祝杯
社長室の空気は、まだ冷えていた。
数時間前まで、ここでは解雇通知が配られていた。
地方の中堅企業。
不良魔力を抱え、資金繰りに詰まり、買い叩かれた側だ。
社長は泣いていた。
中には長年一緒にやってきた社員もいた。そういった社員の名前を、一人ずつ読み上げながら解雇通知を手渡していた。
私は、それを黙って見ていた。
社員のほとんどが私を睨んでいた。
それはそうだ。
人生を翻弄する、いわゆる悪役なのだから。
悪の元凶。
今回の案件では私の存在はそういうことだ。
解雇通知の配布が終わり、契約が締結され、
会社は社員が半分になった。
夜。
同じ社長室で、今度はテーブルに酒が並べられる。
「……正直、胃にくるな」
社長が、震える手でグラスを持つ。
「でも、あなたの決断のおかげで会社は生き延びた。残った社員は感謝していますよ。あなたは最適解を選択したんですから(笑)」
私は即答した。
「………」
社長は苦笑した。
「社員を半分切って、それでも“最適”と言えるあなたは……すごい」
私は、グラスを手に取った。
琥珀色の液体が、光を反射する。
――綺麗だ。
「素晴らしい成果でしたね」
私は、笑った。
「不良魔力を切り離し、
資産価値を再定義し、
再編後の利益率は想定以上」
社長が、戸惑ったように私を見る。
「……あの、社員が……」
「ええ」
私は、遮った。
「泣いていましたね」
そして、私は本当に楽しくなって言った。
「ですが、その感情とこの結果は、無関係です!あなたはこの会社を残すことで取引先にも貢献しています!それにつながる社員とその家族にもね!」
私はグラスを掲げる。
「祝いましょう!あなたとこの会社の希望ある未来に!」
社長が、固まる。
「え?」
「あなたは、優秀です」
私は笑顔のまま言った。
「正しい決断を下せた」
「それは、称賛に値します。いい仕事をしました。経営者として最高の仕事でした(笑)」
沈黙。
クロウリーが、初めて言葉を失っていた。
彼は冷酷な人間だ。
切ることに躊躇はない。
だが――喜ばない。
必要だからやる。
それだけだ。
だが、シエラは違った。
「では、乾杯を!」
私はグラスを軽く打ち鳴らした。
「新しい会社の誕生に!」
社長は、震える手で応じるしかなかった。
グラスが触れ合う音は、やけに軽かった。
社長が席を外した後。
クロウリーが、低く言った。
「……お前は、なぜ笑える?」
私は首を傾げた。
「成果が出たからです」
「人が、泣いていた…」
「はい」
「罪悪感は?」
私は、ほんの少し考えた。
罪悪感?この場合の罪悪感…
「罪悪感?なにか私は犯罪を犯しました?違法行為でも?(笑)」
考えた結果、存在しなかった。罪悪感はなにも。
「この世界は」
私は、淡々と言う。
「私にとっては、実験場の一つでしかありません」
「人も、制度も、感情もすべて実験の条件です」
クロウリーは、背筋が冷えるのを感じていた。
「達成感はあります」
私は、心底楽しそうに微笑んだ。
「とても」
「私の魔術と魔力が、 また一段階、可能性を示した」
「それが、楽しいんです!(笑)」
クロウリーは、グラスを置いた。
しばらく黙ってから、笑った。
「……なるほどな」
「お前は…」
彼は、初めて本音で言った。
「最初から、こちら側にいない」
称賛と、
ほんのわずかな恐怖を込めて。
「最高だ、シエラ」




