新聞記者
夜のビル街は、昼間よりも正直だ。
ネオンは明るいが、人の顔は暗い。
魔力投資会社の本社ビルから一人で出てきた私は、コートの襟を立て、足早に歩いていた。
「シエラ・ヴァイスさん!」
呼び止める声。
地方新聞の腕章をつけた男が、歩道の端から飛び出してくる。
――来ると思っていた。
「魔力病院の件でお話を!」
私は答えない。
視線も向けない。
歩幅を変えず、そのまま前へ。
「病院が閉鎖されて、子供たちは全国に分散しました!
その責任をどう考えていますか!」
答える義務はない。
私は企業の代理人であり、
感情の窓口ではない。
それでも、記者は食らいついてきた。
「慢性魔力欠乏症の子供が! 魔力供給を失って、治療を打ち切られた例もあります!」
足音が、少しだけ遅れる。
それだけで十分だったのだろう。
記者は勢いづいた。
「あなたは、子供を見捨てたんですか!?」
――違う。
私が“見捨てた”のではない。
見捨てたとしたらそれは病院関係者だ。
私は自分の仕事をしただけ。
市場の言う通りに。
仮に記者にそう言えば、炎上する。
だから私は言わない。
駐車場が見えてきた。
クロウリーの黒塗りの車が、エンジンをかけて待っている。
その瞬間、記者の声色が変わった。
「……分散した子供たちの話、聞きますか」
私は、ほんの一瞬だけ、足を止めた。
「三人は受け入れ先が見つからず、地方の簡易施設へ。
一人は魔力不足で、集中治療室に戻された。
二人は……消息不明です」
風の音が、やけに大きく聞こえた。
「それでも、あなたは平気ですか?」
私は振り返らない。
「……感情は、ありますか?」
――ある。自分には感情はある。
だが無い。
この世界にはなんの感情もない。
自分の感情だけで仕事をしている人なんてそもそもいない。
誰でも余計な感情を押し殺して仕事をこなしている。
私にはその余計な感情がないだけだ。
もし、私にその余計な感情があって、それを理由に行動を変えたら、
私はここにいる意味は無い。
ドアに手をかけた、その時。
「――《聖リュミエール孤児院》」
という叫び声だった。
その名前はどこかで聞いたと私の中で反応していた。
「……」
「あなたが、昔いた孤児院ですよね」
そうだったのか…
そんな名前だったか…
初めて、私は記者を見た。
彼は、真っ直ぐこちらを見返していた。
「俺も、そこにいました。あなたより少し年上で…… 名前は覚えてないかもしれない」
覚えていない。
でも、それを言う必要はない。
「あなたの過去を調べて、気づいたんです。
――だから、聞きたい」
記者は、震える声で叫んだ。
「孤児院で生き残ったあなたが、
今度は他の子供を切り捨てるんですか!!」
車のドアが開いた。
「シエラ」
クロウリーの声。
冷静で、変わらない。
私は一度だけ、深く息を吸った。
そして、静かに言った。
「……あなたが、記者になれたのは」
声は、驚くほど落ち着いていた。
「誰かが、あなたを“切り捨てなかった”からですか?それとも……
誰かが、代わりに切り捨てられたからですか?」
記者は、答えられなかった。
私は車に乗り込む。
ドアが閉まる直前、クロウリーが低く言った。
「よく耐えた」
車が動き出す。
窓の外で、記者が何か叫んでいる。
でも、もう聞こえない。
――私は、孤児院を出た。この世界での。でも、それは私が選んだ選択肢ではない。それだけだ。ただの通過点。そして、過去には戻れない。




