる」

シエラは静かに結論を告げる。

「首都の巨大企業にも、負けない」

「……」

「業界そのものを、守れる」

沈黙。

長い、長い沈黙。

やがて、役員は顔を覆った。

「……わたしは……」

声が震える。

「金が目的ではないんです…」

「ええ」

「その考え方には私も共感しています。社員のためだ……業界の未来のために……」

「ええ」

「これは……正しい選択だろうか……」

「ええ」

シエラは、優しく、何度も頷いた。

「素晴らしい判断です」

「……」

「あなたは、業界の救世主です」

「……」

「視野が広く、未来を見据えている」

役員の背筋が、少し伸びた。

「……そう……私は……」

「はい」

「私は……」

必死に業界の問題点や企業の抱えている問題点の持論をとうとうと話し始めた。

シエラは、最後までそれを聞き、

拍手すらした。

「本当に、お若いのにご立派です」

そのとき。

――シエラの目は、一切笑っていなかった。

ただ、計算しているだけの目。

――同じ夜、同じ時刻

別の場所。同じ時間。

ほぼ同時に、全役員の親族に、同じことが行われていた。

同じ数字。

同じ魔術。

同じ大義名分。

そして、同じ「納得」。

――翌朝

役員会は、静かに終わった。

魔力の過半数は、すでにAMCの手中にある。

買収。

吸収。

合併。

形式だけが残り、結論は決まっていた。

――車中

「見事だ」

クロウリーが、心から感心した声で言う。

「金も、理想も、誇りも。全部使った」

シエラは窓の外を見ていた。

「効率が良かっただけです」

「罪悪感は?」

「?」

不思議そうに首をかしげる。

「彼らは、社員や業界のために納得して売りましたよ?社員や業界の未来のためにね(笑)」

シエラは笑いが止まらなかった。

車の中にシエラのその声だけが響いた。


クロウリーは、背筋に小さな寒気を覚えた。

――この少女は、

人の善意すら、利用する。

それが、シエラのやり方だった。

Asterion Magia Capitalのやり方だった。

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